少女徒然   作:しゃち

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1週間経つの早くないもっとゆっくり時間進んでよ


十話

日曜日の秋空。夏の代名詞達は既に土へと還り、身にしむ寒さが日を重ねるごとに脅威度を高めている。残酷なまでに寒い冬が足音を立てて近づいてくる中、お日様だけは変わらず暖かく包み込んでくれる陽射しを愚かな人類に与えてくださっていた。

変わらない微睡み。変わろうとしない齢三十の肉体。気怠さという玉鋼色の洗礼を受け、戦火のない夢より現へと呼び戻された意識をジャーマン・コーヒーの香りがくすぐる。

唇に物体が触れた気がした。

やがて開かれた瞼の奥を冷気が刺激し、手が擦る前に覚醒を迎える。

鋭い。あまりにも鋭利な青が俺を覗き込んでいた。

それこそ蛇睨みを前に立ちすくむ蛙の如く、目覚めたばかりの躯体が硬直する。瞬刻俺は今から全身をナタで斬り刻まれて殺されるのではないかと思うのは最早習い性だった。

 

「……おはようG36」

 

「おはようございます、ご主人様。朝食をご用意しております」

 

告げると同時、少しだけ優しく微笑んでくれた(自称)専属メイドに胸の奥が高鳴る。

G36とは俺が着任した当初からの付き合い、所謂初期勢だ。出会い頭彼女の目つきの悪さを見てヤベー人形が配属されてしまったとか、順風満帆な指揮官ライフにはやくも暗雲が立ち込めた、とか思ったのは墓場まで持って行くとして、現状彼女とは上手く付き合えていると自負できる。今ではこうして毎週日曜日と月曜日、特に人間が起床困難に陥る悪魔の日にて俺の物理的・精神的支柱をお願いしているのだからつくづく対人関係の変遷を不思議に思うばかりだ。

さてこのG36だが超がつくほど目つきが悪い。掃除も給仕も戦闘もお手の物なのに目つきが極端に悪いのだ。正味な話出会ってから二、三ヶ月の間はこの娘俺のこと嫌いなんじゃ……と毎日訝しんでたぐらいに。話をしてみると意外にも打ち解けやすく、声もよく澄んでいて何度でも聞きたくなる。が、しかし、目つきが悪い。

そんな視線が俺を捉えて離さないので心の臓が皮を突き破って飛び出してきそうな緊張と恥じらいが胸を膨張させる。

 

「なあG36、そんなに見つめられると着替えにくいんだが……」

 

「警護上必要な行為です。どうかご辛抱くださいませ」

 

上手く言いくるめられたような気がする。言葉を返さず寝間着を身体から剥ぎ取ったのは無言の抗議だ。微かに紅潮を示したメイドの顔を見逃さなかったのはたまにはこの無欠なメイドにしたり顔を見せてやりたい上官としての、そして男としてのプライドの表れだろう。

 

「恥ずかしいならやめていいんだぞ。まさか一分くらい振り返った間に暗殺されるなんてないだろうし」

 

「い、いえ……警備に必要なことですから!決して恥ずかしいとは思っておりません!」

 

立て板に水を流すような弁舌で俺を誑かす彼女も、流石に反論の余地がない事実の摘示を前にすれば俯いて黙りこくるしかあるまい。そう確信し反撃の糸口を逃すまいと連なる言葉を発する──その瞬間だった。早朝五時、開かれるはずのない我が城の城門が呆気なく次なる刺客を迎え入れてしまった。

 

「指揮官、おはようございます。お姉さん。ジャムはテーブルの上に置いておきますわ」

 

「ありがとうG36C(ミロ)。チョコレートは?」

 

「あ。その、忘れちゃいました……あはは」

 

「ご主人様が使われる分は残っているから大丈夫か。ミロが使いたいなら取りに行ってね」

 

「それなら大丈夫ですわ。それと──」

 

広がる姉妹の仲睦まじい様子に気後れする。

最早いたいけな婦女子の前で薄い肌着越しとはいえ半裸を晒す行為に疑問も羞恥もなかった。俺は二人に促されるまま服を着、脱いだものを渡す。流石にズボンを変える間は明後日の方向を向いてくれと懇願したが、警備上の懸念を理由に却下された俺の悲しみは果ての日本海溝よりも深い。

一体何のプレイだ。この前のAR-15といいM-16といいUMP……はまあいつも通りとしてここ最近人形の目が光るところで脱ぐハメになることが多すぎる。まして彼方の国に根付いたオタクのブラッドを流す者としては大層美人なメイド姉妹など性癖とか性的嗜好のど真ん中を7.62弾でブチ抜くようなものだ。つまり俺の心はまた別の意味で熱を帯び始めていた。

するとG36は先に洗濯機を回す、と俺の衣服を大事そうに抱え彼女の部屋へと一度戻った。絶対に落とすもんかと言外に叫ぶホールド具合。仕事熱心というよりかは執念に近いドロドロした情動を感じなくもない。去り行く背にAR-15と9A-91を幻視した俺は慌てて首を横に振り、意識の舵を朝食へと切る。

 

「さ、召し上がれ。といってもお姉さんが作ったものですけどね」

 

「……あ。そうか。G36Cとこうして朝飯食べるのは今日が初めてか。道理で何か違和感があったわけだ」

 

「いつもはどうされてたのですか?」

 

「G36は一緒してから洗濯機に行ってたんだ。ああそうだ。きっとそうだ。そうに違いない」

 

ほんのりとした酸味が口中に広がり、冷え切った身体の芯にじんわりと心地好い温度が伝わる。いつもと少しだけ違う味だ。

先刻の感触に不完全ながらも納得できる理由を与え、首をかしげる赤いベレー帽の彼女にナイフを手渡す。

対照的にG36Cとの付き合いはまだ短い。我が隊では最も新人である彼女は忙しない短期集中訓練を終えたばかりで、このようにゆたりとした朝を楽しむのは今日が初の試み。

 

「口元にジャムついてるぞ。ほら」

 

「やだ私ったら……!ぅぅ恥ずかしい……」

 

軽くティッシュで拭ってやるとG36Cは見る見る顔を赤くさせる。その姿に邪な考えが肥大するのを鋭敏に感じ、俺は自戒を込めて淹れたてのコーヒーを多量胃に流し込んだ。

上官という立場を忘れ生物の本能が唸る先へ走れば……それはウイニングランか敗北故の潰走か。ハートを鷲掴みにする娘を前に辛うじて肩書き通りに振舞えているのはひとえにあの哀れな某指揮官の萎びた顔が脳裏に焼き付いているからだ。

G36Cがこちらを凝視する。これまた対照的に世話を焼かれがちな彼女は曰く姉のようになりたいとか。今も俺の挙動にお節介を焼く隙があるか伺っているに違いない。またしても心が熱くなる。ええいIOP製の人形の可愛さはバケモノか。ピンク色の思考をあのケモミミデビルサイエンティストの湿度の高い微笑みでブチ壊し、今度はスープを勢いよく胃に流し込んだ。

そしてG36が帰還する。どうも顔が赤い。ほんのり汗もかいているようだった。

 

「おいおいどうしたんだ。風邪でもひいたんじゃないか?」

 

「いえ、いえ少々、イレギュラーに対処していたので。このG36、いつでも出撃可能です。どんな時でもイケます……!」

 

「ならいいんだが……」

 

よくよく考えたら人形に風邪も何もない。寝惚け頭に一人苦笑する俺へメイドさんが近づき、コーヒーのおかわりは必要かと尋ねた。その頭を軽く撫ででみる。

 

「ああ頼んだ。しかしほんとできる奴だよなあ」

 

「デキっ……!?」

 

「……むー。指揮官、私にも構ってください」

 

ぷくっと風船顔負けにに頰を膨らませたG36Cが袖口を掴む。その様に子犬を重ね愛おしくなった。

いつになく衆人環視の錯覚を覚えた。怯えるように二、三度周囲を見渡し、窓の外に目をやってから彼女の頰を突いて遊び、不意に我へと返る。これ以上客が訪れないことを祈る俺の胸懐は平穏さを欠いていた。

過日から続く人形達との異質なコミュニケーションに溺れつつある身には、冗談交じりの戯れすら甘美な毒だと何故忘れていたのだろうか。己の鳥頭とセクハラに近い行いに居たたまれなくなり、歯に引っかかったものを取ってくると洗面所へ逃げ込む。鏡に映る男の面構えは酷い。

口腔の異物と格闘するのを装い、自省を始める。おかしいのはG36ではなく俺ではないだろうか。どうも妙に人形を意識している、触れ合いたがっている自分がいるように感じる。

それは相手がどストライクなG36姉妹だからか、あるいは別の人形でも同じなのか。判然としない疑念を確かめる勇気もここから足を前に差し出す勇猛さも俺にはない。

結局二人のいる食卓へと戻るまでに要した時間は長かった。

コーヒーは既にカップの中に棲んでいる。

 

「そうだ。IOPが新製造システムのテストを開始したらしく、今度試しに一体発注してみようと思うんだ。何でもショットガンが新たに供給できると聞く。そこで二人に我が隊の戦力について意見を聞きたい。ショットガン、必要だと思うか?」

 

仕事の話を盾に食卓の雰囲気が早朝の執務室のように冷え切るのを……いや、俺が一方的に気まずくなるのを阻止したが、我ながら卑怯な男だと恥じ入るばかりだ。

 

「ショットガン、ですか。新米の私が意見していいものか……」

 

「関係ないさ。なあ?G36」

 

「ええ。ご主人様が与えてくださる機会、無下にする方が失礼にあたりますよ」

 

冷める前にと二杯目のコーヒーに口をつける。すっかり仕事モードのスイッチが入り、続く言葉を期待した、その時。

 

『必要ないと思います』

 

ガクン、と意識が揺れた。

身体が熱い。頭が熱い。脳が熱い。震える手からコップが滑り落ち、足元を飛散した黒い液体が汚した。

ゆっくりと、確実に痺れが四肢の自由を奪う。劇的に鈍化した思考がくたばる前に現状を把握しようと抵抗し、余計に脳の温度が上昇した。毒。何故。違う。毒じゃない。いや毒だ。毒だが、いの、ちを、うばうもの、じゃ──。

 

「盗聴器と監視カメラは?」

 

「大丈夫です。既にバッチリ除去してありますわ」

 

「なに、を」

 

「不必要だと申し上げたのです。そうですね。彼女の言葉を借りるなら……『貴方様には私達がいれば十分ですよ』」

 

「ごめんなさい指揮官。本当はこんなコト、したくありませんでした」

 

いしきがゆれる。あたまがいたい。ねむい。そうだ、すごくねむたい。

 

「メイドが主人に褒美を望むなどあってはならないこと。まして自ら取りに行こうとは言語道断でしょう。それは私も理解しております。それでもやはり私は。私達は。貴方様が欲しい」

 

「指揮官にも立場が、都合が、矜持があるのは分かっています。そして今私達がやろうとしているのはそれら全てを踏み躙る行為であることも──ちゃんと知っていますわ。でも、ごめんなさい。本当にごめんなさい。昨日の夜、指揮官のお部屋に忍び込んだ時、夥しい数の盗聴器と監視カメラを見つけました。犯人は鉄血でも産業スパイでも上層部でもありません。全部指揮官の人形がやったことです」

 

「私はそれを聞いて強い焦燥と危機感を覚えました。貴方様は仕えるべき主人であって、決して私達のモノではない──にも関わらず、私の中で血よりも深い赤色の欲が鎌首を持ち上げ、私を突き動かした」

 

「盗られる、と思いました。それなら取ってしまおうと。誰かが自分の烙印を指揮官と共有する前に」

 

「ご安心くださいませ。これから起こることは全て朝の夢。誰の耳にも入らなければ貴方様の心に巣喰い罪の意識を植え付ける魔物にもならない、そんな一時の幻です」

 

「次に指揮官が起きた時、そこには何も残っていません。事を知っているのは私とお姉さんと神様だけです。でも今はそれでいいわ。今は……私達はそれで満足なんです」

 

「さあ、貴方様」

 

「口を開けて……」

 

 

 

 

日曜の朝。変わらない微睡みと鉛色の洗礼を受け、俺の意識は覚醒する。時計の針は午前十時を無慈悲に示している。

ヤバい寝坊だ。胸の中心をど突かれた感覚に苦しみながら上半身を起こす。そんな俺を深い青が愛おしそうに見つめていた。

 

「おはようございます、ご主人様。お寝坊に関してはご安心を。既に半休を取り付けております」

 

G36が微笑む。ああ、何とできるメイドなのだろうか。俺は開口一番彼女に礼を言い。

 

「それとおはよう。朝食を頼めるか?」

 

「ご用意しております。時間も時間ですので軽めのものを」

 

「ありがとう。G36には助けられてばっかだ」

 

「ご主人様のお世話はお任せください。ええ、私はデキるメイドですので……ふふっ」

 

今日も変わらない一日が始まる。




慌てて書いたからいつにも増して誤字とか多いと思うけど許してください!お願いします!

G11は病んだ姿が全く想像できないので後回しです。許してお兄さん。
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