最近になって、ようやく自分一人でもパンを一から作れるようになった。菓子パンとかはまだ不安要素があるが、そこまで難しくないパンなら任せてもらえるようになった。今日も自分でパンを焼き、それを商品棚に並べていく。並べ終えたら他のパンを並べてる沙綾の手伝いをして、開店時間までの少しの時間を2人でゆったりと過ごす。
「雄弥さんがいてくれると凄い助かります♪」
「俺なんてまだまだだろ。沙綾の方がうまく仕事してる」
「それは小さい時から手伝ってますからね〜。すぐに追い抜かれたら私落ち込みますよー」
「ははっ、たしかにな。でも沙綾の仕事をもっと手伝えるようになりたいって思ってるよ」
「もう、そんなこと言っても何も出ませんよ?」
「パンは?」
「私お手製のものなら出ます♪」
「出るのかよ」
「ふふっ、はい!出ちゃいます!」
ひとしきり、いつもの軽いやり取りを終えると、話は当然のことながら先日のライブのことになった。結花が言うにはポピパの後にゆりさんがいるグリグリがライブしてたらしいんだが、俺はポピパのとこに行ってたし、その後に紗夜と話してたから見れなかった。…まじで見たかった。あの人にも何度も助けられてるから、お礼とはいかないがせめてライブは見たかった。
「ポピパのこと好きになってくれました?」
「そりゃあもちろん。バンドって段々と技術面を磨き始めて、壁に当たったりもするけど、ポピパは初心の『好き』って気持ちを忘れてないからさ。…ま、活動を続けてるバンドも忘れてるってわけじゃないだろうけど、ポピパみたいにすぐに『好きだから』って言えるのはなかなかいない気がするし」
「んー。私達を好きになってくれた理由ってそういうことですか?」
「まさか。歌詞もみんなの演奏も好きだよ。けど、一番はやっぱり
「あはは、聞き出しといてあれですけど…、そう言われると恥ずかしいですね」
「そういうもんか?」
「そういうもんなんです」
「そうか。…それとさ」
「はい?」
「沙綾のこと、もっと好きになったよ」
「…ぇ…」
いつもはこうやって一緒に喋って、店を手伝って、食事を取って、そういう面しか見てないけど、沙綾の知らない面を知れた。沙綾が家族と同じぐらい好きで大切にしてるポピパのことを知って、沙綾がはじける笑顔でドラムを叩いてるのを見て、さらに好感を持てた。なんというか、安心したって気持ちもあるんだが、…結花と一緒で沙綾のことを身内と捉えてるってことかな。
なんて思慮にふけってるが、その間沙綾が一言を発してこなかったことに気づいた。沙綾はというと、まるで停止したかのようにその場に固まっていて、変化があるとすれば顔が真っ赤になってることか。
「沙綾?大丈夫か?」
「……」
「おーい、沙綾ー」
「…ぁ、はひっ!らんれしょ!…あ!」
「カミカミだな…。大丈夫なのか?」
「だい…じょうぶ、です…」
「うーん、まだしばらくはお客さんも来ないだろうし、少し休んでていいぞ?」
「大丈夫です…ほんとに、大丈夫ですから」
「そうか?無理はするなよ」
「はい」
沙綾は何度か深呼吸して、気持ちを落ち着かせていた。それがうまくいったのか、少し顔の赤みが減っていった。これなら、ほんとに大丈夫なんだろうな。
「そ、そういえば雄弥さん」
「どうした?」
「ライブの時の悩みごと、解決したんですか?どこかスッキリしたような感じですけど」
「あぁ、おかげさまでな。話しかけてみたら、思いの外嫌われてはなかったな」
「そうなんですね!安心しました!」
「沙綾が支えてくれたおかげだ。ありがとう」
「いえいえ!私は大したことしてませんよ。少しでも雄弥さんの参考になればと思って言っただけで…」
「そんなことないさ。沙綾には勇気づけられた。なにかお礼させてほしいぐらいだ」
「お礼だなんて……」
手を交差させるように振って、断ろうとした沙綾だったが、俺が真剣に見つめてると困ったような顔をして動きを止めた。少し考え込むように目を閉じて、しばらくしたら頬をかきながら目線を合わせた。
「ほんとに…いいんですか?」
「ああ。可能な限り望みを叶えるよ」
「えと…じゃあ……その…雄弥さんと…お出かけしたいです」
「わかった。それなら1日空けといたほうがいいよな」
「い、1日も空けてもらっていいんですか!?」
「いいよ」
「やった!今度の土曜日は空いてますか?」
「空いてるぞ。時間とかはまた後で決めようか。お客さんも来たことだし」
「あ、ほんとだ。いらっしゃいませー!」
あれだけ喜んでもらえると嬉しいもんだな。営業スマイルなんかじゃない。本当の笑顔を浮かべてお客さんを迎える沙綾を見て、そんなことを思うのだった。
〜〜〜〜〜
…困ったわ。先日のライブの時に雄弥くんと偶然にも再会して、なんとかお互いに話せる仲にはなれたけど…。
「連絡先を交換するの忘れてたわ…」
中学生の時から雄弥くんは携帯電話を持っていたのだけれど、当時は私が携帯電話を持っていなかったから……
「…もう一度あって、きちんと謝りたいのに…」
「氷川さん?…どうか…されました?」
「!…白金さん。おはようございます」
「はい。…おはよう…ございます。それで…あの…」
「いえ、大したことではありません。ただ、彼と連絡先を交換しておくべきだったと思っただけです。…話をしないといけませんので」
あの時は、今井さんが雄弥くんにお弁当をつ、作っていると聞き、焦っていたので、聞きそびれたのです。…今思えばRoseliaであんなことになったの初めてね。けっして嫌なことではなかったけど。
ーーーーーーーーー
「知らぬが仏」
「なるほど!」
「…おい」
私と結花が今井さんに詰め寄ってる間、原因の湊さんは唖然とし、白金さんと宇田川さんは悟りを開いたような表情で見守り、それに雄弥くんが呆れていたわ。なんとも纏まりのない状態ね。このことをきっとカオスとでも言うのでしょうね。
「はぁー、結花も紗夜もそのへんにしてやれよ。人の弁当って美味そうに見えるだろ?それで、リサとお互いに弁当を作って交換しようって話になっただけだ」
「そうなの?」
「…今井さんを庇って嘘をついてる、というわけでもないようね」
「ああ」
「じゃあいいや。私が作ってる時はちゃんと食べてくれてるんでしょ?」
「当然だ」
「うんうん♪なら私が詰め寄る理由もないね!…紗夜はどうか知らないけど?」
「なっ!…私だって深く聞く気はないわよ」
「ほんとにー?それならなんで問い詰めてたのかなー?」
「それを結花が言うのか…」
結花のからかいの対象が今井さんから私へと変わった。こういう時の結花は手に負えないのだけど…。私がどう切り抜けようか考えていると、そんな空気を湊さんが壊してくれた。
「話は終わったかしら?そろそろ今日のライブを振り返りたいのだけど」
「友希那〜、誰のせいでこうなったと思ってるのかな〜?」
「私は別にリサをからかいたくて言ったわけじゃないのだけど…」
「ふーん?そんなこと言う子には〜」
「ちょっ、リサ?やめなさ…きゃっ…やめ…」
「ぷにぷに〜、ほれほれ〜」
「やめなさい…ごめんなさい、私が悪かったから…!…はぁはぁ」
「これでおあいこかなー?さてと、あこと燐子も元に戻ってー。ファミレスに行くよー」
「リサ?私はファミレスに行くだなんて言ってないわよ?」
「え?だってもうそろそろ出ないとダメじゃん?ならファミレスっしょ」
一瞬で2人を元に戻した今井さんに言われて、私と湊さんは時計に目を向ける。時計の針が指している時間から考えてみると、たしかにここでは振り返りはできないわね。
「…仕方ないわね」
「やったー!あこ今日はハンバーグ食べよーっと!」
「あこは元気だね〜」
「雄弥は何食べる?」
「…ドリアあたりでいいんじゃないか?」
「じゃあ私はドリア以外のにしよーっと」
「半分交換、だろ?」
「さっすが雄弥!分かってるね〜♪」
「結花たちも来るの?」
「え、ダメなの?」
「あなた達は「観客側からの感想言うよ?」来ていいわよ」
「友希那切り返し早いね〜」
「それでは…行きましょうか」
「うん!」
湊さんが良いと言うのなら、私もそれでいいのだけど…、……話せはするのだけど、まだ雄弥くんとは、うまく距離を掴めないわね。ライブ前は突然のことで動揺しててなんとも思わなかったけど、こうやって少し落ち着いたら緊張するわ。すぐそこにいるのに、どう向き合ったらいいか分からない…。
注文したものが届き、ひとまずは食事を楽しみ、それが終わったらいよいよ今日の振り返りとなった。個人的には今日のライブは良い出来だと思っていたし、どうやらそれはみんなも思っていたことのようだった。
…でも、今この場にはRoselia以外のにメンバーが、私達より上の世界を見て、そこで勝ち抜いていた人たちがいる。
「Roseliaのレベルは評判通りプロレベルだね。でも、
「…つまり、その中ではまだ上位にはいけないと?」
「さすが友希那、よくわかってるね。頂点はそう簡単には取れない、それはみんななんとなくは分かってるよね?はっきり言うと、友希那もまだ未熟だしね」
「え!?友希那さんがですか!?」
「心当たりあるでしょ?」
「……今日のライブはいつも以上のモノが出た。そのことで歌が先走りかけたわ」
「うそ…あたしそんなの気づかなかったんだけど…。紗夜と燐子は?」
「いえ、私も…」
「わかりませんでした…」
「ま、私も雄弥に言われて分かったんだけどね!雄弥ならみんなのレベル上げれるよー?」
「なにプレゼン始めてんだよ…」
「…やっぱりなのね」
「友希那?」
湊さんは、どこか納得したような顔で雄弥くんと結花を見つめていた。彼女の中で生まれていた疑問は、もしかして…。
「あなた達、Augenblickで活動してたわよね?」
「お、知ってたんだ〜。うん、私がボーカルで、雄弥がベースだよ。…リサも教えてもらうチャンスだよー?」
「…へ……」
「雄弥、お願いしてもいいかしら。あなたの都合のいい時間でいいから、私達の練習に来てほしいの」
「……、ああ。わかった」
(みなと…さん…?)
雄弥くんが、練習に来るようになる?たしかに、レベルを上げるなら上の世界を知ってる人に指導してもらうのがいいのだけど…。
私が混乱したままその日は解散となった。結花も都合が合えば雄弥くんと一緒に来てくれると言っていたけど、…正直結花が間に入ってくれることにどれだけ安堵したことか。
ーーーーーーーーー
「……あの…それ、でしたら…結花さんに…雄弥さんの……連絡先を…教えてもらえば…いいのでは?」
「……あ」
「…氷川さん……」
「わ、私だってこういう時があるんです!」
恥ずかしかった…。白金さんが見る目を宇田川さんの時と同じようにしたから特に。…あんなの追い打ちも同然だわ。その後結花にお願いしたら、あっさり教えてくれたわ。何をこれだけ悩んでいたのかしら…。
家に帰り、寝る前に少し勉強をしておこうと机に向き合っていると、ドアがノックされた。このノックの仕方は…日菜ね。
「空いてるわよ」
「あ…勉強してたんだ。ごめんね」
「別にいいわよ。ちょうど区切りのいいところだったから」
「そっか」
「それで、どうしたの?」
いつもとはどこか違う。日菜にしては珍しく余所余所しいというか、何かを怖れてるような…、私の普段の接し方からすればこうなるのは当然か。でも、今日は何かが違う気がする。
「お姉ちゃん…さ、……ユウくんに会ったの?」
(っ!!?踏み込みづらそうにしてたのは、このことね。それに、彼の名前を言った途端日菜の雰囲気が冷たいものに…)
「…ええ。会ったわ。と言っても偶然よ。私はライブに出てて、彼は戸山さんたちのライブを見に来てたのだから」
「…ふーん?…ま、そこはいいや。それで、相変わらずのロクデナシだったでしょ?」
「…日菜。彼は、雄弥くんはあなたが言うようなロクデナシなんかじゃないわ。彼は「それはお姉ちゃんが騙されてるんだよ!!」…っ日菜!」
「だって!本当にユウくんがロクデナシじゃないって言うなら、……あの時に!あの時に約束を破るわけないもん!!あたしとの約束、絶対守ってくれるって言ってたのに!!嘘ついたんだよ!!」
「あの時…?……私が知らないことだけど…でも、日菜。あなたも彼と向き合って、その時に何があったのか確かめるべきよ」
「……っ、そうやって……お姉ちゃんも……」
「日菜?」
「もう知らない!勝手にすればいいよ!」
「日菜!待ちなさい!」
部屋を飛び出した日菜を追いかけるも、日菜は自身の部屋の鍵を閉めて、開けてくれることはなかった。
(私は…いったい……どうしたら…)
(なんで……なんで…お姉ちゃんまで……あたしから離れちゃうの?……ヤだよ…お願いだから、もう…誰もいなくならないでよ…。…あたしを……1人にしないでよぉ…)
気づいたらお気に入りが200件突破を…、ありがとうございます!!
そして、評価していただいてる皆さまにも、最大限の感謝を!!
前作では、ここでお一人様ずつお礼をさせてもらってましたが、どうやらあれって賛否両論らしいので、今回はこういう形でまとめて、とさせていただきます。m(_ _)m
(他作品読んでたらそんな感じのことが書かれたりしてましたので)