少女徒然   作:しゃち

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三話

スプリングフィールドのカフェでしこたま飲んだ反動だろう。頭がギンギンと痛む。おまけに寒気がする。お財布も。

ただこの頭痛に対し、スコーピオンが俺の頭蓋の内で踊り狂っているからなのではという、とてもI.Qの低い悪い考察ができるぐらいの体力は戻っていた。ひとまず安堵した。二日酔いで仕事できませんなんて言った日にはクルーガー氏とヘリアン氏にぶちのめされる。

身だしなみを整えた俺は与えられている執務室へと向かおうとして──。

 

 

見られている。そう、知覚した。

 

 

どこの誰が、そこまでは判然としない。だが背後を取られている事実だけは今も尚磨かれている獣の本能が感じ取っている。

監視だろうか。一笑に付すには穏やかではない。あるいは昨晩の俺の醜態を目撃した戦術人形が品定めをしている可能性も否めない。

仕事内容には積もるほどの不満があるが、衣食住の保証に関しては信頼できるこの指揮官ライフを手放すハメはごめんだ。文字通り襟を正した俺は、窺うようにして執務室の扉を開いた。

沈黙の空間。無人の部屋。わけもなく漂うコーヒーの香りに首を傾げた時、背中に刺さる視線が重厚な長方形の木に阻まれ消えていった。

次いで、行儀悪くデスクに腰掛ける紅の瞳と目が合う。そいつは俺を見るや、ドッキリが上手く運んだ子供のように笑ってみせた。彼女の名はM4 SOPMOD II、愛称は略してSOPII。名前の通りあの大天使エムフォエルの家族である。

 

「おうSOPII、びっくりしたじゃないか」

 

「えへへ〜お邪魔してまーす」

 

可愛い。好き。

SOPIIは平たく言うと犬だ。俺や他の姉妹銃への懐き方が昔飼っていた駄犬を連想させてついつい和んでしまう。一度宿舎ペット用のおもちゃの骨を拝借してこいつに咥えさせてみたが、あまりにも似合うし犯罪臭がすごいので以来やっていない。ちなみにこいつ独特のワードセンスを持つ。強化時に言う「超進化!クリスマスツリ〜!」はあまりに高度すぎて三日ぐらい人間とAIは相互理解不可なのではと考え込んだ。

SOPIIは軽やかな動作で床に足をつけると、窓際のコーヒーメーカーのボタンを押した。こういう気配りができる彼女の美徳たるや、意外と評する胸懐はしまっておくべきだろう。

さてSOPIIだが、作業に集中した時の横顔は子犬ではなく意思を持った一人の女性に他ならない。朝焼けの淡い光に照らされる横顔に、普段とのギャップを見つけた俺は思わず胸が熱くなった。この子は将来いい嫁さんになる。何様目線の親心が芽吹くのとカップが手渡されるのは同時だった。

 

「ありがとう。でも勝手に部屋に入らないようにな」

 

「はーい」

 

感謝とは別に越権行為を窘めた。半分俺の人形達の溜まり場と化したこの執務室も、一応は機密情報倉庫の一部分。最重要機密こそ天井裏にすら隠されていないが、作戦報告書等は丁寧に保管してあるので、俺の目がないところで閲覧権限のない者を室内に置いておくわけにはいかない。

執務用の革椅子に深く座った俺とは対照的に、SOPIIソフトに寝転んだ。来客用とは名ばかりの長椅子は、多くの戦術人形の背を支えてきた歴戦の勇士。包み込むように彼女の躯体を受け入れる。

くたくたになっただけ、とも言うが。

 

「そうだ指揮官!わたしこの前鉄血人形のハラワタを綺麗にくり抜いて持って帰ってきたんです!後で見せてあげる!」

 

「あーうん、ありがとう……?」

 

しみじみしているところに突然狂気を発露するのは心臓に悪いのでご遠慮願いたい。

思い出した。SOPIIはM4A1曰く戦場で有名な人形虐待嗜好者。初対面の時も友好の印として紫人形のおめめをホルマリン漬けにした逸品を献上してくれた。捨てるわけにもいかないのでタンスの奥底に封印されたヤツは、今何を思っているのだろうか。知りたくないので思考を切り替え、再びSOPIIの赤に吸い寄せられる。

訝しんでいる俺に向けられた燦然と輝くくりくりの眼が褒めて褒めてとせがみ、得も言われぬ緊張感に似た何かが体温を奪っていく感覚に脳が揺さぶられる。

時たま覚えるもの。SOPIIの負の側面と会話していると鎌首をもたげる、食われるのを待つ贄に成り下がってしまった錯覚。もしくは難題を突きつけられた迷い人。彼女の趣味にネガティブな反応を示したらどうなるだろうか。拒絶したらどうなるだろうか。逆に褒めちぎったら、どうなるだろうか。

 

「しきかぁん?難しい顔して、どうしたの?」

 

「あ、いや……何でもない。コーヒー、美味いよ」

 

泥濘よりも汚い思考の海は、他ならぬSOPIIの一声により蒸発した。一人残された俺は現実に立ち返り、冷め気味の液体に口をつける。その色に何故か、俺は昨晩のAR-15を思い出した。彼女はSOPIIの姉妹──。

昨晩の衝撃がフラッシュバックする。AR-15がWA2000を介抱していた最中見えてしまった、彼女の下着。アルコール漬けの眼が節穴でなければアレは間違いなく俺の……ブラウザゲーコラボパンツだ。一見灰色のクールな一枚だがよく観察すればそれがただの布切れでないことが分かるはず。更に言えば俺はお宝とも呼べるそれをなくして久しいのだ。複数枚手に入れてなければ今頃ショック死していたと確信している。

 

「近頃どうだ?仲間とは上手くいってるか?」

 

故にSOPIIを頼りに情報を得たい。記憶が真実なら、俺は間違いなくKarと同等のハンターに追われているのだから。

 

「もちろんですよ!最近はG41とよく遊ぶんです!」

 

「わんこコンビかな」

 

それが心の声の漏洩だと気づいたのは、少し経ってからだった。

やはりSOPIIは子犬路線で売り出すべきだ。間違っても人形解体が得意ですなんて周囲にアピールすべきではない。

脱線しそうな話を元に戻そうと、俺は続け様に言葉を発した。

 

「姉妹はどうだ?M4とかM16、特にAR-15は」

 

「AR-15?相変わらず仏頂面だよ?やっぱり遊んでくれないし」

 

「まああいつは遊ぶってイメージないよなあ。いやさ、実を言うと昨日AR-15の下着を見てしまったんだが」

 

「しきかんのへんたい。けだもの」

 

「待て待て!違うそうじゃない話を聞いてくれ!」

 

焦るあまり誤解を招く表現を用いた己の浅はかさを痛感する。見ろ、SOPIIの眼差しは一転侮蔑に濡れているではないか。

 

「で、変態指揮官はAR-15のパンツにどんな感情を抱いたの?」

 

「だから違うんだ!頼む信じてくれ!俺は部下のパンチラに興奮する人種じゃない!」

 

「ふ〜ん……」

 

クスクスと笑うSOPIIに少し胸が高鳴ったのは秘密にしておかねばならない。俺に被虐趣味はないはずというのも付け加えておく。

 

「それで、あの子がどうしたの?」

 

「いやな、見えたパンツが……間違いなく俺のなんだ」

 

俺が放った一言はSOPIIのスイッチを入れて有り余るほどのエネルギーを内包していた。

天真爛漫なペットから一兵士へ。SOPIIの眼が座るのを確認した俺は、ゆっくりと複雑な事情とやらを説明する。残る気恥ずかしさは一気飲みしたコーヒーに乗せ胃の奥深く、もうせり上がってはこられない僻地へと押し込んだ。

 

「指揮官のお気に入りのパンツをAR-15が盗んだどころか履いてるかもしれないってこと?」

 

「酔った頭が作り出した幻覚だと信じたいが、このままじゃ夜もぐっすり寝られない」

 

「あのAR-15がまさか、とは思うけど……指揮官はわたしに探偵をやらせるつもりですね!任せて任せて〜っ」

 

話が早くて助かる。SOPIIの優秀さが誇らしい俺は、頷く代わりに気取った笑みを作る。

扉が四回小突かれたのは、ちょうどその瞬間だった。来客、帰投する部隊の予定がないと記憶している俺はわずかに首を傾げた。現刻午前五時四十五分。旧時代のアメリカ軍の習慣に沿って設定された起床時刻を守る義務を課せられているが、しかしこんな起き抜けにフリーの人形が訪ねてくるとは思えない。彼女達のステージは午後である。急ぎの要件を持ってきたヘリアンさんという線はない。もし非常事態なら俺はとっくに銃と指揮棒を持たされているはずだ。

なんて、考えるのはよそう。悪癖だと注意されたばかりじゃないか。俺は来訪者の素性を問い──。

 

「AR-15です。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 

心筋が千切れ飛ぶ思いをした。

思わずSOPIIと向き合う。あまりにも的確。あまりにも間が悪い。先刻のやり取りが筒抜けなのではと疑心した俺は、しかし動揺を悟られぬよう自若な声色で入室を促した。美しいピンクの髪、強い意志を宿す青色の瞳を、今は直視できない。

 

「早いのねSOPII。それにこの匂い……コーヒーか。お子ちゃま舌のアンタが飲むなんて珍しいじゃない」

 

「ひっどーい!そりゃあオレンジジュースとかの方が好きだけどわたしだってコーヒー飲めるんだからね!そういうAR15こそ、朝弱いのに早いね」

 

「ええ、たまたま目が覚めただけよ。それに他の人形達の活動が鈍い朝に指揮官に媚を売っておけば出撃で優遇してくれるかもしれないでしょ?」

 

なるほど姉妹で冗談を交わすその姿に、俺が想像するような狂気的で変態と言わざるを得ないくすぶりは断片たりとて見つけられない。

AR-15は呆然と二人を見つめるだけの俺へと歩を進めると、手に提げていた鞄から大量の紙束を取り出した。カリーナに頼んでおいた作戦報告書だ。

俺は一言礼を告げ、受け取った報告書を机の角に積み立てる。手に取った瞬間そいつらの生みの親が育んでいた怨念を感じたのは思い違いだろう。不憫なりカリーナ。しかしお前の犠牲は人形達に新たな力を与えるのだ。

瞬きの間に満ちる静寂。次の言辞に困った俺をSOPIIが見捨てたのは、神の悪戯というヤツだろう。

 

「それじゃ、わたしは今日の準備してくるね。AR-15もあんまり指揮官を困らせちゃダメだよ?」

 

「アンタに言われたくないわよ……じゃあ、また後でね」

 

とてとて走り出したSOPIIに対し、俺は心の中で叫んで引き留めようとする。待ってくれSOPII。今AR-15と二人きりになるのは色々気まずいしヤバい。

もしくはSOPIIの置き土産……!?ふざけるな!バカヤロォ!お前後でこちょこちょの刑だからな!笑い疲れてヒィヒィ鳴きながら謝っても許さないからな!

虚しくも俺の絶叫はあの狂犬に届かない。募る焦燥の中、俺は咳払いで暗に退室を促し、失敗した。多分分かってて無視された。

 

「さてと、指揮官。一つお知恵を拝借してもいいかしら」

 

改めてこちらを注視する青にいつかの、誰かの貌を重ねる。狩人の眼。ハンターの勝利を確信した笑み。強者の、嗜虐心に溢れた表情。

 

「指揮官は心の底から欲しいと思うモノの入手難易度がそれはもう高いと知った時、どうしますか?」

 

確信した、こいつはパンツハンターだ。

内心咽び泣く。その手の類は9A-91でお腹いっぱいになってると心中察して欲しい。

そもそもどうして齢三十の男の下着を欲しがるんだ。お守りにするにしてもセンスを疑うと知れ。あるいは──推測はそこで止めた。底のない愛の沼が見えたからだ。

 

「頑張る……かな。必要とあらば複数のオプションを考慮すると考える」

 

「よかった、それがニンゲンにとって当然の反応ですよね。次の質問です。あるモノを手に入れるまでの道に障害が大勢存在する場合、どうしますか?」

 

「か、神頼みだ。物騒な手段は好きじゃない……」

 

「指揮官は意外とロマンチストなのですね」

 

「じゃなきゃ指揮官なんかやってられないのさ」

 

キザに決めた声は自分でもわかるほど震えていた。AR-15は満足したのか、いつもの冷め気味な彼女へ回帰する。

 

「ありがとうございました。また後日同様にお力添えをお願いすると思いますが、その時はよろしくお願いいたしますね」

 

一礼し、踵を返したAR-15が来た道へと消える。押し寄せる疲労の波に飲まれた俺は癒しを求めた。

数分後、また一人来客名簿に名前が記される。神は信じないスタンスだが、今だけは俺を哀れんだそいつが天使を派遣してくれたんだと考えた。

ひょこっと顔を出したM4A1。少し照れ気味な様を実見し、口が昔から海馬にへばりついているあのフレーズを音にする。

 

 

どんぴしゃり、お願いが叶った。




しっくりねっとり魂にまで侵食してくるようなヤンデレが好きなんですが、いざ自分で書こうと思うとこれ相当難しいですね。上手く表現できる作者様尊敬です。弟子入りしたい。
そして僕はヤンデレもの書くと必ず一人はパンツ泥棒を出します。ごめんAR-15。AR小隊の中で一番やりそうだと直感が囁いた僕を許してください。9A-91ちゃんはもう完全にやってそう。

ところでなんでSOPIIは盗まれたパンツがお気に入りの品だと理解してたんでしょうかねぇ……。
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