所属する分隊が壊滅した後、暫くは暇な時間が続いた。機体は届いていたが、部隊としての体裁が整わない間は出撃させられることはないだろう。
そう高をくくっていた自分は、今高度1500mの地点にいた。
最悪だ。機体を遊ばせておくわけにはいかない、とあの上官に言われて出撃させられていた。哨戒任務である。
でも良い事が一つある。自分が乗っているこの機体が最新鋭の機体であるという事だ。量産され初めてごく初期の機体であるから、もしかすると不具合が幾つかあるかもしれないが、それを補って余るほどに性能が向上しているとの説明を受けた。機関砲も12mmから20mmに強化されている。
だが残念なことに、この最新の機体でもネウロイと互角に戦うことは叶わないだろう。
ネウロイの機動性は反則だ。推力がどこに働いているのかも分からない。理不尽な急制動を行う機構は、それこそ前世を含めても既存のものに当てはまらないだろう。
意味が分からない。それに単純に火力が足りない。ネウロイの装甲は重装甲なのだ。中型サイズでも空飛ぶ戦車みたいなもので、ウィッチの魔法力で強化された弾丸でないと効果が薄い。大型サイズだと艦砲射撃ですら耐えうると言うから、まったくばかげている。
話は戻るが哨戒任務と言っても、21世紀の一般的な戦闘機とは違ってレーダーが搭載されていない(この時代において、レーダーが搭載されているのは夜間戦闘機などに限られている)この機体でやることと言えば、仮設された地上のレーダー網の穴を巡回するだけだ。
もしかするとネウロイとすれ違っても気がつかないかもしれない。雲の向こうにネウロイが居たとして、それを認知する方法は自分には無い。
そんな事を考えながらボーッと飛んでいたせいか"コンコン"と風防を叩かれる音に気付くのに少し遅れた。
最初は雹か何かが当たっているのかと思ったが、音の発信源たる横を見ると、空飛ぶ人間と目が合った。
艶のあるツインテールが揺れていたのが妙に印象的だ。
「ご無事でしたか、軍曹」
「えぇ、お陰様で…」
無線越しに透き通るような声が聞こえる。どうやら軍曹はあの後無事に帰ることが出来たようだ。
それにしても妙だ。何故彼女は一人で飛んでいるのだろうか。それとも近くに僚機が居るのだろか?
「軍曹、僚機の方は?」
「僚機…?私は一人で飛んでます。貴方と同じように」
ウィッチを一人で飛ばすことに合理性は欠けらも無い。ランチェスターの法則でもそうだが、数の差はそのまま戦力差に繋がるからだ。戦力の逐次投入など最も分かりやすい愚策である。では何故軍曹は一人なのか。
「一人で…?」
「近くの空域に私の他にウィッチは居ません。私が頑張らなきゃいけないんです」
答えは単純明快であった。目眩がする。
「あー…軍曹、頑張り過ぎる必要はありませんよ」
「なにを…何を言ってるんですかっ!」
無線越しに響く怒声に、少し驚いた。気の抜けたような声である自分のものとは気迫が違う。
「私が頑張らなきゃ、誰があの人たちを守れるんですか!?」
凄い形相で風防越しに此方を見る軍曹を見て、彼女の焦燥感の原因が分かった。自分は彼女を徒に刺激してしまったらしい。思い詰めた様子から、どうやら余計なことを言ってしまったらしい。
「まぁ、そうだな」
情けない事に、彼女の言葉を否定する事は出来なかった。分隊が全滅している時点で、ウィッチと自我の戦力差は嫌という程自覚している。
だからこそ彼女に掛ける言葉が無くなってしまった。もうどうしようもない。
「では死なない程度に頑張ってくれ、軍曹」
そのせいか、なんの慰めにもならない言葉しか言えなかった。最低だ。自身の口下手さが恨めしい。
この世界において、戦場から逃亡する者に下されるのは憲兵や督戦隊による銃殺刑である。これは国民国家としては有り得ない判断であるが、これがネウロイと繰り広げている絶滅戦争になると話は変わる。前線を維持する兵士が居なくなれば、犠牲になるのは銃後の女子供である。絶滅戦争において、督戦隊の様な組織は許容されるのだ。
前世において唯一これに相当するのはWW2における独ソ戦のみである。
つまりだ。
少なくとも5体のネウロイが確認されている空域に出撃する事を拒否することは、即刻死刑に繋がる。上官には拒否して確実に死ぬか、戦ってなんとか生き残るかの二択を用意された。もちろん後者しか選ぶことはできない。
軍隊なんてクソだ。
プロペラが回り、徐々に推力を得る機体に揺られながらそんな事を考えていた。最近物思いに耽る事が多くなってきた。多分精神病だ。誰か助けてくれ。
天気良し、僚機無し、敵機あり。
天気がいい事くらいしか良い事がない。あの上官は自分をなんだと思っているのだろうか。偶然ネウロイを撃退したからと、一機だけでネウロイが確認されている空域に派遣するとは正気とは思えない。
この時代の航空戦において、敵と遭遇すること自体は非常に稀である。レーダーが未発達で基本的に目視で敵を確認しなければならないからだ。高度が違ったり雲の向こうに敵が居たりすると、少なくとも自分では敵を見つけられる自信は無い。というのに、見えてしまったのだ。黒い物体が。丁度同高度で雲もない青空に黒い点があるのだ。誰だって見つけられるだろう。
ああ、なんということだ。攻撃せず、見つけられなかったと帰還しようと考えたが、残念ながらあちらに補足されてしまったようだ。黒点が少しずつ近付いてきている。
不幸中の幸いと言おうか、ネウロイは一体だけであった。
ガタガタと痙攣する腕に、それにつられて小刻みに動く機体。思考と身体の制御を放棄する。あとは勝手に何とかしてくれるだろう。
まるでジェットコースターだ。確かに恐怖こそ感じるものの、どこか無責任な安心感が自分を包んでいる。
勝手に機体が動くので、落ち着いて敵の姿を確認することも叶わない。認識出来るのは明滅する赤い閃光と、空気が膨張する低い音のみ。
閃光による残像で余り機能していなかった視界に、黒い影が広がった。その瞬間に親指がトリガーを押し、機関砲が発射されて機体を揺らす。
20mm砲弾が着弾した場所から、キラキラと白く輝く破片が飛び散る。黒い体との対比でとても映える光景である。まるで星空のようだ。
被弾したネウロイはそのまま飛び去っていった。格闘戦なら兎も角、直線で飛ばれるととてもじゃないが追いつけなかった。アレ何キロ出てるんだよ。圧倒的な相対速度に笑うしか無い。
銃撃を浴びせると飛び去ったネウロイの事を上官に報告する。どうやら最近話題のネウロイだったようで、いつもよりも詳細な報告を求められた。具体的には尋問に近いものだが。
といっても、分かることなど飛び抜けた速度位しか分からない。目まぐるしく動く視界では、敵の形をはっきり視認することすら難しいのだ。それに加え、黒一色のネウロイは形を把握しにくい。てんとう虫型とトンボ型は事前に報告されていたのと、一方的に発見することが出来ていたので認識出来ただけである。
消耗の激しい戦闘機動、帰還してからの尋問染みた報告などで疲れ果てていたのか、その日は自分でも驚く程早く眠りについた。
◾️
また例のネウロイと出会うことが無いことを祈りつつ、再びの出撃となった。前回の出撃から3日ほど過ぎている。今回の血気盛んな上官の元だと色々苦労することになりそうだ。また一機での出撃である。もはや玉砕命令だ。といっても名目上は偵察であり、交戦は必須ではない。
暫く既定のルートで飛んでいると地表で発生している砂嵐の影響か、無線もうんともすんとも言わなくなった。燃料の残量的にも厳しくなってきたので帰ることにした。
「なるほど…」
無線機の反応が無くなった理由が氷解した。
今自分が帰るべき飛行場に辿り着いたが、酷い状況であった。仮設であっても使えていた滑走路はクレーターだらけになっており、建物は殆どが瓦礫と化している。一体何があったのか。
無線機は相変わらず何も言わないし、着陸誘導してくれる人間も出てこない。そもそも着陸出来るような場所は無さそうだ。
…生きている人間は居るのだろうか。
コンパスを持ち、地図を広げる。幸いにも残った燃料で近くのカールスラントの飛行場まで辿り着けそうだった。ここで無為に燃料を消費して強行着陸するよりはマシだろうと判断し、カールスラントの飛行場まで向かう事にした。
■
無事カールスラントの飛行場に着き、事情を説明する。幸いにもあの基地の生き残りがいた為に、事はスムーズに進んだ。そしてあの基地に残った物資、それと生き残りを回収してこいとの命令を受けた。着の身着のまま逃げてきたそうだから、まだ残っているものが多数あるそうだ。破壊されてなければ、という頭文字こそ入るが。
回収に向かったのは一週間後の事だった。安全を確保するのに時間が掛かったそうだ。確かに物資を回収にしに行って死んだら元も子もない。物資を回収するための車両も、保安部品も、燃料も有限である。そしてなんと今回は陸戦ウィッチも同行する事となった。これで余程のことがなければ安泰だろう。今回は回収出来そうな物資の目星を付けることが主任務らしく、案内役である自分と数人の分隊規模のウィッチだけで向かうこととなった。上官からの話を聞く限り、最近前線に到着した部隊らしく血気盛んであった。初めての実戦らしく、比較的安全な任務から任されたと。
そして向かった基地であったが、近付いていくたびに鼻が曲がるような臭いが強くなってくる。トラックの助手席に同乗しているウィッチは吐きそうな顔をしていた。どうやら彼女はこういった場所には縁が無かったらしい。
なんとかして気を紛らわせようと話を振るが、努力虚しく結果は芳しくなかった。
臭いに多少は慣れてきた時に、車両は止まった。薄々分かっていたが、多くの腐乱死体が元基地には転がっていた。死体の黒く変色した箇所にハエが集っている。そしてその死体を間を縫うように、酷く肥えたネズミが駆け回る様にげんなりとする。
嘔吐の音を聞きながら、物資があった場所を回る。幸いにも、物資の殆どは破壊されていなかった。どうやら人間が詰めている建物に集中して攻撃が行われたらしい。
「す、すみません、情けないところをお見せしました」
「最初はみんなそんなものですよ」
同僚の生首が転がってくるような場所を経験していると、余り感じるものは無かった。雨が降った後の欧州戦線よりかは圧倒的にマシである事も一因だろう。死体と水、泥の相性は最悪であった。
残っている物資を紙面にまとめ、ウィッチ達に引き揚げることを告げる。すると直後、目の前が爆発した。
最悪である。
ウィッチ達は臨戦態勢になる。下手人は案外早く見つかった。基地の近くの岩の裏からゾロゾロと黒い塊が現れたのだ。本当についてない。
また暫く投稿しません。ごめんね。