すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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またこれから

「え?あ?」

 

少女の声で余計に混乱する。自分は今どうなっているのだろうか。

 

「んー、少し我慢しててー」

 

暴風に耳を持ってかれそうになりつつも、少女の声はなんとか聞き取れた。それにしても、滅茶苦茶寒い。体が震えてくる。しかもなんだか口の中が鉄の味で一杯になっている。瘴気で吐血でもしたのだろうか。

 

「あの・・・!ここは一体!?」

 

暴風のせいで未だに目を開けられず、風に負けないように大声で叫ぶ。

 

「わわっ!?」

 

すると、急に暴風は止んだ。

異様な浮遊感に、暴風と言わずとも、未だに轟々と自分を撫でる風。何故だか目を開けるのが異様に恐ろしかった。

 

目を開けると、一面の青と白が自分を迎えた。

 

 

どうやら自分は空を飛んでいるらしい。

下は雲で地面が見えず、上を見ると、少女の顔。垂れ気味の犬の耳が生えている。

自分は少女に抱き抱えられているようだ。

 

「あの、一体何が・・・」

 

「・・・うーん、貴方が下に居て、瘴気が来てて。そのままだと死んじゃうから、回収した!」

 

「なるほど、説明ありがとう」

 

自分がこんな状況になっている理由は大体分かった。

それにしても、余りにも寒過ぎる。暴風に吹かれていた先程よりはマシだが、今でも身体が凍りそうだ。しかも妙に息苦しい。鼓膜の調子もおかしいし、踏んだり蹴ったりだ。

 

空気逓減率、漢字が難しくて苦労した記憶しかないが、あの法則に乗っ取ると、地球の重力下における空気は、100m辺り0.6℃程下がっていくらしい。

 

・・・今現在の高度は如何程で?

 

それよりも滅茶苦茶怖い。自分は高所が苦手だ。飛行機だとか何かに乗っているのなら兎も角、今の自分を支えているのは、腰に回された少女の細い腕だけだ。

 

(正直、チビりそう。)

 

吐く息が白い。なんかキラキラしている。だが自分を抱えている少女は寒がる様子は無く、平気な顔をしている。魔法力とやらの効果だろうか?

という事は恐らく、この少女と自分では文字通り生きている環境が違うのだろう。

不味い、このままだと無意識に殺される・・・!先程から寒いを通り越して痛くなってきた。いや、感覚が・・・。

 

「高度を!高度を下げてくれ!」

 

「え!?わ、分かった!」

 

なりふり構ってなどいられなかった。

 

急に落ちる高度、それに伴う内臓を押し上げられるような浮遊感、激しい豪風。全てが自分の体力と気力を根こそぎ奪っていく。激しい気圧の変化で鼓膜がもう滅茶苦茶だ。

 

地表から数百mといった距離まで降下した頃には、自分は性根尽き果てていた。ネウロイに叩き起されて碌に寝ていなく、夜通し走り通し、それから死にながらネウロイとの激闘を繰り広げた身体は、疲労困憊だった。それに追い打ちを掛けられた感じだった。

 

喋るのも億劫だった。

目を閉じ、滅茶苦茶な体感状態を感じつつ、自分は意識を喪失した。それが眠りに落ちたのか、はたまた気絶したのかは、自分には区別はつかなかった。

 

 

 

 

上空数千mの空の上、普通の航空機ではそこまで上がるのにも時間が掛かる高度に、四人の歳若い魔女達は居た。

 

「偵察の結果、敵の数は大型が5、それだけよ」

 

「それだけって・・・」

 

この編隊における隊長が事も無げに言い放ち、垂れた犬の耳を生やしたウィッチが、げんなりした表情で言葉を返す。

 

周りの表情も似たようなものだった。そんな中、隊長だけが真顔で飛び続けていた。

 

「・・・見えたわ、大型ネウロイ、5機きっかり」

 

「その魔眼ってどう見えてるんです?」

 

隊長の遠くを見る目が暗く、妖しく光り、固有魔法によって敵を補足したと周りに報告した。だが彼女以外に敵の姿は全く見えていなく、犬耳とは別のウィッチが怪訝そうに聞いた。

 

「言っても理解出来ないでしょ?」

 

「・・・へーい」

 

盲目の人間に赤色とは何か、と聞かれても説明して理解させる事は不可能であるように、固有魔法の感覚を他者に教えるというのは無理難題なのである。

 

「気を引き締めていくわよ。私達だけじゃ大型5体は手に余るから、適当に時間稼ぎして、後続に任せる形になるわ」

 

今飛行場ではもっと多数のウィッチが出撃の用意をしているのだろう。司令部との無線応答から、隊長はそう判断した。

 

 

そして、いよいよ隊長以外のウィッチにも敵の姿を捉えられる距離まで近付いた。

下方に見えるエイ型ネウロイは、ウィッチ達に気付いておらず、悠々と空を我が物顔で飛翔していた。

 

「相変わらず大きい・・・」

 

「この数は初めて見た」

 

「ベルリンにはもっと居たよ」

 

ネウロイの群れを見た各々が小さく会話を交わす。

 

「静かに」

 

それも、隊長の鶴の一声で静かになった。

 

「・・・そろそろ仕掛けるわよ。狙うのは一番先頭を飛んでいる機体。分かった?」

 

「了解しましたー」

 

魔導エンジンの出力を上げ、戦闘準備をする。

そしてーーー

 

「攻撃開始!」

 

急降下し、一気に距離を詰め、手にした銃の照門を覗き、引き金を絞る。

 

「うわぁ!?」

 

その前に、ウィッチ達の編隊の近くを光弾がすれ違った。

 

「何!?」

 

「気にしない!」

 

最近の空を飛ぶネウロイの攻撃方法は光線で、弾丸、砲弾による攻撃は珍しくなっており、何人かのウィッチが少し戸惑う様子を見せる。だがそれも、隊長の一言で治まる。

 

「え・・・?」

 

彼女達の目の前には、5体のネウロイがいたはずだった。

だが、今は4体しか居ない。これはどういう事かと隊長の方を向く犬耳ウィッチだったが、隊長も戸惑いの表情を隠せていなかった。

 

だが今は降下中であり、攻撃の最中である。幸いと言うべきか、彼女達が攻撃する予定だったネウロイは健在であった。

 

四人で一斉に攻撃を開始する。だが、分厚い装甲を前に致命打を与える事は出来なかった。魔法力とは強力なものであり、それが例え小火器であっても威力がはね上がる。だが、それでも限界は有る。正確にコアを狙わないと、撃破するのは不可能なのだ。

 

「ああもう!コアの位置は分かってるのに・・・!」

 

犬耳ウィッチが悔しそうに叫ぶ。

 

前に対処した別の部隊のウィッチの情報であの型のネウロイのコアの位置は分かっている。だが弾が思った場所に飛んでいかない、という具合だ。

それもその筈で、この四人は全員実戦経験が浅く、射撃の天才的な才能がある訳でも無い。その前提を踏まえ、自身も相手も高速で飛行していて偏差が必要であり、弾丸も風向きや重力の影響で弾道が安定しない。そんな状況で思い通りに当てろという方が無茶というものだろう。

 

「離脱!」

 

一撃を加えて直ぐにその場から離脱する。

そのままぐんぐんと距離を離していき、またネウロイの上方に位置取る。

 

「おかしいわ・・・」

 

奇妙な事に、攻撃を受けてもネウロイが反撃する様子は無かった。

 

いや、正確には違った。正確には、ウィッチ達に反撃をする様子が無かった。その代わりに地上へ向かって、猛烈に光線を照射しているのが上からでもはっきりと見えた。

 

「舐められてるわね・・・」

 

隊長による怒気を込めた一言の直後、再び光弾が飛来する。

また一体のネウロイが消滅した。

 

「有り得ない・・・」

 

思わず、といった様子で隊長が小さく呟いた。

 

「あれ、徹甲弾よ!?」

 

飛翔する砲弾の曳光剤が示す弾種は、本来対空射撃では使用される事の無い、徹甲弾であった。

 

そして、三発目。一撃でネウロイは消滅した。

 

「有り得ない、有り得ないわ」

 

徹甲弾を使用し、高度数千mに居る複数のネウロイのコアを一撃で撃ち抜くなど、大言壮語にも程がある。この事を報告しても冗談として受け止められるだろう。

 

これ程巨大なネウロイも、この高度だと地上からは豆粒サイズでしか捉えられないだろうに。

 

「射撃が止まった・・・?」

 

下からの援護射撃がピタリと止まり、やられてしまったのかと思ったのか、犬耳ウィッチが眼下のネウロイの更に下、地上を見ると、そこには毒々しい色をした瘴気が充満していた。

 

「ぁ・・・だめ・・・!」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、避難の支援を行っていた街で、瘴気によって生きながら地獄を迎え、血を吐き、のたうち回って無惨に死んでいった街の人の姿だった。瘴気が効かない自分と違い、魔法力を持たない人々が瘴気によって目の前で何も出来ずに死んでいく光景は、彼女の心に深い傷を残していたのだ。

 

「あっ、おい!ベーケ!」

 

隊長が制止するも、既に彼女は急降下を始めていた。

 

「・・・帰ったら覚えてなさい!全員降下!あのバカを援護するわよ!」

 

 

ベーケという犬耳のウィッチは、光線を掻い潜って地表まで降りてきていた。

 

「ああ・・・だめだった・・・だめ、だった・・・だめ・・・だ・・・」

 

辺りにちらほらと砲と死体が散乱しており、生存者は望み薄だった。

相変わらず辺りは光線の照射による爆発音が止まらず、酷いものだった。

 

 

だがそんな時、異音を彼女の耳が捉えた。

 

それは鋭い発砲音・・・音の大きさと高さからして、拳銃によるものであろうと一瞬で理解したベーケは、すぐ様音源へ向かった。

 

そして、そこに希望を見た。

 

拳銃を掴んだ腕だけが上を向き、寝転がっている兵士の姿があった。

急いで近付き、抱き抱え、急上昇。

 

兵士は口元から僅かに血を覗かせて白目を剥き、痙攣を起こしていた。

そして急上昇中に一際大きく震えたと思うと、手を口に突っ込み、勢い良く吐血した。そして何回か咳き込み、沈黙。

空中にばら撒かれた鮮血が、軌道を描いていた。

 

その様子を見て、この人は大丈夫なのか?と一人不安になるベーケだったが、直ぐにその心配は頭の片隅に追いやられる事になった。

 

「このバカ!」

 

頭に強い衝撃を感じて、ベーケはふらつく。上昇中だったのもあって、低速でふらふらと。

 

「た、隊長・・・」

 

険しい顔をした隊長が、そこには居た。

 

「言いたい事は山ほど有るけど・・・今はやめておくわ。基地に帰ってからよ」

 

「わ、分かりました・・・」

 

ベーケが抱えているものを見て、隊長は続ける

 

「さ、帰るわよ」

 

「え?帰るって、ネウロイは?」

 

「まだ居るわ。でも、直ぐに居なくなるでしょうね」

 

「それはどういう・・・」

 

「私達カールスラント軍が誇るエース部隊。一度は聞いた事あるでしょ?あの部隊がもうすぐ到着するらしいわ」

 

「え、あの部隊がですか!?」

 

その桁外れの戦果と共に、広報にも大きく使われているカールスラントのエースウィッチを集めた部隊。それが来ると聞いて、その度合いに多少の差異があっても、この場にいる全員が驚いていた。

 

「だから私達は早く帰投して、勝手な行動をした部下の処分をしなきゃいけないのよ」

 

「・・・で、出来るだけ軽いのでお願いします・・・」

 

「約束しかねるわ」

 

隊長に笑顔できっぱりと言い切られ、ベーケは一人肩を落とした。

 

 

そして今日は風が穏やかな日だとか、空がいつもよりも澄んでいるなとか、基地に帰った後の事を出来るだけ考えないようにして飛んでいたベーケの耳を刺激する大声を放つ兵士が目覚めるのは、この後すぐの事であった。

 

 

 

 

意識の覚醒とは文字に起こすと単純明快であり、理路整然とした現象である。だが実際の所、意識の覚醒をその瞬間に自覚出来る人間は存在しない。意識が目覚め、それから少しして思考能力を再獲得してから過去を振り返り、恐らく意識が覚醒したであろう瞬間を再自覚するのである。それは、意識を喪失する時でも変わらない。

 

瞼が重い。まだ眠気がする。

目を閉じながら取り留めも無いことを考えていた自分は、未だに倦怠感が覆う身体を意識しながら、目を開ける事を決断した。

 

清潔そうな白い天井。病院特有の消毒薬の臭い。

 

腕を見ると点滴が打たれており、そこから伸びる管で動きが多少制限されていた。

上体を起こし、周囲の情報把握に努める。

耳を叩く砲撃音や爆発音はせず、静かなものだった。時折聞こえる鳥の囀る声が心地良い。

ここは素晴らしい場所だ。ずっと寝ていたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「トラックに乗り込め!」

 

もたもたしていたせいで尻を蹴っ飛ばされて、列に並ばされる。

自分がトラックに乗り込むと同時にトラックは発進し、ヘタレたスプリングと荒れた道路が自分を揺らしてくる。一際大きく揺れた瞬間に 、備え付けられていた椅子に尻餅をつき、一息ついた。

 

あの理想郷には数日しか居られなかった。目立った怪我がなく、過労で倒れただけの自分は、直ぐに前線に戻された。

だがあっという間に戦線が崩壊し、撤退を余儀なくされ、自分はこうして運ばれている。

 

 

ガリア軍の兵器は贔屓目抜きでも、スペックの上ではカールスラントのものより優秀なものが多く、カールスラントと同程度かそれ以上にネウロイの猛攻に耐えると思ったが、現実はそうでは無かった。

実際の所はどうなのだろうか。

 

将校でもないし、そんな情報は貰えない。

 

まぁ、どうでもいい。どうでもいいさ。

 

時折大きい揺れに襲われ、尻が浮き、衝撃。やめてくれ。

 

 

暫く尻を殴られていると、港に辿り着いた。

降りた場所は要塞化しており、野砲や高射砲がその姿を覗かせていた。それから視線を後ろに向けると、トラックで進んで来た道の脇にひっそりと、曲がった看板が立っていた。

 

 

"Calais"

 

 

看板には、そう書いてあった。




勘がいい人とかなら、この後の展開が仄かに分かるかも知れません。

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