我が部隊の駐屯地はその機能によっていくつかのブロックに分かれている。
俺の執務室やデータルームなど、主に指揮機能を与えられたHQブロック。
そして俺が今向かっている居住ブロックには、駐屯地内で勤務する人間および、戦術人形の宿舎が建っている。
ブロックは同じとはいえ必要とされる機能が異なるため、人間と戦術人形では宿舎が分かれてはいるのだが。
「ここだな」
俺は端末に表示した駐屯地内の見取り図と目の前の建物を見比べて頷いた。
普段はさして用の無い場所だ。
いくら見慣れた駐屯地内とはいえ、案内を見なければ目的地を誤る可能性は十分ある。
幸い現在は出撃要請も無く隊内も平和であるが、そういうときこそ俺やカリーナのような事務方は忙しい。
世界中の戦場は生身の人間が殺しあう場ではなくなった分、平時こそ人間の働く時間となったのである。
銃を握り、泥濘の中を駆けずり回り、互いを破壊しあう役目は戦術人形たちが取って代わった。
人間たちは安全な場所にいながらそれらの道具や兵器を扱って、もはや互いに誰を相手にしているのかも分からないような戦争に興じている。
「いっそのこと部隊指揮もAIに任せればいいのだ」
つい愚痴めいた言葉が口をついて出る。
まあ他愛のない戯言だ。
第一、そうなってしまったら俺は仕事を失い、路頭に迷うこととなる。
両親はとうに他界し、恋人などもいない俺では守るべきものなど我が身一つではあるが、しかしそれも無下に失うにはまだ惜しい。
仕事は無ければ困る。
であれば、戦争もあってもらわねば困る。
俺の明日の糧のために、今日もどこかで戦いが起きる。
「さて、と」
気乗りはしないが、いつまでも戦術人形用宿舎の前で現実逃避をしているわけにもいかない。
とっとと作戦報告書を必要としている戦術人形たちに渡して、執務室へ戻らなければ。
待機中の戦術人形は宿舎内に限っては自律行動が許されている。AIに設定された『
特にスコーピオンなどは好奇心旺盛な子供のような『性格』をしている。狭い部屋に閉じこもってじっとしている可能性の方が低いだろう。
何のために『性格』などというパラメータが戦闘用AIに必要なのか、正直なところ俺には理解ができなかった。人間の模倣をさせたところで得られるものは余計な手間くらいのものだ。
いかな少女の姿を取っていようとも、戦術人形の本質はその型番が示すようにただ1挺の銃に過ぎない。引き金を引いているのは今も昔も変わらず俺たち人間だ。道具に余計な『
それでは使い物にならない。出来損ないの、人間もどきでしかないではないか。
「ああ、全く悪趣味だ」
独り言ちながら、俺はようやく宿舎の自動扉をくぐった。
宿舎の中はちょっとしたアパルトマンのような作りになっている。
玄関のすぐそばにはソファが並んだ談話スペースがあり、いつでもくつろげる空間が出来上がっている。果たして戦術人形にそれが必要かどうかについては議論の余地があるだろうが、なかなか良い暮らしをしているらしい。
その一角、一人がけのソファに姿勢よく座る人影がひとつあった。
色素の薄い金髪を左右に結い上げ、ダークグレーのシャツを着た戦術人形――ウェルロッドMkⅡ――は、少し俯くようにして自分の手元をのぞき込んでいる。
「おい――」
「ん……指揮官、お疲れ様です。珍しいですね、ここへいらっしゃるなんて」
俺が声をかけようとしたのと同時、ウェルロッドは手元から顔を上げることなくそう言った。大方俺の足音を聞きわけでもしたのだろう。
「それと個体識別信号の有無を確認したのです。
仔細に説明を述べながら、ウェルロッドMkⅡは俺の方へと振り向いた。その表情はどうだと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。よくもこんな表情を作らせるものだ。こいつのAIを開発した人間は、相当な暇人に違いない。
「……前回の作戦報告書だ。目を通しておけ」
「ああ、丁度良いタイミングです、指揮官。今しがた本を読み終えたところでしたから、これでまた退屈しなくて済みそうです」
「本?」
本だって?
一体戦術人形がどんな本を読む必要があるというのだろうか。
「ええ、前回参加した作戦は古い都市部だったでしょう。たまたま拾ったのです、そこで」
ウェルロッドMkⅡが俺に差し出したのは、古い冒険小説だった。俺が子供の頃には既に古典扱いをされていた代物で、友人との無茶な賭けに勝つために地球を駆け足で一周するという筋立てだったはずだ。
「面白いか、そんなものが」
俺はふと、そんなことを口走った。
ウェルロッドMkⅡは顎に手を当てて少し思案するようなポーズを取った。
「そうですね。少なくとも暇つぶしにはなりました」
「……そうか」
これが『性格』のなせるわざ。
趣味や嗜好といった定量的でないパラメータでさえも演算し、仮面を被り、
俺は分厚い紙束をウェルロッドMkⅡに差し出した。
「そら。次の出撃までに目を通しておけよ」
「了解。ありがとうございます、指揮官。これでまた練度が上がります」
――それは礼を言われることなのか。
いや、それで正しい。戦術人形とは戦争の道具に過ぎないのだから、より効率よく、状況に適した判断が取れることこそ必要とされるスペックなのだから。
「ああそうだ、ウェルロッドMkⅡ。ダネルNTW-20を見ていないか? あれにも渡さなければならん」
俺は報告書を受け取ったなり去ろうとするウェルロッドMkⅡを呼び止めて尋ねた。
「NTW-20ですか? んー……この時間帯ならおそらく中庭にいるかと」
「そうか、分かった」
「指揮官」
俺が言われた通りに中庭へ向かおうとすると、背後からウェルロッドMkⅡが俺を呼んだ。
「なんだ」
「物音を立てないように気を付けてください。できるだけ」
それだけ言うと、ウェルロッドMkⅡは談話スペースを去った。
俺の脳裏には大きな疑問符だけが残された。
俺は再び靴を鳴らす。
目指すは中庭。
ロの字型に建てられた宿舎の中心にひっそりと存在する、中庭などと呼ぶには些か手狭に過ぎる空き地のことである。
いくらかの花壇と観葉植物、それと雑草。二人掛けの鄙びたベンチ。中庭を構成する要素はたったそれだけだ。
中庭にアクセスできる扉を前に、俺は再び考え込む。
「物音を立てるな、とは……」
ウェルロッドMkⅡの意図がつかめない。
戦術人形が不必要な情報を出力するとは思えないが……。
まあ良い、考えても分からないことは考えないことだ。俺は課題を一度棚上げし、中庭への扉を開いた。
ぐるりと首を巡らすが、ダネルNTW-20の姿は見えない。
「む、ここではなかったか……?」
俺はため息をつく。
また手間が増えたことに嘆息し、踵を返しかけたその時、ぼそぼそと人の話し声のようなものが聞こえた気がした。
ぼそぼそ声は断続的に聞こえてくる。
俺は耳を澄まし、声がするらしき方へと近づいて行った。
「――たか――? そう――かわい――」
声は次第にはっきりと聞き取れるようになる。
どうやらベンチの裏に声の主が隠れているようだ。
――そういうことか、ウェルロッドMkⅡ……。
俺は足音を忍ばせてベンチの裏をのぞき込んだ。
そこにはダネルNTW-20が居た。
服が汚れるのにも頓着せず、桃色の髪を無造作に地面に垂らして雑草の間に膝を抱えて座っていた。
ダネルNTW-20が手を伸ばしている先には、何やら茶色い毛玉のようなもの――どうやら子猫らしい――が粒状の飼料をがつがつと食べていた。
「そんなに焦らなくても、誰も盗らないのに。ゆっくり食べなよ……ふふ」
ダネルNTW-20は微笑を浮かべ、一粒も食べ逃すまいという勢いで飼料に食いつく子猫を眺めている。
――なんだ、それは。
俺は、何故だかその光景に脳天を撃たれたような衝撃を受けた。
俺は眩暈を感じながらも、ダネルNTW-20の姿から目を逸らすことができなかった。
我知らず後ずさった俺の靴が、地面を滑ってじゃりと音を立てる。
「誰だっ!」
ダネルNTW-20はスカートを翻して振り向いた。射抜くような視線が俺を突き刺す。ワンアクションで抜いた近接戦闘用のコンバットナイフを構え、怯む俺に相対する。
「って、なんだ、指揮官じゃないか。驚かせないでほしいな」
ダネルNTW-20は自身の足元に目を向け、少し眉根を寄せた。
「逃げちゃった」
拗ねるような口調で、ダネルNTW-20は誰にともなく呟いた。
[第5話につづく]