誰かの為に戦う。そんな単純な意識が無限の力をもたらすと、俺はようやく知ることができた。
勝つか、負けるか。二分の一を十二回越えてなお衰えぬ意思の力。同胞を完膚なきまでに叩きのめした俺は、それはもう邪の塊と言わんばかりの笑顔で彼を引きずる95式への戦慄を胃上部で抑え、敬礼を以て心なき骸と化した彼を見送った。
不可能を可能にした意志の力。そのエネルギーに舌を巻き自らを誇らしく思う一方、依然として収まりどころを間違えたままの、この尊厳のない戦火の火種を憎悪した、
深夜十一時半。下弦の月に雲が被さり、騒動とは無縁の獣道で火を焚く人形達が擬似感覚器官をシャットアウトする真夜中。宴会場には貴重な油を燃やしたかと錯覚する熱気が漂う一方、俺の心身は夜道以上に冷え込んでいる。
「アウト!」
「セーフ!」
「よよいのよいシャオラッ!」
「あーん負けたあ……」
たった今下したのはオボン。片手で数えるほどしかいない女性指揮官だ。グリフィンはジェンダーフリーな傭兵組織なので優秀であれば性別を問わず登用するのである。終末世界においてなお崩さない姿勢は感服モノ、これからも人の世にグリフィンは素晴らしい企業だと発信していく所存である。……時折全員がバカになる点を除けば、本当にいい企業なんだ。本当に。
補足情報として女性兵及び人形が闇のゲームに参戦する場合剥がれるのは服だけで下着はそのままだということを述べておく。
オボンの剥ぎ取り係はM1918を名とするマシンガン。元気ハツラツ娘の彼女は遠慮なしに主人のズボンからベルトを外し、破けてもおかしくない勢いで下ろした。悪酔いした女性陣の黄色い声、死屍累々の男共が呻きと共にひねり出した歓声が耳をつんざく中、せめてもと顔を逸らした俺はおそらく紳士という人種だろう。わーちゃんはフリーズしたまま。例外処理に失敗しているとしたら笑えない話だ。
「はいここまでー!」
M1918がオボンの服装を正す。
「それでいいのかBARさん……」
「BARさんって言わないください!私の指揮官を辱めた挙句BARさんはひどいです!べーっ!」
「女性指揮官の参加は任意って聞いたけどなあ」
「そろそろ指揮官が負ける姿見たいよねー。誰か腕に自信のある方!あたしに指揮官の恥ずかしい姿を見せてくれるなら種族も階級も問いません!」
連戦に次ぐ連戦。スコーピオンのバカに風邪引くからTシャツを着せろと無言の訴えるもののあっさり却下された俺の胸中には、ウィルパワーがどこまで保つか、そんな現実的な不安が席巻しつつあった。ええいこの世界に神はいないのか。過日のジェロニモを救い導いた光はどこへ失せた。やはりスコーピオンは許せない。公開おしりぺんぺんを求刑する。
寒気に総毛立った俺は、直後その感覚が正しくもあり間違いでもあるのを悟る。
豈図らんと宴会場の奥の奥から飛び出した茶鼠色の物体。連なって姿を現した栗色の球体。
思考停止に陥った俺をねっとりと見つめるのは一対のサブマシンガンだ。
「はーいはーいその挑戦」
「私達がやるね」
空間の支配者となったのはUMP姉妹らおそらくこのグリフィンに関わる人形の中で最も俺達の手を焼かせるきっての問題児。
言葉を失う俺を尻目に、奴等は人形の合間を縫って簡素な特設ステージに登壇した。
いつからいた。いや何故お前達がここにいる──疑心を抱かせた女は、普段遭遇する時と変わらず俺を品定めするようだった。ねっとりと絡みつく陰湿な視線。それが心に設けた障壁を溶かし、緩慢に俺の中へ入ってくる感覚が苦しい。
奴等が絡んだ事象は大概ロクでもない結末を迎えると俺と配下の人形はよく知っている。そっとアイコンタクトしたスコーピオンの揺れるサファイア色の瞳は「理由をつけて中断しようか」と伝えてきた。
「実は必勝の策を練ってきたんですよ、私達」
「もちろん指揮官なら受けてくれるよね!だって私と45姉の指揮官だから!」
気色を感じ取ったとばかりに退路を遮断するのがUMP姉妹をプロフェッショナルたらしめるスキルの一つだと思い出し、いよいよ冷や汗の類が汗腺から滲み出た俺の内心は穏やかではない。
言葉なき強要。じゃんけんを今か今かと待つ握られた45の拳はともすれば肉を持った銃弾として俺を組み敷く。
ここまでのやり取りと思考に約三十秒を費やした。宴の空気を乱すにはあまりにも短い時間だ。
……そうだ。肝要なのは前線に咲く一輪の花。保証できない明日に怯える戦士達を癒す時間だ。この宴会は、この時間だけは壊してはならない。そもそも勝てばよかろうだし。
「ふふっ……流石指揮官」
ハンターの微笑を合図に、再度人形合奏団がそれぞれの得物に命を吹き込む。薄く開かれたM16の横目が背に向けられている。
「がんばれよんごーねぇ!」と青ペンでデカデカ書かれたスケッチブックを振り回す9と、泰然自若に構える45。先刻意味深長に示唆した秘策とやらの気配は感じ取れない。
だから俺は意志の力を盲信し手を開いた。勝てる、勝った。次の千分の一秒にはこいつに普段の借りをどう返してやろうかと思索に耽け──。
「なっ……」
慢心していた俺の後悔が産んだ蚊の鳴くような声。
「えっマジ?」
虚をつかれたスコーピオンの呟き。
「ちょき、私の勝ちね」
当然と言わんばかりの45の勝利宣言。
「やったぁ!流石45姉!」
無邪気に姉の勝利を祝う9の歓声。
「……チッ」
静かなるM16の舌打ち。
「あばばばばばば」
依然フリーズから覚めないわーちゃん。
「じゃあ指揮官、まずはその邪魔なシャツ取っちゃおっか」
伸ばされた手を拒む権利はない。為す術なく俺の肌を離れた黒のシャツは45から9へ手渡された。
全身から血の気が失せる。何十分の一を越えた力は、他ならぬ大敵の前に膝をついた。それは偶然か、あるいは策によって招かれた必然か。
きっとあれこれ推測を始めた時点で事態は45の掌中なのだろう。一度呼吸し我が身に残機アリ、言い聞かせた俺は再度構える。
「さーいしょはぐー」
気の抜ける45の掛け声が吐き出されたと同時、9はお供の冊子のページを一枚めくった。「まけるなよんごーねぇ!」、赤色だった。
「ぱー。ふふっ、また私の勝ちね」
「強いぞよんごーねぇ!ぱふぱふぱふぱふ!」
「9と一緒に考えた秘策のおかげ、これは私達姉妹の絆が掴んだ勝利よ……なんてね」
あの狩人の腹にくれてやるはずの鉄拳は、肉食獣の口を思わせる形をした白い手に包まれ無力と化した。
唖然とする俺から迷彩柄のミリタリーパンツが離れる。素寒貧だ。情けなく残されたのは桜模様のパンツだけ。恥ずかしさに耳まで赤くなったのが自分でも分かった。
次いで俺が負かした野郎共のシュプレヒコールと切られるシャッター音が鼓膜を震え上がらせる。こうなれば逆上も買い言葉代わりの咆哮も意味を失う。
ザンキゼロ。たった五文字が意味するものはあまりにも重たい。
「ゲームオーバーですよ指揮官。貴方は私に負けて辱められる。あれこれ考えたってもう間に合いません」
「ふれー!ふれー!よんごーねぇ!まっけるなまっけるなよんごーねぇ!」
聞き飽きたハーモニーのフェードアウト。やがて訪れる死の瞬間を前にとうとう顎が動かなくなった。
その後が怖い。公衆の面前で股間のM460を晒したとて然程ダメージではないが、万に一つも大天使M4ちゃんに軽蔑される恐れがある行為に手を染めたくない。エムフォエルにこんな穢れたリボルバーを見せられるわけないし、仮にそうなったとして「指揮官最低」と冷酷な目で罵られたその三分後には首を吊る自信しかない。おお神よ、貴方は何処に。あるいは意志の力だとかしたり顔で仲間を切り捨てた私への罰なのですか。いややはりスコーピオンこそ辱められるべきだ。
眼球が黄色を捉える。おそらく俺が見る最後の応援メッセージだろう。
さらば世界、さらば天使。諦観の境地に達した俺は、酷くスロウな時の流れに身を委ね、せめてもの皮肉としてピースサインを作り。
「へ……へっくちゅ」
それは、蜘蛛の糸。カンダタのそれにも及ばない徳を積んだ俺へ与えられた最初で最後の希望──。
一つ前の正反対。45のグーを繰り出したパーが圧殺したのを確かに見た俺は、逆転の味を覚える前にわーちゃんと向き合った。
「わー……ちゃん?」
「あ゛……今のは違う、違うから!私してないから!みんなの前で思いっきりくしゃみなんてしてないんだからぁ!」
「いや、そうじゃなく……そうか。よくもやってくれたなァ、ええ?」
くしゃみに驚いただけで手の形がまるっきり変わるなんざあり得るのか。いや、考え難い。では何故俺の手は催眠術から解き放たれた感覚を伴ってチョキからパーへ変容したのか。
何故UMP9がわざわざ三色使ってメッセージを書いたのか。
何故それを手を決定する瞬間にめくったのか。
何故わーちゃんのくしゃみが聞こえた瞬間奇妙な感覚を覚えたのか。
「サブリミナルだな、お前の秘策ってのは」
「正解……ふふっ」
「サブリミナルだって!?……ところでそれって何?」
これが寸劇ならこの場にいる全員がズッコケていたに違いない。スコーピオンの一声に覇気を削がれた俺は、時を同じくして取り戻しつつあった心の平穏に涙を流しパンツを引き上げた。
「刷り込みだよ。本来は映像の中に一コマ画像を紛れ込ませて行うがまさかたった数枚の静止画にしてやれるとはな」
「その為の文字色よ。グーは赤、チョキは黄色、パーは青。定義されてないけど大体の人間はこんなイメージを持ってるでしょ?」
「それを利用させてもらったってワケ!えへへ、これ草案作ったの私なんだよ〜」
可愛い顔してエゲツない事やりやがるぜこのUMP9ってのは。
「とにかく策は見破った。ヘッ、俺様のウィル・パワーをなめるなよ?」
「おおっとここで指揮官が強気に出たァ!いやあこれで次普通に負けたら面白過ぎますね」
「甘い、甘いですよ指揮官。どうせ目を瞑ってじゃんけんすればサブリミナルを回避できるとか考えてるんでしょうけど、甘いったらありゃしない」
そう言い切った45からは溢れんばかりの自信を感じる。一体何が奴をそうさせるのか。俺は続く言葉を待った。
「目を瞑ってじゃんけんして、指揮官が勝ったとしましょう。そこから瞼が開かれるのにコンマ数秒。私が手を入れ替えるには十分ね」
「げっおま……」
「次善の策だよ指揮官!へへへ、指揮官破りたり!」
「ずるいぞテメェら!おいスコーピオン!堂々とルール違反に手を染めるこいつらをつまみ出せ!」
「いやあ面白くなってきたからちょっと……てことでUMP45は一枚脱いでね」
「スコーピオンンンンン!!!」
「敗者の務めね。あ、指揮官。興奮しないでよ?」
怒鳴りつけ、疲労を混ぜた嘆息を吐き出す。
UMP45の城壁は高く堅い。ふざけた服装センスの人形共を鼻で笑えるぐらいにこいつはきちんとした格好をしている。上だけでも三枚。タイツを考慮したら……最低五回勝たなければ復讐の刃はこいつに届かないのだ。
確率は単純計算で1/32。だが確信があった。俺に宿った大いなる力。今それにわーちゃんの思いを乗せ、高く速く撃ち出す──!
「さいしょはぐー!」
「じゃんけんぽ……あっ」
その日、俺は神の不在を証明した。
某カードゲーム漫画の某回から着想を得たので初投稿です。実際できるかどうかはワカラナイ。あ、シャッター切ってたのはモコモコドイツライフルちゃんです。
ちなみにM4ちゃんは顔を覆う指の隙間からちゃっかり見ちゃってます。仕方ないよね。
いい加減人形視点も入れなきゃなあと思ってたり。多分次回か次々回はそうかるかな。