「……逃げちゃった」
ダネルNTW-20は子猫に与えた粒状飼料が残っているのを見てぽつりと呟いた。
そうしてダネルNTW-20は、まるで猫が逃げ出してしまったのは俺のせいだとでも言いたげな(実際そうだが)、俺の無作法を咎めるような視線を桃色の前髪越しに俺へ寄越す。
正直なところ、俺は狼狽えていた。
「あれはお前の猫なのか」
俺は苦し紛れにそんなことを尋ねた。
「別に。たまたま見かけたから、珍しいなと思って」
「その割には警戒されていなかったようだが」
――それに、お前はいつも猫の飼料を持ち歩いているのか?
「さあ、誰かが飼ってて、慣れているのかも。ペット禁止だっけ、宿舎って」
「いいや」
俺がそう言ってやると、ダネルNTW-20は満足げに鼻を鳴らした。
禁止どころか、カリーナなどは積極的に飼育を薦めている。
ただあの守銭奴がペットなどという余計なコストを食う存在を肯定している事自体が信じられない。彼女曰く、「女の子はみんなカワイイものが好きなんです!」とのことだが、まあ大方、飼料やらトイレやらといった周辺グッズを売店で売って私腹を肥やそうという算段だろう。
いつ死ぬとも分からない戦場暮らしでは、いくら貯めたところで使うあても無いというのに、カリーナはコガネムシめいた勤勉さで今日も預金残高を増やしているというわけだ。
ダネルNTW-20は小首を傾げて言った。
「それでどうしたんだい指揮官、ここへ来るなんて。猫なんかよりよっぽど珍しいね」
俺はそれで、なぜ俺がここへ来たのかをようやく思い出した。
一つ咳ばらいをして、俺は抱えていた紙束をダネルNTW-20に差し出す。
「作戦報告書だ。前回作戦の詳細な内容が書いてある。よく読んで、次の出撃までに同期しておけ。与えられた訓練メニューはこなしているか? 猫と戯れるのも良いが、己の本分を忘れるなよ」
「訓練の進捗は滞りなく。むしろ、コレが届くのを待ってたんだけど?」
「む」
それはそうだ。戦術人形は人間とは違う。
己の気分で与えられたタスクを遅滞させはしないし、工廠の
「でも普段はカリーナが持ってくるのに、今日は指揮官なんだ」
「そうだ。不満があるか? 誰が持ってきても内容は変わらんぞ」
そういう俺こそがむしろ不満げな声を出していることに、俺は俺自身で驚いていた。
ダネルNTW-20はただ事実を述べているだけだというのに、俺は何をAI相手にムキになっているのか。
仮にも一部隊を預かる指揮官の身だ。普段副官がこなすような雑務を行えば、なんらかの特別な意図があるのかと考えるほうが自然というものだろう。ダネルNTW-20が事実確認を行ったのも頷ける。
「不満なんてない。ありがたくいただくよ、指揮官」
ダネルNTW-20はほんのわずかに口角を上げ、俺から受け取った紙束をびらびらと振りながら言った。
「大切に読ませてもらう。せっかく指揮官が手ずから持ってきてくれたことだしね」
そう言ってダネルNTW-20は踵を返し、宿舎の中へと消えた。
俺はと言えば、気難しげに顔をしかめ、
[第6話につづく]