千歌「Dメール?」   作:米紺

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Episode 02: 定点観測の脆弱性<フラジャイル>

「はぁはぁ…」

 

心臓が止まるかと思った。

 

廃校をまるで知らないいつきちゃんの様子をみて、朧気な記憶同士が繋がり、ひとつの事実を悟った。

 

(成功したんだ…!!)

 

白昼夢のようにも思えた夕暮れのスクールアイドル部での光景。Dメール。過去の改竄。廃校の阻止。

 

全ての点と点が繋がった。

 

(まさか、たったひとつのメールで本当に廃校を阻止できるなんて…!!)

 

期待した通りの結果に手放しに喜んでいいはずなのに、本当にそうなのかという疑問が頭を離れない。

私はいつきちゃんに先に帰るよう促してから、拭い切ることができない不安に苛まれながらも、Aqoursの他のメンバーを探すべくスクールアイドル部の部室へと駆け出した。

 

 

早くみんなに会いたい、話がしたい。

ただその一心で走り続けた。

 

 

心なしかいつもより重たく感じる身体に鞭打って何とか部室にたどり着いたものの、部室には鍵がかかっており、閉ざされたカーテンによって室内の様子を伺うことができなかった。

 

(みんな帰っちゃったのかな…?)

 

私は手にまとわりついたドアノブの汚れをハンカチで急いで拭い、スマートフォンを取り出した。

 

「高海千歌」の名前を選んで電話をかける。

 

その相手は何度鳴らしても電話に出ることはなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「どうしたの、梨子ちゃん?珍しいね」

逸る気持ちを抑えきれず、私は帰宅してすぐに、窓二枚隔てた向こうにいる千歌ちゃんに呼びかけた。

 

「ちょっと話したいことがあって。そういえばなんで今日先に帰っちゃったの?」

 

「先に…?」

 

「あ、そんなことより、廃校…阻止できたんだね!」

 

「廃校?」

 

「そうだよ!浦女の廃校!Dメールが成功したんだ!良かったぁ…」

 

「廃校?でぃ、Dメール?」

 

 

何か大きな思い違いをしているような。

 

 

そんな違和感が急に押し寄せてきた。

 

 

「梨子ちゃん、何言ってるの?えっと、エイプリルフールにはまだ早いよ…?」

 

 

決定的に何かが間違っている。

 

 

そんな猜疑心が突如として湧き上がった。

 

 

(飛び移った世界では記憶が修正され、元いた線路のことは思い出せない。気づかない)

 

 

唐突に鞠莉さんの言葉がフラッシュバックする。

 

 

私が覚えていたものだから、てっきりAqoursのメンバーはみんな、記憶が残っているものだと錯覚していた。

 

 

(ごく稀に元の世界の記憶を保持できる人がいるらしいけどね)

 

 

違うのだ…覚えていてはならないはずなのだ。

 

 

世界線が書き換わっているのであれば、覚えているはずがないのだ。

 

 

(運命探知の魔眼【リーディング・シュタイナー】と呼ばれる体質らしいわ)

 

 

不気味な横文字が頭の中でこだまする。

 

 

 

私だけが例外なのだ。

 

 

 

私が…私だけが…。

 

 

 

なぜ、私なのだ…。

 

 

 

「そうだよね…覚えていないよね…?」

 

「え、なに?」

 

「変なこと言ってごめんね。忘れて」

 

「え?どうゆうこと?梨子ちゃん?」

 

「また、明日ね。おやすみなさい」

 

前の世界のことを覚えているのは私だけ。

目の前が真っ暗になったようだった。

 

引き止める千歌ちゃんの言葉も私には届かず、夢遊病患者のようにふらふらとベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

この喜びを分かち合える人も、

 

 

 

この焦燥感を相談できる人も、

 

 

 

この世界にはもういない。

 

 

 

・・・

 

 

 

浮かない気持ちとは裏腹に、夜は随分深く眠ることがてきた。精神的なタイムトラベルにより疲労が溜まっていたのかもしれない。

 

昨夜、Aqoursの他のメンバーにも連絡しようかと思ったのだが、携帯の調子が悪いのか、AqoursのグループLINEは見当たらなかったし、連絡先もあったりなかったりでチグハグだった。

とはいえ相手のリアクションが分からないLINEだとまたボロを出すかもしれないので、直接学校で会ってDメールのことを覚えていないか確認した方が良いだろうということに思い至った。

 

鞠莉さんの言うことが正しいのであれば、前の世界線の記憶を引き継いでいる人が私以外にいることは稀なのだ。要らぬことを言って頭がおかしいと思われるのは本意ではないので、今後の生活のためにも失言は避けなくてはならない。

 

世界線収束範囲【アトラクトフィールド】により、前の世界線と凡その状況は同じだと思われる。しかし、どうやら廃校阻止は成功しているようであるし、一体どこに元いた世界線との相違点が潜んでいるか分からない。うっかり辻褄が合わないことを言わないように気をつけなければ。

 

そんなこんなで、自然と自宅でも口数は減ったし、誰かに連絡をしようとか、誰かと一緒に登校しようという気も起きなかった。何とか知り合いにエンカウントすることもなく、浦女の下駄箱までたどり着いたのだった。

 

とはいえ、さっさと気持ちを切り替えて、今どうする必要があるかを考えているあたり、私も案外図太いものだ。もちろんふとしたときに辛さや寂しさは感じるのだが、適度な緊張感がそれを誤魔化してくれた。

 

しかし、折角前向きになりかけた私のもとに、残酷なことに早速最初の試練が訪れた。

 

 

 

下駄箱には2-A、2-Bと記載されていたのだった。

 

 

 

(クラスが2つある…!?)

 

改変前の世界では私たち2年生は1つのクラスしかなかった。

一方、改変後の世界にはどうやら2クラスあるらしい。

 

廃校を免れたということは、つまり生徒数が増えたということなので、当然といえば当然なのかもしれないが、あまりの変化に言葉を失ってしまった。

 

驚くとともに、わすがに恐怖を感じていた。

1通のDメールがこれほどの影響を及ぼしたことを目の当たりにして。

 

すると呆然とする私の後ろから、鬼が出るか蛇が出るか、よく知った少女が声をかけてきた。

 

「あ、梨子ちゃん、おはよーう!」

 

「曜ちゃん、おはよう」

 

「そんなところで立ち尽くしてどうしたの?」

 

不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

曜ちゃんなら、変なこと聞いても笑い飛ばしてくれるのではないか。心が折れかけている私に、そんな邪な気持ちが芽生える。

 

「いまからすっごく変なこと聞いていい?」

 

「なに?」

 

「私のクラスってどっちだっけ?」

 

明らかにきょとんとする曜ちゃん。

やっぱりダメだったか。

 

「本当に変な質問だね。どうしたの?知らない子と曲がり角でぶつかって、中身が入れ替わっちゃったの?」

 

急に自分の知らない状況に置かれたという意味では遠からずだ。

 

「それとも記憶喪失?」

 

記憶はむしろ人より余分に持っているので、やや離れたかもしれない。

 

「まぁそんなところかな…?」

 

「じゃあ、外見は梨子ちゃんだけど、中身は別人のあなたに、親切な同級生Aの曜ちゃんが教えてしんぜよう」

 

大丈夫だった。

さすが曜ちゃん。

 

「梨子ちゃんのクラスはあっち。私も千歌ちゃんもいつきちゃんも同じクラス。出席番号は…」

 

そう言って曜ちゃんはA組の方を指差す。

 

「これ!…ついでに座席も教えてあげようか?」

 

渡りに舟とはまさにこの事だ。

このまま入れ替わってしまった人のフリをして、曜ちゃんにべったりお世話してもらおう。

 

誓いを立てて早々の、一か八かの懸けだったが、曜ちゃんの快活で暢気な性格のおかげで結果的にうまく事が進んだ。

あとは話を適当に合わせながら、置物のようにしていれば、学校生活で大きなミスは犯さないだろう。

 

しかし、この様子だと曜ちゃんは前の世界線の記憶は保持していないようだ。千歌ちゃんも覚えていなかったようだし、最も相談しやすい相手は早くも除外されてしまった。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

「また分からないことがあったら聞いてね。知らない人」

 

「うん、じゃあまた放課後に」

 

「放課後?」

 

曜ちゃんの右上辺りに疑問符が浮かぶ。

 

「ああ、放課後ね。でもその前に授業という難関があるのではないかな?」

 

「確かに…ついていけるといいなぁ…」

 

ただこの点については問題ないだろうと私は確信していた。

 

 

 

・・・

 

 

 

極力曜ちゃん以外の人とは関わらないようにして、気がつくと放課後になった。

 

授業はやはり特段問題はなかった。

というのも、世界線が変わったところで教育要項や授業計画が変わる訳ではないのだ。2クラスになった影響か、時間割や授業の進み具合は微妙に異なっていたが、大凡には変わりなく何とか学生の本分を全うすることができた。

 

その一方で、休み時間の度にお手洗いに行ったり、砂埃の舞う屋上で独り寂しくお昼ご飯を食べたり、華の乙女にはいささか辛い出来事もあったが、事なきを得たので良しとしよう。学校生活というのは、回避しようと思えば意外と人と関わることが少ないのだなと悠長なことを考えていた。

 

と、教室を足早に出ていこうとする曜ちゃんを呼び止める。

 

「曜ちゃん、一緒に行こう」

 

「おお、そうでありました!」

 

曜ちゃんは近くにいた人たちに先に行くように促して、行こうと私に微笑みかける。

妙な違和感を感じながら私は曜ちゃんの後に続く。

 

「いつもと違う学校での生活はどう?梨子ちゃんの姿をした知らない人さん」

 

「似ているようで違うから、何だか気を遣うわね。少し疲れちゃった」

 

「ほう、知らない人さんは私たちと同じ学生さんなんだね!」

 

「まぁそんなところ」

 

「授業は大丈夫だった?」

 

「うん、なんとか。こっちの学校のほうが進みが遅くて助かったわ」

 

「おお、知らない人さんは進学校の学生さんなのかな?新情報が続々だ!」

 

そんな他愛のない話をしていると、ふと思いもよらぬ場所で曜ちゃんは足を止めた。

 

「はい、ここだよ」

 

「ここって、ここは美術室だよ?」

 

「あれ?知ってたの?てっきりまた場所が分からないのかと…」

 

「そうじゃなくて、部活のことだよ」

 

「んん?だからここに来たんだよ?」

 

 

なんだろう、この微妙に噛み合ってない違和感は。

 

 

不吉な予感がして、じっとりと額に汗が浮かぶ。

 

 

「あれ?もしかして本物の梨子ちゃんから聞いてないのかな?」

 

 

 

 

「梨子ちゃんは美術部員だよ」

 

 

 

 

私はまだ、とても大きな思い違いをしているのかもしれない。

 

 

 

「…え?」

 

 

 

「じゃあ私は水泳部に行かなきゃだから!なかなか迫真の演技だったよ、梨子ちゃん!」

 

そう言い残して曜ちゃんは一目散に走り去っていく。動揺していた私は呼び止めることもできなかった。

 

しかし、どういうことだろう。

この世界線の私はスクールアイドル部と美術部を兼部していたのだろうか。曜ちゃんも水泳部に向かうと行っていた。元の世界線ではAqoursの活動が忙しくて、水泳部にはほとんど顔を出していなかったはずだ。

 

廃校そのものがなくなったこの世界線では、活動の原動力がなかったから、Aqoursのほうは活動休止中なのかもだろうか。

不穏な予想が頭をよぎる。

 

そもそもラブライブはどうなったのだろう。もとの世界線では、廃校は決まってしまったものの、私たちの軌跡を残そうということで出場した。

そう、私たちの活動にはいつも廃校の危機がそばにあったのだ。ならば廃校がなくなったいま、私たちの活動は一体どうなったのだろう。

私は最悪のケースを想定し、思考を巡らす。

 

「あれ?梨子ちゃん先に行ってたんだ」

 

そう声をかけてきたのはいつきちゃんだ。

元の世界線でもいつきちゃんは美術部だった。だから昨日一緒に帰宅していたのか。

 

 

いや、つまり、だとすると…。

 

 

「ごめん、急用があるから、今日はおやすみするね!」

 

 

そう言葉を残して、私は昨日も向かったある場所に向けて駆け出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

妙だと思った。

着替えるとき以外は、私たちはいちいち部室のカーテンを閉めたりはしない。

 

不思議に思った。

ドアノブに残った埃は、まるでその部屋に誰も出入りしていないことを示しているようだった。

 

違和感があった。

千歌ちゃんが書いたスクールアイドル部の標識がなかったような気がする。

 

異常なことだった。

練習場所である屋上は、私たちが定期的に清掃して砂埃を奇麗にしているはずだ。

 

そのどれもが、スクールアイドル部が存在しないことを示しているのではないか。

 

私は息を切らせながら、スクールアイドル部の部室の前にたどり着いた。

 

ひとつ深呼吸して、ドアノブを回す。

やはり鍵がかかっていた。

 

強く、ノックをしてみる。

室内から返事はない。

 

カーテンはやはり閉まっている。

中の様子は伺えない。

 

私は校庭側に回ってみることにした。

一旦体育館を出て、部室のある方へ向かう。

 

すると、スクールアイドル部の部室の前に見覚えのある横顔があった。

部室のなかに用があるらしく、解錠しようとしているようだ。

 

「果南さん…」

 

絶望しかけた私の心に、一筋の光が差し込んだ。

スクールアイドル部がなくなった訳ではない。きっと生徒数増加に伴って、活動場所が変わっただけなんだ。

 

 

 

「あぁ…君は梨子ちゃんだっけ?千歌の友達の」

 

 

 

「え?」

 

 

 

その希望はいとも容易く打ち砕かれた。

 

 

 

「千歌のやつ、最近は大人しいみたいだけど、迷惑かけてない?」

 

 

 

なんだ、これ?

 

 

 

どうゆうことだ?

 

 

 

まるで、他人に接するみたいじゃないか。

 

 

 

「ん?どうしたの?具合でも悪いのかな?」

 

「ここは…ここは、何の部屋なんですか?」

 

疑惑や不安が渦巻く中、私は一縷の望みを託して、そう質問する。

 

 

 

「ここはダイビング部の部室、正確に言うと器具倉庫だよ」

 

 

 

私の想いなど些末な事象だと言わんばかりに、時間のねじれは残酷だった。

 

 

 

「スクールアイドル部の部室は…どこに…」

 

 

「スクールアイドル部?あぁ、千歌が前に言ってたやつか。それなら…」

 

 

千歌ちゃんともう一度話をしないと。

果南さんの返答を最後まで聞かぬまま、私は飛び出した。

 

 

 

色々なものが異なるこの世界。

 

スクールアイドルの輝きを感じた千歌ちゃんは確かにいたんだ。

 

スクールアイドル部は存在した。形は違えどまだ存在するかもしれない。

 

 

 

最後の望みを捨てることなく、私は学校から伸びる坂道を駆け下りた。

 

 

 

To be continued...

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