日菜に左手を使ったことを指摘されるのは、予想できていた。しかし、まさか右手が使えないことを当てられるとはな。
『いつそうなったのかは知らないけどね』
『…このことは』
『言いふらす気もないよ。そんなのるんっ♪てしないしさ。…改めて言うけどさ、
日菜が言ってたのは、約束を破った日のことなんだろうな。あの時のことは1度たりとも忘れたことはないが、あの時のことを日菜にも知ってもらうべきなのだろうか…。ただの言い訳にしかならないような。でも、それとは別の問題もあるんだよな。
(リサが話を聞いてたとはな…)
店に戻ってリサに声をかけたら明らかに動揺してたし、視線が俺の右手にいってたからすぐに気づいた。日菜との話を聞かれたんだって。そのことの話をしようにも、何も知らないクラスメイトたちがいるんじゃあどうしょうもない。暗がりを怖がるリサを家まで送っていき、その時に話そうかと思ったが、リサがあからさまに話題を変えるから話すのを諦めた。リサの中で整理がつくのを待つしかないんだろうな。
──何よりも
「えっとー、沙綾?」
「つーん」
「いやいや、つーんて…。それに結花も…」
「つーんだ」
「えぇ…」
「……雄弥さんは原因をわかってないんですか?」
「心当たりは……ある…」
「間違えたら罰ゲームね」
「さては初めからこの展開に持ち込む気だったな?」
俺の視線を避けるように顔をそらしてるが、笑うのを堪えるのがバレバレなんだよなぁ。とは言っても、俺が2人の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのも事実なんだろうな。結花たちと話したのは昼休みの時と、閉会式の後のはずだ。あの時の会話に答え、あるいはヒントがあるはず。
「……晩飯か」
「正解!優勝したらビュッフェってのは聞いてたけどさ、何時に帰ってくるかを聞いてなかったんだよね。だから、せっかく沙綾と用意してたお祝いケーキを食べれなかったわけ!」
「それは……そうだな。ごめんな」
「ま、それは今日にでも仕切り直しでいいとして。雄弥は別にも話すことがあるでしょ?」
「お見通し、か」
「まぁね」
「え、なんの話ですか?」
「うーん……まぁたぶん沙綾には関係ないことかな」
「そういうことだ。気を悪くしたらごめんな」
「……あの…それってもしかして、雄弥さんの
「「!!?」」」
まるで時が止まったかのような衝撃だった。まさか、まさか沙綾がそのことに気づくなんて思ってなかったからだ。なんせ、沙綾と出会ったのはこの街に戻って来てからのことで、左手を違和感なく使えるようになっていたからだ。だから、昔を知らない人たちはみんな、俺が左利きだと思ってる。
(なのに……沙綾は…なんで……)
「…映像を見たんです」
「映…像…?」
「はい。雄弥さんたちのCDをもらって、他にも曲を聞きたいって思って調べたんです。そしたら音楽番組に出た時の映像があって、…その時に気づいたんです。雄弥さんは元々右利きだったんだって」
「そっか。…さすがにネットのはどうしようもないからね。…そっかぁ、盲点だったなぁ」
「いったい何があったんですか!?あれだけの演奏ができてたのに!」
「……ごめん、それは話せない」
「っ!……私じゃ…駄目なんですか?」
「沙綾?」
「私じゃ…雄弥さんを受け止めれないって!そういうことなんですか!」
(沙綾は何を言って……まて、こんなの、前にも……ぁ、リサ…)
そうだ。よく似てる。あの時も曖昧なことを言って、それで怒らせたんだった。怒られて、泣かれて…、散々だったのにまた同じことをして、…進歩してないじゃないか。顔を伏せてる沙綾の中で、いったいどんな感情が渦巻いているのか。それはわからないが、今やることはそれを確認するなんて無粋なことじゃない。
「ごめんな、沙綾」
「ゆうや…さん…」
「これは俺の一任で話せることじゃないから、だから話せないんだ」
「…ぁ……いえ、わたし、こそ…ごめんな、さい。迷惑…かけて」
「迷惑だなんて思ってない。沙綾は沙綾の心で行動してる。それは大切なことだから、だから自分を責めないでくれ。俺が曖昧なことをするせいなんだし」
「そんな…こと…」
「沙綾は抱え込みがちだよね。それは沙綾の悪いとこだよ」
「ゆかさん…」
沙綾が壊れてしまわないように、細い体を優しく抱きしめ、結花が沙綾に小言を言いながら頭を撫でた。なんでも一人で抱え込みがちなのは、沙綾もリサもそして紗夜もだな。そう思っていると横腹を軽くどつかれた。その犯人はもちろん結花なのだが、その目はジト目だった。
「今自分のこと棚に上げて考えてたよね」
「いや、そんなこと「考えてたよね」……かもしれ「考えてたよね」…はい」
「まったくもう」
「ふふっ」
「沙綾?」
「あ、すみません。結花さんがお姉ちゃんみたいだなって」
「みたいじゃなくて、お姉ちゃんなんだけどね〜。沙綾も私からすれば妹だし」
「え」
「可愛い妹だよ。だから、無理しないで何かあったら言ってね」
「……はい!」
人のことを「たらし」なんて言ってくるわりに、結花も結構な「たらし」な気がする。女子同士なら仲がいいで片付けれるのがせこい。言い逃れができるってわけだし。まぁでも、結花が男に今みたいなことを言ってるところを見たことないんだけどな。
「それじゃ、疾斗に呼ばれてるから」
「行ってらっしゃ〜い。ほら、沙綾も」
「え……。行ってらっしゃい」
「…あぁ、行ってきます」
「あははー、沙綾ってば顔赤くなってない?」
「なってません」
「そういうことにしとこうかな。雄弥今日は夜に予定入れないでよ?昨日できなかったお祝いするからね☆」
「わかった」
〜〜〜〜〜
今日はRoseliaの練習がなくてバイトしてるんだけど、全然仕事に集中できてなかった。その原因は明らかだ。雄弥の手のことを知らなかったとはいえ、ベースを弾いてほしいって言ったんだから。
(何も言わなかったけど、どれだけ音楽が好きなのか、ベースが好きなのかはアタシでもわかった。楽しそうにしてたから)
本人はベースが好きなのに、本当は弾きたいと思ってるはずなのに!アタシはなんてことを言っちゃったんだろ…!
「…さん…。リーサ〜さん!」
「わわっ!モカ?どうしたの?」
「それはこっちのセリフですよ〜。ずーっと暗い顔されてますけど、何かあったんですか〜?」
「…別に…大したことじゃないよ」
「雄弥さんのことですよね〜?」
「…ぇ」
「Roseliaが今好調なのは、アコちん発トモちん経由で聞いてますから〜。リサさんがRoselia以外でそれだけ悩むのは、雄弥さん以外ないですから〜」
なんかアタシが単純な人みたいなことになってるような。でも、そっか。アタシの中じゃあ雄弥の存在がRoseliaと同じぐらい大きなモノになってるんだ…。フワフワしてそうな雰囲気を漂わせてるのに、この後輩ときたら鋭いんだから。そのボンヤリした瞳でどれだけのことを見抜いてるんだろ。
「タイミングからして〜、昨日の体育祭で雄弥さんと何かあったんですかね〜。…もしくは、雄弥さんの
「モカは何か知って…!……あ」
「やっぱりですか〜。でも、天才のモカちゃんでも秘密は知りませんよ〜。リサさんが何を知って、何を思い詰めてるのか、わたしでよければ聞きますよ〜」
「後輩に相談するのも……まぁモカなら言いふらしたりしないし、いいのかな」
「信じてくださいよ〜」
アタシは、昨日盗み聞きしちゃった話の内容と前にベースを弾いてみてよって言ったことをモカに話した。言葉にすれば呆気ない、本当に呆気なくて、なんでそれだけのことで?って思われても仕方ないことなんだけど、アタシはこれを重く受け止めてて、モカもそれをくみ取ってくれた。
「右利きの雄弥さんが左利き並に左手を使えるように……。リサさんそれは日菜さんが言い当てたんですよね〜?」
「うん。そうだよ」
「だったら〜、
「……あ。…たし、かに…でもそれならなんで」
「あの人の性格もあるんでしょうね〜。厳しい人ですけど、とても優しくて繊細な人ですから。でも〜、それならリサさんは知るべきだと思うんですよ〜」
「知るべきって…まさか…」
「その通りですよ〜。雄弥さん達に何があったのか、あの日菜さんが嫌う出来事が何だったのか、紗夜さんが過去にどう関わっているのかを」
「けど、そんなの……」
「完全に
モカの指摘通り、アタシは考え事をしながら動くなんてことはできない。それが雄弥のことであるならなおさらだ。でも、それでもこれは踏み込んじゃいけないことなんだ。誰だって踏み込まれたくことがある。この件は雄弥だけじゃない、紗夜も日菜も、もしかしたら結花だって踏み込まれたくない話かもしれないんだから。
「…まぁ、リサさん次第ですけどね〜。わたしが強制したって仕方ないですし〜」
「そう、だね。…ありがとうモカ。少し整理できたよ」
「どういたしまして〜」
〜〜〜〜〜
体育祭があったあの日、雄弥くんはやはり左手を使った。そしてそれを真横にいた日菜が見ていないはずがない。だから、私ももう逃げるのはやめにしないといけないわね。
(…今となっては今井さんや山吹さんも知る権利があるかもしれないわね)
戻ってきた雄弥くんを支えてくれている2人にも…。雄弥くんはできることが多いから無茶も無理もする。だけど、雄弥くんの心は決して強いわけじゃない。それはずっと一緒にいた私も結花もそして日菜も知っていること。私たち3人で支えていた雄弥くんを、代わりというわけじゃないけども、今井さんと山吹さんが支えてくれている。だから、あの2人にも話さないといけない。
(私だってあの時のことをできることなら話したくない。とても…とても嫌な出来事で、
──それでも、向き合うと決めた。
みんなに話すのだと、問題は日菜がちゃんと場に来てくれるかだけど、そのための協力者をこれから作る。連絡はしているから、あとはその人が来てくれるのを待つだけ。私は羽沢さんのお店に来て、コーヒーをいただくことで気持ちを落ち着かせていた。そうしているとお店の扉が開いて、私の待ち人が来た。正確には待ち人
「珍しいね。紗夜ちゃんからのお誘いなんて」
「しかも日菜ちゃんだけ呼んでないようだけど…」
「お待ちしてました。丸山さん、白鷺さん、大和さん、若宮さん。…今回は皆さんにお願いがあってお呼びさせていただきました」
「お願い…ワタシたちにですか?」
「ジブン達4人に…ということは、日菜さん関連ということでしょうか?」
「え?日菜ちゃん関連?」
「やっぱり…」
「さすがに大和さんと白鷺さんはお気づきですね。順を追って話させてもらいますので、皆さんも何かお飲み物を」
「わかりました!つぐみさん!タノモー、です!」
「イヴちゃん、それは違うからね」
日菜を除いたパスパレの方々…、こうして同時に話すのは初めてね。…でも、今のやり取りだけでも、彼女たちの仲の良さも、あの飽き性の日菜がなぜ"居場所"だと言うのかが伝わってきた。それだけこのメンバーの絆が強いのだわ。
(この絆の強さを利用するようで心苦しいけれど、…これしか……)
次回、過去話スタート…のはずです。