俺は過去の自分を酷く侮蔑した。時を同じくして、現状に対する無力さがいかなるものかを悟らされた。
☆
起床以来魔法がかけられたように心身共絶好調だった俺は、それこそ自分ですら驚愕を禁じ得ない速度で身支度と書類整理を終え、昼食に普段の三倍盛りの牛丼と味噌汁を注文し、午後の視察を経て暇を手に入れた。ベテラン指揮官数名とその麾下の精鋭達が鉄血製造工場強襲作戦を展開しているために、残る人員が待機命令下にある事情も手伝って、やることが皆無に等しい。
手持ち無沙汰も極めると腹立たしいことに、大天使エムフォエルことM4A1に禁止されている煙草を三ヶ月ぶりに咥える、という悪徳の芽を開こうと粘度の高い声で俺に囁く。挙句本能とやらは不甲斐なく誘惑に屈し、戸棚の奥に封印した白い小箱を発掘せんと馬車馬顔負けの働きぶりを発揮しているのだから、人間の構造には本当に参るばかりである。
「やっほ、いる?」
一度暇になればどこから噂を聞きつけたか、人形達がこぞって集まるのが指揮官の性。今日もまた例に漏れずふらりと執務室を立ち寄った俺の部下の一人ならぬ一匹が、買い換え時を過ぎたソファに寝そべった。名をスコーピオンとするサブマシンガンだ。裏表がなく、努力家で、親しみやすい性格が人間も他の人形も惹きつける。しばらくどこからか持ってきた漫画を読んでいた彼女は、ふと何かを思い出したのか紙束を放り投げ俺に近寄ってきた。
「そうだ指揮官!出撃してたみんながもうすぐ帰投するみたいだよ!」
「おお!終わったのか!戦果とか被害状況とか分かるか?」
「上々らしいよ。早速祝勝会の準備も始まってるって。被害の方は分からないけど、衛生兵がドタバタしてないから深刻じゃないんじゃない?」
「鋭いな。流石サソリだ」
「でしょでしょ〜」
ニコニコ笑う彼女につられ自然と口元が緩む。勢いに身を乗せしがみついてきたスコーピオンの顎を撫でてやると、朗らかな笑顔は更に照度を上げた。
寝耳に水の報告は疑う余地のない果報だった。イレギュラーや小競り合いが続く中久々に展開された此度の強襲作戦。グリフィン上層部も珍しく重い腰を上げ、戦力の大量投入を図ったと聞く。残念ながら新参者の俺はこうして奇襲警戒を名目とした待機状態だが、先輩方が勝利を掴んだのなら依存はない。衛生兵が動いていないのも朗報だ。一部の連中を除き戦術人形はその人格をグリフィンのデータベースにバックアップできる都合ある意味で死を克服しているのだが、やはり進んで犠牲にするのは忍びない。
「それでねー指揮官。今晩の宴会の出し物が決まってないんだけどぉ……」
「俺に何かしろってか?言っておくが演劇はからっきしだぞ」
「いやいや!ほんと小さな余興でいいから!マジックとかない?ああ、あたしは愛銃でジャグリングするつもりだよ」
「やめんか馬鹿者」
金色萌える頭頂を叩くと、スコーピオンは仰々しく痛がった。
このサソリは戦勝すると得物を天高く放り投げてはキャッチする癖があるらしい。実際現場を見たことがない俺の立場から物申せば明らかに危険で狂気的な行為だが、PPSh-41が言うには毎回上手くやってのけるらしい。あるいはそうしたプログラムがインストールされているのか。
「ああ痛いなー!指揮官に打たれたところ痛いなぁ!」
また悪癖に浸かっていた俺を引きずり出したのは、スコーピオンの演技過剰な声音だった。加えて成分不明の雫を目尻に溜め込んでいるからタチが悪い。ピュアな指揮官だったら騙されていただろう。無論俺はそれが嘘だと看破する。これからも麾下の戦術人形には毅然とした態度で接する所存である。
「悪かったよスコーピオン。謝るから泣くのはよしてくれ」
とまあ格好の良い台詞回しを作ったが、男なる生き物は本当にどうしようもなく愚かで、眼前に女の形をした生物が涙していればついつい甘やかしてしまう。
「誠意が感じられないなぁー」
「ぐっ……金か、それとも便宜か」
「やだな指揮官、あたしそこまで汚くないよ」
スコーピオンがニヤリ、と湿度の高い含み笑いを俺に見せる。
蠍の毒は後で効くというのは誰の言葉だっただろうか。
☆
アルコールが前後不覚の馬鹿者にするのは人間だけではないらしい。それを嫌というほど経験によって学習した俺は、今上半身に布切れ一枚すら羽織っていない状況に陥っている。
事の発端は今朝のスコーピオンの嘘泣きだ。つい折れてしまった俺は祝勝会で出し物をすると約束した。約束したが、まさか晒し者になるとは思いもよらなかった。故に俺は今朝の俺を侮蔑し、無力感に苛まれながら戦友の大切なモノを奪っては醜く生を掴んでいる。
ところで野球拳なるゲームをご存知だろうか。発祥は極東の国らしい。文献には和楽器の演奏に合わせて歌い踊りつつじゃんけんをするという至極簡単かつ気分を盛り上げてくれそうな感じで記してあったのだが、蓋を開ければ驚天動地。まさか敗者が衣服を剥ぎ取られる死よりも恐ろしい遊戯とは想定外もいい加減にして欲しい。
「さあ盛り上がってまいりました第一回グリフィン野球拳大会!ここまでジェロニモことあたしスコーピオンの指揮官が何と三連勝!おまけに被害は上半身だけってんだから大したもんだァ!……あ、この大会企画したのあたしだから、みんな後で褒めてよねー」
ルールは簡単だ。人形演奏部隊の音楽と共に
ズル賢いスコーピオンはあろうことか酒によって体温が上昇し、指揮官全員が上着を脱いだ瞬間を狙ってゲーム開始を宣言した。奴は俺達に等しく一枚のハンデを課したのだ。許せない。俺の中でスコーピオンの危険度がストップ高がかけられるレベルで上昇中だ。
ちなみに「指揮官」が複数いる都合、人形達は主人以外の「指揮官」をコードネームで呼ぶ慣習がある。例えば俺はアパッチ族の戦士ジェロニモ。
「すまぬジェロニモ……、拙者は負けられない……。負けたら95式にぃ……!」
情けなくパンツ一丁で息巻くの奴の名はマスター・キーだ。あるいはショットガン指揮官でグリフィン内で通用する。
彼の右腕、95式アサルトライフルは恐ろしく運の強い人形に違いない。好いてたまらないご主人様のパンツを合法的に剥ぎ取るというこれ以上ないチャンスを掴んだのだから。
その眼が俺に告げる。「負けたら承知しない」と。
心臓を圧し潰すプレッシャーを感じた俺は慌てて後方で待機している次の剥ぎ取り係に目をやる。茹で蛸すら裸族で逃げ出しそうな赤さの面を下げ、懸命に何かを言おうとするも口がパクパクするだけのスナイパーがいた。WA2000、わーちゃんだ。
見ろ、これが正常な反応だ。酔いを考慮しても婦女子が男のキケン中で絵面を見て悦ぶなど間違ってもあってはならない。俺の中でわーちゃんの評価が昇り竜だ。今度ワニのぬいぐるみを買ってやろう。
「降りてもいいんだぞわーちゃん、むしろ降りてくれ」
「えっ……顔が赤い?だ、だだだだって今日暑いから!か、かァん違いしないでよね!」
誰も聞いてない質問に答えたわーちゃんの姿に居た堪れない気持ちになった俺は、せめてもの救いを彼女にとスプリングフィールドに目配せしたが、面白がった彼女は頑張れを意味するハンドサインを寄越しただけだった。
「いイぃい言われなくてもぬ、脱がせて!あげるわよ!感謝しなさいよね!」
「おおっとここで我等のワルサーちゃんが大胆発言ッ!いやあ隅に置けないねえ」
「ええい黙れ黙れバカサソリ!テメェ後で覚えとけよ!」
「やーん、指揮官が怒ったぁ」
「すまぬ……友を売って生きるこの愚かな男を赦してくれ……」
「テメェは話をややこしくするから黙っとけ!」
そして俺達の人権を賭けた戦いはM16が奏でるオーボエの音色へ完結し──。
運命の囚人(4-3e)やってたら他のドルフロ二次書き手様達が次々と更新するのを見て大慌てで仕上げた次第であります。
指揮官のコードネームがうんたらは完全にねつ造ですが識別するのに必要なので許してお兄さん。
Q:なんでこいつのコードネームがジェロニモなの?
A:何でやろなあ。あ、ところでそういえば一人ジェロニモを名乗る人形がいましたね。
もっと一話を長くして会話量増やしたいけどそうすると長くなってより読みづらくなるし何より八千字ぐらい書くパゥワーがない。
野球拳は次回に引っ張ります。ちなみにAR-15はタイミングの敗北者なので今当直やってます。