すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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今回は少し長めです


さびたつるぎ

ここは一体どこだ。

 

なんだか昨日も同じ思考をしていた気がする。

 

鬱蒼とした森の中は薄暗く、数十m先も見通せない程に見晴らしが悪い。

あれからどれほど走っていたのだろうか。腰を下ろし、束の間の休息をとる。腰の水筒の中身も心細くなってきた。長くは放浪出来そうに無い。

 

そもそも、ガリア軍と遭遇した場所すら分かっていなかったのだ。合流出来た安心感で、ガリアのどの辺なのか聞くことを忘れていた。

 

虚空を見詰めて呆然とする。

疲れた。非常に疲れた。筋肉は悲鳴を上げているし、身体は熱く、汗をかいている。

だが、少ししたらまた動き出さないといけない。ここにいても何も始まらないからだ。あぁ、憂鬱だ。

 

 

あれから少し経ち、疲労もそこそこ回復出来たところで、よっこいせ、と軽い掛け声をかけて物理的に重い腰を上げる。

 

歩こう、進もう。道は無いが。

 

陸軍は進んで行く。そんな曲があったなと考えながら、足を動かしていく。進め進め、先には希望が有る。

 

 

驚いた。急に森が途切れたと思ったら、村があった。人も居る。

村の規模はそこまで大きくない。人口は数十人程だろう。

 

それにしても、自分は後方まで徒歩で踏破したとでも言うのか。

自分の秘めたる才能に慄きながら、村人に話を聞くことにした。

 

 

ここはガリアのアルデンヌ県だと言われた。

場所が良く分からないと言うと、ベルギカとの国境に位置すると教えて貰った。なるほど、大体の位置は分かった。

 

「軍人を見なかったか?」

 

「いいや、見てない。・・・それにしても汚れてるな、あんた」

 

「色々ありまして」

 

「なるほど、それにしても・・・扶桑の兵隊さんか。はるばる遠くからご苦労なこって」

 

「いえ、任務ですから・・・情報ありがとうございます。では自分はこれで」

 

「おう、他の兵隊見掛けたら、伝えといてやる」

 

気さくな性格の農夫に話を聞いたが、どうやら自分以外の兵士を見掛けてすらいないらしい。情報が無いのなら仕方が無い。水を分けて貰って、この村を後にする事にした。途中、扶桑人が珍しいのか、群がってくる子供を軽くあしらいつつ、村から伸びる道を進んでいく。

 

 

 

 

村を出ようとしたところ、一日だけ泊まっていくといいと言われ、お言葉に甘える事にした。手持ちの食糧が無くなっていたから、有り難い提案だった。

 

この村でも出兵した人間が居るらしく、用意された部屋はその人間の部屋だった。村の中心部辺りの、二階の部屋だった。そして農夫の家でもあった。彼と彼の妻は自分を歓迎してくれた。どうやら彼等の息子も徴兵されたらしい。

扶桑に興味が有るらしく、質問攻めを受けはしたが。

 

小さな村だったが食事は美味しかった。濡れたタオルで汚れた身体を拭けたのと、服を洗濯出来たのは大きい。柔らかい寝床も久しぶりだ。

人の温かさとやらに触れたのはいつぶりだろうか。扶桑では故郷から出てから陸軍学校で上官に意味も無く殴られ、欧州ではネウロイに殺され、最近はろくな思い出が無い。

以前までに暖かさを感じたのは母親と親友だけだ。

 

・・・今は彼等に感謝して、体を休めよう。

 

疲れていたからか、まだ日が高かったが、眠くなってきた。

眠気に逆らわず、ベットに横になり、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異音で身体が過敏に反応し、飛び起きた自分を襲ったのは、原因不明の衝撃波だった。僅かな浮遊感の後に、全身を叩く衝撃。

気が付くと、地面に転がっていた。

隣には下半身が吹き飛び、上半身の切断面から内臓が溢れている農夫の物言わぬ死体があった。

 

痛む体に鞭打ち、立ち上がる。何があったのか、情報を集めないといけない。辺りはまだ明るく、眠りに就いてからそれ程時間が経っていない事は一瞬で分かった。

 

そしてーーー村が、燃えていた。

 

爆発音と共に地面が抉られ、土が巻き上げられている。悲鳴と怒号と爆発音と燃焼音がひたすらに響いている。

 

どういう事だ。ここは後方じゃないのか・・・?

 

特徴的な駆動音を鳴らしながら、黒い物体が家の陰から出てきた。

足元には小さな子供。扶桑人が珍しいと自分にまとわりついていた、子供達の中にいた少年と少女の二人組だった。転んでしまった少女を少年が守ろうとしているのか、目の前で手を広げて立っていた。

気が付くと駆け出していた。例の感覚が全力で警鐘を鳴らしているが、知った事ではない。

蟻に似た黒い物体の頭部に備え付けられた砲身が、下を向く。彼我の距離は未だに離れている。

一際大きい爆発音と視界を埋め尽くす閃光を感じたと思ったら、黒い物体の足元には何も残って居なかった。何か自分の方へ爆発の拍子に飛んで来たが、それは体のどこの部位かも分からないほどに損壊した肉塊だった。

 

終わりはいつも突然だ。唖然とする時間も無い。

 

なんだ、これは。

 

足は止まっていた。

 

一体、なんなんだ。

 

肉塊と黒い物体とで視線が揺れ動く。砲身は自分に向けられていた。

力が抜けて、その場に座り込んでしまう。それと同時に、身体が意識せずとも動き出した。

後ろへ駆け出そうとする身体を押さえ付け、感情的に正面に走る。すると、身体は大人しくそれに従った。

 

発砲音。跳躍。着地。前転。回避。

 

これは、自分の意識外の動きだった。

 

理不尽だ。世界は、現実は。武器も無く、使えるものは自分の身体のみ。自分を突き動かす激情のままに、殴り掛かる。

 

リミッターが外れているのか、殴り掛かった拳が砕けた。指があらぬ方向を向き、血液が噴出する。痛みが脳を貫き、その場に膝をつく。

 

当たり前だ。金属と人体、どちらが硬いのかなど火を見るより明らかだ。情けない格好で当然の帰結を実感する。

 

上を見上げると、砲身の中身が見えた。どうやらクソ野郎の砲身にもライフリングは刻まれているらしい。

 

 

 

 

「おう、他の兵隊見掛けたら、伝えといてやる」

 

気が付くと、気さくな農夫が目の前に居た。

 

「・・・荷物を纏めろ、ネウロイが来るぞ!」

 

言葉は、自然と出ていた。

 

 

どういう事なのだと説明を求める農夫を怒鳴りつけ、クソ野郎が来る事を繰り返し伝える。怒声に反応したのか、周囲の村民も集まってきた。これは都合がいい。

全員にネウロイが来る事、それから逃げる為に荷物を纏める事を伝えた。ネウロイの脅威を新聞で知っているのか、動きは迅速だった。

敗残兵と言われても違和感が無いような自分の格好も説得力を増す材料になったのだろう。

 

怒鳴ってしまった農夫に小さく謝罪し、村を後にする。

 

やる事がある。

クソッタレがどこから来るのか、安全なルートはどこなのか、保護を求める事が出来る友軍はどこに存在するのか。それらを探さなければならない。

 

気が付くと、自然と駆け出していた。

 

 

 

 

結論から言うと、意外と近くに友軍は居た。

それは既に過去形だが。

 

目の前にはかなり深い崖を繋ぐ石造りの橋が有り、それに睨みを利かせるかのように3門の高射砲、2門の対戦車砲、2門の野砲が森に隠蔽されながら並べられている。そして近くには例の巨大な砲弾と、この兵器群を運用していたであろう兵士達の死体があった。

 

その他に弾薬、爆薬、糧食が置いてあった。

 

そして奇妙だったのが、これだけの部隊が居ながらどうして無線機が見当たらないのか、という点である。今は全滅しているが。他の友軍と連絡が取れれば、状況は一変するというのに!

 

しかし、幸いにも近くにオートバイが放置してあった。そして、この砲を運んで来たであろう自動車と、軍馬の死体も。

 

オートバイには地図が括り付けられており、ネウロイと友軍の位置を示してあった。無線代わりの伝令用だったのだろうか。

ついでに拳銃を死体から拝借した。最悪の事態に陥った時に、これが自分を助けてくれるだろう。最も、それはろくな使い方ではないが。ベルトに適当に挟んだ拳銃が、いやに存在感を放っている。

 

オートバイに跨り、村に戻る。幸いにも、ここから村までは道で繋がっていた。

結構近くに部隊が居たのに、どうして村の人間は気付かなかったのだろうか。いや、道は他にもあったし、村を通らないルートで部隊が移動してきたのだろう。

 

村に戻り、地図を頼りに避難誘導をする。

だが、少なくない人数が移動を拒否した。故郷を離れたくないという郷土愛からか、はたまた経済的理由で離れたくても離れられないのか。真相がどうなのかは分からないが、確実なのは不可避の死を迎える、という点である。

 

ネウロイは捕虜をとらない。

 

そして自分は一人であり、彼等を説得している時間も無い。

彼等を見捨てる他無かった。本当に。間違いない。

 

近くの友軍の場所を説明すると、村人は土地勘が有るのか、あっさり場所が分かって、自分の案内は不必要になった。

 

となると、自分がやるべき事は一つだ。

 

彼等が避難するまでの時間稼ぎをする必要が有る。

 

地図に記された敵の位置と、あの部隊の配置場所を鑑みるに、敵はあの橋からやってくるだろう。なら、橋を落としておくべきだ。

戦後の事など知った事ではない。大事なのは今であって、未来ではない。

 

オートバイを走らせる。急げ、急げ、急げ!

 

 

戦場へトンボ帰りして来た自分を、まだ新しく、腐敗の始まっていない死体達が歓迎する。

爆薬を箱から取り出し、橋にセットしていく。

 

「畜生、俺は工兵じゃないんだぞ・・・」

 

橋のどこにどれだけ爆薬をセットすればいいのか、皆目見当もつかない。兎に角ぺたぺたくっ付けていく。

 

そして、爆破。

 

全ての爆薬を使った橋の爆破作業は、煙の中から現れた健在の石橋によって失敗に終わった。

 

そこまでした所で耳が、異音を捉えた。

 

こちら側も対岸も、橋の近くの広場と、そこから走る道以外は森である。その森の切れ目から、黒色の物体は見えていた。

 

「クソ・・・」

 

自分の声は震えている。

 

「ちくしょう、やるしかないのか・・・」

 

そもそも爆薬の量が足りなかったのではないか。もう残りは無いが。

もしもの時に備えて、弾薬類を砲周りに集めておいてよかった。

そのもしもの時は今訪れたからだ。

 

全ての砲は最低限の動作確認だけはしておいた。操作方法において扶桑のそれと大きく違うものが無くてよかった。扱えないのでは話にならないからだ。

 

例に漏れないように、ガリア軍の対戦車砲も大きさ的に使い物にならなそうだ。

無いよりはずっとマシだが、使えるのは高射砲と野砲の5門だけだと仮定するのが最善だろう。

 

全ての砲が破壊されるような、大規模な群れが来てないといいが。

 

徹甲弾を込めた高射砲の照準器で、音の発生源を見詰める。

黒い物体がチラチラ見えている。

・・・いいや、撃ってしまおう。レバーを引き、発射。曳光弾により、弾道がはっきり見えた。

着弾、爆発はしない。貫徹出来たのだろうか。

 

緊張しながら、照準器を覗き続ける。

 

照準器から素早く離れ、身を伏せた。光弾が幾つも飛んでくるのが見えた。見えてしまった。

着弾。激しい音と、巻き上げられた土が、心をまた慣れ親しんだ感覚に浸りだす。

 

背筋が凍る風切り音を聞かされ続けながら、排莢し、次の弾薬を手早く装填する。照準器を覗き、発射。

砲弾がこちらに飛んでくるのがはっきり見えた。飛び退き、身を伏せる。至近距離で凄まじい音が鳴った。金属がひしゃげる音だ。顔を上げると、高射砲の砲身がひん曲がり、使い物にならなくなっていた。

 

走る。次の砲まで。移動中、どこに砲弾が飛んでくるのかなど、正確に把握出来る訳もない。兎に角右へ跳ぶ。

 

 

知ってるだろうか。足を吹き飛ばすには、200gの火薬があれば十分だという事を。それはソ連の技術者がPMN地雷を開発する時に証明した事実である。

 

その旨を誰に言うわけでもなく、叫び散らす。

 

「俺の足もそうなってる!クソッタレが!」

 

右足の太腿の途中から赤黒く変色したマッシュルームのように捲れ上がり、その先は消滅してる。血が吹き出ていて、妙に愉快だ。笑いが止まらない。その余波を食らってしまったのか、左足は開放骨折していた。

 

痛みは無い。脳内麻薬の過剰分泌だろうか。自分は今非常に興奮している。あぁ、とてもだ。

 

「これじゃ」

 

拳銃を口に番える。

 

「戦えねェだろうが!」

 

引き金が引かれ、亜音速の弾丸が脳幹を滅茶苦茶に破壊していった。

 

 

 

足が吹き飛ぶ寸前の光景を、自分はいつの間にか見ていた。先程とは違い、左へ全力で跳んだ。前転し、地面に這い蹲る。爆風が地面と自分を撫でていく。

 

死んでないし、四肢ももげていないし、致命傷も負ってない。継戦能力は維持された。これが正解だ。

しかし、あの感覚は鳴り止まない。ずっと警告を飛ばしている。

 

次の砲に取り付き、装填して照準器を覗き込む。相変わらず猛烈な砲撃を受け続けているクソッタレ共に手元のハンドルを操作し、適当に狙いを付け、発射。

森からぞろぞろと出てきた蟻型に当たり、貫通。直後に蟻型は姿を消した。

装填、発射。

一撃で蟻型が消し飛んでいく。途中からは身体が勝手にハンドルを操作して狙いを付け、発射している。それからはもう照準器から目を離して発射レバーを引いていた。

吸い込まれる様に飛んでいった砲弾が蟻型に必ず命中し、撃破していく様は、まるでゲームのエイムボットの様で気味が悪かった。それを自分が行っているのも気持ち悪さに拍車をかける。

 

非現実的な感覚だった。相変わらず砲弾は飛んでくるし、風切り音は臓腑を震え上がらせる。近くに着弾すると土が飛んでくる。そんな状況でも手足は意識せずとも動き、正確に敵を撃破していく。

 

また砲弾を発射した直後、嫌な感覚が一際大きくなった。砲弾が見えた。あぁ、見えた。黒いやつが、はっきりと。

 

 

必死に高射砲から離れる。

地獄のような灼熱に焼き尽くされて、急に意識が消失したのが記憶にこびり付いている。近くの地面に伏せた自分の背を、炎が巻く。置いてあった弾薬に着弾したのだろう。大爆発だ。

だが幸いにも鼓膜も破れなかったし、四肢も内臓も無事だ

 

次の砲に向かわなければ。

 

 

 

 

 

何回死んだのだろうか。もう時間感覚もあやふやだ。なんの為に戦ってたんだっけ。

今の自分の中にあるのは、やられたらやり返す、という憤怒の感情のみである。そうだ、気に入らない。やられっぱなしは性にあわない。

 

「死ね・・・クソッタレが・・・ぶっ殺してやる・・・」

 

土まみれで、所々から出血もしている。最高のコンディションだ。

 

荒々しく金属音を響かせながら、装填を完了する。そもそもこういった砲は一人で運用するものでは無い。文句を言っても仕方がないが。

 

発射。

 

あぁ、最高だ。全部殺した。ぶっ殺してやった。

 

敵の姿は見えず、金属音もしない。

 

「俺の勝ちだ」

 

 

その時、上空から音がした。

新手のネウロイ・・・大型ネウロイが5機、飛んでいた。エイ型だ。

 

急いで砲弾を装填し、高射砲のハンドルを操作する。装填した砲弾は、勿論徹甲弾。コアをぶち抜いてやる。

 

発射。

 

光弾が吸い込まれるようにネウロイに飛来し、直撃。コアを撃ち抜いて一撃で撃破した。

彼我の距離と相手の巡航速度、砲弾の弾道と風向きなどは、自分は一切考慮していない。自然と体が動いていた。最高じゃないか。

 

消えゆくネウロイから、黒い物体が落ちてきた。爆弾だ。

 

それも大型爆弾だ。航空爆弾に出来ることなど何も無い。それでも何かしないといけない。

取り敢えず近くにあった窪地に身を伏せた。

 

近くで凄まじい音と、木が倒れる音がした。

 

だが、肝心の爆発音が聞こえない。

 

恐る恐る身体を起こし、窪地から頭だけ出して着弾地点を見ると、理由は分かった。これは爆弾でも、普通のじゃない。瘴気を出すアレだ。

 

毒々しい色をした瘴気が勢い良く吹き出す。

そして味方が撃墜された事を察したのか、大型ネウロイから光線が地面に次々と照射される。

 

爆発、爆発、爆発。凄まじい音で何も聞こえなくなる。

頭を殴りつけられる爆発音に負けないように、高射砲に飛び付き、装填、ハンドルを勢い良く操作、発射。

 

敵は残り3機になった。

 

装填、発射。

 

残り2機だ。

 

そこで、自分は地面に崩れ落ちた。身体が上手く動かない。呼吸が上手くいかない。意識が、意識が遠のく。

 

例の呼吸法でも、直ぐにダメになった。

 

ちくしょう・・・瘴気か・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、なんだ、なんなんだ!?」

 

目を覚ますと、滅茶苦茶寒かった。状況を把握しようにも、凄まじく吹き付ける風で目を開ける事すら叶わない。

自分は今、どうなっているんだ。

 

「あれ、起きた?」

 

混乱し続ける自分が最初に聞いたのは、少女の声だった。




誤字修正、感想、待ってます。

インフルエンザに掛かりました。皆さんお気を付けて。

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