「みんな集まったみたいね」
翌日。
日も沈みかけた放課後、私たち9人は再び一堂に会した。
意外にも鞠莉さんが集合場所に選んだのは、ダイビング部の部室だった。
よく知っているはずなのに、
全く知らない場所。
乗り物酔いというのは、自分の動作と周囲の風景の移動速度が一致しないことで、脳が混乱するため生じるらしい。
車や電車では起こりやすいのに対して、新幹線や飛行機では起こりにくいのは、乖離があまりに大きいためだそうだ。
自分の部屋は元の世界線との僅かな違いがどうも気になり、妙に居心地が悪かった。
それに対してこの部室は変化があまりに著しいため気持ち悪さはなく、ただただ異質な空間だった。
「じゃあ早速多数決を採ろうか」
みんなが息を呑む。
私もいま一度、覚悟を決める。
「まずは、この世界のままでいいと思う人」
遠くから部活動の喧騒が聞こえる。
誰も何も応じない。
「それじゃあ、元の世界に戻すべきだと思う人」
鞠莉さんは困ったように微笑む。
「もう…誰も手を挙げなかったら、話が進まないよ…」
「そうゆう鞠莉さんだって、手を挙げてないじゃないですか…」
結果はどちらも0票、
私たちは答えを出せなかった。
「私は…!!」
しかし、他のみんなに決めることができなくても、私は決めなければならない。
私だけは1歩踏み出さなければならない。
夕暮れの静寂を破くように、私は声を発する。
「私は元の世界に戻すべきだと思います」
それはどちらの世界線も知っている私にしかできないことだ。
8人は驚いたような、納得したような表情をみせる。
「私には、どちらの世界が正しいか、
どちらの世界が良いかは決められない。
でもどうするかは、私が決めなければならない。
私と、元の世界線のみんなで、罪を償わなければならないと思うの」
一人ひとりの目を見ながら。
「だから私は世界を元に戻します」
私は話を続ける。
「挫折も苦悩も失敗も、なかったことにしてはいけない。
全ての積み重ねが現在の私たちを作っているから。
振り返ればそれさえも輝きに変わっているはずだから。
私は元の世界線に帰って、そのことをみんなに伝えます。
この罪を背負って生きていく。それが元の世界線のAqoursに与えられた罰だと思うから」
この世界線で築かれた数多の絆を踏みにじってでも、私たちは罰を受けなければならない。
この世界線で叶った数々の夢を奪ってでも、私たちは決断しなければならない。
世界を改竄した事実をなかったことにしてはならない。
この世界に甘んじてはならない。
最後まで観測しなければならない。
「そうだね…」
私の訴えに呼応する声がひとつ。
「梨子ちゃんは、元の世界線の私たちはそうすべきだ。私もそう思う」
千歌ちゃんが賛同する。
「私たちは、それだけのことをしてしまったんだね…」
「その事実をなかったことにしないようにできるのは、運命探知の魔眼【リーディング・シュタイナー】を持つリリーだけね…」
「私たちには後押しすることしかできないけど…」
「想いを託すことしかできないけど…」
「梨子さん、よろしくお願いします」
「決まりね…果南もいい…?」
「うん、梨子ちゃんならうやむやにせず、ちゃんと決めてくれると信じてた」
ひとつ、またひとつと、他のみんなも口々につぶやく。
それが私と、この世界線のAqoursが出した答えだった。
良くもない、正しくもない答えだけれど、
きっと、私たちにしか出せなかった答えだ。
「でもさ…」
「どうやって元の世界に戻すの?」
「あ!」
「それについては、私に考えがあります」
方法はずっと前に思い付いていた。
みんなの後押しがなければ試そうと思わなかっただろうが。
・・・
「つまり、3年前の鞠莉さんにメールが届かなければいいの」
「それはそうだけど…一体どうやって?」
「携帯を壊すとか?」
「千歌ちゃん、発想が乱暴だよ…」
「それに私たちにできるのはDメールを送ることだけです。物理的な干渉はできませんわ」
「じゃあ果南ちゃんに鞠莉さんの携帯を壊せってメールするとか?」
「そんなメール来ても普通無視するでしょ。イタズラメールとしか思わないよ」
「その通りです」
「え?私が壊すの?」
「ち、違います!イタズラメールを送るんです」
「な、なんでですか?」
「イタズラメールぐらいじゃ壊れないと思うずら…」
「壊すところから離れて…。えっと、善子ちゃんだったら、イタズラメールがたくさん届いたらどうする?」
「そりゃ無視するだけだけど、あんまりたくさん届くようなら…はっ!」
「なるほどですわ…」
「え?なに?」
「そうか、あまりにたくさんイタズラメールが届くようだったら、普通の人はメールアドレスを変えるってわけね!」
「私のセリフ!!」
「鞠莉さんにDメールが届いた少し前に、鞠莉さんがメールアドレスを変えるように差し向ければ…」
「浦女の廃校を伝えるメールは届かない…」
「す、すごいよ!梨子ちゃん!」
「素晴らしい発想ですわ…。私は鞠莉さんに『さっきのメールは嘘だ』とか、果南さんに『鞠莉さんに協力するな』とか、私に『ルビィを浦女に通わせろ』とか、何とか軌道を修正するという考えしか思い浮かびませんでした」
「でもその方法だと、世界線収束範囲【アトラクト・フィールド】の影響で、同じ現在に行き着く可能性が高いです」
「逆に、意図しない方向に世界が改変されるリスクもあるわね」
「しかし梨子ちゃんの発想だと、他の人にはほとんど影響を与えずDメールをなかったことにできる可能性が高い…」
「せいぜい鞠莉のメールアドレスが変わるくらいだね」
「Dメールを送り続ければいいずら?」
「もっと簡単な方法があるわ。悪質サイトにメールアドレスを提供している業者の元に、鞠莉さんの携帯からDメールを送れば…」
「私のメールアドレスが売られて、迷惑メールがわんさか届くようになる訳ね。まさか迷惑メールを利用する日が来るとは…」
「3年前なら規制が緩かったから、特定のアドレスにメールボムを送るサイトなんかもあるだろうから、利用できるかもしれないわ」
「めえるぼむ…?」
「まぁこっちの方が手順が複雑になりそうだから後回しかな」
「早速業者のアドレスを調べましょうか」
・・・
「じゃあ準備するよ」
「リフター起動」
「カーブラックホール生成」
「送るよ…」
「こんなとき何ていうべきなのかな…?」
「さよなら…かな…?」
「ううん、」
「またね、だよ、きっと」
「またね、梨子ちゃん」
「またね、みんな」
・・・
目の前が青白い光に覆われる。
世界線が変化する感覚だ。
私はなぜか浦女の正門に立っていた、
相変わらず周囲に人影はない。
静的な空間。
いままさに世界が再構築されていて、
運命探知の魔眼【リーディング・シュタイナー】を持つ
私だけはその必要がないから、
こうしてただひとり佇んでいるのかなと思った。
(行かなくちゃ…)
今度は向かう場所は分かっている。
昇降口を抜け、慣れた足取りで体育館へ向かう。
さっきのメールが成功していれば私はここで再構築されるはず。
そう考えてスクールアイドル部の部室の扉を開く。
果たして内装はスクールアイドル部、ダイビング部、どちらのものだったのだろう。
上手く認識できない。
私は何かの本で読み齧ったシュレディンガーの猫の話を思い出した。
ここはそんな揺らぎの中にある刹那的で永続的な世界なのかもしれない。
(挫折も苦悩も失敗も、なかったことにしてはいけない)
(全ての積み重ねが現在の私たちを作っているから)
(振り返ればそれさえも輝きに変わっているはずだから)
もう一度、自分で言った言葉を噛み締める。
私たちAqoursはスクールアイドルだから、
やっぱり音楽でこの想いを伝えられればいいな。
目の前が今一度青白い光に覆われて、
私は思わず目を瞑る。
この"水色の世界"のことを、私は忘れない。
帰ったら早速曲作りに取りかかろう。
たまには曲名くらい私が付けてもいいかな?
そんなことを思っていた。
・・・
「どうしたの、梨子ちゃん大丈夫?」
急に覚醒する。
千歌ちゃんが私の顔を覗き込んでいる。
「ボーッとしてると思ったら、急に息づかいが荒くなるし…」
私は周りを見渡す。
ここは…部室…。
使い古されたホワイトボード、持ち込まれた私物の数々、アイドル関連の雑誌。
見間違うはずもない。
見慣れているが、少し懐かしい、スクールアイドル部の部室だ。
「あ、うん、大丈夫…だよ」
多分、大丈夫、だよね?
スクールアイドル部の部室にいるということは、きっとDメールは成功したのだ。
千歌ちゃんを見つめ返しながら私は安堵する。
目が潤まないように奥歯を噛み締める。
「ラブライブに向けて練習も佳境だもんね、ルビィもくたくただよ…」
ラブライブの決勝を控えているということは状況も元通りなのか…?
「たまには魔力を蓄えることも必要よ、リリー」
「善子ちゃんは心配なら心配って素直に言った方がいいずら」
「作曲できるのは梨子ちゃんだけだからね。私たちも誰か楽器とか音楽ができればいいんだけど…」
「私たちに何かできることがあったら言ってね!いつでも力になるであります!」
「無理し過ぎないでくださいね。…それでは、全員帰る準備ができたみたいなので、鍵を閉めますわ」
私はAqoursのメンバーを見渡す。
…え?
これで…全員…?
そんな…まさか…
ようやく私は気付いた。
時の迷路には、
まだ迷い込んだばかりであることに。
To be continued…?
(ここから後書きになります、鬱陶しければ飛ばしてくださいませ)
夏の終わりになると、なぜかシュタゲのことを思い出します。
どうもこんにちは、米紺(べーこん)と申します。
ここまで駄文にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
pixivではテンポ重視というか、怒涛の展開を目論んで、やや言葉足らずで終わらせていたんですが、こちらではわかりやすさ重視で多少加筆修正してみました。
自分の思っているように文章にするのは難しい…。
私自身、ハッピーエンドが好きなのですが、自分で書いてみたらなぜかビターエンドになっていました。業が深い。
まぁ、私たちが観測した世界線は彼女がやっとのことで、たどり着いた世界線ということです、きっと。
この後の話や、別世界での話も書きたいなと思いつつも、まずはこちらのシリーズ一旦完結となります。
最後までご閲覧いただき、本当にありがとうございました。
ご意見、ご指摘、ご感想あればお待ちしております。