「そうそう、ダネルNTW-20。それが本日着任する
カリーナは書類に目を通しながらついでのように言った。
「ここ、サインお願いしますね」
遺伝子レベルでの生体認証技術すら一般に用いられている昨今、いくらでもコピー可能な自筆のサインを書類に求める意義はほとんど無いと言っていい。戦術人形が汎用化され戦場から生身の人間が姿を消した現代においてすら、旧時代的な個人認証手段を用いているのは、果たしてこの企業のお偉方の脳内が前時代的ノスタルジーに冒されていることの証左足りうるだろうか。
これ以上ないほどに形骸化し、かつ無駄な工程をひとつ増やしているに過ぎない作業を前にすると、あるいはいっそ呪術的に意義があると言われた方がまだ納得できるようにさえ思える。まあ、そんな妄言を吐いて恥じることのない組織であったなら、俺はこの場にいなかったとは思うが。
「サインは代筆しておいてくれ」
「はいはい」
カリーナは生返事を返すと、俺の筆跡を正確に模して作戦報告書にサインを記した。
「それと、本日『配備』される戦術人形、だろう。『着任』ではまるで人間だ」
「またそんなことを言う。恥ずかしがり屋さんですねぇ、指揮官は」
「何? 俺が何を恥ずかしがっているというんだ」
戦術人形はあくまで
「まあいい……それで、工廠からこちらへはいつ頃届く。性能は早めに見ておきたい」
「あれ、指揮官にもスペックデータは送られていませんでしたっけ」
「当然目は通した。通したが、カタログスペックなど企業のプロモーションの一環にすぎん。実地で検分しなければ、実戦に出すには心もとない」
「勤勉ですこと。ええと、予定ではもうそろそろ工房に……」
カリーナがそう答えるか否かといったちょうどその時、ポン、と間の抜けた電子音を発して通信端末がメッセージを受領した。SENDの欄には部隊直属の人形工房長の名が見える。
「マイスター、グッドタイミングですねえ」
俺は作業の手を止めて席を立ち、帽子掛けから制帽をとって目深にかぶる。
備え付けの鏡の前に立って着衣に乱れが無いかを確認する。
「……やはり貴族趣味が過ぎるな」
鏡に映る制服を着た自分の姿を見て、ついいつもの愚痴が口をついて出た。
「でも私は嫌いじゃないですよ」
俺の隣に並んだカリーナは無責任な笑みを浮かべてそう言った。
「お前の評価は聞いていない……行くぞ」
鏡を後にし、俺は執務室の出口に向かう。
「はいはい。相変わらずつれないですねえ、指揮官」
カリーナも後から追いかけてくる。俺たちが部屋を出ると、電灯はひとりでに消えた。
戦術人形が届いた人形工房は駐屯地の端だ。
俺はカリーナが話しかける言葉のことごとくを聞き流しながら、事前に閲覧したダネルNTW-20のスペックデータを脳裏に浮かべて歩みを進めた。
[第2話につづく]
※一部修正(ダリル⇒ダネル)
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