少女徒然   作:しゃち

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八話

恥辱と怨恨に打ち震える俺は明日の仕事を言い訳に宴の場を後にした。ちょっと寒い。

さりとてUMP姉妹に対する評価は不変の一途を辿る。本音を吐露すれば、416も含むが変わらぬ態度で接してきたことには少しの安堵と嬉しさがあった。「しばらくの間」は人と人との関係を一変させるには余るほど長い。ましてあの娘の立場を考慮すれば……。まあそれはそれとしてぜってえゆるさねえが。いつかスコーピオン共々公開おしりぺんぺんの刑に処してやる。

時に、あの寝坊助はどうしているのだろうか。いつか見た昼寝とおやつを同時にこなすG11の奇怪な特技を思い起こした俺は、焼け付いた背を追う気配があることを悟った。

尾けられている。いや敵意も悪意もない。人形のイタズラだと断じた俺は仕返し代わりにポケットに忍ばせているペンを投げつけようとズボンのポケットを弄り、空振る感触に違和を感じ、そして天使の実在を再確認した。

 

「見えてるぞM4」

 

分岐点の一角を掴むタクティカルグローブもさることながら、優等生的な容姿と奥ゆかしい性格にはアンバランスな緑のメッシュが流れる横髪が、視野の隅で存在を声高に主張している。

気恥ずかしそうに眼窩より上部をひょこっと現したM4の肌色の部分はやはり赤みがかっていた。可愛い。正味な話これだけで後一週間は飲まず食わずで生きて行ける。やはり不名誉なヌードに甘んじ荒んだ我が心を癒すのは薬ではなく天使の何気ない振る舞いだ。

 

「あの、指揮官……」

 

「ああ、もしかして心配してついてきてくれたのか?それとも一緒に手洗いに行って欲しいのかいい、いいいいやなんでもない」

 

直後俺は酒と珍味の脂がさされ回りやすくなっていた自分の舌を引っこ抜きたくなった。

主観的にも客観的にもセクハラ以外の何者でもない発言だ。性別問わず子供は夜分に目覚め親を「トイレいきたい」と給料の出ない深夜業をさせるが、M4はそんな歳じゃないし怪談噺も楽しみこそすれ信じはしないタイプだ。あるいは冗談で済まされる余地はない。受け流してくださる可能性は……どうだろうか。上司の不浄を目撃する運びとなり傷心状態の今の彼女に眼前の浅ましい木偶の坊を鼻で笑う余裕があることを願うばかりだ。

いや待て、もしかしてM4が赤面してるのは先刻のスキャンダルが脳裏から離れないからではないのか。それを優しさで押し殺し俺を気使わんと追いかけてきてくれたならば、俺はいよいよもって腹を切らなければなるまい。

だがそれはひとまず後回しに焦燥が募るままM4に駆け寄り、彼女の小さい肩を掴んで目線の高さを合わせる。続け様に発した言葉がM4の動揺を倍増させるという発見は後日のものだった。

 

「M4」

 

「は、はい」

 

「見たか?」

 

「……あぅ」

 

「よぅし分かったM4!何でもする!何でも欲しいものを与えるから頼むから忘れてくれ!M320か!?M26MASSか!?それとも今は亡き君の実家の株券か!?」

 

CPU使用率100%とはこのことか。M4から穢れたバベルの塔の写真を除去するのに必死だった俺はつい彼女の肩を目一杯揺さぶってしまった。ぐわんぐわんとM4の小さな頭部が単振動し、ぱちくりお目目には渦が巻いている。

 

「お、落ち着いてください指揮官!私は大丈夫!大丈夫ですから!」

 

「本当か!?……いや、すまなかった。断れない事情があったとはいえアレは酷い」

 

「いえ私は本当に……。あの、指揮官こそ……」

 

まだ俺なんかの心配をしてくれるのか。天使やん。結婚して。何でか恥ずかしそうにあっち向いちゃってるけど。

エムフォエルへの好感度がまもなく天井をブチ抜こうとしている中問いかけに否定を返し、そこでM4の服装が異なっている事実に注意が向く。本来結構大きめの双丘をより引き立てる縦セーターがあるべき場所には、見覚えしかないカートゥーンのキャラがプリントされたTシャツが陣取っている。俺のだ。

疑問と、情欲に塗れた視線をM4へ送っていたのに心付いたかどうかは彼女しか知り得ない。しかしタイミングよくM4布の、それも谷間の部分を引っ張ってみせたのは真実であった。

 

「ごめんなさい、少し寒かったのでお借り……あっ。ああえと、あのこれ、お返ししますので指揮官、その、ごめんなさい、服を……」

 

俺はようやく、自分が悪趣味なパンツ一枚以外の布を身につけていないと思い出した。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!お洋服をお返ししようと思って追いかけてきたのですが、私指揮官と目が合うと途端に忘れちゃって……」

 

「ああいや、分かっててもほぼ裸の男を相手取るのは気が動転しても仕方ないさ。俺の方こそ自分がこんな格好だと今まで気がつかないのはどうかしてた」

 

酩酊の自覚はないし、受け答えもはっきりこなしているつもりだが、どうやらこの脳みそは限界寸前のようだ。

返却されたTシャツを着用し完全体へ一歩近づいた刹那、異なる寒気が背筋を凍らせた。残る俺の欠片、シャツとズボンはどこへ行った。その先は考えたくもないので、善意ある人が拾って届けてくれる展開を切望し、M4との間に踏ん反り返る気まずい沈黙をどう殺してやろうか思案する。

それは隣の天使も同様で、口をもごもごさせては言葉を詰まらせるループを繰り返してる様子が見て取れた。

ここで会話をリードし和やかな夜を作り上げてこそ男だろう。どうにか打つ手を模索する俺へ大脳皮質が提示したのは、過日縁あって入手した書籍の数々であった。

何もかもが電子化され破壊された今日の世界。紙媒体はそれなりにレアな存在である。M4も作戦報告書以外の紙媒体に触れる機会はまずないのできっと興味を示してくれるはずだ。

 

「そうだM4、この前紙の書籍を手に入れたんだ。小説から兵法書まで結構な数だ。よければ読んでみるか?あんまり触ったことないだろうし、いい経験にもなるだろう」

 

自然に、自然に。心がけても不自然さは排除しきれないのが世の常。心苦しさを和らげてくれるのは天使の微笑み。

彼女の美徳は機微に敏感なところにもある。ツーカーの仲とはいかずともこうして欲しい時に俺の心情を汲んでくれるのがM4A1という人形だ。

並び立って歩き出す。自室までの五分をM4は近況を語ってくれた。

 

 

 

 

その男は深夜の優しい明かりを照り返すフローリングの上に立ち、思う。これヤバくね?

明日はとうに今日。そんな時間帯に部屋に誘うなど成人の常識で推し量ればどう考えてもそういうお誘いにしか聞こえないからほとほと困り果てる。M4にその手の知識がないことを、ペルシカ最後の良心に期待する以外の手が残されてない俺は客人を座椅子へ導いた後、茶を入れようとキッチンへ消えた。こんな広く設備の整った私室を与えてくださるグリフィン様には感謝しても仕切れない。

 

「あ、執務室から来客用のコップとか持ってくりゃよかったなあ……。悪いM4、俺のコップでいいか?」

 

「え?うん、大丈夫……です」

 

何とよくできた娘なのだろうか。この娘を生み出した親には是非ともノーベル平和賞を授与されるべき……あっ。前言撤回。ペルシカにそんなもの与えてみろ調子に乗ってどんな厄介ごとを引き起こすか見当もつかん。

淹れたての一杯の茶は俺の心を落ち着かせ、客人を芯から温め、穏やかな夜のお供となる。

言葉はなかった。無論会話もない。けれど俺は本という共通の存在を通してM4と通じ合っている、そんな錯覚を覚えてやまない。

ただM4の読書スピードだけは気がかりだ。速い、めっちゃ速い。人形の文章処理速度、感情処理速度は人間の数倍を誇るのか。それともつまらなさが意識の支配領域を越え表層に躍り出ているのか。是非とも前者であって欲しいが、一応別のオススメを用意しておこう。そっと起立し、部屋の隅に佇むダンボールへメスを入れた俺が尻目にするM4の姿は、それはもう息を呑むほどの美しさだった。

 

「M4?俺の方なんか見て、何か宙に浮いてるのか?」

 

「えっ……?あ、ああ何でも!異常なし!……です」

 

不意に黒髪エンジェルが視線を本からこちらに移しかつ観察してくるものだから、俺の心臓は寸時前の推測が残酷な現実であったのかと慄き破裂しかけた。叩いた軽口もM4へのセクハラを嫌でも回想させ更に凹んだ、まさにその時。

 

「うおぅ!?ど、どうした急に立ち上がって!?」

 

M4が音を立てて起立した。顔は青ざめ、焦燥の色がこれでもかと滲み出ている。

 

「ご、ごめんなさい私当直でした!行ってきます!お誘いありがとうございました!また後日ご一緒させていただけると嬉しいです!」

 

俺が失態を演じとうとう見限られた……わけではなさそうだ。通用路の闇へと去る彼女に激励を送り、次回へ向けて部屋の整理整頓に取り掛かった。

 

 

 

 

指揮官にお誘いされた私の心中はそれはもう大層荒れ狂っていた。

動揺と高揚、期待に似た形容し難い感情。友人(ペルシカ)に教えられたことを思い出し、また一段と全身に熱がこもるのを知覚した。

多分、そうじゃない。間違いなく、そうじゃない。でもどこかで期待してる自分がいて──イケナイことをしている気持ちになる。

指揮官は私を信頼しているからこそ私を自室に招き貴重な書物を貸してくださっているのに、肝心の私は邪念を振り払えず背徳の悦に身をよじらせてばかりだ。

呼吸が深い。ページをめくる手の速さが一秒ごとに増す。鼻腔を刺激する部屋のニオイがクセになる。茶を一気に飲み干して、縁を舐めてみる。

前言撤回。イケナイことをした。

ダンボール箱と格闘する指揮官を確認し、部屋の隅に埋め込まれたコンセントを横目で見る。私とペルシカだけの秘密が隠された悪徳の扉。それが他ならぬ指揮官の手で開かれる日が訪れないよう祈る私の中にはようやく罪悪感が芽生え始めた。

ちょうど小説が山場を迎えた。ズレた女と仕事に忙殺される男の恋物語。女が口づけをせがむ。そこで物語は一度途切れ、別の人物のモノローグが始まる。恋敵だ。

 

「M4?俺の方なんか見て、何か宙に浮いてるのか?」

 

「えっ……?あ、ああ何でも!異常なし!……です」

 

恥ずかしくて顔から火が出る、とはまさしく今の私を指すだろう。まさか指揮官の唇を無意識に凝視していたなど、口どころか全身が裂けても言えない。

指揮官の唇。私のそれより大きくて、少し乾燥している。そこに私のを重ねたら……どうなるだろう。喜んでくれるかな。怒ってくれるかな。それとも軽蔑されてしまうかな。

私は何を考えているんだ。

己の醜悪さを恥じ堪らず俯いたその時。座椅子に隠れた悪意と、目が合った。

小さな、ほんの小さな一ドットぐらいの大きさしかない欠落。その覗き穴から座るものを観察する機械仕掛けの観測者が不気味に嗤い、私は跳ねるように立ち上がった。

 

「うおぅ!?ど、どうした急に立ち上がって!?」

 

「ご、ごめんなさい私当直でした!行ってきます!お誘いありがとうございました!また後日ご一緒させていただけると嬉しいです!」

 

拙い偽りを補完する余裕はない。至福の時を捨てた私にはやらなければならないことが──。

 

確かめなければならないことが、ある。




そら(クローンモデルの416があんな調子なんだからM4ちゃんが)そう(なるのも必然のこと)よ。

それでもやっぱり大体あのケモミミが悪い。
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