少女徒然   作:しゃち

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十三話

指揮官はクリスマスを持たない。

当然だろう。常日頃矢面に立ち命を削っている戦術人形達には一夜の休息が許されて然るべきだが、年末に向けて関係各所との調整や部下のコンディション管理に追われる中間管理職に聖夜も魔法もへったくれもない。

恋人は茶髪なあの子……が贈ってくれた万年筆。悲しい。悲しいが独り身を時代のせいにして気ままな人生を送ってきた御誂え向きの末路だろう。

そんな今日はクリスマス・デイ。時刻は二十一時。年に一度の祭礼の真っ只中で浮き足立つ人形達の喧騒も、厚手の木を一枚隔てれば遠い世界の出来事。執務室には女の影すらなく、筆が紙を擦る音、コーヒーの残り香が定まるところなくさほど広くない空間を満たすのみだ。皮肉にも望んでいた静謐を手に入れてしまった俺は、これが少し早めのクリスマスプレゼントかと自嘲めいた呟きを吐き出す。

 

「ああカリーナ、この前の作戦報告書は……そうか。休み取らせたんだっけか」

 

優秀な後方幕僚の溌剌とした笑顔もない。日常的に激務に追われている彼女に、せめてこの日とこの日ぐらいはと俺達指揮官の立場にある人間全員が権利を行使して休みを与えてたのだ。年頃の娘に今日明日と仕事を押し付けるのは流石に鬼畜が極まっているだろう。

誰もいない部屋。偶然にも手中に収めた願望物は、予見していたほど素晴らしいものではなく、むしろ言葉にできない虚しさに似た何かを振り撒き続けている。

こんな日は酒が恋しい。酔うのではなく、嗜む程度。身体を温めてくれるだけにとどまるぐらい少量の、アルコールが欲しい。冷えて固まった腰を持ち上げ、寒さに震えるノブに手をかけた数秒後、あり得ない情景が俺の視界に満ちる。

 

「……わーちゃん?」

 

「ん……しきかん?」

 

もぞりと蠢いた緋色の物体。垂れた瞼がかかる真紅の瞳が僅かに揺れる。

普段の着衣との差異は一つ。小さな頭をすっぽり覆うサンタ帽だ。

気難しさに隠された少女らしい一面を愛おしいとは思うが、今はそれ以上に妥協のない応対が要求されるだろう。叱るとかではない。こんな冷える夜の廊下に、いつからかは不明だがうずくまっていたのだからすっかり身体は冷え切っているはずだ。

半ば動揺していた俺は、赴くままわーちゃんの手を取って強引に部屋に連れ込む。頰を染めているのは霜焼けだろう。可哀想に。

ソファに座らせ、仮眠用の毛布をかけてやる。ポンコツケトルに火を入れ、訳を聞こうとテーブルを挟んだ向かいに陣取ろうとして──。

 

「となり」

 

「隣?」

 

「となり、座って」

 

あっけらかんと、せざるを得なくなる。

俯き、影の差した表情を読み取ることはできないが、自らの右隣の虚空を叩くわーちゃんの手は脆く崩れそうなほど弱々しい。

何の冗談だ、と一笑に付す猶予はないと予感させる。未だ困惑に囚われる足に行き先を叩き込み、互いの肩が触れ合う距離に位置を定めた。

 

「私ね。初めてのクリスマス、アンタとも過ごしたかったの」

 

「ふぃーちゃ……スプリングフィールドにも手伝ってもらって、ケーキも作った」

 

「そしたらアンタも他の指揮官もみんな仕事に追われてこれないって……」

 

「でももしかしたら、もしかしたらもう終わって暇してるかもしれないって思って……待ってた」

 

淡々と続く事実を告示する声には非難の色も、後悔の念もない。にもかかわらずわーちゃんのが声に出す単語一つ一つが俺の胸中に燻っていた感情が作る破壊点を突き、沈黙の冬だけが俺達の間に残る。

罪悪感に圧し潰された俺の口は、言い訳も謝罪の言葉も紡ごうとしない。ただ右手だけが、ひとりでにわーちゃんの帽子越しの頭を撫でる。

力強く抱き締める甲斐性を宿していないのが情けない恥ずべき男児だと自嘲する所以である。一夜の魔法に信を置いているわけではないが、今真横の少女が欲しているのは俺の大胆な決断だろう。

だが無情にもそんな勇気が湧いて出る気配は胸の内にはない。元より慕情やその類を人形としての信頼に隠して寄せてくる娘達との関係を有耶無耶にする冷血漢だ。

ちょうどケトルが鼻歌を歌った。少しだけ離席する許しを頂戴し、慰めにもならないコーヒーを二人分こしらえる。

 

「砂糖は?」

 

「要らないわ。ミルクも……なしでお願い」

 

「分かった」

 

口に含んだ液体の苦さが、事務的な会話の無味無臭っぷりを更に際立たせる。

ここで出すのが高いワインでもお洒落なシャンパンでもなく、インスタントのコーヒーという事実が俺の不甲斐なさを雄弁に語っている。

不意に、食器棚の住人と視線が合致した。M16が残したミニチュアのジャックダニエルだ。結局、あの日以来奴が俺の部屋に訪れてこないので、いつかのまま放置されている形になる。

そして俺は、はたと膝を打つ。

 

「わーちゃん!」

 

「うぇっ!?な、何よ急に大声出して!?」

 

意識よりも先に言葉が走る。目を丸くした彼女に十分だけ時間をくれと懇願し、シンと冷えたクリスマスの直線を、走り出す。

 

 

 

俺を突き動かしたのはわーちゃんへの同情ではなく、ジャックダニエルが、M16の言葉が回顧させたシンプルかつ原始的な事実。青臭い言い方をすれば使命だ。

戦術人形が最終的に拠り所とするのは指揮官だ。ならばその指揮官が仕事を言い訳にし得られるものとは一体何だ!

同期とすれ違っては意味を失って久しい成句を交わし、顔見知りの人形と会っては意義など持たないフレーズを贈り合う。

走り続け、スプリングフィールドのカフェの厨房へ。慌てるあまり瞠目する対面の少女に怒鳴りつけるように注文してしまったのは次回への反省点だ。

常日頃は俺の隠し事を看破するスプリングフィールドの洞察力と直感力は、この時ばかりは十全なる善の機能として俺を支えた。全てを察した彼女は曇りない笑顔で少し不恰好なケーキと、店で一番高いワインを手渡してくれる。

 

「わーちゃんを泣かせたら指揮官と言えども承知しませんからね?」

 

「大丈夫。悪いな、気を利かせてもらって」

 

「あの娘のためですから。ほら、行ってあげてください」

 

促されるまま踵を返す。鉄扉を開けようとした、その時。予想だにしない言葉が背中に突き立てられた。

 

「明日は私に付き合ってくださいね?」

 

どうやら、彼女には勝てそうにない。

 

 

来た道を全力で。十分と言った手前、その時間で戻らなければならない。ならば帰りの道程で誰ともすれ違わなかったのは、まさしく聖夜がもたらしたささやかな奇跡だろう。UMPとかVzとかに絡まれたら確実に間に合わない。

 

「──よしセーフ!九分二十七秒だからセーフ!」

 

「おかえり……。ってアンタ、それ……」

 

「ほら、後一時間でクリスマス終わるから、それまでにいただこうか」

 

仰天するわーちゃんを今だけは尻目に、そそくさと準備を整える。気持ち彼女の顔が明るくなったのは、錯覚ではない。今はそう確信できる。

 

「よしっ……いただきます」

 

わざとらしい大仰な動作は、わーちゃんに対する無言の督促という意味を有している。狙い通りつられて小さいサンタが両手を合わせるのを認め、ケーキのカケラを口に運んだ。うん、美味い。

 

「……まっ、まあね!この私とスプリングフィールドが一緒に作ったんだから!マズイわけがないでしょ!」

 

「俺のために?」

 

「ハァ!?何でアンタのためになるのよ!パーティ用よパーティよ・う!このスカポンタン!」

 

「でもさっきは俺とクリスマス過ごしたかったって……」

 

するとみるみる、面白いぐらいにわーちゃんの顔が赤く染まる。今度は霜焼けではないだろう。

 

「わーわーわー!言うな言うなァー!」

 

羞恥が限界を越えたのか例のわーちゃんパンチが飛び出さない。代わりにグラス一杯のワインが男らしく鳴る喉の更に奥へ消えた。

 

「……ふぅ。お仕事、大丈夫なの?」

 

「明日の俺にやらせればいい」

 

「……そ。ならいいけど」

 

わーちゃんの優しさと遠慮には、明日の俺を犠牲にすることで得られる言葉を以て触れる。微かな微笑みを残してそっぽを向いたわーちゃんの顔の赤らみを増させるのは、アルコールか。それとも。

 

「このワイン、美味しいわね」

 

「俺も初めて飲んだが、こりゃあ確かに美味いな。今度また一緒に飲もうか」

 

酒とケーキの甘さで滑りやすくなった舌の根が、自分でも疑いを持つ自然さを伴って次のお誘いを言葉にする。

紅潮を越え最早赤熱と表しても差し支えない顔色になったわーちゃんが、俺に何か言いたいようだが、口をもごもごするだけで承諾も拒絶も、返答代わりの罵倒すら飛んでこない。

 

「し、しっしししし」

 

「し?」

 

「仕方ないわね!アンタがテーブルに額つけてお願いしてるんだから断るのも忍びないわよね!あーあ全く困った指揮官を持ったなぁ!」

 

二分ほど間を要した返答は、アルコールが回りすぎて幻覚を見ているのだろうか、という不安要素を取り込んでいた。一体わーちゃんには何が見えているのだろうか。

 

「そ、そうよチキン!チキンがないじゃない!取ってくるからアンタは十分ぐらい待ってなさい!いいわね!?」

 

韋駄天もびっくりの速度で部屋の外に消えるわーちゃんに声をかける隙はなかった。それは先程から彼女をかき乱してばかりの俺に対する小さな報復行為とも捉えられるが、行ってしまった少女の内心を看破する技術は遺憾にも持ち合わせていない。仮にできるのなら、一つ突っつくネタが手に入ったのだが。

ただ一つ言えるのは──書類仕事を捨てて正解だった。

 

残る課題は一つ。いかに空気を壊さず今日のことを謝るかどうかだ。

 

窓の外の雪が現実感の波となって押し寄せる。慣れない真似をした疲れと、それを塗り潰す楽しさを改めて噛み締め、意図せず呼吸が深くなった。

肺を、甘い空気が横溢する。

 

 

 

 

「ね、ふぃーちゃん。チキン残ってる?」

 

「渡す前に一つ言いたいことがあります」

 

対面に立つ親友・スプリングフィールド(ふぃーちゃん)は少し怒っているように見える。理由が掴めない私は首を傾げた。

 

「指揮官から聞きましたよ?ダメでしょう、寒い廊下でうずくまって待っているなんて。身体に悪いですよ」

 

「あ……それはそのー……。入る勇気がなかった、と言いますか……」

 

「けしかけた私にも責任がありますし、お詫びします。ですが以降は注意するように、ね?」

 

「はぁい」

 

まるで我が事のように私を心配し、叱ってくれるふぃーちゃんの優しさに胸が熱くなる。

 

「ねえ、ふぃーちゃんはよかったの?」

 

「何がです?」

 

「指揮官とクリスマス、過ごしたかったんじゃないの?」

 

「私はカフェの切り盛りがありますし、元から願っていませんでした。それに──」

 

「それに?」

 

「明日お会いする約束を取り付けてますので」

 

ウィンクしてみせるふぃーちゃんを見て、悟る。この人には一生勝てそうにない。




わーちゃんがわーちゃんなら春田はふぃーちゃん。スプリングフィールドのふぃーちゃん。

わーちゃんという最後の砦の一つが強かさの塊みたいなスプリングフィールドと仲良しなのは救いか否か。
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