「Dメール?」
夕方の部室に8つの声が重なる。
「そう!Dメール!」
小原鞠莉はあっけらかんと、8人からの疑問に答える。
「なんですの?それ?」
「なんと小原家で開発中の過去にメールを送れるという超未来的なガジェットなのでーす!」
「過去にメール?本気で言ってるの?」
「本気と書いてマジでーす!まぁ開発中だから成功するかは分からないらしいけどね」
「らしいって…それに今時なんでメールなのよ…」
「開発を始めた時は、まだLINEみたいなSNSがなかったから仕方ないのでーす!」
立て続けに投げかけられた黒澤ダイヤ、松浦果南、津島善子による質問に鞠莉はよどみなく答えると、しばし部室に静寂が訪れた。
もっとも、皆の疑問が解消されたというには程遠く、むしろどこから突っ込んだら良いか考えあぐねているようだ。
「どうする…試してみる…?」
そんな皆の胸の内はどこ吹く風で、鞠莉は皆を見渡して問いかける。
「試すって…いったい何をずら?」
「もちろん過去にメールを送ってみるのよ」
「そ、そんなことが許されるのかな…?」
「まぁ現段階では実験中の玩具みたいなものだからね。送ったところで何も起こらない可能性の方がよっぽど高いの」
「そうは言っても…それにどんなメールを送るの…?」
国木田花丸、黒澤ルビィ、桜内梨子は、鞠莉の提案に対して戸惑いを隠せないようだ。そんな彼女らに対しても、やはり鞠莉は世間話でもするかのように何の気なしに思いつきを口にする。
「例えば宝くじの当選番号を送れば、あっという間にお金持ちでーす!」
「それはちょっと…欲が深すぎる気が…」
渡辺曜も、鞠莉の欲望に忠実な提案に苦笑いする。
「じゃあ…」
今一度、部室に静寂が降りた。
今までの戯けた様子とは一転して、鞠莉は真剣な表情で言葉を紡いだ。
まるではじめからこの提案をするつもりだったかのように。
「じゃあ、浦女を廃校から救うとか…?」
これまでの会話はただの前座だったかのように。
「そ、そんなことがてきるの?」
「どうだろう…あんなに努力してダメだったんだから、メールひとつでは結果は変わらないかも…。でも、もっと前からアクションを起こしていれば、何か変わるかもしれない…」
「そんなことして大丈夫かな?小説や映画だと、過去の些細な変化が、現在の大きな改変に繋がるってのが定石だし…。ばたふらい・えふぇくとって奴ずら」
「なんでも世界線収束範囲【アトラクトフィールド】っていう現象があって、多少の変化があっても、歴史は元に戻ろうとするんだってさ」
「でもそれじゃあ、浦女の廃校だって、色々試したところで改変できないんじゃない?」
「そうかもね。メールを送ったところで何も変わらないかもしれない、そもそも過去にメールなんて送れないかもしれない。でも何かが変わる可能性だってある」
「可能性…」
「これはおまじない。これだけ人事を尽くしたんだもの…最後に天命を待ってみてもいいと思うの」
再三、部室が静寂に包まれる。
ただし今度のものは、困惑と興奮に満たされた何とも奇妙な沈黙であった。
そんな中、これまで黙っていた高海千歌が徐ろに口を開いた。
「やってみよう」
・・・
全角で18文字、半角で36文字。
それがDメールで一度に送信できる文字数の上限だ。この短い文字列が、最大で3通に分割されて過去の誰かの元に届く。
届く時間は1時間単位で指定できる。理論上はずっと昔にも送ることも可能だが、大前提として電子メールを受信するもの、つまりパソコンか携帯電話が存在することが必要である。もっとも、何かあった時の影響を最小限にするためにも、5〜6年前を上限にすべきだろうというのが鞠莉の見解だった。
「問題は誰から誰に、どんなメールを送るかだね」
「おらたち1年生は入学したばかりだから…」
「入学前の自分に送ったところでねぇ」
「友達みんな連れて浦女へ入学せよ!とかはありかもだけど」
「入学前の自分たちにそこまでのモチベーションがあるかと言われると、分からないわよ」
「廃校になっちゃうのかぁ…って思って入学するのを止める可能性もあるずら」
「むしろ逆効果になる可能性もあるってことだね。じゃあ1年生は除外だ」
「私たち2年生は…?」
「千歌っちがAqoursを設立してくれなかったら、ここまでこれなかった…。逆に言うと影響を与えうることはしない方がいいのかもしれない…」
「1年生の千歌ちゃんに、スクールアイドルを始めよって指示を出すのはどうかな?」
「その分長く活動できるから、新入生獲得の効果は大きいかもね」
「ただ、善子ちゃん達はいない訳だから、今と同じことにはなっていないかも…」
「たった18文字じゃ細かい指示もできないしね」
「そうね、やっぱりこの9人でこそAqoursだもの。余計なことはしないでおきましょう」
「となると…」
「私たち3年生が1年生だった頃に、浦女の危機を伝える…」
「そしたら3年間いっぱい使って新入生を集めることができますわ…。あとひとりだったのですもの。説明会をまめにすれば集められるかもしれません…」
「それね!」
鞠莉は指を鳴らして同意する。
「内容としては、『再来年浦女廃校、危機救え』みたいな感じかな?」
「いち、に、さん、し…これでもまだ6文字余るね」
「鞠莉ちゃん宛だとすると、『再来年浦女廃校、ダイヤ果南と危機救え』とかどう?文字数はピッタリだよ!」
「私だったら言われずとも2人に相談する気がするけど、文字数余るのもなんか損な気がするもんね」
「ダイヤさんと果南ちゃんにも同じ内容を送る?」
「てかDメールって同時に何通も送れるの?」
「同時に、は無理ね。でも時間を空ければ何通も送ることはできるわ」
「そっか、じゃあまずは鞠莉ちゃんに送ってみようか。それで事足りるかもしれないし」
「OK!やっぱり未来の自分からってのが、いいかしらね?」
「他人から来るよりは、なんだか信じやすそうな気がしますが」
「ところで…」
梨子は恐る恐る疑問を口にする。
「ところで、メールを送って世界が変わるとしたら、私たちはどうなるの…?」
「飽くまでも仮説の話だけど」
そう前置きして鞠莉は説明した。
「この世界は平行に走る無数の線路のようなものだと言われているの」
その線路はいくつもの分岐や合流があって無限に広がっていくが、そこには一方通行で列車が1台走っているだけ。この列車が世界、走る方向が時間。決して逆向きには移動できない。
Dメールを送るというのは、列車ごと別の線路に飛び移るということ。せいぜい隣の線路にしか移れないかもしれないし、飛び移ったところで結局同じ線路に合流するかもしれない。でも時として遠くの線路に飛び移ることができて、全く違う場所に向かえるかもしれない。
そして列車は1台だけ、
世界はひとつだけ、
私達もひとりだけ。
飛び移った世界では記憶が修正され、元いた線路のことは思い出せない。
気づかない。
気づきようがない。
「つまりDメールを送って上手く世界が書き変わったら、Dメールを送ったという記憶はなくなっちゃうんだね」
「なんだか怖いずら」
「ただ、ごく稀に元の世界の記憶を保持できる人がいると言われているの。運命探知の魔眼【リーディング・シュタイナー】と呼ばれる体質らしいわ」
「不思議な力だね…」
「まさに神に選ばれし者!」
「神に愛されているんだとしたら、そんな残酷な仕打ちは受けないと思うけどね…」
部室に差し込む夕日が映す自分の影を見つめながら、誰にも聞こえぬ声で鞠莉は呟いた。
・・・
「それじゃあ送るよ」
鞠莉の問いかけに対し、全員が無言で頷いた。
「ちゃんとアドレスは確認した?」
「これだけ物々しい雰囲気にしておいて、メーラーデーモンさんから返信が来たとかやめてよね」
「大丈夫だよ。何年も前からずっとアドレスは変えていないし」
「えーすごいね。私はなぜかよく迷惑メールの標的になっちゃって、何年かに一度はメアド変えてるよ」
「それは梨子ちゃんが変なサイトとか見てるんじゃないの?」
「な!?そ、そんな訳ないでしょ!」
「そこのおふたりさん、ふざけてないで」
果南が梨子と曜のふたりを窘める。
「よし、じゃあリフター起動」
「カー・ブラックホール生成」
鞠莉は意味深な単語を口にしながら、スマートフォンを操作する。なんでも、装置自体は小原家の所有する研究機関にあり、携帯電話により遠隔で操作できるらしい。
そんな、まるでごっこ遊びのような動作を、ほかの8人は固唾を飲んで見守る。
「送るよ」
見かけ上は何も変わらないが、どうやら準備が整ったらしい。
一同に緊張が走る。
互いに目をくばせながら、8人は各々頷いて了解する。
「大丈夫。何があっても私達は仲間」
千歌の独り言のような呟きを合図に、鞠莉は電子メールの送信ボタンを押した。
***
視界が眩んで目の前が歪む。
(ここは…?)
見慣れた光景だ。
(私たちはDメールの実験をしていたんじゃ…?)
ミキサーをかけたようにごちゃ混ぜになった意識の中から、なんとか直前の記憶を引っ張り出す。
(どうゆうこと…?)
ここは、そう、浦女の正門前だ。
しかし様子がおかしい。太陽は煌々と照りつけているのに全く温度を感じないし、木々は写真から切り取ったように凪いでいる。
そもそも人っ子一人いない。それどころか校内から生徒達の喧騒が聞こえてくることもなければ、遠くから車の音が響いてくることもない。
違和感や奇妙を通り過ぎて、気味が悪かった。
生気を感じられないまるで時間が止まった世界。
世界から置いてきぼりになったようだ。
いや、どちらかと言うと世界に待ち惚けをくっているようた。焦燥感よりも不安が優先する。
(どっちから来たんだっけ…?)
そしてどっちに向かっていたのだろう。
正気を失った私はぼんやりと考える。
(戻らなきゃ…!)
なぜかそう思って歩きだそうとするやいなや、私の視界はまたしても揺らいだ。
***
「梨子ちゃん?」
隣を歩く少女の呼びかけで現実に引き戻される。
隣を…歩く…?
「どうしたの?汗びっしょりだよ?」
女性にしては高めの上背を持つ少女が、私の方を心配そうにのぞき込みながら問いかける。
「いつきちゃん…?」
私は立ち止まって、クラスメイトのいつきちゃんを軽く見上げる。
「私、なんでこんなところに…?」
「なんでって、一緒に帰ろうって誘ってくれたのは梨子ちゃんだよ?」
「私さっきまで部室にいて…」
「だから部活終わって、いま帰るとこなんでしょ?」
私はまだ状況が理解できずにいた。
ついさっきまではスクールアイドル部の部室にいたはずだ。それなのになぜかAqoursのみんなと別れて、いつきちゃんと帰路についている。
しかしいつきちゃんと帰る約束をした覚えはないし、そもそもとりわけ仲が良いという訳ではない。記憶がぽっかりと欠落してしまったような感覚に囚われる。
「大丈夫?梨子ちゃん?疲れてるんじゃない?」
「そ、そうかも…」
「最近大変そうだったもんね」
「そうだね。今月入ってからも廃校式の準備に追われてたし…」
とはいえ気が知れた仲であるのは確かなので、混乱しながらも私はとりあえず話を合わせる。
が、なぜかいつきちゃんからは奇異の目を向けられた。
「…廃校式…?なにそれ?」
「え?」
「廃校式だよ、浦女の!先週やったじゃない!?」
日が沈みかけた冬空の下、肌寒いぐらい気温は低いのはずなのに、何かが動き出す予感に、私の皮膚はじんわりと汗ばんだ。
「浦女って廃校になるの?そんな話聞いたことないけど?」
その言葉を聞いた私の心を表すかのように、海に向かって突風が吹き抜けた。
To be continued...