すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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これから一月に一話にしようかと思ってます。


せいきるーと

先に光明は無く、延々と続く幽々とした未来のみ。

人には希望が必要なのだと理解したのは、この瞬間であった。似たような状況には前に・・・あのウィッチが居た街でなったが、少しづつでも前に進めているという実感があったから、心こそ粉砕されても、自分は決定的には折れなかった。前に進む事を諦めなかった。

 

だが今はどうだ。自身の記憶が言うに、自分は全く進歩していない。

毎回崖からダイブして投身自殺をしているような、救いも、進歩もない。

 

こういった状況を覆すには、突飛な行動が必須である。

 

 

 

 

 

(だから俺は)

 

 

 

 

逃げる事にした。情けなく背を向けて、凄惨を極める現実から。

 

忌々しい看板が見えて、その後の既定路線をなぞって死んだ直後、自分はもう走り出していた。走る自分を呼び止める声が聞こえたが、そんなものは聞こえていない事にした。

 

なんだかスッキリした。風を切って走っている爽快感も加味されて、とても。

 

逆立ちしたって適わない様な残酷が過ぎる現実からは、無駄な抵抗はせずに逃げればいい。

これは現実逃避だろうか?ああそうだ、現実的な行動が伴った、現実逃避そのものだ。

 

気が付くとどこかも知れぬ道のど真ん中で、自分は座り込んでいた。

 

例の感覚は、もうしない。

 

「ははは・・・」

 

(なんだよ・・・)

 

自然と笑みがこぼれる。最初からこうすれば良かったじゃないか。

 

「ははははは!」

 

正解なんて、簡単じゃないか。

 

「はははははははは!!」

 

なんで、なんでこんな事に躓いてたんだ。

 

「はは!ははは・・・はぁ」

 

片手で地面を着き、もう片手で顔を覆う。涙が止まらなかった。それは無為な行為を繰り返していたという怒りと悔しさからか、前に進めた安堵感と達成感からか。

 

無限に続くかと思えた地獄は、あっさりとその幕を閉じた。

 

 

終わった。終わったんだよ。

 

やっとか。

 

 

 

 

街道の真ん中で座り込んでいる兵士が一人。すっくと立ち上がり、歩き出す。

そんな兵士の下に・・・歩く兵士と同じ方向に走って来たトラックが通りかかる。トラックは停車し、中から兵士が一人降りてくる。それは服装からしてブリタニア兵の士官であった。

 

「・・・太陽が眩しい。核融合の光が自分を照らしている。地球の磁気圏、大気圏に感謝しなければならない。宇宙船地球号だ」

 

フラフラと千鳥足で歩きながらなにかブツブツと独り言を呟いている兵士を見て、士官は声を掛けた。

 

「・・・どうした?」

 

「・・・こんな所から早く離れたい」

 

声を掛けられても、反応を示さずにそのまま歩いて行く兵士に業を煮やしたのか、士官が肩を掴んで強く呼び掛ける。

 

「おい、お前・・・何を言っている」

 

「・・・?」

 

「おい・・・!」

 

「・・・!?」

 

先程までの夢遊病患者のような動きはどこにいったのか、瞬時に小銃に手を掛けて構える兵士に、士官は一歩後ずさる。

 

「・・・ブリタニア兵(ブリタニアン)?」

 

「あぁ、そうだ。・・・気が立っているのは分かるが、それから手を離せ」

 

一部始終を見ていたのかトラックから何人かの兵士が飛び出し、全員が兵士に小銃を向ける。

 

「・・・あ、あぁ、了解」

 

小銃が降ろされたのを見た士官が一息付き、そして続けた。

 

「・・・トラックに乗るといい。部隊からはぐれたんだろう?」

 

 

このトラックは当たりのようだ。今まで乗ってきたどのトラックよりも揺れは控え目で、品質の良さが伺える。

そんな車内で奇異の視線を浴びながらも、自分は少し考えていた。先程の自分の奇行の件だ。

 

ストレスか?ストレスだろう。間違いない。

解決した。

 

頭を振って心機一転、正常になる。

・・・正常になれ。

 

「・・・はぁ」

 

幸せが逃げる。なんて言われている息が零れた。

 

 

軽く肩を叩かれ、叩いたであろう人間が居る方を見ると、一人の若いブリタニア兵が自分を見ていた。20代だろうか。

 

「前線はどうだった?」

 

「どうって・・・?」

 

「いや、俺はまだネウロイすら見た事が無くてさ、前線はどうなってるのか知りたいんだ。これから俺も送られるかもしれないし」

 

「そうか」

 

「だから知りたいんだ。教えてくれ、な?」

 

「・・・地獄だ」

 

「地獄?」

 

「そんな安直な言葉しか出てこない」

 

自分がなんとか絞り出した感想を聞いて、息を呑む音が聞こえた。

 

「もし、もしもだ。・・・戦場に英雄願望を持ちながら行くのならやめた方がいい。もっとも、ここにいる時点で既に手遅れだが」

 

「ろくな場所じゃない。劣悪な環境で蔓延する病気に、ひっきりなしに襲来するネウロイ。腹が抉れ四肢が千切れて叫ぶ兵隊。それだけだ。それだけ。それだけだぞ。・・・本当だ。嘘じゃない」

 

「・・・そうか」

 

ブリタニア兵は、何処か他人事だった。

それもそうか。百聞は一見に如かず。そんな諺もあるくらいだ。話を聞いただけでどんなものか具体的に想像出来る人間はそう居ない。

 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。勿論自分は前者だし、殆どの人間が前者だろう。

つまりだ。

彼も、自分も、死ぬまで学ばない。

 

 

 

 

吐き気がする。

 

船外に派手に吐瀉物を撒き散らしながら、自分は甲板の上で潮風を全身で受けていた。

胃の中が空になってから暫く、やっと少し落ち着いてきた所でその場に寝転ぶ。背中で硬質な船体を感じながら、そのまま時折雲が浮かぶ真っ青な空を眺めていた。

 

 

自分が同乗させて貰ったトラックは、あの忌々しい"Calais"とは違う場所に到着した。そこは港であり、自分が戦場で何度も夢見た第二の故郷への道標であった。

 

そこからはトントン拍子で状況は進んで行った。殲滅された自分の部隊とは別の扶桑軍の部隊と合流させてもらい、こうしてブリタニア行きの駆逐艦に同乗させて貰っている。

ブリタニアに一旦行ってから、喜望峰回りの扶桑行きの船舶に乗り換えるそうだ。既に地中海やスエズ運河がネウロイの脅威に晒されており、扶桑に行くには喜望峰を通るルートに限定されているそうだ。

 

この時代ではまだ北極海ルートで運用されている船舶は殆ど無い。今の季節は丁度夏だというのに・・・残念だ。

 

 

帰れるのか。

 

どこに行っても変わらない青い、青い空を眺めつつ、自分は感無量になっていた。

 

こう都合良く物事が進んでいると、えも言われぬ不安感に襲われる。多分欧州ではろくな思い出が無いからだろう。

今現在の懸念事項と言ったら酷い船酔いだけで、ネウロイが襲撃してきたりはしていない。

 

まだ気分が悪い・・・。

 

 

地面に足を着けても、まだ地面が揺れている。狂った三半規管が落ち着きを取り戻すまで、もう暫く掛かりそうだ。

船から降りた後に誘導された建物は、椅子が等間隔に並んでいる倉庫だった。どうやら次の指示があるまでここで待機するようだ。

 

入り口から近く、それでいて入り口から射し込む陽の光を浴びない位置にある椅子に勢いよく座り込んで、身体の力を抜く。すると強張り続けて弛緩する事を忘れた筋肉が少し楽になった。

瞼を閉じ、手の甲を上に載せる。自分の手がアイマスク変わりになってる。

 

嗚呼、疲れた。

 

 

いつの間にか寝ていたのだろう。脳がまだ完全に覚醒していないのか、周囲の喧騒の内容が理解出来ない。声は聞こえるが、その内容を理解する事が出来ないのだ。

 

鈍い痛みを放つ首を鳴らしながら手を退け、目を開ける。入り口から射し込む眩しい陽の光を避けながら、周囲の様子を伺う。

薄暗い室内は、扶桑人が思い思いに過ごしていたが、その全てにある共通点があった。

 

自分を見ている。

 

周囲を見渡しても皆が皆、漏れなく自分の方を注視しているのだ。

一体何故・・・?

注目される事が好きではない自分としては、この状況はよろしくない。こうなった原因を究明しなければならなくなった。

 

徐々に目が慣れてきて、入り口の方を見る事が出来るようになった。そして、自分の目の前に誰かが立っている事に気付いた。

そして周囲の視線は自分ではなく、目の前の人物に向けられているのだと、同時に理解した。

 

「久しぶり」

 

その声は小さく、それでいてこの埃っぽい倉庫によく響いた。

 

自分はこの声に覚えが有る。

 

誰だっけ?

 

「・・・って言っても、まだ名前も聞いてなかったね」

 

小鳥の囀り程の大きさの声が、絹糸の様な繊細さを持った声が、鼓膜を擽る。光に慣れた目が捉えたのは、栗色の髪の毛を持った、小柄な少女だった。

 

時が止まったようだった。半覚醒の脳が処理するには少々情報量が多く、それでいて華麗で、もう訳が分からなかった。

 

「私の名前はテア・イェーガー。テアでいいよ」

 

 

「自分の名前はーーー」

 

予想外の出来事に、状況を把握する前に一拍遅れて返事を返す。

 

「・・・覚えたよ。素敵な名前」

 

ありふれたその単語を聞いて、屈託のない笑みを浮かべた少女を見た。

 

自分の脳内では彼女が誰なのかという疑問が膨れ上がっていた。会話の前後を聞く限り、会った事があるのだろう。思い出したくもない、碌でもない思い出をほじくり返して彼女の事を思い出そうとする。

 

・・・思い出した。

 

塹壕で会った、あのウィッチだ。

 

自分が思考の海に身を投げている間に、彼女は自分の隣に座っていた。その小さい頭を自分の肩に預け、目を閉じている。整った口元の口角を小さく上げている事も同時に分かった。

 

訳が分からなかった。

この状況を誰か説明してくれ。

だがそんな想いは届かず、周りの人間は自分と隣の少女を注視するだけだった。

 

 

テア・イェーガーと名乗った少女は、彼女を探していたという二人の女性に回収されていった。

あの衝撃的な再会から数分の出来事であった。まるで嵐の様だった。

目の前、目と鼻の先で起こった怒涛の展開に、唖然としているしかなかった。

 

周りの人間からなんだか物言いたげな視線を浴びるが、自分は沈黙を貫いた。自分でも何が起こったのかよく分からないし。

 

 

扶桑行きの輸送船は想像よりもずっと早く用意された。

何日かこの港で寝泊まりする事を覚悟していたが、あの出来事から数時間後には自分はまた船に乗っていた。

 

ここから数ヶ月掛けて、扶桑へと帰るのだ。

前の世界だと飛行機で半日程の距離だが、船となるとそれと比べられない程の時間がかかる。今からもう億劫だ。行きも同じだったが。

 

船が出港すると、大陸の対岸が燃えているのが見えた。この距離から見える程の凄まじい規模の火災だ。

自分も今まであの火災の中で息絶え続けていたのかと思うとゾッとする。怒りも同時に湧いてくる。

 

そんな大陸の様子を尻目に、海上は穏やかな様子だった。

船酔いによる最悪なコンディションさえ無視すれば、自分は恵まれている。

 

今からもう帰った後にする事を考えてしまう。休みを取って実家に顔を出そうとか、親友に会いに行こうとか。

今考えていても仕方が無いのだが。

 

 

船で出た温かい食事に、思わず涙ぐんでしまった。味噌汁や卵焼き等の扶桑料理がふんだんに出てきたのも理由の一つだった。

 

割り当てられた部屋は二段ベッドが二つ並んでいる4人用の酷く狭い部屋だった。見知らぬ三人の気配を感じながら、布団に潜り込む。

気疲れからか、物理的な疲れからか、直ぐに眠気はやってきた。

 

 

瓦礫と化した街並みの裏路地で、足の折れたウィッチが首だけ自分の方に向けて自分を睨み付けていた。

 

「どうして見捨てたの」

 

崩れた階段の下からはみ出る腕が見えた。

その前に銀髪の少女が座り込んでいて、持ち主が圧死した腕をじっと見ていた。

 

「嘘吐き」

 

燃える村を背景に、砲撃音と共に肉片が辺りに散らばる。

 

「助けてくれ」

 

見慣れた地名が記された看板が自分を迎える。

 

「配置に付け」

 

様々な風景が目の前で瞬時に入れ替わり立ち代わり立ち塞がる。

 

 

「うるせぇな・・・」

 

何処か冷静な思考が、これが夢であると理解した。

所謂悪夢というものだろう。

こんなものを見れるなんて、自分も随分と余裕が出来たものだ。

この自前の脳による自作スライドショーを見て何か思う所は無い。生憎と自己満足で自己完結する謝罪なんぞ持ち合わせていないからな。

 

それよりも一刻も早くこの悪趣味な夢から覚めたい。怒りがふつふつと湧いてくるからだ。

 

 

目覚めはよかった。ずっと起きたいと思い続けていたからだろうか。

船酔いも克服した。行きの時もそうだったが、自分の場合は初日さえ耐えれば、船酔いがぶり返す事は無い。

早く扶桑に着かないかと、出港してからまだ一日しか経っていのに考えてしまう。船の中は余り娯楽が無く、酷く退屈だからだ。

周囲の人間に本が無いか聞いてみるのもいいだろう。自分が持っていた本は全てカールスラントの何処かに紛失してしまったからだ。

 

そうと決まれば、早速動き出すべきだろう。

自分は一歩踏み出した。




別の小説も書きたい。

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