ここは一体どこだ。
湖のほとりで座っている自分は考える。
病み上がりで尚且つ、着衣水泳を果たした疲れた体を癒していた自分は、思考に身を任せていた。
持ち物は、少しの食料が入っている背嚢とナイフのみ。銃器は移送中にはもう無かったし、略帽も着水の衝撃でどこかにいってしまった。
手帳は濡れてしまった為に、乾くまで開かない事にした。
取り敢えず、歩きながら考えよう。ここでくよくよ考えていても仕方がない。ここら一帯はネウロイの支配地域である事は上空で嫌という程に理解させられた。
周囲に生き物の気配は無い。具体的には虫や鳥の鳴き声や、風に揺られる以外の植物の物音が。
湖の周りは背丈の低い植物が少し生えており、少し離れると森が広がっている。
その森に足を踏み入れ、進んで行く。
密集して木が生えているせいで、薄暗くなっている森の中の道なき道に歩を進めていく。
■
薄暗くて視界が悪い上に木の根が露出している事も多く、足元に注意しながら暫く歩いていくと、森を抜けて平原に出た。中央部には整備された道もある。看板が建てられており、ついそこまで駆け出した。
"Ardennes"
そう、書かれていた。
どこだ。文体から、ガリア語である事は分かったが、逆に言うとそれしか分からない。という事はここはガリアなのだろうか?いや、まだ確定じゃない。確信するには情報が少ない。
確か、周辺諸国にガリア語を公用語にしている国があった筈だ。名称はガリア語では無かったが・・・ワロン語だったか?
だが困った・・・自分はガリア語もガリアの地理もさっぱりだ。
前の世界にどことなく似ているこの世界、似ていると言っても、大陸の形や国家の名称は大きく違う。前世では北アメリカ大陸と呼ばれていた大陸が世界地図で星型になっていた時は、夢でも見ているのかと思った程だ。この世界にもパンゲア大陸は有るのだろうか。
その為に自分が備えていた社会的知識の一つである、地理的な知識が殆ど霧散した。歴史的な知識は全て霧散した。だが驚くべき事にこの世界の歴史は、前の世界と結構似通っている。違いは勿論あるが、時折怪異とウィッチが出てくる事くらいだ。大きな違いと言えば。
・・・いや、織田信長が本能寺の変の後でも存命だったり、その影響で扶桑と日本の支配地域が大きく違う、という事はある。
それよりも大きい違いが、この世界の人類は、先進国同士の陣営による、世界規模の大戦争を経験していないのだ。
"全ての戦争を終わらせる為の戦争"等と称されたWW1は無く、ネウロイという怪異との大規模な戦争に置き換わっている。
ロシアの南下政策に付随した・・・この世界ではオラーシャだが、バルカン半島における国際緊張を高めていた領土問題も、第一次ネウロイ戦争によって霧散した。
その為に、化学兵器や生物兵器の類は未だに使用されていないし、封印列車は存在しないし、人類初の社会主義国家が存在していない上に、WW1で兵役に服していた第三帝国の独裁者も台頭していない。
WW2も無い。有るのは第二次ネウロイ戦争と称される今現在起こっているーーー自分が派兵されている、ここ欧州におけるネウロイとの戦闘を指す。
そもそも世界大戦の原因とは何か。WW1はバルカン半島における領土問題に、普仏戦争の戦後処理とヴェルサイユ体制の崩壊が挙げられる。各国が別々に結んでいた軍事同盟による連続した宣戦布告は、誰もが予想出来なかった人類史上最悪の悪夢を引き起こした。
WW2の原因は何か。ドイツに対するWW1後の賠償金の問題に、前述の問題を解決出来たであろう米国のプランを破錠させた世界恐慌と、それに付随するブロック経済が挙げられる。
理由は簡単だ。貧困が悪い。
この世界におけるWW1の代替的な出来事である第一次ネウロイ戦争は、相手がネウロイだった為にどこの国にも賠償金は発生せず、扶桑も日本とは違い、広大な自国領を保有していた事は幸いだった。
・・・自分が知る限り、世界大戦への引き金は、この世界には無い。
このように自分はこの世界の歴史に興味が有る。元の世界との差異を探すのは非常に楽しかった。だが、その時間は長くは続かない。暇など殆ど無い上に、歴史を記した書籍は結構値が張る。
だから、自分は時間が欲しいのだ。金銭が欲しいのだ。その為の夢だった。手段が目的になっている気がするが、誤差の範囲だろう。
・・・思考がかなり脱線した。元に戻ろう。
気を取り直し、なんとかガリア語を読もうとする。
アーデンネス?
アルデンネス?
分からない。そもそも読み方が英語とは違うだろう。
・・・分からないものをいつまで考えていても無駄だ。自分はこの場を後にする事にした。
看板から離れ、道を歩んでいく。
願わくば、友軍と遭遇出来ますように。
■
道、といっても少し脇に逸れると直ぐに森に入ってしまうほどに森に囲まれている。森を切り開いて作ったと言うべきか。
情景を観察しながら進んで行くと、何か黒いものが道を横切っているのが見えた。
ネウロイだ。
一辺2m程の立方体の上に、丁髷のように載っかった砲身が見える。
ちょうどその時、上空に航空機が飛んでいるのが見えた。
するとネウロイが載せていた砲身が素早く上を向き、発砲を開始した。銃座の様に機敏に動くそれは、丸い底部が回転して方位角を、砲身を挟むように縦軸方向に伸びた金属棒で仰俯角を調整しているようだった。
コイツに撃墜されたのか。
ふつふつと怒りが湧いてくるが、出来る事は何も無い。武器は無いし、通信手段も友軍の姿も見えない。
気を取り直し、一旦森に入り、林道を横断中のネウロイを迂回して道に戻り、また歩き出した。
木、木、木。あれから暫く歩いたが未だに生い茂る木しか見えない。
だが転機は訪れた。耳が異音を捉えたのだ。何かの駆動音だ。道を逸れ、森の中に身を潜めながら音源に近付いていく。
次もネウロイか、それとも機甲師団か。音だけではどちらなのか判断出来ないからだ。
駆動音と共に、疎らな足音が聞こえてきた。
そこまで聞いた所で、自分は森から飛び出した。この足音は人間のものだと確信したからだ。
そして、背筋が凍り付いた。
無理な体勢で森に飛び込んだ自分に銃撃の嵐が掠める。
そして連続した砲撃音と共に近くの木が爆発する。
「味方だ!撃つな!」
爆音に負けないように叫びながら森から出ると、次は撃たれなかった。
多数の銃口と砲口が自分に向けられている。その内のどれか一つでも火を噴いたら、自分は死ぬだろう。
だが、例の感覚は霧散している。心配は要らない。
兵士の一人が近付いてきて、少し話をすると、隊の中に入れてもらった。服装からガリア軍だと分かった。
つまり、ここはガリアである事が確定した。
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自分が遭遇したのは、敵と味方の区別すら怪しくなった、ガリア軍の部隊だった。
恐慌状態に近い状態だった彼等は、動くものは取り敢えず撃つといった方針で行動していたらしい。
もし民間人だったらどうするつもりだったのだ。
ネウロイとの戦闘を一回経験し、為す術もなく後退した事がトラウマになっていると聞いた。
彼等の編成はルノーB1bis戦車が三両と、随伴歩兵の数十人であったが、元は戦車が八両、随伴歩兵ももっと居たと言う。
この部隊の中核を担っている、B1bisはカールスラントの戦車よりも厚い装甲、強力な火力を併せ持った優秀な戦車なのだが、機動性が劣悪だった。
その為に、囲まれて各個撃破されていったと。性能差で数の差は埋められなかったようだ。
・・・どうして自分がガリア軍やカールスラント軍の戦車のスペックを知っているのか、と疑問に思う人間も居るだろう。だが答えは簡単だ。
ネウロイとの戦いは、本来の軍隊の役目じゃない。それだけだ。
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ガリア軍の部隊の行き先を聞いたが、近くの駅まで移動するらしい。退却するにも、鉄道を使うからと。
ガリア軍の兵士には色々と聞かれた。どうやら彼等からすると極東に位置する扶桑の文化について興味が有るらしい。
自分もガリアの文化に興味があった為に、有意義な情報交換が出来た。
カエルは結構食べるらしい。
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その後はネウロイの襲撃も無く、駅まで辿り着いた。
そして、言葉を失った。破壊され尽くした駅と、元は民家であったであろう瓦礫の山。
ガリア兵は見て分かる程に狼狽していた。
戦車はここで破棄するらしい。燃料が無い為だ。
戦車の欠点として、凄まじい燃費の悪さがある。履帯は不整地走行に優れているが、燃費の面では最悪だ。駆動輪を回し、それによって履帯を循環させ、その反作用で車体が動く。普通の車と比べ、効率が非常に悪い。
それに、大重量を動かす馬力も必要だ。それ等が合わさって、燃費が最低最悪なのだ。
本来ならここで戦車を列車に載せる予定だったのだろう。しかし、鉄道が破壊されていて、燃料の目処もつかない。動かない戦車など鉄の棺桶に過ぎない。だから破棄するのだ。ここで。
その後は線路に沿って移動すると伝えられた。
普通の兵士とは少し服装が違うガリア兵が居たが、彼等は破棄された戦車に乗っていた戦車兵らしい。今まで乗っていた戦車に思い入れがあるのか、彼等だけ時折後ろを振り向いていた。
憂鬱な気分で歩いていると、上空をウィッチ隊と思わしき編隊が飛び去って行った。
空を飛べるというのは、羨ましい限りだ。通常の航空機と違って視界を遮る機体も風防も無いウィッチは、全周囲を見る事が出来る。それはどれだけの開放感、爽快感なのだろうか。
地べたを這い蹲っている自分には想像もつかない。
■
時折破壊されている線路を歩いていると、別のガリア軍の部隊と遭遇した。だが、話し合っている士官の様子がおかしい。
どうやら、指揮系統が混乱しているようだ。
撤退命令は出ていないとか、出ているとか、どこそこに集合しろだとか、どうも両部隊に下された命令に整合性が取れていないらしい。
勘弁してくれ。
両部隊は別れ、別々の命令に従って行動する事を決めたようだ。
勿論自分は撤退する方だ。
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列車の残骸が脱線して残っていた。線路の一部が爆発によって剥がれており、そこで脱線したようだ。
積荷は無く、戦車を固定する車両もあった事から、これが本来我々が乗るべき列車だったのだろう。虚しくも、この鉄屑が動く事は無いが。
ここで途方に暮れていても仕方が無いと、また歩き出す。
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暗くなり、線路の傍の平原にあった砲撃跡のクレーターで野営をする事になった。テントは無いが。自然に出来た塹壕と呼ぶべき場所があったことは、喜ぶべきことだろう。
ガリア兵が平原で火を焚き、料理をしていた。そのお零れを貰いつつ、乾いた手帳に今日の出来事を書き込んでいく。
ガリア軍の糧食は美味い。
日課も果たし、背嚢を枕代わりにして横になる。
砲撃跡のクレーターはそこまで大きくなく、だが結構な数が存在しており、兵士はバラバラになって入っていた。自分の入っているクレーターには自分を含め、三人しか居なかったが。
目を閉じ、心地の良い睡魔に身を任せ、意識を手放した。
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突如響き渡る爆音に鼓膜を殴られ、身体が反射的に飛び起きる。
意識は未だハッキリせずとも、姿勢を低くし、状況の把握に努める。
そしてまた爆音。いや、爆発音。周囲は暗く、爆発の光が煌めいている。
その煌めきの中、黒く反射する金属の塊が見えた。
敵襲と叫びつつ、自分の足は動いていた。
これは意識した動きではない。つまり、そういう事だ。
短い間だったが、会話を交わした彼等の無事を祈りつつ、自分は脱兎のごとく駆け出していく。
急に身体が前転したかと思ったら、その直後に砲弾が頭上を通過した時は、思わず笑みが零れた。
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いつまで走っていただろうか。息は荒く、足は鉛のように重く、周囲は薄らと明るくなっていた。
ーーーそれよりも、ここ、どこだ?
気が付くと、周囲は森だった。
どうやらまた、自分は現在地の把握という振り出しに戻ってしまったようだ。
ここまで書いておいてなんですけど、このままだと航空ウィッチと殆ど関わらなくないか?ボブは訝しんだ。