Anima Machinae   作:三三三

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第2話 ドクター・ドラゴンフライ

 

 戦術人形(ドール)は携行する銃種に応じて素体の機能が最適化されている。

HG(ハンドガン)タイプは暗所での索敵能力、MG(マシンガン)タイプは大重量運搬のために強化された膂力、SMG(サブマシンガン)タイプは短射程からくる近接格闘の可能性を考慮した機動性――そしてRF(ライフル)タイプは超長距離からの目標狙撃に特化されている。

 どうやら、ダネルNTW-20は、そのRFタイプ戦術人形の中でも特殊な理念で開発された機種らしい。射程距離と威力を確保するために大型化する傾向にあったRFタイプだが、その中にあってダネルNTW-20は異様とも言える長砲身・大口径。並みの戦術人形ならば一射で粉砕可能な威力を持ち、徹甲弾を用いれば重装甲兵の分厚い防御鋼壁をすら容易く貫通するという。

 それが本当ならば、俺の部隊の戦力増強に大いに役立ってくれることだろう。現在の部隊でも通常任務をこなすに不都合は無いが、この先どんな相手に出会うかも定かではない。

 未知の敵、格上の敵を前にしたとき、選択肢が多ければ多いほど生存確率は上昇する。通常の戦術人形を相手にするには過剰とも思えるほどの火力も、必要とされる戦場はきっとあるだろう。

 問題は、工廠が謳う「大火力」が果たしてどこまで本当かという点だ。

「まあ、7割といったところか」

 俺のつぶやきを耳ざとく聞きつけ、カリーナが振り向いた。

「何かおっしゃいましたか、指揮官さま?」

「いや。ダネルNTW-20のスペックを思い出していただけだ」

「おやおや、随分とご執心ですねえ。気になりますか、そんなに?」

 口元に手をやり、カリーナはニシシと笑う。

 オレンジ色のサイドテールが動きに合わせて揺れる。

「当たり前だ。俺の部隊が新たに得る戦力のことだ。気にならないはずないだろう。どうせ工廠が寄越したデータなどあてになるようなものでもないので、7掛けで考えねばなという話だ。何しろ製品を売るためならばどんな誇大広告でも平気でやってのける連中なのだからな」

「ふうん?」

 カリーナはへらへらと軽薄そうな笑いを張り付けたまま私の隣を歩く。預金残高を眺めることと俺をからかうことの他には特に興味の対象を持たない、と公言して憚らない彼女にとってはいつものことだ。

 ここが軍隊であれば俺は彼女を「指導」の名のもとに殴り飛ばしていたかもしれないが、幸いにしてグリフィン(ウチ)は私企業。そんなことをすれば責を負うのは俺自身である。

 益体も無い会話を交わしている間に、俺たちは目的の建物までやってきていた。駐屯地の端にぽつんと建っているこの白く平べったい直方体の建物が、俺の部隊付きの人形工房である。

「無駄話はおしまいだ。行くぞ」

「感動のご対面ですね!」

 相変わらずの様子のカリーナをしり目に、俺はIDカードをかざして工房の中へ入った。

 外観同様に白く無機的な内装の廊下を奥へと進んでいくと、次第に辺りが雑然としてくる。俺には全く用途不明の機械類が廊下の壁際に追いやられ、積みあがったそれらの量が増えるにつれ俺たちの歩くスペースは狭くなる。まるで鍾乳洞にでも迷い込んだようだ。雑物の隙間から辛うじて覗く一定間隔で取り付けられた電灯だけが、俺たちが建物の中を歩いていることを思い出させてくれる。

「前に来た時より物が増えていないか」

「ついこの間、大掃除をしたばかりなんですけれど……」

「そうなのか……。しかしだいぶ歩いたような気がするが、今何時だ」

「私たちがここに入ってからまだ5分ですよ」

「どうにも時間の感覚が狂うな、ここは」

 それからさらにもう5分ほど歩き、俺たちはようやく工房の最奥にたどり着いた。

 来訪を告げるベルは物に埋もれて探すべくもない。俺は仕方なく、カリーナに扉をノックさせた。

「マイスター? 指揮官さまがお見えですようー! ついでにカリーナちゃんもいます! マイスター!」

 カリーナは十分以上に騒々しく工房長を呼び出すが、室内から反応は無い。彼女は業を煮やし、さらに激しくノックをする。俺が辺りの物が崩れて気はしないかと周囲を見回したその時だった。

 唐突に開いた扉の奥から、ずんぐりむっくりの人影がぬっと姿を現した。

「聞こえとるわ、騒がしい犬っころが」

「犬って!」

「ぎゃんぎゃんわめく、犬っころ(カニーナ)だろ」

「カ、リ、ー、ナ!」

愛情(カリーナ)なんてタマか、てめえ。それとワシは『マイスター』なんてガラじゃあねえ。呼ぶなら『ドクター』と呼びやがれ」

 ドクターを自称する男はずんぐりむっくりではあるが、上背もかなりある。俺も身長が低い方ではないが、それでもまだ多少見上げるような格好になった。伸び放題になった白く長い髪と髭。逞しく筋肉のついた四肢。油染みまみれのツナギを着込み、ワークグローブをはめている。人形師というよりはドワーフの鍛冶師と言われた方が納得できる容貌ではあるが、彼は間違いなく我が隊の人形工房長、通称『ドクター・ドラゴンフライ』その人だった。

「……っと、指揮官。アンタもぼっとしてねえで、さっさと入って下さいや」

 彼は着けていた拡大鏡付きゴーグル――まるでトンボの複眼のように見える――を額に押し上げ、俺に声をかける。俺は彼に招かれるままに、室内に足を踏み入れた。工房内は廊下の惨状とは打って変わって整頓された空間だった。

「要らなくなったものをすぐ外にポイしちゃうってだけの話ですよ」

 カリーナがこそりと耳打ちをした。

 なるほど、確かに物が多いことに変わりはないが、きちんと必要なものがあるべき場所に置かれているように見える。

「さ、お目当ての戦術人形はこっちです、指揮官。ちょうど入隊処理(イニシャライゼーション)が終わった頃でしょう」

 ドラゴンフライが俺たちを招いたのは、修復中の戦術人形が入る修復槽(ハンガー)が立ち並ぶスペースの奥。彼個人のワークスペースのすぐ手前の開けた場所だった。

「こいつです」

 ドラゴンフライが顎をしゃくって示した先に、『それ』は置いてあった。

「もう動けますが、念のため動力は落としてあります」

 革張りの椅子に深く身を持たせかけるようにして座っている、1体の戦術人形。

(ダネル……NTW-20……)

 俺は覚えず生唾を呑む。

 本物の――人間の――少女と見紛うばかりの美しい容貌。

 その指は、撃鉄を起こし、引鉄を引くにはあまりに華奢だ。

 か細い手足では、弾丸を放つ銃の反動に耐えられないに違いない。

 肌はどこまでも白く滑らかで、継ぎ目一つ見当たらない。

 放熱ユニットであるはずの頭髪はピンクブロンドに輝き、錦糸のごとき麗しさ。

 この戦術人形が戦場の泥濘を這いずりまわる姿を、俺は想像しえない――

「指揮官さま?」

俺はハッとして、『それ』から目を逸らした。

「指揮官、動かしますか?」

「あ、ああ、やってくれ」

 ドラゴンフライの問いに俺は平静を装って回答する。

 了解、と短く答えたドラゴンフライはコンソールを操作する。

 目を閉じたままのダネルNTW-20から起動を告げるシステム音声が流れた。

 しばらくして、ダネルNTW-20はやおら目を開き、椅子からおもむろに立ち上がった。

 ゆっくりと周囲を見回すと、ダネルNTW-20の瞳が俺を捉える。

「あなたが指揮官?」

「そうだ。お前はダネルNTW-20か?」

「そう認識しているよ、指揮官」

「駆動系に問題は」

「自己診断システムを信じるならば、エラーは無いよ。今のところ」

 俺は頷き、ドラゴンフライに尋ねた。

「武装とのリンクはできているか? このまま訓練場に移動し、スペックテストをしたい」

「できてますよ。いつでも始められますぜ」

「よし。ではダネルNTW-20、15分後に訓練場へ集合だ。お前のデータを正確に把握したい」

「了解。……ああそうだ、指揮官」

 俺が訓練場へ足を向けかけると、ダネルNTW-20が俺を呼び止めた。

 何事かと振り返った俺に、そいつは言った。

「これからよろしく」

 俺は差し出された右手を阿呆のように見つめ、何も言えず立ち尽くすばかりだった。

 

 

 

 

 

[第3話へつづく]

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