すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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だいじょうぶ、つぎがあるさ


ふっかつのじゅもん

気が付いたら目と鼻の先に戦闘機の残骸があった。

燃え盛っており、熱気を感じる。

 

・・・訳が分からない。さっきまで自分は塹壕から飛び出して走っていた筈だ。急に遭遇した怪現象に驚きつつ、周囲を確認する。

クラゲはまだ遠くに居て、機関銃は機関部から先が潰れている。

先程までと寸分違わぬ状況。まさか自分は正夢でも見ていたのだろうか。

ここで、自分は自身の体の異常に気付いた。異様に震えていて、寒気がするのだ。

 

・・・その時に漸く気付く、自分が何かの恐怖を感じている事に。正体は分からなかったが、自分はその何かを恐れていたのだ。

正体の分からない、それでいて凄まじい恐怖心に駆られた自分は、塹壕を飛び出し、後方に駆けていた。

引き攣った笑みを浮かべ、涙を流しながら。

 

後方陣地に辿り着いた時、自分が何を言ったのかは正確には覚えていない。覚えているのは、怖いだの、助けてくれだの、そういった内容である事だった。

 

それ等を叫ぶ事を止めたのは、上官に拳銃を向けられた時だった。

瞬間的に火薬が燃焼する音は記憶に残った。クラゲと相対する恐怖に匹敵する状況が、目の前にあったからだ。

 

 

乾いた拳銃の発射音の後、頭に熱を感じたが、直ぐに視界は真っ暗になった。

そして気が付くと自分は戦闘機の残骸の前に居る。

 

 

・・・これは、まさか、繰り返している?塹壕から飛び出した時、上官に拳銃を向けられた時に、自分は・・・死んでいて・・・。

曖昧模糊でありつつ、自分に具体的な恐怖を与えていたものの正体を、二回体験してから自分は自覚した。

 

死んだら過去に戻る。

そんな事を言われて誰が信じようか?自分でも信じられない、だが、目の前に広がる光景と、恐怖で塗り潰された記憶がそれを許さない。これが現実だと、そう告げている。

 

顔を手で覆った。冗談だと思いたかった。屈んだ時に寝たのだと思いたかった。だが、それは数回見て見慣れた機関銃の存在が否定する。

死という圧倒的な恐怖に打ちのめされて、自分は動ける状態ではなかった。発狂しなかっただけ賞賛されるべきだろう。

ダンゴムシのように塹壕に屈みこんで、身動き一つせず、酷く怯えて、震えていた。

いつの間にか周囲は静寂に包まれ、遠くから聞こえる砲声や、散発的に聞こえる銃声以外の音は無くなっていた。

少し様子を見ようと恐る恐る頭を塹壕から出すと、直ぐ近くにクラゲが居た。思わず叫び声が飛び出しそうになる口を塞ぎ、直ぐに屈み直す。

 

痛い程に心臓が鼓動を主張するも、体が震えないように苦心して・・・しかし抑えきれずに、微妙に震えながらも、塹壕に息を潜めた。

暫くすると、妙に息苦しい事に気付いた。最低限の呼吸だけでは苦しくなってくる。深呼吸しようと口を開くとーーー体が硬直した。

 

次の瞬間に震える、という表現は適切では無くなり、体が意思を無視して激しく痙攣する。喉元にせり出てきた熱い何かが原因で、文字通り死ぬより苦しい窒息の症状が体を襲う。

体が塹壕から飛び出し、陸に上げられた魚のように暴れ狂う。

空気を求めてここではない何処かへ動こうと、無意識のうちに手で地面を引っ掻く。

視界は白く明滅していたが、正常に機能していた少しの時間に、重苦しい黒色のガスの様な靄が辺り一帯に広がっていたのを捉えた。

 

 

飛行機の残骸が燃え盛っている。

 

また、死んだのか。

 

そう自覚すると恐怖心が押し寄せてくる、体を幼児の様に丸めて震える。震えながらも、思考は恐怖に染まってはいなかった。

 

今回の死因は・・・恐らく、ネウロイが発生させる瘴気だろう。これには専用のガスマスクか、ウィッチでないと対応出来ない。

ネウロイについては分かっていない事ばかりだが、瘴気については効果は判明している。吸引しないと効果が出ない事も。

皮膚に触れただけで症状が出る毒ガスよりかはマシなのかもしれないが、吸ったら地獄を見る事に変わりはない。

 

そして、自分が生き残ってこの悪夢から抜け出す方法が大体見えてきた。

 

それはネウロイの襲撃に便乗し、後方に逃走する事だ。敵前逃亡は重罪である事は、さっき身を持って思い知った。

つまり、この時の匙加減が肝だ。戦線が完全に崩壊していなければ射殺されるだろうし、余りに遅いと瘴気でのたうち回って死ぬ事になる。

 

それに、周囲の目もある。彼等はもし自分が逃げ出そうとしたら容赦なく拘束するだろう。それが仕事なのだから。もしくは錯乱したとして後方に移送・・・されても、電気ショックで無理矢理戦場に戻される。PTSDという病名はこの世界には存在しない。

 

・・・どうすればいいだろうか。小銃を抱えて座り、考え込む。が、直ぐに立ち上がった。なるようになればいい、つまりは行き当たりばったりという指針を定めたのだ。

 

そう思い、立ち上がって塹壕から頭を出して戦場を俯瞰する。風切り音と共に視界が暗くなる。

 

 

戦闘機の残骸が燃えている。熱い。

どうやら流れ弾が頭に命中したようだ。なんて呆気ない最期なのだろうか。虚しくてしょうがない。こんな死因で本当にいいのだろうか。

ここは命の儚さを教えてくれる。

 

そんな儚さと反比例する様に恐怖が身体を襲う。ガタガタと情けなく震える体を抱き締め、落ち着く様に、震えないように努める。

言葉で形容出来ないこの恐怖は、誰にも伝える事は出来ないだろう。死んだら普通はそこで終わりなのだから。死ぬ事がどうしようもなく怖い、どうせ生き返るのだろうと自分に言い聞かせても、震えは止まらない。

体の震えは、結局止まらなかった。それに加え、背筋が氷柱に触れているのかと錯覚する程冷えていた。脂汗も止まらない。

 

恐怖心を少しでも紛らわせる為に、命の儚さを道徳の授業で教えるべきだと馬鹿な事を考えていたが、僅かに残っていた勇気を振り絞って、今度こそはと塹壕から頭を出した。

今回は・・・塹壕から頭を出した直ぐに風切り音と共に視界が暗くなる、なんて事はなかった。

 

低い視点から戦場を見渡す。

 

・・・何も分からない。当たり前と言えば当たり前か。戦場の状況を把握するのは、逐一情報が集まり、それを精査し、そして命令を出力する司令部でも難しいのに、こんな低い位置から見ても分かるはずがない。

これは、何となくといった感じで後退のタイミングを掴むしかないようだ。

 

そうだ、あの一回目の自分を追い詰めたクラゲを目安として使おう。

 

 

クラゲが大きい、という感想を抱く程に近付いて来ている。

塹壕を走り出し、出来るだけ後方に向かう。奥へ、奥へと。

そして、ここに来た時にトラックから降りた場所、あの広場まで辿り着いた。

 

その時の自分はどんな顔をしていたのだろう。

どうして味方と一回も塹壕ですれ違わなかったのかという疑問が氷解した、納得の表情?それとも、目の前に広がる光景に対する諦観の表情?それともーーー。

 

恐らく全部だろう。変顔だと言われるだろう。

そんな事を思いながら、轟音と共に視界が暗くなった。

 

 

あ。

 

 

直ぐに走り出す。背中に爆発の衝撃波や熱波を浴びつつも、止まらない。同時に破片が当たらなくてよかったと安堵する。

足が生まれたての小鹿のように震えていて、何度も転び、その度に起き上がって、足を殴り付けてまた走る。最早平衡感覚すらあやふやだ。

 

広場を抜け、街に辿り着き、扉を蹴破って家の中に蹲って身を潜める。

息が荒く、心臓の鼓動が五月蝿い。小さい悲鳴と共に、涙が溢れ出る。嗚呼、なんてことだ、思わず口汚い言葉が口から飛び出す。

拳から血が出るまで床を殴りつけながら、聞くに耐えない罵詈雑言を吐き続けた。耐え切れない恐怖から逃れようと、少しでも気が紛れるように、ずっと。

 

そして瘴気に呑まれ、窒息の苦痛に喘ぎ、身体が痙攣し、視界が暗くなる。

 

 

あ。

 

 

唖然としてる場合では無い。走れ、走れ、走れ。

鉛のように重く、それでいて風に吹かれる風船のように震える足を動かし、街へ全力疾走する。

最早言語として認識出来ない唸り声を上げながら、ひたすらに。

 

ドアを体当たりして開け、中に転がり込む。まだ体の震えは止まらない。だが、そんな事を気にしている場合ではない。

どうしてこんな事になっているのか。それは、あの広場に着いた時に目に飛び込んできた光景が、それを物語っていた。敵、敵、敵、黒光りの金属質な奴らが、そこら中に居たのだ。

 

あの広場は既にネウロイに占領されていた。彼処は最前線の中でも後方だった筈だ。だがそこで殺された。・・・つまり、包囲されているのだ、この区域は。

どうすればいい?どうやって、ここからもっと後方に逃げればいい?それに、殺されて復活する場所も変わった。戦闘機が墜落した直後から、あの広場に着いた瞬間に。気を付けないと、唖然としている間にまた殺される。肝に銘じておかなければ。

 

これからの事を思考していると、体の震えが治まった。こんな事は初めてだ。心を蝕む恐怖は拭えずとも、体の異常が少し克服出来た事に対する静かな喜びが芽生える。

 

しかし、ここが何処なのかは自分は分からない。地図が必要だ。闇雲に走った所で、後方に逃げられる訳では無いからだ。

しかし、地図は広場の司令部に有る筈だ。そこに行かなければ、地図は手に入らない。

・・・彼処に戻る?冗談も程々にして欲しい、どれだけのネウロイがひしめいているか、それは自分が一番知っている。

しかし、ここで足踏みしていても瘴気で窒息して死ぬ事は決定している。だったら、少しの可能性、冗談に掛けるしかないだろう。

 

勇気を振り絞れ、どうせやらなければ殺され続けるだけだ。

 

 

駆け出す。司令部を目指して一直線に。数体のクラゲが自分に気付いて、攻撃を仕掛けてくるが、当たらない事を祈ってひたすらに走る。恐怖を煽る風切り音に、冷や汗をかきながらも、足を止めることはしない。最後は転がるように司令部に入り、荒れ狂う呼吸を落ち着かせる。ここまで走ってくるまで、不思議と現実感が無かった。長い間、死の危険に晒されていたからだろうか。

 

周りを見渡す。司令部は薄暗く、慌てて退却したのか、様々な物が散乱していた。地図は壁に掛けられており、裸電球に照らされていた。

現在地、友軍の位置、奴等のおおよその位置が記入されており、とても参考になる。

 

地図を剥ぎ取る・・・剥ぎ取ろうとしたが、とても大きく、ネウロイが蔓延る場所でとてもじゃないが、持ち運び出来るものではない。だから、手帳に大体の位置関係、方位を記しておいた。そして放置してあった小さい方位磁針を取り、ここから出ることにした。

 

外に出ると、クラゲが数体浮いているのが見えた。危険だと本能が警鐘を鳴らし、街に向かって走る。後方へのルートは街を突っ切るルートが一番近い。

街に入り、裏路地を進んで行く。暗く、足元が不安定な場所で、何回も躓きながらも走っていく。

その時、視界の隅に金色の何かが映った。それは、この場に不釣り合いな程に綺麗で、透明感のある色だった。

 

ウィッチだ。ウィッチが、転がっていた。思わず足を止め、彼女を見詰める。気絶しているのか、ぐったりしている。

軍帽からはみ出た金髪が、自分の目を引いていた。ユニットは履いていないし、足が折れている。

 

どうしようか。・・・助ける?自分も助かるか分からないのに?

それに彼女は怪我をしている。足でまといだ。そんなものを背負ってここから逃げる事など出来るのか?無理だ。不可能だ。

 

すまない、許してくれ。

 

自分は言い訳を心の中で繰り返し呟きつつ、その場から背を向けて走り去った。




一話の冒頭に、主人公の現在地を追記しました。
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