私の周りを走りながらついてくる結花に、呆れながら足を進める。行き先は屋上。誰もいない…とまではいかないだろうけれど、そこまで人も多くないはずだから。
「屋上に行くのかな〜?」
「ええ。今日は天気もいいし、暑さもましになってきてるから」
「そうだね!屋上で食べるにはもってこいの日だね☆」
「そうね」
「……疲れた」
「ずっと私の周りをグルグル走るからよ」
「でもテンション上がるじゃん?親友と再会できて、同じ学校なんだからさ☆」
「っ!……あなたは今もそう思ってくれるのね」
私が目を伏せるとすぐに結花は走ることをやめた。代わりに横から私にハグをしてきた。驚いて結花を見ると、結花は何も言わずに優しい顔で微笑んでいるだけだった。……私には…それが逆に辛かった。自分の弱さを突きつけられてる気がしたから。
「結花…離れて」
「歩きにくいけど、もうすぐ着くんだしいいでしょ?」
「…仕方ないわね」
「あはは、紗夜は優しいね〜」
「そんなこと…ないわよ」
「じゃあ私が勝手にそう思ってるってことで!」
(結花の方が、優しいのよ。…私は…そんなこと言われる資格なんて…ないわ)
屋上に出るドアを開けるときには結花も私から離れてくれた。屋上に出ると私たちの他に数人の生徒がいるぐらいで、予想通り人は少ない方だった。
「あー、紗夜。ハンカチは敷かなくていいよ」
「何を言っているの?」
「ジャジャーン!レジャーシート持ってきました〜!」
「…なんであるのよ」
「今日は外で食べたい気分だったからね♪さ、座ろ座ろ!」
「はぁ。…お邪魔します」
「はーい♪」
「…なんでくっつくのかしら?」
「いいじゃんいいじゃん!」
「食べにくいわ」
「なら仕方ないね」
結花は少しだけ私から離れてくれた。というのも、そもそもレジャーシートはそこまで大きくないものだった。2人なら十分使えるけど、3人となると窮屈になるような、そんなコンパクトなものだった。
「今日はどんなお弁当かな〜?…おー!美味しそ〜☆」
「お母様が作ってくれてるの?」
「え?お義母様?」
「結花!」
「あはは!冗談だって。お母さんじゃないよ。これ作ってくれたのは雄弥だよ」
「え?」
「当番制で家事をこなしてるからね〜。…あ、言ってなかったね。私と雄弥の2人で生活してるんだよ」
「…親御さんは?」
「どこに行ってるんだろうね〜。出張ばっかだからさ」
「そう…」
2人の親が、特にお父様の方が忙しい方だというのは知っている。私や日菜ですら顔を合わせた回数が片手で数えれるのだから。けれど、お母様の方も忙しくされてるのね。2人が自立できるようになったから、付きそうようになったのかしら。
「そんなに見つめちゃってどうしたの?」
「…へ?…あー、いえ、何でもないわ。少し考え事をしてただけよ」
「とか言って〜。私が見抜けないとでも思ってるの?」
「……そうね。あなたには「このお弁当少し食べてみたいんでしょ?」……は?」
「雄弥の手料理だもんね〜。具材の交換ならお応えしましょう!」
「…あなたが食べたいものがこっちにあるだけでしょ」
「バレちゃった?紗夜とは以心伝心だね〜。嬉しい♪」
「なっ!」
顔が熱くなるのが分かる。私は、彼女のように真っ直ぐ好意を向けてこられるのが苦手なのよ。…その事自体は嫌じゃない。ただ、素直に受け取れないし、何よりも恥ずかしいのよ。彼女はそんなことも分かっていると言わんばかりに、屈託のない笑みを私に向けていた。
「照れちゃって〜。可愛いね〜」
「か、からかわないでちょうだい」
「からかってないよ。紗夜はかわいいよ?私が保証します!」
「そんな保証されても…」
「えー。じゃあ雄弥の保証ならいいの?」
「そ、そういうことじゃないのよ!」
「あはは、紗夜ってばまた顔が赤くなったよ?大丈夫?」
「誰のせいだと思ってるのよ…」
私はこの話を終わらせるためにお弁当を食べ始めることにした。結花もそれで察してくれたのだけど、チラチラとこちらの様子を伺ってくる。
(仕方ないわね)
「ハンバーグが欲しいのでしょ?そちらの玉子焼きと交換ならいいわよ」
「ほんと!?やったー!!紗夜ありがとう!大好き!!」
「これくらいでそこまで喜ばなくても…。って、そんなにがっついてたら喉に詰まらせるわよ」
(あ、この玉子焼き美味しい…。この味付け、私も好きだわ)
「んー!んー!!」
「だから言ったのに…。ほらお茶を飲みなさい」
「んっ、んくっ、…ぷはぁーー!死ぬかと思ったー!ありがとう紗夜♪」
「当然のことをしただけよ」
「もうー。素直じゃないんだからー」
「…あなたは素直すぎるのよ。…日菜と同じで」
「そうかもね。…日菜と私はよく喧嘩してたけどね」
「お互いに素直に言い過ぎてたからでしょ…。私からすれば仲が良いようにしか見えなかったけど」
喧嘩するほど仲がいい。結花と日菜はまさしくそれを体現しているような関係だった。私が覚えてる限りで言うと、喧嘩せずに1週間を過ごしたことがない。それぐらいに喧嘩の頻度は多かった。だけど、その2人が一緒にいない日がないんじゃないかというぐらい、2人は常に一緒にいた。
「ま、私も日菜もお互いを嫌ってたわけじゃないしね。というか普通に好きだったし、今でも日菜のことは好きだよ」
「……そう。日菜は…今はどうなんでしょうね」
「少なくとも私とは昔と同じ関係でいられるだろうね〜。紗夜とも変わらずにこうやって一緒にいれるわけだし」
「…そうね」
「…雄弥とは無理だろうね〜。すぐに引っ越しちゃったからよくわかんないけど、日菜は雄弥のことすっごい怒ってたんじゃない?それこそ嫌いになるレベルで」
「……あのこは…」
「…それだけでもわかるよ。…そっかぁ、まぁそうだろうね〜。そういえば日菜ってどこの学校?昨日は雄弥がすぐ寝ちゃったから学校の話できなくて」
「羽丘よ」
「…まじで?」
「え、ええ。……まさか」
「うん。雄弥も羽丘」
「…やっぱり。…それで日菜は」
「ん?どういうこと?」
私は昨日日菜が帰ってきた時の様子を結花に伝えた。あの日菜があそこまで機嫌を悪くするのはよっぽどのことだから、もしかしたらとは思っていたのだけど、…雄弥くんと同じクラスになってしまったのね。
「…まぁ、2人とも子供じゃないし、日菜の嫌い方を考えたらそこまで深く悩まなくてもいいだろうね」
「けど日菜は、…きっと雄弥くんを傷つけるわよ?」
「チッチッチ。紗夜はわかってないな〜。日菜と全然喧嘩してないだろうから知らないのも仕方ないだろうけど」
「…どういうことよ」
「日菜はね、嫌った相手に嫌がらせなんてしないよ?話しかけることもなく、話しかけられないようにする。それが日菜の嫌い方だよ」
「…そうなの?でも、それじゃあ仲直りはどうやってするのよ」
「知らない」
「は?」
「たしかに私は日菜と喧嘩をいっぱいしたけど、それでも
…たしかに。日菜が人を嫌うなんてことはなかった。そもそも周りを見ないから。そんな日菜が唯一嫌いになった人物。日菜自身初めてのことだし、何よりもその相手が相手だからずっと頭に残っていたはず。そして時間が経つほどその気持ちは黒く染まり、簡単には治せないものになっている、ということなのね。
「でも…それは…だって、日菜は!」
「そうだね。あの時のことを日菜は知らないからね。…でも、今は言えるような時じゃないよ?」
「わかっているわ。…いえ、……私も…日菜に向き合う覚悟が…できてないわ」
「…そっか。ま、なんとかなるでしょ!」
「なぜそんなに楽観視できるのよ…」
「暗く考えてもいい案は思い浮かばないでしょ?そんなことよりも!」
「そんなことって…」
「そろそろ休み時間も終わるから教室に戻ろ!」
「へ?…本当ね。もうこんなに時間が過ぎてたのね」
「ほら早く戻るよ!」
お弁当を片付けて、レジャーシートもテキパキとしまっていく。その早さから、結花が外でこうやって食べるのに慣れてることが伺える。…ピクニック好きだものね。階段を降りながら今度はバンドの話になった。私の手を握ってきた結花がそれで気づいたからね。
「へ〜。紗夜もバンドに入ったんだ」
「ええ。Roseliaというバンドよ。白金さんもメンバーで、彼女はキーボード兼衣装担当ね」
「え!?燐子衣装作れるの!?」
「ええ。私も知った時は驚いたわ。けれど彼女が作る衣装は素晴らしいものばかりだわ」
「紗夜がそこまで言うなら本当に凄いんだろうね〜。…よし、ライブ見に行こっかな!」
「あなたなら歓迎するわ。是非その後に感想とアドバイスがほしいわね」
「普通に楽しませてよ!?ま、どうせそういうとこ見ちゃうんだけどさ」
「ならいいじゃない」
「うん。引き受けました!次のライブ決まったら教えてね!」
「もちろんよ」
「ありがとう♪それじゃあね〜」
〜〜〜〜〜
教室に戻って自分の席に座る。花音は2限目から戻ってきてたから今は私の隣の席に座ってる。ちなみにノートは千聖が渡してた。2人分を同じ時間に書くのはしんどいからね。それに本人が映しながら覚えたほうがいいし。
「結花ちゃんおかえり。外で食べてたの?」
「外っちゃ外かな。屋上で食べてた」
「屋上か〜。たしかに今日なら屋上で食べてたら気持ちよさそうだもんね」
「気持ちよかったよ〜♪今度は花音も屋上で食べようよ!」
「うん。いいよ」
「やった☆千聖も来るよね?」
「ええ。構わないわよ。それより貴方、誰かと食べてたの?」
「隣のクラスの氷川紗夜ちゃんと食べてたよ。紗夜とは幼馴染だからね!」
「そうだったのね」
「へ〜。同じ学校になれてよかったね!」
「うん!」
紗夜とは今まで通りの関係でいられそうでよかったよ。…けど、正直な話日菜はどうなるか分からない。だっていつも日菜は予想の斜め上を行くから。日菜相手に先回りするのがどれだけしんどいことか。
「結花ちゃん?どうかしたの?」
「え?ううん。ちょっと考え事」
「…力になれるかわからないけど、悩み事なら聞くよ?」
「ほんと?花音は優しいね〜。それじゃあ頼らせてもらおっかな」
「う、うん。頑張るよ!」
「ありがとう♪…実はね、結構悩んでることなんだ」
「そ、そうなの?で、でも力になるよ!」
「バイト先紹介してくれない?」
「…ふぇ?」
(今回のこの件については、残念だけど私は大して介入できない。だってその時私はその場にいなかったから。…日菜と一緒にいたから、私は関係ないってことを日菜は知ってる。だからこそお節介を焼くことができない。最悪のことにならないようにするしかないね)
花音はどうやらバイトをしているようで、私も花音の紹介という形でそこで働かせてもらえないかという流れになった。面接に行かないとどうにもならないことだけどね。
(…紗夜、タイミングを逃したら最悪のことにしかならないんだからね?急がなくてもいいけど、遅くなりすぎてもダメだから気をつけてね)
そう、日菜は真相を知らないのです。…では、なぜ日菜は雄弥を目の敵にしているのでしょうね。
「子供じゃない」=それだけ嫌う、ちゃんとした理由があるのです。