すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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はっけん

自分は幾つかの精神疾患を患っていたと思う。戦場であるにも関わらず、目の前が故郷に見えたり、居ないはずの親友が居たり。

頭ではこれは現実だと認識していたが、記憶がそれを否定していた。全ての矛盾は、有り得ない現実を"理解"する事によって解決された。しかし、自分の前世の記憶はそういったものに特効薬の効果があるらしい。直ぐにその理解した現実は、記憶による理性的な思考と矛盾点により消失した。

 

恐ろしい事だった。耐え切れない程の極度のストレスが齎す幻覚や幻聴があれ程までのものだとは、実際に体感するまで分からなかった。まるで夢の中のように、疑問を持つ事すら出来なかった。それが現実だと脳が理解していたからだ。前世の記憶が無ければ、自分は死にながら、脳が創り出した虚構に囚われ続けていただろう。

 

前世以外の記憶が消えた事もあった。その時も、混乱しながらも前世の記憶で思考していた最中に思い出したが。

 

狂いそうになっても、無理矢理現実を見せられ、正気に戻され、生存への道を只管に探させられていたのだ。

 

どうも前世の記憶とやらは、自身の精神状態の影響を受けないらしい。記憶媒体は脳ではないのか?魂とかいうものだろうか?

 

・・・分からない。

 

何も、分からない

自分の記憶の出自も、前世の記憶が思春期までしか無い事くらいしか、分からない。

 

自分は一体何なのか。教えてくれる物も、人も、何もない。住んでいた場所も、日本としか分からない。友人知人家族に関する記憶も、思い出と呼ばれるような記憶は無い。

それはまるで、記憶ではなく、記録のようなーーー

 

 

 

 

カールスラントで最も栄えていた場所。そして、今自分がいる場所。

それは首都ベルリン。前の世界での同じ名前の場所に実際に行った事は無く、テレビ等では微かに見るくらいで、きちんと見たのは世界史の教科書に載っていた白黒の写真位であった。

 

教科書に載っていた、WW2時末期の写真のように破壊されたベルリンの街並みは、記憶に残っていた白黒写真がそのままカラーになったかのような新鮮さを自分に与えた。

 

しかしここには、前の世界には有った、鉤十字を象った旗も、労働者を象った旗も掲揚されてはいない。有るのはデンマーク国旗に良く似たカールスラント国旗だけだ。

だが違う点はそれだけではない。この破壊痕が、人類史上最も狂った、全体主義と社会主義という異なるイデオロギー同士による絶滅戦争ではなく、人類とその敵対種による生存競争によるものであるという点である。

 

どちらも反吐が出るような過程だが、こちらの方が幾分か、救いがあると自分は思う。

人を撃つ事態にならずに、心底自分は安心していた。

 

 

首都はその国で最も防備が充実している場所であり、その首都の防衛に失敗したとなると、その国は終わりに近い。

それはカールスラントも例外では無いらしい。その為かここベルリンでは、他の戦線とは比べものにならない程の防御体制が敷かれていた。

 

航空機の数も、ウィッチの数も集中運用の影響か、今までよりも明らかに数が多い。

しかし、だ。それでもネウロイの数の方が圧倒的に多い。戦争に必要なものは何か。それは物量である。多少性能で劣ろうが、最低限の性能が有れば、後は物量が勝敗を分ける。

 

如何に優れた戦術や戦略なども、圧倒的な物量には無力だ。敵よりも遥かに多い戦力を揃える。それが本当の世界で最も優れた戦術、戦略だという事だ。

 

その証拠に、カールスラント軍による必死の抵抗虚しく、ネウロイは我が物顔で空を制している。ひっきりなしに飛んでくる爆撃機型のネウロイから掃射される光線は、ベルリンの街を容赦無く破壊していった。

 

それでもまだベルリンが陥落していないのは、前述した通り、首都がその国にとって最も堅牢な戦略基地だからだ。

だが、ベルリンが陥落するのも、最早時間の問題だろう。それ程までにネウロイの猛攻は激しいのだ。

 

瓦礫の合間に身を隠し、双眼鏡を片手に迫撃砲の弾着観測。それしかやる事も無くなってきた。ネウロイに対して有効な重火器は不足し、手持ちの小火器では、もうどうしようもない。

 

 

 

 

致命的な戦線の瓦解は、ネウロイの巨大な砲弾による攻撃によって引き起こされた。

 

上空高くから飛来してきたその砲弾は不発で、爆発する様子もなく、ただそこに聳え立っていた。

それに自分は安心し、その砲弾から目線を逸らした。

 

その時の自分は、その砲弾に、ただ爆発するよりも恐ろしい効果がある事に気付いていなかった。

 

少しすると、急に辺りが暗くなり、視界が悪化する。これは。この、視界に映るこのガスは・・・。

 

ーーー瘴気だ。

 

ともすれば発生源はどこか。ここはネウロイの支配地域ではないし、瘴気が蔓延するなど有り得ないのだが。

 

・・・まさかと思い、先程落下してきた砲弾を見る。

 

残念ながら予想は当たっていた。その砲弾からは、目に見えるほど高濃度な瘴気が漏れ出ていたのだ。

 

無線でこの事態を知らせ、撤退の準備をする。瘴気に対しては無対策だからだ。専用のガスマスクも、中和させる薬品や除染出来るような装備もない。

そもそも、瘴気がガスなのかも分からない。目に見えない程の大きさの、ナノマシンのような、ネウロイの群集体である可能性もある。瘴気の正体は何回も何回も何回も何回も吸引して死亡した時も、分からなかった。

 

不確定要素が大きく絡んだその攻撃に、自分は素早く装備を纏めると、後方へ駆け出した。

周囲では吐血して倒れ込み、身体を痙攣させながら残り少ない余命を苦しみの中で消費している人間で溢れていた。

 

自分は平気だ。・・・便利なものだ、慣れとは。瘴気を吸引して何回も死んでも、記憶は引き継がれる。死なずに、それでいて最低限の空気を摂取する呼吸法を、自分は地獄の中で身に付けていた。多少、呼吸が出来る程度だが。

 

そんな呼吸法を身に付けても、数分と持たずに死ぬが。最低限の空気を吸う際に、それに見合った瘴気を吸う事は避けられないのだから。

生き汚い延命手段だ。

 

自分にとって、まだ周囲における瘴気の濃度は大した事は無い。しかし、それもいつまで持つか分からない。その為に必死で駆け抜ける。

 

 

やっとの事で、あの砲弾の瘴気が及ばない場所まで来たのだが、同時にここベルリンで道に迷ってしまった。コンパスはあるものの、地図は無い。どこかで地図を入手しなければ。

砲撃や銃撃音が遠い所で絶えず鳴り響く中、自分は行動を開始した。

 

 

 

 

最悪だ。道に迷ってしまった。いつの間にか自分は長く、真っ直ぐ続く大通りに一人立っていた。歩き続け、やっとの事で十字路が見えて来た。

いつの間にか戦闘音も鳴りやんでいるし、不気味な沈黙が辺りを支配している。聞こえる音は、自分の吐息と足音のみだ。

・・・いいや、前言撤回をしよう。周囲では重苦しい金属の部品が噛み合って駆動する金属音が、幾つも聞こえてきていた。

 

大通りに面した建物のドアには鍵が掛かっており、窓にはシャッターが掛かっている。路地裏への狭い道も存在しない。広大な空間を背にした、袋小路だ。ここは。

 

そして目の前の十字路から、真っ黒な死の化身が姿を現した。

 

背筋が凍り付き、世界が途端に鈍くなる。自分は腰に手を当てて突っ立ているだけだ。小さく悪態の言葉を吐き出すと、視界が光に包まれた。

 

 

回れ右をして駆け出す。溜まりに溜まっていく鬱憤や、憂鬱感が、自分を苛んでいく事が、自覚出来る。一体どうして、自分がこんな目に遭わなければならないのか。世界の不条理さに、理不尽さに怒りが湧き出てくるが、直ぐに怒りは萎える。代わりに諦観が自分を支配する。

 

しょうがないじゃないか。軍に志願したのだから。

しょうがないじゃないか。生まれた家が貧乏だったのだから。

しょうがないじゃないか。格差を是正する社会保障制度が無いのだから。

しょうがない、しょうがないじゃないか。

 

嫉妬や怒りといったドロドロとした感情や思考は、諦観によって心の奥底に仕舞い込まれている。現実は何時だって非情で、そんな残酷な現状を打破出来るのは、何時だって知恵と知識である。

それでも限界が有るのが、虚しい所だが。

 

しょうがない・・・か。諦めたら終わりだと言うが、諦めてしまうのはとても楽なのだ。

自堕落で怠惰な自分にはぴったりだろう。

 

 

風切り音で鳥肌が立ち、飛来した砲弾によって砕けた石畳の破片が、身体を叩く。着弾地点と距離が多少有り、打撃で済んでいる。

やっと見えた曲がり角を勢いそのまま曲がり、また駆け出す。

 

道の所々に積み上げられた土嚢を避けながら、走っていく。どこに行くかなど決めていないし、目的地も無い。ネウロイから逃げる為に只管走っているだけだ。

 

 

適当な家屋のドアの鍵をライフルで撃ち抜き、家に侵入する。緊急事態につき、許して欲しい。

急いで疎開したのか、家具は殆ど置きっ放しだ。その中の一つであるソファに倒れ込み、小銃を抱き締めながら目を閉じる。疲れた。

辺りは薄暗くなっており、眠気も襲ってくる。

 

取り敢えず寝てしまおう。後の事は起きてから考えればいい。

これは現実逃避ではない。恐らく。

 

 

目が覚めると、未だ周囲は薄暗いままだった。いや、これは・・・早朝だ。気温が違う。壁に掛けてあった時計が答え合わせをしてくれた。

結果は正解。動き出すには良い時間だ。

 

それにしても・・・余りにも静かだ。ソファの軋む音が嫌に響く程に。

身を起こして小銃の動作確認をしてから、この家屋を漁り始める。食べ物を探す為だ。

 

一階を漁り切って少量のパンと、缶詰を見付け、二階へ行こうとしたが、階段部分が砲弾によって崩落していて、行き止まりになっていた。

瓦礫の下から血溜まりが広がっており、腕が一本、その中から伸びていた。一応手首に手を添え、脈を測る。予想通り、ピクリとも動いていない。

 

気の毒に。

 

背を返し、その家屋を後にする。

 

「ぉ...ぁ...さ...」

 

後にしようとした時、二階から何か声が聞こえた気がした。耳を澄まし、その声を聞き取ろうと努力する。

・・・小さく、か細い声だったが、確かに聞こえた。二階に誰か取り残されているのか。

 

元階段から行くのは、不可能だ。どうしたものか。

ドアノブ付近が破損したドアから一度外に出て、二階を見る。そして、ベランダが有る事を確認した。あそこから二階に入れないか。しかし、どうやって?

 

周辺を捜索し、辺りの家屋のドアを解錠して侵入する事を繰り返し、目的のブツを発見した。

 

梯子だ。

 

梯子をベランダに掛け、よじ登って行く。

・・・窓が開かない。仕方が無いので割って入る事にした。

 

小銃の銃床で窓を叩き割り、室内に侵入する。

ドアを開け、踊り場に出るが、誰も居ない。部屋はあと一つのみで、そこに声の主が居る事が予想出来た。

 

例のドアのドアノブに手を掛け、ドアを開けるーーー

 

鍵が掛かっている。

中に居るであろう人間に開けてくれるように呼び掛けるが、返事は無い。仕方が無い。小銃を構え、鍵を破壊した。

 

 

ドアを開けると、中の部屋の様子が明らかになる。

小さい子供が住んでいたのか、ぬいぐるみと小さな机と椅子が置いてあった。そして、ベッドの隅に、毛布を被って震える小さな膨らみがあった。

あれが生存者・・・恐らく、この部屋の主であろう子供だろう。大きさ的に。

 

声を掛けるが、特に動きは無い。・・・生憎、今は時間が無い。

話が出来ないと、何も始まらない。そして無理矢理にでも会話をしようとして、毛布を剥ぎ取った。

 

「ぁ...」

 

中から出て来たのは、白銀に輝く髪の毛を持った、小さな少女だった。体操座りの格好で座っており、熊のぬいぐるみを握っていた。膝の山からは文鳥も顔を覗かせていた。・・・ペットだろうか。

そういえば、この部屋には鳥籠があったな。

 

「ど、泥棒さん・・・?」

 

明らかに怯えの目で見られる。

・・・ベランダから窓を叩き割り、侵入。それは、泥棒だと思われるだろう。それに非常時とは言え、確かに自分は物を盗んだ。

だが、この状況下で素直にはい泥棒ですと言うのはよろしくないだろう。膝を折り、目線を少女に合わせて話し掛ける。

 

「いや、俺は泥棒じゃないよ。扶桑軍だ。声が聞こえたから、ここに来たんだ」

 

「扶桑・・・?どこ?」

 

自分の軍人としての服装を見たからか、少女の警戒心は大分薄れていた。

 

「極東の島国さ。今はそんな事より、ここから出よう」

 

「なんで?」

 

「なんでって・・・ここは、もうすぐネウロイが攻めてくるんだ。だから、逃げないといけない」

 

「・・・うん、分かった。それで、お母さんは?」

 

「お母さん?」

 

「うん、私がお部屋に忘れ物を取りに行った時に、付いてきてくれてたの。でもその時に凄い音がして、天井が崩れてきて・・・お母さんが、それに巻き込まれて・・・もしかしたら、痛い思いをしているかもしれないし、助けてあげないといけないの!」

 

「・・・お母さんは、先に行っちゃったよ。階段が崩れて行けないから、君の事を俺に頼んでね」

 

「嘘よ。お母さんが私を置いて行く筈がないもの」

 

「いいや、嘘じゃない。本当だ」

 

そう言うと、少女は自分の目をじっと見詰めた。それから目を逸らさず、少しの時間が経つと、少女は溜息をついてその小さな口を開き、子供らしい高い声で、言葉を紡いた。

 

「もう、酷いんだから、先に行くなんて」

 

「じゃあ、付いてきて貰ってもいいかい?」

 

「うん、分かった。ここに居てもしょうがないらしいし」

 

はにかんだような笑顔を見せて、少女は立ち上がった。

 

 

 

自分は嘘をついた。その場凌ぎの、最低な嘘だ。

あの瓦礫から伸びていた腕は・・・いや、これ以上はよそう。

なんて残酷なんだ。嫌になる。本当に、嫌になる!本当だ。本当なんだ。クソッタレだ。嘘じゃない。やめてくれ。そんなものは見たくない、理解したくない。

 

 

この少女だけは助けないといけない。あの母親のようにはさせてはならない。隣を歩く少女を見て、自分は決心した。

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