すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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最近少し涼しくなってきましたね。


はじまり

"カールスラント ポズナン近郊"

 

「トラックに乗り込め!早くしろ!」

 

怒鳴り声を背に受けながら、言われた通りにトラックに乗り込む。

どうやら自分が最後の様だ。乗り込むと座るより前に車両は動き出す。

 

ガタガタとヘタったコイルスプリングが軋みながら地面の些細な隆起を伝えてきているせいで、車内で座るまで四苦八苦する。

座って周りを見渡すと、近くに座っている人間は皆目に生気が無く、沈んだ様子ばかりで気が滅入ってしまう。

 

そんな光景から少しでも目を逸らそうと外を見る事にした。

 

後部に掛けられている帆の隙間から見えた空模様は灰色で、仄暗いものであった。地面に目を向けるとタイヤが後ろへ弾いている泥の欠片が散っている。急性な雨の後はいつもこうなのだろうか。

これは時間帯で言えば夕立と呼ばれているものなのだろう。だが、それとは違うと思う。

 

 

 

何故ならば。

 

ーーーこの世界に日本はないからだ。

 

 

 

 

何時からこの世界に居るのだろうか。

自問自答しても答えは出ない。それはまるで眠りについた瞬間を思い出す事の様で、見当もつかなかった。

 

気が付いたらここに居て、身体も、場所も変わっていた。

この世界における最初の記憶は、一般的に煎餅布団と言われる粗末な布団に包まれて、朝日を直接その身に受けた瞬間である。

 

その時は声が出なかった。訳が分からなかった。だが、どうにか取り乱さずに済んだ。

自分の母親を名乗る若い女性が自分を撫でていたからだ。

 

それは他人が居る状況で情けない格好は見せたくない、自分にあるちっぽけな自尊心によるものだった。

 

自分が混乱している最中、そんな事はお構い無しだと言わんばかりに、女性に朝食だと身を起こされ、別の部屋に誘われた。

そこには卓袱台の前に今時珍しい和服に身を包んでいる、また若い男性が座っていた。

 

彼は新聞を読みながら小さな仕草で命令すると、女性は甲斐甲斐しく食事の準備を始め、自分も卓袱台の前に座った。

 

その際に彼は自分を一瞥したが、それだけだった。

 

そこで気付いた、自分が小さい事に。驚く程に、小さい。手も、視点も、何もかも。

 

自身を観察している自分をよそに、朝食は女性の手によって用意されていった。内容はご飯に卵焼きと、少しの漬物だった。

 

 

和服を着た男はどこかへと行き、部屋には女性だけが残った。

食事の後片付けをしている。

 

その隙に自分は彼が置いていった、畳んである新聞を手に取り、内容を読む・・・読もうとした。

 

印字されていた文字を見て、手が震えた。思わず声が出そうになった。でかでかと片仮名で書かれた見出しが載っていた。

それだけだったらまだなんとか自分に言い訳出来ただろう、まだ決めつけるのは時期尚早だと。

 

しかし、それはアラビア語の様に右から左に書いてあったのだ。

 

ご丁寧に上に西暦も書かれていた。それは自分が知っていた現行のものの、90年近く前のものだった。

 

この時点で自分は、自身がタイムスリップしたものだと思っていた。

 

 

近くにあった立鏡に自身を映す。見慣れた何処にでも居るような顔から、見慣れない何処にでも居るような顔に変わっていて、尚且つ幼く小さい身体だった。

 

転生というものだろうか。仏教用語だと言うそれについて自分は詳しくなく、今の自分の定義について少し悩んだ。

 

だがそれだけだった。深く考える事は無かった、分からない事を幾ら考えても無駄だと思ったからだ。

また新聞を手に取り、中身を見る。酷く読み辛いが、読めない事も無い。

改めて目を通すと、見慣れない文字列が自分を迎えた。目を引いたのはリベリオンと呼ばれる国の株価大暴落の文字。

 

自分の見識外の知識に晒され、少し思い悩んで居ると、後片付けを終えたであろう女性に外で遊んで来なさいと背中を押された。

 

履きなれない下駄を履かされ、外に出る。

突き刺す様な陽射しに気を持っていかれそうになるが、すぐに持ち直す。玄関前は石積壁になっており、その上に向日葵が咲いていた。

 

空に浮かぶ白い雲に、どこまでも広がる青い空、光り輝く太陽。

何もかもが変わっても、これだけは変わらない事に安心する。

 

振り返ると例の女性が笑顔で自分を見送っていた。

ここは従っていた方がいいだろう。そう思い、自分は一歩踏み出した。

 

 

一年程経つと、自分はこの世界が自分が居た、日本が存在する世界とは違うものだという事を理解出来ていた。ここは扶桑と呼ばれる国らしい。

 

日本と良く似た、そして全く異なる国家であった。

 

そんな事が霞んでしまう程に驚いたのは、ウィッチと呼ばれる少女についてだ。

この世界には魔法が存在するらしい。それを行使出来る存在が彼女達、ウィッチであると。

新聞にも載っていたし、彼女達の存在がこの世界が今まで自分が生きていた世界とは一線を画すものだと決定付ける判断材料の一つになった。

 

 

 

 

遠くから雷鳴のような砲声が鳴り響き、耳を打つ。

辺り一帯が耳を塞ぎたくなるような轟音で溢れ、身体が震える。

 

トラックが止まり、目的地だと降ろされた。

 

そこは物資の集積場も兼ねているのか、広場のような広さも兼ね備えた場所であった。

敵が居るであろう方向には何重にも重ねられた塹壕や、対戦車砲や高射砲が並んでいる。逆方向には軍用車両が盛んに出入りするそれなりに大きい街が。

 

近くに設置されている複数の迫撃砲が、絶え間なく発射し続け、空に幾つもの白煙を描いていた。途中からは更に大きな、砲兵による支援砲撃も合わさって最早白い帯になっている。

 

それ等を見ていると、分隊員に肩を叩かれた。点呼が掛けられているとの事。

自分が所属している部隊が並ばされ、作戦の概要を伝えられる。

その時急に近くに砲弾が着弾し、思わずよろけてしまう。もう、そこまで敵が来ているのだろうか。

 

着弾してから数瞬遅れて生暖かい液体が顔に掛かった。泥でも跳ね上げられたのかと思ったが、そうではなかった。

 

隣に居た余り見覚えの無い、別分隊に所属しているであろう兵士の首から、異物が生えていた。

 

動揺した。そこから鮮血が一定のリズムで噴き出していたのだから。つまり、顔に掛かった液体の正体は泥などでは無かったのだ。

 

熱と衝撃で歪に変形した砲弾の金属片が、彼の首に突き刺さっていたのだ。

 

糸が切れた操り人形の様に倒れ伏す彼を他所に、上官による命令は、なんの滞りも無く実行されていった。

思わぬ出来事に腰を抜かしていた自分も、分隊員に引き起こされ、所定の位置に移動を開始する。

 

彼は衛生兵が少し見た後に、どこかへ運ばれて行った。

 

 

塹壕から離れた場所にふよふよと、海を揺蕩うクラゲのように高度数mの空中を浮かんでいる黒い物体が居た。大きさは1m程だろうか。

 

アレが、自分がここに来た理由。戦うべき敵である。

それはネウロイと呼ばれている。正確には怪異のネウロイ。

黒海周辺に急に出現した奴等はあっという間にバルカン半島を制圧し、西はカールスラント、東はオラーシャに怒涛の進撃を開始した。

この間、僅か一月程。WW2時のドイツがフランスにて行った電撃戦を思わせる進撃速度だ。

兵站を無視出来る強みや、圧倒的な物量がそれを可能にしたのだろう。

 

なんにせよ、人類の敵だ。

 

ウィッチ同様、前の世界では存在すらしていなかったが、ここは魔法がある世界だ、何が居てもおかしくはないか。

 

「おい!早く弾を寄越せ!」

 

機関銃を構えている分隊員から怒鳴られ、少し考え込んでいた事に気付いた。

慌てて弾薬箱から弾薬を渡す。

 

例のクラゲは機関銃の集中砲火を受け、着弾による火花を散らしていたが、数秒程で霧散した。・・・霧散した。

ネウロイはある程度の攻撃を与えると、まるで幻のように掻き消えてしまうそうだ。

・・・知識としては知っていたが、金属の塊が急に消滅するとやはり困惑する。

 

ふらふらとまた一体、また一体とその数を増やしていくクラゲだったが、此方の機関銃は一丁も増える筈も無く、一体一体に時間を掛けているために敵の数は増し、彼我の距離は縮んでいくばかり。

 

そして、今まで鷹揚に浮かんでいただけだった奴が、一定の距離に入った瞬間に豹変した。

下部のリモコン式の機関銃のような、何かが此方を向いていた。

小銃で援護していた自分だったが、猛烈に嫌な予感がしたので塹壕に頭を引っ込める。

 

 

嵐だった。

鉛玉・・・なのかは分からないが、それでも奴が使っているものは機関銃と効果が類似している。

 

機関銃は機関銃でも、50口径クラスの重機関銃だ。塹壕から銃撃を加えていた分隊員は頭部が消し飛んだり、首を吹き飛ばされて生首が塹壕の中に落ちたりしている。

 

胃の中のものが逆流・・・はしなかった、その余裕すら無かった。

・・・これが戦場、これが戦争か。前の世界で見た、画面越しのそれとは迫力も、恐怖も、何もかもが違う。

 

相手との火力、装甲、物量、その他諸々の差に打ちのめされそうだ。

 

分隊で生き残っているのは自分含めて三人。うち二人は怯えてまともに動けそうになかった。

血と贓物に塗れながらも、操る者が肉片と化した機関銃に取り付く。

一番近い位置にいる、此方に向けた銃口から煙を燻らせている奴に狙いを定め、発射。

発射された7mm弾が奴の装甲を叩き、火花を散らし、表面を凹ませる。

だがそれだけだ。たかだか機関銃一丁の銃撃で倒し切れる程ネウロイは脆くない。そんな存在ならそもそもここまで前線は後退していないだろう。

 

周りの援護を期待したが・・・皆同じ様な状況らしい、意識して耳を澄ますと、付近から聞こえる銃撃は散発的だ。

 

カチ、カチ。

 

引き金を引く音がやけに軽い。

弾倉を上に装着するタイプの機関銃の弾が、文字通りあっという間に無くなってしまったのである。

装填数が少な過ぎると悪態をつきながら、急いでマガジンを交換する。

だが悲しいかな、急げば急ぐ程、上手くいかないものだ。

弾倉を外すのは素早く確実に出来たのだが、装着が上手く出来ず、カチャカチャと手古摺っていた。

銃撃による攻撃の妨害を受けずに居た奴は、直ぐに此方に狙いを定めた。これでは間に合わない、確実に。

 

半ば諦め掛けて塹壕にまた引っ込もうと思ったその時、後方より光が降り注いだ。

金属を削り落とす凄まじい掘削音に、最早爆発に近い着弾音が合わさって直ぐ、ネウロイは霧散した。

後ろを振り向くと、機関銃とは一線を画した火力の・・・本来なら対空火器である機関砲が火を噴いていた。口径は20mmだろうか。

 

機関砲が景気良く弾を発射する度に敵は爆散していく。

門数こそ多く無いものの、圧倒的な破壊力で敵を撃滅していき、それに加えて陣地を移動してきた対戦車砲の援護によって敵を殲滅する事が出来た。

 

 

最も、その事が分かったのは襲撃が終わってから暫く経ってからだが。

 

 

自分は戦闘が終わっても暫く興奮状態で居た。

落ち着けず、震えていた。また敵が来るのではないかと気が張り付いたままだったのだ。

 

落ち着いたのは上官から新たな命令が届いた時だ。

塹壕に頭を抱えて引き篭もっていた、分隊員の通信兵がその内容を告げた。

 

 

ついさっきまで会話を交わしていた相手が物言わぬ肉塊になり、それを塹壕から片付ける作業は中々に骨が折れた。当分は肉を食えない。

死体は集めて燃やすらしい。放置していたら伝染病の原因になるからだろう。

 

命令の内容は現状維持。増援は無し。

義勇軍として派遣されている以上、大規模な部隊は送れないのだ。

それ位は分かる、分かっているが、納得がいくかと聞かれたらそれは否だと答えよう。

 

やる事もないので塹壕に背を預けて座り込み、腰の物入れから手帳を取り出す。引っ掛けてあったペンを手に、今日の出来事を記録していく。

 

・・・何時になったら帰れるのだろうか。

 

文字を書き込んでいると、ふとそんな事を考えた。

まだ来て日も浅いが、短いながらも苛烈な経験は、自分の精神を急速に摩耗させる。

 

ため息を吐きながら、なるべく考える事を放棄する事にした。

考えても帰還まで早くなる訳では無いし、考えた所で深みに嵌ってしまうだろうから。

 

一人で居ると余計な事を考えてしまうだろうと思い、生き残っている分隊員と軽い冗談を言い合った。

何時もならもっと賑やかなのだが・・・不意に訪れた会話と会話の隙間の沈黙が訪れると、途端に寂しくなる。

何人死んだのだろうか。少なくとも、自分が所属している分隊は軍事的用語における全滅と言えるだろう。撤退の命令が下されないのが不思議な程だ。

 

 

辺りが暗くなり、土の匂いに包まれながら眠りに就いていると、急に飛び込んできた銃声で飛び起きる。

サーチライトに照らされた敵地を見ると、自分がクラゲと呼んでいるネウロイが大挙して押し寄せて来ていた。

 

慣れない体勢で寝ていた為に身体の各所から違和感を感じるが、それを無視し、機関銃に飛び付く。

 

マズルフラッシュが見えた方向に弾丸を叩き込む作業を続ける。

発射、装填、銃身交換を只管繰り返し、残弾がゼロになるまで撃ち続けた。

 

気付いたらネウロイは全滅しており、力が抜けてその場に座り込んだ。

爆発や曳光弾に彩られた夜空は眩しく、それでいて・・・酷く綺麗であった事を自分は忘れないだろう。

 

 

自分が居る区域は、カールスラント軍も存在している。高射砲や機関砲は殆どが彼等の装備である。自分が所属している部隊はネウロイ相手だと火力に乏しく、彼等を頼っている。

 

塹壕から出て、用意された食事を摂っていると、少女が数人整列している事に気付いた。恐らく彼女達はウィッチだろう。

 

魔法力だのなんだの言っているが、詰まるところ、ウィッチとは少年兵である。こんな所に居ていい存在ではない。

だが、そんな事も言ってられない。彼女達が居なかったらとっくに戦線は瓦解していただろうし、もっと人が死んでいただろう、それに・・・いや、もう考えるのは止めよう、考えるだけで嫌になってくる。

 

見るからに緊張している様子の子もいれば、焼却される前の、死体の山を見て脚が震えている子もいる。

なんという光景なのだろうか。自分は目を背けた。食事を腹にかっ込んで、配置にさっさと戻った。

 

日課の記録も感情的になってしまっている。

複雑な心境でペンを片手に持ちながら、うんうんと唸って居ると、敵襲を報せるサイレンが鳴り響いた。

 

支援砲撃が降り注ぐが、効果はいまいちだった。何せ、敵は全て装甲目標であり、直撃でもしないと撃破出来ないからだ。

 

何体ものクラゲが爆煙の中から現れ、接近してくる。

いつものように機関銃を構え、発射。相変わらず足止め程度しか出来ないが、何もしないよりかはいいだろう。

 

そんなルーチン化された動きを繰り返していたら、甲高い、警笛のような音が凄まじい音量で聞こえてきた。音が聞こえてきた空を見ると、黒煙を吐きながら、戦闘機が突っ込んで来ているのが見えた。

完全にこっちに来るルートだ。そう思った時にはもう遅く、数メートル手前に戦闘機は落下した。

飛行機といったら脆く、軽いイメージがあり、この時代の小さい戦闘機なら落下しても大した事が無いと思うだろうが、それは間違いである。数トンはあるアルミ合金の塊が時速数百kmで地面に激突するのだ。

 

地面に激突し、そのまま地面を抉り、燃え盛りながら此方に突っ込んで来る。

 

必死に動き、塹壕に屈む。

降り注ぐ土に背中と鼓膜を叩かれ、生きた心地がしなかった。

 

静かになり、顔を上げると、目と鼻の先で戦闘機は停止していた。

コックピットは空で、パイロットは既に脱出した事が伺える。

機体はカールスラント軍の戦闘機だ。プロペラはへし折れ、左翼が半分程もぎ取れた無惨な状態だが。

 

少し呆然としていたが、視界の隅にクラゲが居る事に気付く。意外と大きい。

・・・機関銃に飛び付く。いや、正確には機関銃だった何かだ。

戦闘機の残骸に押し潰され、機関部から先が無残にも潰れてしまっていた。引き抜く事も出来ないので、それに拘泥せずに手を離し、近くに立て掛けてあった小銃を手に取る。

 

コッキングをして発射、儚い火花がカンという小さい金属音と共に発生し、少しバランスを崩すクラゲ。奴は機関銃を此方に向けていた。

急いでコッキングをしてまた発射、発射、発射。

脂汗が止まらず、背中が冷え切り、手足の末端の感覚が消失していく。情けない小さい悲鳴を上げながら、その作業を繰り返したが、ついに終わりが来た。

きちんとコッキングをしたのに弾丸が発射されない、酷く混乱していた為に原因が分からず、もう一度コッキングしてトリガーを引く。

 

弾切れだった。装填していた弾丸を全て吐き出してしまっていたのである。それを悟った自分はゆらりと迫るクラゲに背を向けて、狭く、足場の悪い塹壕をなりふり構わず、走り出した。

途中で人間だったものに躓き掛けたり、他にも迫るクラゲを見て、自分の恐怖心は頂点に達し、涙を流し、叫びながら塹壕から飛び出し、全力で駆け出した。

 

開けた景色に解放感を得たのは一瞬で、何か熱い感覚が体を襲い、視界が真っ暗になった。




今回は生存報告も兼ねて投稿しました。
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