──そうだ。日記のネタ探しにカフェに行こう。
戦術人形はいわば銀狼なのさ。
同期の一人がそう評していたのを思い出す。
なるほど言い得て妙だ。彼女達戦術人形は一言で言えば麗しい。幼女からレディまで外見年齢は多様だが、どの娘も美少女美人を模った容姿をしていて、性格は奇天烈ながらもきちんと規則を守り、時に蝶や花を愛で、髪は艶やかだ。しかし一度戦場に立てば鳴りを潜めていた狂気が前面に押し出され、好血の色に彩られた顔で敵のハラワタを抉っては止まらない。
そんな彼女達だが、戦場を跨いで日常へ溶ければそれはもう一人前のレディ、血を通わす一人の人間と見紛うほどに大人しくなる。食堂で甘味に舌鼓を打つ者もいれば、自分で小さなカフェを切り盛りする者も。まあ中には元気に走り回るガキンチョや小動物的な奴も一定数いるのだが。
そんなわけでグリフィン社社員食堂、あるいはカフェテリアには束の間の休息を楽しむ人間の他にも待機中の人形が大勢集まる。彼女達の会話に聞き耳を立てれば、甘い声で交わされるのは戦術のいろはからどこかで拾ったファッション雑誌のレビュー等々結構女の子らしいもの。
──この時の俺はまだ知らなかった。戦術人形が俺の想像を遥かに超えるほど人間の女らしく造られていることを。彼女達はあらゆる意味で狼であることを。
「ずぶりんぐふぃぃるどぉぉ……おれはもうつがれだよぉぉ」
戦術人形・スプリングフィールドが営むカフェでこれでもかと酒を煽ること二時間。霞んだ視界の中の時計は午後十一時を示している。
長身茶の長髪、大人びた容姿に加えて気立ての良い彼女は、今晩も嫌な顔一つせず俺のヤケ酒を見守ってくれている。その優しさに甘える自分を恥じる冷静さは酩酊した頭の片隅に残っていたが、そいつはグラスを握る手を止めるまで強いわけではなかった。
何度見てもミストレスの服はスプリングフィールドによく似合う。それだけでジャックダニエル十杯はいける。そうだ俺は悪くない。美人すぎるこの娘が悪いんだ。頭の悪い考えに身を委ね、グイッと残りを飲み干したところで、とうとうドクターストップならぬミストレスストップが俺のハートを撃ち抜いた。
「指揮官、お気持ちはお察ししますがそろそろおやめになった方が……。ほら、他の娘も見てますので……」
言われて気がついた。どうやら夜間哨戒当番だった人形達が戻ってきたらしい。静寂と緊張、身体に染み付いた濃厚な死の匂いを消すには、ここはうってつけの場所だろう。人形達の冷ややかな視線が痛いが、しかしアルコールは止まらない。
「やさしいなぁ……でも俺は飲む!飲まなきゃやってられん!毎日毎日鉄血の連中へ対抗策を立てて、お前達を前線に送り込み、報告書をまとめて死んだように眠る日々だ。いつになったらこの戦いは終わるんだ……」
そこで俺はようやく自身の醜態を知った。
作戦を立てるのは俺の、俺達の仕事だ。ではそれを実行するのは?決まっている、スプリングフィールドをはじめとする戦術人形。つまり血を流すのも彼女達。
手入れを怠っている故にに肉が付き出したこの身体も、酒が入ってご機嫌に回る舌も、畢竟疲れるだけで痛みを知らない。それなのに酔った勢いで俺は愚痴っている、俺よりももっと不満が溜まっているはずの存在を無理に付き合わせて。
失態だ、痴態だ。酒ではない何かが這って全身を赤く染めていく。逃げるようにカウンターに突っ伏し、恥ずかしさに押し潰されそうな声を絞り出した。
「すまない、冷静じゃなかった……忘れてくれ」
「指揮官がそうおっしゃるなら」
優しい。天使だ。控えめに言って好き。
スプリングフィールドの微笑みが天使のそれに見えるのは、きっと酔いのせいではないだろう。
この天使を退屈させない話をする技術がない自分を更に恥じた俺の脳裏に、ふと一つの話題がよぎった。女の子はファッションとスイーツと色恋沙汰が好きだって、昔誰かに教わった。それはきっと戦術人形にも通用するだろう。
「そう言えば最近我らがグリフィン社の中では空前の恋愛ブームだったな。この前も同期の奴が意中の女性を手に入れたとかで散々自慢話に付き合わせやがってさあ」
「その話はカフェに来る娘達を狂わせていますわ、指揮官。特にここ数日は人形と結婚した指揮官様の話で持ちきりで……」
「いたなあそんな奴。スキモノとは思うが、まあ悪くないんじゃないの?」
ガタッと、隅の方で物音が立った。
見れば熟れたリンゴもここまではと言わんばかりに顔を赤く染めたWA2000の姿が。酔ってフラついた弾みでスプーンか何かでも落としたのだろうか。ツンケンした普段の彼女には絶対に見られないであろう光景を一目にし、少し得した気分になった俺は改めてスプリングフィールドの端麗な顔に視線を注ぐ。微かに朱が差していた。
「でさあ、一週間ぐらい前にクルーガーさんから「お前も結婚したらどうだ」ってからかわれてさあ。半分冗談で半分本気って顔だったが、オッサン野次馬根性しかないだろうなあ」
「指揮官は……その、結婚願望……お持ちではないのですか?」
「俺ぇ?皆無じゃないが──」
ガタッ。今度は空席を左に三つ挟んだ方向から音がした。AR-15がカウンターテーブルに肘をぶつけたらしく悶絶している。アレは相当痛いだろう。俺の声かけにもものすごく震えた声で返答を寄越した。
見ればめっちゃプルプルしてる。おまけに涙目だ。かなり嗜虐心を掻き立てられた俺は、性悪だと理解しつつも彼女に近づき──。
「いたいのいたいのとんでけ〜」
丁寧にその被弾箇所をさすった。
明日あたりぶちのめされそうな予感がするが、酒と熱に浮かされた反動で身体が言うことを聞かない。先刻のWA2000にも顔負けといった具合に顔全体、耳まで赤熱化したAR-15は眼で訴えかけてくるが、ジャックダニエルの加護を得た俺はその内容を察してやることはできない。
「指揮官その……私は大丈夫ですので、あの……」
「んぁ〜?聞こえんなぁ?」
「ですから、あの、肘、大丈夫……」
「声が小さいぞぉ声が。普段の凛々しさはどこ行ったんだ?なぁスプリングフィールド」
「うふふ、仲睦まじくて何よりですわ。ですが指揮官、そろそろ彼女の羞恥が許容量を超えそうなので解放してあげてくださいな」
「ヘッ、天使スプリングフィールドのお慈悲に感謝するんだな」
「もう、指揮官ったら」
我ながら何ともセンスのない捨て台詞だ。それに悪い酔いし過ぎている。AR-15から離れ元の席に戻った俺はアルコールの代わりに無味無臭の水を二杯、胃に流し込んだ。同時にAR-15が腰を持ち上げる。
怒らせてしまったか。不安と反省、後悔の念が沸き立つ。不快な思いをしたなら明日きちんと謝罪しなければ。やがて冷静になった頭を回らせる俺は、次の瞬間に予想を裏切られた。
「指揮官、お隣失礼します。それとスプリングフィールド、響十七年を。支払いは指揮官にツケてください」
「げっおまっ」
「あらあら……ふふ、かしこまりました」
「ちょっ……」
やられた。青ざめた俺をAR-15は得意げに見つめ、隣に席を移す。イタズラの対価は高くつくらしい。あるいはこれ以上私で遊ぶなという警告か。どのみち代金を持つ以外の道が絶たれた俺は、水をお代わりした。少なくとも今晩の軍資金はもう底をついた。
氷がコップの底を叩く音。涼しげな振動が鼓膜を震わせ、残っていたアルコールを体内から吹き飛ばす。この店クレジットカード使えたっけか。
一抹の恐怖はスプリングフィールドの笑顔と優しい声色の前に霧散した。よかった。慌てて部屋にダイヤを取りに行く指揮官はいなかったんだ。
すると嬉しそうにお高い酒を愉しむAR-15がどうも愛おしくなり、二、三度頭を撫でてみる。これはからかいでも何でもないからセーフだ。照れたのかそっぽを向いたAR-15は「そういえば」と、
「指揮官はご結婚なさるおつもりですか?私は反対です。結婚し家庭を持つことで弛んでしまうのはグリフィンの現状を観察している指揮官ならおわかりのはずでしょう。それに結婚したとして、その後指揮官が不幸にも戦死したとして──そんなこと私が死んでもさせませんが──仮にそうとして、遺された家族はどう過ごすのでしょう。この時代遺族年金では食っていけません。それに……」
いつになく饒舌な姿に気圧されたが、なるほど彼女の発言には一理ある。特に遺された家族に関してはだ。
世界が崩壊し、機械人形の進行に怯える人々に未亡人の手助けをする余裕はないだろう。遺族年金だって妻や子供を長い間食わしてやれるぐらい立派ではない。
いや待て、そもそもなんで俺が結婚したい感じに話が進んでいるんだろうか。我々の間には誤解があるに違いない。それを解こうとし言葉を用意した俺は、またしてもAR-15のプレッシャーに競り負けた。
「もし、もし指揮官が心の底から結婚を……魂の拠り所を欲しているのなら」
「いや俺は……」
「結婚相手はピンク髪で少し目つきが悪くて」
(ダネルか?)
「機転が利いて戦闘が得意で」
(ネゲヴだな)
「心根は優しい戦術人形がいいと思います」
(SKSじゃねぇか)
そうやって俺の結婚に関連する熱弁を延々と聞かされていた俺は、不意にカフェ内の空気がどこか張り詰めているような、しかし熱くなっているような感覚を得た。心なしかスプリングフィールドの顔も真剣になっているように見える。
女の子は浮ついた話を好むが、それにしては物々しさが否めない。気になって周囲を見渡すと、パイプを加えサムズアップした戦術人形と視線がぶつかった。名はトンプソン。俺ではない別の指揮官に属している人形だが、活躍の噂は耳にしている。
彼女の真意とは。測りかねるが、俺の発言が期待されているのだけは理解した。
結婚。それを模した誓約なるシステム。ともすれば俺がごまかしに始めた話は最早俺だけのものではない可能性がある。自戒を兼ねた冷水を舌に浴びせ、そしてスプリングフィールドの声が聞こえた。
「指揮官、結婚相手はやはり家事が得意でないといけません。つまり指揮官が花嫁としてもらう人形は自律人形寄りの個体をお勧めしますわ」
いきなり試す如くの揺さぶりはやめるんだ。スプリングフィールドの微笑みが今だけは小悪魔のそれと俺の脳に認識される。
「その辺は深く考えてないなあ。せっかくなら色々分担したいし……まあ仕事上それは難しそうだけども」
「では指揮官は共に成長できる戦術人形と結ばれたいと。なるほど、
「いいえ、指揮官には甘えられる相手が必要ですの。母であって姉であって恋人であるような相手が。ナショナルマッチ徹甲弾が似合う人形ならきっと指揮官のお力になれるはずですわ」
「.300BLK高速弾を巧みに操る人形も負けてないはずよ、スプリングフィールド。私なら──」
やいのやいの。
白熱する議論の中、俺は二つのあり得ない光景を目にする。
一つはいきなり起立したと思えば勢いよく口と床とを結ぶ橋を架け始めたWA2000の姿。
そしてもう一つは──WA2000に駆け寄ったAR-15の短いスカート丈から覗く、明らかに男物のパンツ。
この前指揮下の95式に一服盛られ哀れなショットガンと化した同期と、同じ穴のムジナになりかけた自分を想起し、震え上がる。M4A1がこんな俺の前に姿を現すのにそう時間はかからなかった。
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