翌朝。
私は千歌ちゃんと登校していた。
「しかし、これからどうしようか」
「うーん、まずはAqoursのみんなと話してみようかな?もしかしたら私と同じように記憶を引き継いでいる人がいるかもしれないし」
可能性は限りなく低い。
鞠莉さんは運命探知の魔眼【リーディング・シュタイナー】を持つのはごく稀だと言っていた。
具体的な所有率は分からないが、9人中2人以上に当てはまることを「ごく稀」とは言わないだろう。
「果南ちゃんはともかく、他のAqoursの人達と仲良い訳ではないからな…。私が役に立てるかは分からないけど」
「そういえば、果南さんたちはスクールアイドルやってなかったの?」
「んー聞いたことないな。果南ちゃんは1年生のときからダイビング部で忙しかっただろうし」
「ダイビング部?」
はて?そんな部活があっただろうか?
少し考えてみたが、ある筈がないことに思い至る。
あったとしたらそれこそ果南さんが入部していただろう。
「私の世界線ではダイビング部なんてなかったよ」
「そうなんだ。こっちでは浦女で1番人気の部活だよ」
元いた世界線との差異はすべてDメールが遠因になっていると考えるのが妥当だろう。
何かのきっかけでダイビング部が結成された。そのせいで果南さん達は初代Aqoursを結成しなかった。果南さん達のフォローがなかったことが一因となって、私たちは立ち直ることができずスクールアイドルを辞めてしまった。そう考えるのが自然だろうか。
「でもそれだとルビィちゃんが入学してなかったり、1年生が加入しなかったのが、説明できないね」
私の持論を千歌ちゃんに伝えてみたが、意外にも鋭い指摘を受けた。
「うーん、とりあえず1年生と話してみようか。原因がわかるかもしれない。」
「「でも、その前に」」
「真っ先に話しておかないとね」
「頭硬いどころか、ふにゃふにゃだから、簡単に信じてくれそうだけどね」
・・・
「梨子ちゃん、違う世界から来たの!?」
放課後、私たちは頭がふにゃふにゃの1番の友人を昇降口で呼び止めて、ことの成り行きを説明していた。
「そっちパターンだったかぁ!てっきり入れ替わりパターンだと思ってたよ!すごいね!そっちの世界はどんな感じなの!?」
頭がふにゃふにゃの友人は適応力も一流だった。
ただ正確に言うと、世界が丸ごと書き変わった訳なので、別の世界から来たというのはやや語弊があるのだが、その事実はなかなか主観的には理解しがたいらしい。
「私がいうのもなんだけどそんなに簡単に信じていいの?」
「うん!梨子ちゃんがそう言ってるんだし、千歌ちゃんもそう信じているんだったら、私もそうなんだと思うよ!難しいことは分からないけど」
「曜ちゃん…」
「それにね、この3人でまた何かやりたいなってずーーっと思ってたんだ。水泳部も楽しいんだけど、なんだか物足りなくて」
曜ちゃんは少し遠い目をしてそう言った。
何とかしたくてもできない、そんなもどかしい気持ちをずっと抱えていたのだろう。
彼女の仕草からそれが伝わってきた。
「だから調べよう。梨子ちゃんが元いた世界に戻る方法を」
複雑に絡み合った各々の思惑や願いがあったのだろう。この世界線の私たちは、そんなしがらみで繋がっているのかもしれない。
形は奇妙でも、それもひとつの縁なのかもしれない。
「いやぁ曜ちゃんが単純で良かったよ」
「ええ、千歌ちゃん辛辣じゃない!?」
私たちは顔を見合わせてケタケタ笑う。
こうして3人で笑い合うのも、感覚的にはなんだか久しぶりのような気がする。
「とはいえ、果南ちゃん以外のメンバーは私も親しい訳じゃないしな」
「うーん、まずは神出鬼没、いやこの世界では未だに不登校の可能性のある方は放っておいて、居場所がはっきりしている子に話してみようか」
そう言って図書室に足を進めようとしたとき、後から声をかけられた。
「あら、リリー、こんなところでどうしたの?」
「え?」
どうやら不登校ではなかったらしい、神出鬼没なほうに先に出くわしてしまった。
さすが神出鬼没。
「え?って何よ?」
「私たち知り合いなの?」
「縁を切ろうとしている!?」
突然出会ったこと以上に驚いたのが、元の世界線と同じように、恰もAqoursの仲間かのように、善子ちゃんが話しかけてきた点である。
「ひどいじゃないリリー。私たち夕闇に戯れを興じる仲じゃない。」
「どうゆう意味…?」
「日本語でいいわよ」
「よく放課後一緒に遊んでるでしょ!」
律儀に日本語訳してくれた。
「それに…なんでこの2人といるのよ…。あなた…」
言わんとしていることは分かる。
なぜ自然消滅したはずのスクールアイドル部のメンバーが一緒にいるのか、ということだろう。善子ちゃんと仲が良いのであれば、この世界線の私が細かいところまで善子ちゃんに話している可能性は高い。
腫れ物であることを知っているのだ。相変わらず、変なところで気を遣う優しい子だ。
「うーん、ちょっと色々あってね…。ちょうどいいから話を聞いてくれない?」
この様子だときっとまだ厨二病も治っていないと思われる。
奇しくもアニメやラノベでよくある状況なので、それらに造詣の深い善子ちゃんに理解してもらうのは容易いだろう。
・・・
「そう言われてもにわかに信じがたいわね…」
意外と現実的だった。
「でも事実なのよ。そういうわけで、善子ちゃんとも、この世界線では知り合ってすらないと思ってたの。なのに、なんでリリーとか呼んでるの?」
「わたし友達少ないんだから、そのマジっぽいテンションで距離置こうとするのやめてくれる!?」
こちらの世界線でも相変わらず良いリアクションで安心する。
「てゆうかリリーの方が、うちに突然来たんじゃない!?ママの忘れ物を届けに来たとかなんとか言って」
親同士はどうやら保護者会だかPTAだかで知り合ったらしい。保護者会とPTAの違いはよく知らないが。
「なるほど、きっかけや経緯は多少違うけど、同じような結果になったんだね」
「これが世界線収束範囲【アトラクトフィールド】ってやつかな?」
千歌ちゃんと曜ちゃんも会話に入ってくるが、遠慮がちなところをみるに、この世界線の私と違って善子ちゃんとはあまり交流がないようだ。
世界線収束範囲【アトラクトフィールド】が及ぶ範囲が異なっており、関係性が構築されたり、されなかったりするのだろうか。
「ふふ、私たちは巡り会う運命だったということよ!」
「そっか」
「テンション低!」
「こっちの世界でも仲良いなら遠慮せず聞くけど、なんでスクールアイドル部に入らなかったの?」
「緩急つけてこないでよ!まぁなんでって言われても、先輩たちにちょっと誘われただけで、熱心に勧誘された訳じゃないし」
遠慮がちに千歌ちゃんと曜ちゃんの方を見やる。
「入学式で声掛けたんだっけ?善子ちゃん美人だから」
「でもそれからしばらく見かけなかったよね?」
「そうね、しばらく私、不登校だったし。復活の儀を果たして、リリーと仲良くなった頃には、その、スクールアイドル部はもう…」
「てゆうかなんで登校できるようになったの?よっちゃんが自分一人で何とかできるとは思えないんだけど?」
「人を社会不適合者みたいにゆうな!てか私は結構気を遣ってるのに、リリーはお構い無しにグイグイくるわね…」
私の戯れ言にもいちいち反応してくれるから、善子ちゃんは大変からかい甲斐がある。
「まぁそこは花丸のおかげと言わざるを得ないわね」
「まぁ、そうなるのね…」
このあたりも世界線収束範囲【アトラクトフィールド】によるものだろうか。
元の世界線ではAqoursの存在も善子ちゃんが社会復帰すること、そして堕天使で在り続けることに一役買っていたのだが、この世界線では花丸ちゃんが全てを担うことで帳尻があった訳だ。
「それが、まさかリリーの世界線では2人揃ってスクールアイドルをしてるとはね…。自分で言うのもなんだけど、全く似合わない気がするんだけど」
「2人じゃないよ…」
私は聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。聞こえたのか聞こえていないのか、善子ちゃんは訝しげな視線を向ける。
「ルビィちゃんは覚えてる?…いや、知ってる?」
「ルビィ?誰よそれ?私にはアレキサンドライト、とかの方が相応しいわ」
「そっか…」
ただし、世界線収束範囲【アトラクトフィールド】を以てしても、善子ちゃんがルビィちゃんと関わることはなかった。思い付きのひとつのメールが彼女たちの絆を断ち切ってしまったのだ。
「…覚えてはいないけど、そう、魂では繋がっているわ!前世では共に戦った仲間なのだから!」
落ち込む私の様子を見て気を遣ってくれたのか、堕天使なりに私のことを慰めてくれる。
「ふふ…」
「なによ…」
優しい堕天使だ。
「ありがと」
世界は姿を変えたとしても、変わらないものもあるのかもしれない。
・・・
「未来ずらぁ!」
経緯を説明すると、花丸ちゃんは開口一番、そう口にした。
「あ、いえ、未来的ですね!」
開口二番には、よく知った彼女の口癖を直してきた。
そう、まるで初対面の人やよく知らない人を前にしたときのように。残念ながら、この世界線では私や千歌ちゃん達と花丸ちゃんは知り合いではないようだ。
「おらは、あ、いえ、私はSFはあまり読まないから知らないだけかもしれないですが、情報だけを過去に送るというのは前例がない、斬新な発想だと思います。大抵は肉体ごと、あるいは精神や記憶だけという設定が多いですからね。未来へのタイムリープならともかく、過去へのタイムリープは親殺しのパラドックスや宇宙質量増大の問題が絡んで、矛盾を孕みやすいので、その点を克服できているように思える素晴らしい設定です。強いて言うのであれば、その運命探知の魔眼【リーディングシュタイナー】という能力が極めて主観的というか、物語を動かすマクガフィン的な立ち位置という印象があって、論理的ではないように思えますが…」
「あの、花丸ちゃん?」
「あ、ごめんなさい、私また夢中になって話しちゃって…」
「えっとね、私たち、小説のネタの相談に来た訳じゃないんだ」
「え、そうなんですか!?あまりに現実的ではなかったので…」
「そう思われても仕方ないよね…」
私たちは、たまたま出会った善子ちゃんを引き連れて浦女の図書室へ来ていた。もちろんメンバーのひとりである花丸ちゃんに会うためである。善子ちゃんが前もって連絡してくれたおかげで行き違うということもなかったので、結果的に神出鬼没なほうに先に遭遇できて良かった。
善子ちゃんと違って花丸ちゃんとは私もほとんど関わりがなかったようなので、図書室に押し寄せたときは不可解な表情された。おまけにいきなりDメールがどうとか、世界線がどうとか、SFチックな話をされたのであれば、あらぬ誤解をされても仕方がない。
どう信じてもらおうか考えあぐねていたら、花丸ちゃんの方が先に言葉を発した。
「でもルビィちゃんと一緒に、そのスクールアイドルってやつをやっていたっていうのは、なんだか素敵です」
一旦言葉を切って続ける。
「てっきり浦女に来ると思ってたのに、別々になっちゃたから…」
やはり何もしなければ浦女に来るはずだったものを、例のDメールが何らかの形で作用してこのような結果を招いたということか。
「どこの高校か知ってる?」
「沼津東女子です」
沼津駅の北方にあるなかなかの進学校だ。
なぜ北側なのに東なのか気になった覚えがある。
「なんでそっちに行くことにしたのかな?」
「うーん、詳しくは分からないけど、家族と相談して決めたって言ってました」
「細かいところは本人に聞かないと分からないか…」
別のアプローチもあるが、そちらはやや難航しそうなので、ルビィちゃんに直接コンタクト取ったほうが良さそうだ。
「おらも行こうかと思ったんですけど、学力水準も結構高くて難しそうだったから」
花丸ちゃんは寂しそうに目を細める。
「でも浦女に来てみたら、幼馴染の善子ちゃんと再会できたから、不思議なものです」
「そういえば、善子ちゃんの不登校はどうやって克服したの?」
「特別なことはなにも…。ただ毎日、みんな待ってるよーって連絡してただけです」
「案外単純ね」
「うるさいっ!」
「梨子さんのいう世界では3人一緒なんですね。本当だとしたら変な感じです」
「ルビィちゃんと連絡取れる?」
「取れなくはないですけど…」
花丸ちゃんは言葉を濁す。
こんな奇妙な先輩達に親友を紹介しろと言われたら、誰でもそうなるだろう。
「それなら私、知り合いいるから、取り計らってもらうよう、お願いしてみようか?」
「…知り合い?」
唐突に千歌ちゃんが訝しげな目を曜ちゃんに向ける。
「知り合いって誰?」
「え?」
「どうせ、曜ちゃんファンでしょ!?そうやって、また女の子たぶらかして…」
「たぶらかしてないよ!」
「ファンであることは否定しないんだ」
「千歌ちゃぁん…」
「千歌ちゃん、やきもち妬かないの。曜ちゃんも浮気は良くないよ」
「「そんなんじゃないよ!!」」
「でもさ、花丸ちゃんにこんなことお願いできないし、ここは曜ちゃんの人気を利用させて」
「しゃーなしね」
千歌ちゃんはそっぽを向きながら渋々承諾する。
「ふふっ…」
「ほら、花丸ちゃんにも笑われちゃったよ」
「あ、ごめんなさい。なんだか懐かしくて…」
「懐かしい…?」
どうゆう意味だ?
「花丸ちゃん、いま、懐かしいって!?」
「わわっ!」
「梨子ちゃん落ち着いて!」
「あぁ、ごめんなさい。でも花丸ちゃん、今の懐かしいってどうゆうこと?」
「あ、いえ、なぜかこんな光景覚えがある気がして口を突いちゃったんですけど、そんなわけないですよね…」
前の世界線の記憶の断片が残っているのだろうか。
一瞬そう期待したものの、色々質問してみてもそれ以上の情報は出てこなかった。
「すみません、期待に応えられず…」
「ううん、私こそ取り乱しちゃってごめんね」
私はふと気になったことを問いかける。
「2人はさ、私が元の世界線に戻すって言ったらどう思う?」
「戻す方法があるの?」
「それはまだ分からない。Dメールが使えるならあるいはだけど、あくまでも仮定の話」
「私には分からないわ。どっちが良いかとは決められない」
善子ちゃんは毅然とした態度で答えた。
真面目な彼女らしい回答だ。
「おらは、それが本来あるべき姿だったのであれば、元の世界線に戻しても良いのかなって思います…。なによりルビィちゃんがスクールアイドルをやっていた世界ならなおさら」
花丸ちゃんは少し自信なさげに答えた。
優しい彼女らしい回答だ。
「ありがとう、ふたりとも」
「良かったらもう少しだけ付き合ってくれないかな」
真実を知るために。
その先に何があるのかは分からない。
どうすべきかも分からない。
何が正解かも分からない。
でも答えは見えてきた。
スクールアイドルが大好きなルビィちゃんは私たちAqoursに興味を持った。
そんなルビィちゃんに感化されて、花丸ちゃんもAqoursに関心をもった。
花丸ちゃんをきっかけに善子ちゃんもAqoursに入った。
ところがこの世界ではルビィちゃんが浦女に入学しなかったから、ドミノ倒しのように3人ともAqoursに加入しなかった。
理由を見つけに行こう。
それはAqoursの9人でやらなければならないことだ。
・・・
「花丸ちゃん!久しぶり!」
私たちはルビィちゃんに会うべくして沼津駅に来ていた。
私は一方的にではあるがルビィちゃんを知っているのでそれほど構えてはいなかったのだが、この世界線では面識のない3人はもちろん、会うのは久々だという花丸ちゃんからも、そこはかとなく緊張の色が見て取れた。
「連絡してなくてごめんね、すまーとほんってどうも苦手で」
しかしそんな私の余裕はルビィちゃんを前にすると吹き飛んでしまった。
「花丸ちゃんらしいね」
「この人達は、学校の先輩なんだけど…どうゆう関係かと言われると…」
首謀者である私に、花丸ちゃんは助けを求める視線を送る。
しかし、私は動揺していてそれどころではなかった。
生活する環境がその人に大きく影響を与えるというのは、言われてみれば当然である。
双子だって異なる環境で成長すれば性格も外見も離れていくだろうし、四六時中生活を共にする夫婦だと自然と表情や仕草が似てしまうものだろう。
そこまで大それたことを言うわけではないが、およそ1年とはいえ違う高校で生活を送っていたのだから、影響を受けていないはずがなかった。
「髪型が…」
背中につくまで伸ばしたセミロングの髪を耳の下で2本に束ね、日光が不釣り合いなほど透き通る白い肌をした少女は、外見こそ変われど黒澤ルビィに違いなかった。
思わず驚愕の言葉が口をついた私に、ルビィちゃんは私が知っているものより僅かに鋭い視線を向ける。
「あ、ううん。何でもないの」
「髪型…?そう言えば高校入ってから髪伸ばしてるんだね!似合ってるずら!」
「そうかな?ありがとう、花丸ちゃん」
姉や親友の庇護がない環境で1年間、過ごしたためだろうか、ルビィちゃんの気弱な印象は見て取れず、むしろどことなく凛とした雰囲気を醸し出していた。それこそ、Aqoursに入る前のダイヤさんに似ているかもしれない。
「こんにちは、黒澤ルビィちゃん。私は桜内梨子。えーと、私のこと覚えてないよね?」
私は気を取り直して話し始める。
ルビィちゃんは一時、逡巡する素振りをみせるが、首を横に振りながらこう言った。
「すみません、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「そっか…えっとね、うまく説明できるかわからないけど…」
・・・
「ということなんだけど…信じられないよね…?1番環境が変わってるのはルビィちゃんだもの」
「えーと、ごめんなさい。別の学校に通ってたと言われてもピンと来なくて…」
この世界線では初対面のはずの私と会話する際も、ルビィちゃんはオドオドした様子を見せることはなかった。やはり少しだけ個性にも違いがあるようだ。
「でも聞いてて嫌な話ではなかったです。私にもスクールアイドルやれていた世界があるなんて」
ただ、スクールアイドルに対する想いは変わっていないらしい。
「浦の星女学院にスクールアイドルができたことも知ってたんです。あのライブも見に行ったんですよ!すごかったなぁ」
「そうだ!」
突然千歌ちゃんが叫び出す。
「沼津駅でビラ撒きしてるとき、ルビィちゃんにも渡したよね?チーム名は何ですか、って聞かれたから覚えてるよ!」
「うん、そうだ!それで急いで考えて、"浦の星少女隊"って付けたんだもんね!」
千歌ちゃんの話に曜ちゃんも同調する。
この世界線の私たちは、ルビィちゃんとも巡り合ってはいたようだ。ただしその細い糸は繋がらなかったということなのだろう。
「他に案がなかったからね。昭和かよ!って感じのネーミングだけど…」
「ええ!そんなふうに思ってたの!?私は気に入ってるのに!」
そしてチーム名命名の経緯も同じらしい。
ここでは本来裏で手を回していたダイヤさんが、この世界線では初代Aqoursを結成していなかったため、Aqoursという名前になることはなかった。言われてみれば、元の世界線でも浦の星少女隊という候補は曜ちゃんから挙がったし、なんなら海岸に書かれたAqoursの文字を発見していなければ、そのまま浦の星少女隊に決まっていたまである。
「楽しそうですね」
ルビィちゃんが笑い声を漏らしながら口にする。
「私も浦の星女学院に入学してたら皆さんと一緒に活動してたんですね…」
「ルビィちゃんはなんで浦女に入学しなかったの?」
入学していれば一緒にスクールアイドルをできていたのに。そういいそうになるのをグッと堪える。
「そ、それは…私からはちょっと…言って良いのか…」
ルビィちゃんは歯切れが悪い回答をする。
「でも、私もはっきりさせたいと思ってたし…」
独り言のように口にする。
なにかに悩んでいるようだ。
「あの、お姉ちゃんに会いに行きませんか?」
・・・
「あなた達、そんなこと本気で言っているんですの?」
私たちは沼津からとんぼ返りして、といっても曜ちゃん以外は帰り道なのだが、島郷のほうに戻って来ていた。もちろん、ルビィちゃんの姉であるダイヤさんに会うためだ。
「有り得ません。非科学的ですわ」
すっかり日も沈みかけており、焼けるような西日を背景に、ダイヤさんは私たちの話を一蹴する。
今にも立ち去りそうなダイヤさんを引き止めて、私は抗議する。
「でもダイヤさん、1年生のときに鞠莉さんから浦女の廃校について相談されたんじゃないですか?」
「そ、そんな訳ありません。理事長の鞠莉さんはともかく、いち生徒の知って良い情報ではありませんわ」
「ではなぜ私がその知り得ない情報を知っているか、説明できますか?」
「…情報を公開していない訳ではないので、調べようと思えば内情を窺い知ることはできるはずです。あなたはそれをして、わたしはそれをしていない、それだけですわ」
「ダイヤさん…」
この世界線では違うかもしれないけど、私たちは互いに隠し事ができる関係ではないのだ。
「ダイヤさんは、嘘をついたり、何かを誤魔化そうとするとき、口元の黒子を触るくせがありますよね。私に隠し事はできませんよ」
ダイヤさんはハッとしたように、口元の黒子を触る手を止める。
「お姉ちゃん、ルビィも知りたいの、本当のことを。私も100%信じられる訳ではないけど、梨子さんたちが悪いこと考えているようには見えないし、本当に困ってるみたいだし」
ルビィちゃんも援護してくれる。
ダイヤさんは最愛の妹に絆されて、静かに話し始める。もしかしたらずっと話したかったのかなと、私はぼんやりと思った。
「…いいでしょう。私から伝えられるのは一部ですが」
鞠莉さんからダイヤさんと果南さんが相談を受けたのは事実だと言う。
浦女が廃校の危機にあるから、阻止するのを手伝って欲しいと持ちかけられたそうだ。
ただし未来の自分からDメールが届いたという話は、本当にダイヤさんは知らなかったらしい。言われたところで信じられなかっただろうし、立場上鞠莉さんであれば廃校の危機を知っていてもおかしくはないので、わざわざ眉唾もののようなことを言わなかった鞠莉さんの判断は賢明なのかもしれない。
「私たちは色々な策を講じました。私は生徒会にも入って、主に事務方からその対策をサポートしました。色々な施策の甲斐もあって、入学希望者数はV字回復して、なんとか廃校は免れました」
端的な経緯はこの通りらしい。
しかしこの事実と、ルビィちゃんが浦女に入学しなかったことが、どのように関わって来るのだろう。
「でもそれって、廃校を阻止しようとしておきながら、ルビィちゃんには浦女に行かないように言ったんですか?」
私が考えていると、千歌ちゃんがダイヤさんに食ってかかった。
「なんかそれって言ってることとやってること違くないですか?見ず知らずの生徒だったらいいけど、自分の妹は行かせられないってことですか?」
「…そうですね、私は卑怯ものです」
ダイヤさんは言い訳するでもなく、自らの非を認めた。
「ルビィが浦女に行くかどうかを決めなければならない時期、つまり去年の冬頃にはまだ廃校を免れたとは言い切れない状態だったのです」
「だから私はそれとなく、浦女ではない高校の進学を勧めた。ところが蓋を開けてみれば私たちの画策は奏効して、今年の入学者は昨年よりも多く、廃校は一旦白紙に戻った」
「そんな…」
「ただ、廃校だけではありません。もうひとつ大きな理由がありました…」
「生徒数を増やそうと思ったとき、最も手っ取り早い方法が何か分かりますか?」
なんだろう。
そんな方法があるのであれば、真っ先に試していたと思うが…。
「共学化です。浦女は女子校ですから」
「今年の入学者数によっては来年、つまりルビィが2年生になる頃には男子生徒の募集を開始するかもしれないという状況でした」
「そのような可能性のある高校に、男性恐怖症のルビィを入学させるのは心苦しかったんです。でも本来知り得ない情報をルビィに伝えることもできず、迂遠な言い方でルビィを浦女から遠ざけてしまった。結局、私は弱い人間で、呵責に耐えられなかったのです」
「あっちの高校だって良いところだとは思いますが、内浦の人はあまり通わない、花丸さんとも別の高校に、私の勝手な配慮で行かせてしまったこと、実はずっと後悔していたんです」
「お姉ちゃん…」
「ましてや、梨子さんの言うことを信じるのであれば、浦女に通っていればルビィはあんなに憧れていたスクールアイドルになれていたということですものね。ごめんなさい、ルビィ…」
「お姉ちゃん、謝らないで。私は別に後悔してないよ。可能性の話だもん。花丸ちゃんとも、こうして会うことができるし!」
「ルビィ…すっかり大人になりましたね。最初から、私のいらぬ心配だったのですね」
ダイヤさんの選択肢は決して正しくはなかったのかもしれない。結果としてルビィちゃんが手に入れられなかったものがあるからだ。
でも一方で、ダイヤさんの選択肢によってルビィちゃんが得られたものもあるのかもしれない。私はそんなことを思った。
「さて、梨子さん、それで廃校阻止に1番寄与したのが…」
「えぇ、もう分かってます」
鞠莉さんに宛てた1通のDメールは、2人の人間に波及した。
1人はダイヤさんだ。
生徒会長になり、廃校阻止のために東奔西走した。
その一方で、奇しくも浦女の廃校の可能性、共学化の可能性を知ってしまったダイヤさんは、結果としてルビィちゃんの浦女への入学を妨げてしまった。
そしてルビィちゃんが浦女に入学しなかったことでAqoursは私たち2年生3人からメンバーが増えることはなかった。
そしてもう1人。
その人も別の方法で、浦女の廃校阻止のために行動し、結果として危機から救うのに最も貢献した。
しかしその代償として先代Aqoursは結成されなかった。私たちは彼女たちの挫折や失敗から学びを得ることができなかった。
そして皮肉なことに、この両者が絡み合い、Aqoursは自然消滅し、浦女の廃校は阻止された。
私たちの世界になかったもの。
それが全ての中心だった。
To be continued...