すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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遅くなってすみません


ぼうけんのしょ1

船旅は想像していたよりかは、退屈ではなかった。

というのは、多数の本を持つ扶桑人の老人が同乗していたからだ。その老人はブリタニアに住んでいたが、欧州大陸の惨状を見るにブリタニアも危ないと思い、扶桑へ帰るのだと言っていた。

船に持ち込めたのは蔵書の中でも僅からしいが、それでも圧倒的な数だった。

 

本は自由に読んでいいと言われた。そのお陰で、船旅の大多数を占める退屈な待機時間を潰す事が出来た。彼には感謝しかない。

 

食事 運動 読書 睡眠 ひたすらこの繰り返しだった。

曜日感覚が狂い、どうして海軍が金曜日にカレーを食べるのかを理解したこと以外には特筆する事も無く、長い船旅は終わりを迎えた。

 

 

 

「着いた・・・」

 

揺れない地面に足を踏み締めながら、感慨深い一言を呟く。

 

「帰って、来た・・・」

 

扶桑に、帰ってきた。

 

 

数ヶ月に及ぶ船旅を終え、今は電車に揺られている。

休暇の申請を終え、実家に里帰りする為だ。

自分が着いた港から故郷までは扶桑を縦断する程に遠く、一泊二日で帰る予定である。

訓練所とカールスラントで過ごした時間は優に二年に近く、同様に実家に帰省するのも二年振りだ。

 

 

・・・色々あったが、実の所自分は故郷が余り好きでは無い。母や親友は好きなのだが、父がどうしても苦手だったのだ。

 

自ら金銭を稼ぐ手段を持たない自分からすると、他人、それが例え家族だとしても養われるというものはストレスが溜まるものだった。金銭を他者に依存するという事は、その人間に生殺与奪権を握られているのと同意義であるからだ。

だが今は違う。自力で金銭を稼ぐ手段を自分は手に入れた。だから、故郷に帰る決心が付いたのだ。

 

 

見慣れない景色が流れる窓を見ながら電車に揺られ、そんな事を考えていた。

 

 

いつの間にか寝ていたようだ。周囲は薄暗く、遠かった目的の駅まであと少しになっていた。

固まった体を伸ばす。体の節々からパキパキと子気味良い音が鳴るのを聞きながら、一息つく。

 

ここで一泊してから、明日には着く予定だ。

 

電車から降りると、少々肌寒く感じた。自分がカールスラントから帰還している間に季節は夏を過ぎ、多くの食べ物の旬である秋へと移行していた。

 

駅から出ると、片田舎といった様子の景色が広がっていた。石畳の道路に、遠くまで店が並ぶ商店街。住宅街も隣接していた。

 

ここで宿を探す。

近くを歩いている通行人に宿を聞き出し、早速向かった。

 

自分が入った宿はこじんまりとした、家族経営の宿だった。女将である母親と娘の二人で運営しているらしい。入口近くに飾ってある家族写真に、軍服を着た父親らしき男性の写真があった。今は大陸にでも出征しているのだろうか?

 

自分が写真を注視していたのに気付いたのか、女将が父親は戦死したと教えてくれた。大陸でネウロイに殺されたと。

 

返す言葉が思い付かず、黙っていると、気にしないでと言われた。

それに返す言葉は、ついに出てこなかった。

 

 

食事と入浴を終えて布団に寝転がって木目を眺めていると、なんだか色々あったが、その全てがあっという間だった気がしてくる。

戦地と船の中は碌な風呂も寝床も無かったから、それと比べれば大分リラックス出来ていた。

 

だがまだ、自分は緊張していた。何故だろうか?

 

・・・こんな職業なんてとっとと辞めたいが、辞めた所で碌な再就職先は無いだろう。自分には学歴も無ければ、突出した才能も無いのだから。

 

考え始めるとキリがない。もうさっさと寝てしまおう。

 

 

母娘に礼を言い、支払いを済ませて宿を後にした。

適当にその辺を散策してから電車の時間に合わせ、乗り込む。

 

そういえば。

そう、そういえばだ。

圧倒的に今更過ぎるのだが、この世界は女性の服装がおかしい。というのも、妙に露出が多いのだ。だが皆がさも当たり前かのような顔をしているから、違和感は直ぐに消えたが。朱に交われば赤くなるとはよく言ったものだ。

違和感の解消がされた理由の一つに、それよりも北アメリカ大陸の形が激変している事や、大陸におけるとある大国の存在の有無の方が驚くべき事柄だった・・・ということもあるだろう。完全に違う訳でもなく、所々似通っている部分が有るこの世界について、自分は強く興味を引かれているという事実を再度意識させられた。

 

また同時に電車の心地良い揺れに揺られていると、碌に舗装されていない道を走る車両が如何に不快だったかを思い出していた。

 

 

・・・こうして本当に故郷に帰るとなると、なんだが気が落ち込んできた。電気ガス水道全てが無い田舎だ。碌な娯楽施設も無い。

ただまぁ、親しい人が居る。それだけだ。郷土愛なんてものは自分には芽生えなかった。前世の記憶とやらが要因なのだろうか。生活出来れば、友人が居ればどこでもいいといった心持ちだ。

 

 

これは帰省する少し前の話。

 

休暇申請やその他諸々の申請や報告を終えた自分は、ある試験を受ける事にしていた。

それは士官への道であり、昇進への道でもあった。

 

 

その名も航空兵試験。つまりはパイロットになる為の試験だ。

 

 

すんなりと受かった。

自分は頭が良いらしい。・・・正直に白状すると、なんとか過去問を見つけたのが勝因だろう。国語だけが異様に難しかったのが記憶に新しい。

 

ただまぁ、やはり国語以外のテストが簡単過ぎたのがとても印象に残っている。全てが中等教育レベルだった。

扶桑における進学率を鑑みるに、それが適切な試験なのだろうか?

 

そして試験結果を伝えた上官によると、どうやら平時よりも採用人数が多いようだ。自分が受かったのもそういった背景もあるだろう。

 

思わず聞き返した採用人数拡大の理由は単純だった。

大陸におけるネウロイとの戦争で、パイロットが少々死に過ぎたからだ(・・・・・・・・・・)。国としては早急なパイロットの育成が急務なのだろう。

 

 

着いた。着いてしまった。

無人駅の寂れた駅。いつ屋根が腐り落ちるのかと不安になるほど風化の進んだその建物を見るのは久々だ。意外と構造がしっかりしているらしい。

 

駅舎から出た自分を陽射しが歓迎する。秋頃特有の突き刺すような感じではなく、柔らかい、眠りを誘うような陽射しだった。

 

過去に見慣れた風景を歩んで行く。途中、昆虫や鳥が飛び交っているのを見て、やはり田舎だと再認識する。

駅舎から少し離れると、そこは一面の田んぼだった。懐かしい光景だ。時折点在する民家と砂利で舗装された里道を見ると、随分と久し振りに感じる。たった二年しか経っていないというのに。

 

 

一番見慣れた木版の表札が掲げられている家の前まで着いた。その場で十数秒硬直し、また歩き出す。無駄に広いこの家も、久し振りだ。

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

そこからは大騒ぎだった。

一番驚いたのは、自分の遺影が飾ってある仏壇を見つけた事だろう。唖然としてしまった。

 

母は泣きじゃくって抱き着いてくるし、父は怪談話を聞いたような、半信半疑の表情で自分を見てきた。

そして少しすると、破顔した。曰く、お前は死なないと信じていただとか。

 

母を引き剥がし、事情を父から聞いた。どうやら殉職の誤報だけが届き、誤報についての続報が無かった為にこの状況になっていたらしい。

父が自分が死んだと信じなかった理由の一つに、戦死者の家族に対する手当てが出ていなかった事があったそうだ。

 

泣き疲れて落ち着いた母が話すに、周囲が自分の葬式を進める中、父だけは頑として抵抗していたらしい。それは確固とした理由や考えによるものではなく、意地に近かったとも。

俺の息子が死ぬものか、この訃報も何かの間違いだ、手当ても実施されてない、誤報だ。そうに決まってる。

そう喚いて、酒に溺れていたらしい。

 

なんだかんだ言って、自分の事が心配だったのだろうか?

母は、自分のそんな言葉を父に露呈しないように小さく肯定した。

 

 

 

 

自分には自室があった。本と筆記用具、机と座布団と布団。その程度しかない狭い部屋だが、そこが一番心が休まる場所だった。

 

 

 

だが今はどうだ?

 

 

 

なんだか落ち着かない。せっかく戻ってきたのに、前線に居た時も何も変わらない。何もだ。心持ちが変わっていない。

どうしてだ?船で波に揺られていた時は、扶桑じゃないからと納得出来た。電車で揺られていた時は、故郷じゃないからと納得出来た。

だというのに、それだというのに。

 

 

なんでまだ緊張してるんだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

部屋から出て廊下を歩く。縁側から下駄を履いて外に出て、近くの森に向かった。

 

無性にイライラしていた。不満が溜まっていた。理由は分からないが、兎に角鬱憤になる何かが、確実に自分の中でヘドロのように溜まっていた。

 

森の中に入ったら、少しは気が晴れるかと思ったが、そうでもなかった。それどころか、あてが外れて更に悪化した。

感情が赴くままに近くの幹を殴り付ける。痛かった。当たり前だ。

だが、確かに自分は生きていた。痛みを感じるのだ。生きているに決まっている。

その行為を繰り返していると、皮が捲れ、血が滲み、皮下の肉が日に晒されるようになった。ジンジンと、それ相応に痛む拳を見詰めて、自分は確かに生を感じていた。

どう考えても異常だ。自傷行為が何になる。だが、身を襲う不安感に呑まれそうになっていたのだ。疲弊していたのだ。どこに居ても、緊張しっぱなしというのは、精神をヤスリで削っていくようなものだ。そんな状態で正気で、正常で居られる訳が無い。自分はまた、どこかおかしくなっていた。

 

いいや、単純に、無性に、どうしようもないほどにイラついていた。イライラしていた。戦場のストレッサーによるストレスのストレス反応が、自身の感情に干渉し、情緒不安定さを招いていた。

酷い状態だ。

 

 

「・・・」

 

 

健康科学について思いを馳せていると、そっと何かが、自分が見詰めていた血濡れの拳に重ねられた。

それは地味な色合いの手拭いで、どこか懐かしい。

 

「お久し振りです、ーーー」

 

「久し振りだな!ーーー!」

 

「・・・あぁ・・・久し振り・・・」

 

上手く言葉を出せなかった。こんな姿を見られたくはなかった。幻滅されるだろう、距離を置かれる事は間違いない。

 

背後に居る人間は、自分の親友達だった。

 

そして、今は目の前にもいる。

自分の背中に寄り掛かるようにして存在していたその人は、自分の体を伝って目の前にやってきた。

その為に距離が思ったより近く、少し驚いて身を引く。だが、背後にも親友は居る。彼女は動けなくなった自分の脇の下に腕を入れ、そのままバツ印を作るように抱き着いた。背後でも同様の事が行われ、両頬できめ細かい、肌触りの良い髪の毛の存在を感じる。

不思議と抵抗する気になれなかった。

 

「あっちで何があったのかは分かんないけどな」

 

勝気な言葉を発すると共に短髪が揺れる。

 

「だけど、だけど、とても辛そうなのは分かります」

 

長髪が淑やかな言葉と同時に揺れる。

 

そんなふうに両耳で紡がれる言葉は、緊張していた心と体を解放するのに、十分な力を持っていた。

 

思わず膝を突き、その場に倒れそうになる。

だが、それを彼女達が抱き留めてくれている。

 

そうか、そうか。やっと今、自分は戦場から解放されたのか。あの意味不明な敵との戦争から解放されたのか。

 

「・・・ありがとう」

 

そんな陳腐な言葉しか、自分は言えなかった。それに対する言葉による返答は無かったが、体全体で感じる彼女達の温もりが、悠然と返事をしていた。

 

 

 

 

手拭いが巻かれた両拳は、親友達の手によって覆われていた。

 

「・・・信じてた」

 

「え?」

 

三人で並んで歩いてると、ポツリと唐突に一人が呟いた。

 

「うん、信じてた」

 

そしてもう一人も。

 

「あなたが死ぬわけ無いって、信じてたから」

 

「お前が死ぬなんて、嘘臭さで鼻が曲がる」

 

双方を見ると、どこか歪んだ印象を与えられる笑顔が二つ並んでいた。

 

「その信頼がどこから湧いているのは知らないが、この世に絶対なんてものは存在しない。・・・あるとしたらペテン師の口上にだけだ」

 

「やはり・・・そういうことを言うのね」

 

「なっ、私の言う通りだったろ?」

 

「・・・」

 

なんだか馬鹿にされている気分だ。

そんな微妙な顔をしていた自分を見て、彼女は言葉を続けた。

 

「ーーーが私達に教えてくれたことは、大体覚えてる」

 

「だから、ーーーが言いそうな事は全部分かるの」

 

「・・・例えば?」

 

「今のながったらしい、説明口調の台詞とか」

 

「聞いてもないのに教えてくる雑学とか」

 

「手厳しいな」

 

これからは控えようか?

 

「別に悪く言ったつもりはないわ」

 

「そうそう、別に不快って訳じゃない」

 

大人しく後をついてきていた頃とは違って、中々言うようになった。

どうやら二年という歳月は、彼女達を成長させるには十分だったようだ。

だが、二人の髪の長さと性格は大して変わっていない。

変わっていない。そう、変わってない。じゃあ、自分は?

 

 

 

俺は?

 

 

 

「そういえば、どうしてあそこに居たんだ?」

 

適当に森の中に入って、樹木相手に拳を振るっていただけなのに、どうして見つかったのか。単純に疑問だった。

 

「えっとね・・・」

 

「それは・・・」

 

何か期待するような眼差しが二つ、自分に向けられる。

 

「あそこがさ、どんな場所か覚えてない?」

 

口元に人差し指を当て、少し首を曲げた親友に尋ねられる。長い髪の毛が彼女の腰の近くで揺れている。

 

「まさか覚えてないわけないよな?」

 

腰に手を当て、疑うような目をした親友に尋ねられる。比較的短い髪の毛が肩の近くで揺れている。

 

・・・何かあの場所にあったか?

考えるが、答えは出ない。

 

考え込んでいる表情に加えて眉間に皺が寄ったのを見て、二人は自分が本当に分からないと判断したのか、ため息をついて口を開いた。

 

「「私達が」」

 

「「初めて会った場所」」

 

「でしょう?」

 

「だろ?」

 

途中ハモりつつも、あの場所がどんな場所だったのか教えてくれた。

 

「あぁ、あそこか・・・」

 

「ーーーが勝手に居なくなってから、毎日行ってたからな」

 

「ええ、毎日行ってました」

 

「・・・暇だったのか?」

 

よっぽど暇だったのだろうか。

 

「いいえ、暇ではありませんでした」

 

「それまたなんでだ」

 

「それはな、葬式が多かったんだ」

 

「葬式?」

 

「そう」

 

何か感染症でも流行したのだろうか?

だが彼女の続けた言葉を聞いて、原因が違う事である事が分かった。

 

「大陸の怪異との戦争で、出征した人達全員の訃報が届いたんです」

 

「・・・なるほど、それは嘆くべき事だな」

 

恐らく、同郷の者を集めた部隊でも作っていたのだろう。顔見知りの方が連携しやすいからと。

そのせいで、こういう事態になっているわけだが。

 

「多分、この村で残った若い男はーーーだけだ」

 

「それはまた・・・」

 

この村は地図から姿を消しそうだ。

 

「そのせいなのか、私達の家も東京の方で新しく商売を始めるらしい」

 

「二人ともか?」

 

「そう。というより、村の全員がだ」

 

ちょっと待って欲しい、両親はそんなこと全く口に出していなかったぞ。

いや、死んでいたと思っていた息子が帰ってきてそれどころではなかったのか?

 

 

頭の中で考察しながら、その後も彼女達と色々と話をした。いつも通りの、他愛ない話を。




この小説の続きも書きたいし、一年近く放置してるオリジナルの続きも書きたい。(一応ちょくちょく書いてる)
時間が無いです。

次も結構期間があくかもしれません。ごめんね。

やばいです、ストパン世界に国際連盟が存在することが年表を見てたら判明しました。第一次ネウロイ大戦がWW1の代わりになっているのかな?今から訂正します。

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