すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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ただしいせんたくはどれだろう


せんたくし

暗い裏路地は、ウィッチ・・・幼い少女を見捨てた自分の心境も相まって、最悪の場所だと言えるだろう。死ぬよりかは全然マシだが。

相変わらず転びそうになりながらも、必死に走る。その時、側面から急に大きな音がした。視界がーーー

 

 

気が付くと、視界には金髪の少女が映っていた。

恐怖に襲われ、ガタガタと情けなく震えながら、自分に起こった事を整理する。どうやら、自分は死んだらしい。側面から聞こえたあの大きな音に原因がありそうだが・・・。

それと、復活する場所が広場から更新されたようだ。この、ウィッチの前に。・・・なんでよりにもよってここなんだ、やめてくれ、やめろ。

嗚呼、悪趣味にも程があるだろう。

 

・・・考えるのは止めだ、兎に角走ろう。裏路地を走り、先程死んだ場所の近くで止まる。

爆発音と共に何かが裏路地を横切った。衝撃波に尻もちをつきながら、何があったのかを調べる。

 

どうやら砲弾が建物を貫通して、裏路地に飛来してきたらしい。穴が空いた建物を見て、そう結論付けた。この間3秒。直ぐに駆け出した。

 

唐突に迫る風切り音、それを聞きつつ、何か出来るわけではなく、そのまま走る。その時、世界が止まった。正確には、凄まじく遅くなった。目の前に、黒い砲弾が突き刺さる直前で止まっている。動きこそ遅いが、確実に地面に迫ってーーー

 

 

あの金髪は眼前に無く、目に映るのは暗澹たる空。どうやらまだ死んでいないらしい。思わぬ幸運に感謝を感じる前に、足に熱を感じた。破片でも突き刺さっているのだろうか。

 

おもむろに足に目を向けると、そこには自分の想像を超える光景が広がっていた。

 

 

・・・?足が無い・・・?

 

いや、確かに足はあった。柘榴の断面図の様なグロテスクな足がそこにはあった。両足の太腿の中程から荒く切断されていて、血が水鉄砲の様に噴き出している。呻き声を上げながら、足に手を伸ばすが、滑稽にも短くなった足が上に上がるだけだった。

 

呻き声を叫ぶ、なんて可笑しな表現なのだろうが、自分はそんな状態に陥っていた。痛みよりも、視覚的、感覚的な衝撃が大きく、正気を失っていた。芋虫にでもなった気分だった。

 

大量の出血の影響か、視界が直ぐに暗くなり始め、少しすると何も見えなくなった。

 

 

暗転した視界が冴えると、金髪が目に入る。

恐る恐る下を向き、有るべき姿の下半身に安心する。無い筈の痛みを感じつつ、いつもより大きく震える足を掌で叩き、次のルートを模索しに行く。

最早、少女を見捨てる罪悪感は霧散していた。そんなものより、死や四肢欠損に対する恐怖心が圧倒的に上回っていたからだ。薄情な自分の性格を目の当たりにしながら、また駆け出した。

 

 

足が吹き飛んだ後から、数十回は試行錯誤して、やっと路地裏を抜け、街から出る事に成功した。

 

ーーーだが、そこからが本当の地獄だった。遮蔽物が殆どなく、ネウロイが蔓延っている平野。近くの森林地帯まで走らなければ為す術もなく、屠殺されるだけのキルゾーン。それが、目の前に広がっていたのだ。

 

既知のクラゲや、未知のタイプのネウロイがうようよと。

 

そんな光景に怖気付き、足が後ろへと駆け出しそうになるが、涙と呻き声を垂れ流しながら、平野に突っ込んでいく。

銃弾や砲弾によって、穴だらけ・・・というより、最早粉砕、吹き飛ばされながら、少しづつ森林地帯までの距離を詰めていく。目測で数百m有るが、一回で縮められる距離は数m程。

しかもその距離も、ネウロイの動きによって上下する為に、森林地帯に到達する事は絶望的だと言えるだろう。

 

また視界が暗くなり、視界が回復すると、金髪が目に入る。

 

嗚呼、何か、何か策は無いのか。あの平野を抜ける方法が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・あるじゃないか。なんでこんな単純な方法を思いつかなかったんだろう。自分は。

 

 

目の前に盾が落ちている(・・・・・・・・・・・)じゃないか。

 

 

近くにあった建物の残骸に走る。元は建材であったであろう木片を手に取り、ウィッチの隣に座り込む。彼女の折れた足に携帯していた包帯で、先程取ってきた木片を使い、副木として添えた。

そして、彼女を利用する為に、自分は行動を開始した。

 

 

何回も、何回も通った路地裏をまた通る。半ば体に染み込んだ回避するタイミングと、力加減が恨めしい。

背中に背負った彼女は混乱している様子だったが、自分には問答に答えている暇はないから、そのまま連れ出した。それでも抵抗せずに従ってくれているのはありがたい。

・・・いや、彼女は怖いのだろう。この、狂った場所に晒されて、恐怖を感じているのだろう。その証拠に、彼女は背中で震えている。

 

嗚呼、この世界はなんて残酷なのだろうか。

 

考え事をしていたせいか、転びかける。人を一人背負って、劣悪な足場を駆け抜けるのは、多少集中する必要がありそうだ。

 

路地裏は余り光が差し込まない為に薄暗いのだが、段々と周囲が明るくなっていく。路地裏のルートの終わりが近いのだ。そして、次は遮蔽物が殆どない平野部に差し掛かる。

 

ここからが正念場だ。少し呼吸を整えてから、駆け出した。

 

前と同じルートを辿り、あっという間に数十mを走り抜ける。ここからは未知のエリア、更に気を引き締めていく。

右、左、青白く発光するシールドが張られていく。掠っただけで血が噴き出し、肉が抉れる、死の概念そのものが、その強固なシールドを前に弾かれ、防がれる。

 

羨ましい。こんな力が、自分にもあったら。あんなに、あれだけ、沢山死ぬ事は・・・無かったのかーーー

 

 

余計な事を考えてしまっていたようだ。

雑念で集中力が切れたせいか、あっさりシールドを張っていない方向から飛来した弾丸に貫かれた。次はもっと注意深く行動しなければ。

 

いや、注意深く行動しても、弾丸や砲弾は予見出来ないか。

 

 

だが安心しよう。自分は失敗しても、次があるのだから!次が!次が!不安になる事も、心配する事もない!何回でもやり直せばいい!

 

 

復活する場所は平野の前に更新されている。まるで、この選択が正解だと言うかのように。

 

現状の整理が終わった所で、また挑戦する。

やはり自分一人の時よりも簡単に距離を稼げる。自身の選択の正しさを再把握した。

 

 

その後も何回も死にながら進み、森林地帯まであともう少しという所まで来たのだが、上から飛来した砲弾に吹き飛ばされた。

上から耳が潰れる程の風切り音が聞こえた時にはもう遅かった。急にそれを聞いて混乱したのもあって、何も出来ずに爆死した。

 

思わず、口から悪態が飛び出す。だが背中にウィッチを背負っていることを思い出し、直ぐにそれを努めて抑える。

 

今度は、失敗しない。自分が何回失敗したと思っているのだ。ーーー何回だっけ?

 

いや、別に気にする事でもないじゃないか。何回やり直したって、死んだって。どうせ生き返るし、それを自分以外誰も知らないのだから。

現に背負っているウィッチは毎回同じ反応をする。彼女にとって、毎回が最初で最後なのだろう。

 

そんな小さな事(・・・・・・・)を気にするよりも、とっとと今回の挑戦を始めよう。自分は駆け出した。

 

 

素晴らしい!やっと、森林地帯に入る事に成功した!

心の中で歓喜しつつも、周囲の警戒を怠らない。ネウロイが侵入しにくいだけで、入れない訳では無いのだから。

少しそのまま移動し、木の幹の傍で小休憩を取る。ウィッチが年若い少女だとしても、背負って走るのは凄まじく疲労するからだ。

ついでにその時に、手帳に書かれた地図を更新する。

簡単に描いた地形図に、方位磁針で方位を把握し、間違いがない事を確認する。

 

ウィッチはずっと黙っていた。路地裏の時は時折話し掛けてきていたのだが、平野に飛び出してからは何も喋らない。しかし、指示にはきちんと従っていた。

ずっと命の危機に晒されていたせいで、放心状態なのだろうか。そういえば自分にもそんな時期があったなと、少し懐かしく感じる。

そんなものは懐かしく感じたくはないのだが、それ程に自分の主観的な時間だと前の出来事なのだ。勘弁して欲しい。

 

ある程度休んだら、直ぐに出発する。ネウロイが押し寄せてくる可能性や、瘴気の広がりを危惧してだ。

 

背中に居るウィッチの抱き着く力が、心做しか強くなっている気がする。やはり不安なのだろうか。

 

 

その後はウィッチと少し言葉を交わしただけで何事も無く、後方の味方陣地に合流する事が出来た。

もうこんな所は懲り懲りだ。早速この場に居る上官に帰国を上申する事にした。

 

 

「ーーーきろ!ーー!」

 

耳に響く、誰かの大きな声。倦怠感を伴い、酷く現実感も失った体が、起きるのを拒否する。

しかし、頬をぺちぺちと叩かれたら、そんな事も言ってられない。重い眼瞼を遅々とした動作で動かし、視界を得る。

そして目の前に飛び出してきたのは、同胞では無い、何処かの国の兵士。

 

「だれ・・・ですか?」

 

「そんな事今はどうでもいい、兎に角、背中に掴まれ」

 

「え・・・?」

 

この人は何を言っているのだろうか。私は混乱していたが、痛みを主張する右足で、今置かれている状況を思い出した。

 

 

飛来する弾丸、砲弾。

 

飛び散る肉片、撒き散らされる血液。赤、赤、赤色。

ネウロイの猛攻に一人、また一人と斃れていく私と同じ、ウィッチ達。彼女達を悼む気持ちよりも、自分もこうなるかもしれないという恐怖しか頭に無かった。

怖い、死ぬのが言葉に出来ないほどに怖い。

 

だから、私は逃げ出した。その時に、砲弾を受けて崩落した建物に巻き込まれて・・・。

 

 

「あ・・・あああああ!」

 

涙が止まらない、鼻水も垂れている。ずりずりと、ここから一刻も早く離れたいという意思だけが私を支配する。

 

怖い、怖い、誰か助けて。

 

「すまないが、君を慰めている時間は無い」

 

そう言うと、彼は私を背負い、直ぐに駆け出した。

 

「掴まっててくれ、俺の服で顔を拭いても構わない」

 

その背中は暖かく、大きく感じた。両腕を首に回し、思い切り抱き締める。落ちたら大変だという事もあったが、今はどんなものにも縋りたかったのだ。

 

その後は不思議な事ばかりが起きた。

目の前を砲弾が通過したり、間一髪の所で流れ弾であろう弾丸を避けたり。一回もネウロイと遭遇しなかったり。

それはとても頼もしかったが、同時にとても異様だった。・・・彼の動きはまるで、未来が見えていてるかのようだったのだから。

 

「あなたは、未来が見えるのですか?」

 

一度疑問に思ってしまったから、気になって仕方がなくなった。その為に、思わず聞いてしまった。

 

「・・・未来が見えたなら、どれだけよかっただろうか」

 

それだけ言って、彼はそれ以上口を開きませんでした。

 

 

路地裏を襲う脅威を曲芸のように回避しながら、彼は走っていった。

あの質問から一度も口を利く事はなく、ただ無言で。

しかし、その沈黙は路地裏を踏破する事で、終わりを告げました。

 

「あぁ、クソ!チクショウ!あと少しだったのに!」

 

急に叫び始めた彼に、驚きます。どうしたのでしょうか。

それからはまた黙り込みます、あれだけ叫んだ後だからか、その沈黙は不気味に感じます。

 

「・・・俺が言った通りにシールドを張ってくれ。右か左か言うから、手を伸ばして張るだけでいい」

 

「は、はい」

 

彼は有無を言わさず、私に言い付ける。

 

そして、路地裏から飛び出し、見晴らしのいい平野部に飛び出した。

あちこちにネウロイが居る状況でも、彼は焦ったり、迷う様子は無く、駆け抜けて行く。でも、私はそんな冷静でいられませんでした。

右、左と指示を受けたら必死にそれを遂行する事でいっぱいいっぱいで、余裕が無かったのです。

 

彼が言った方向からは、確実に弾丸や砲弾が飛来してきます。この時点で私は、彼に従ってさえいれば安心だと思っていました。

 

順調に進み、森まであとほんの少しという場所まで来た所で、彼が急に焦った様子で叫びました。

 

「上だ!」

 

反射的に上に手を伸ばし、シールドを貼ります。

青く光るシールド一枚挟んだ向こう側で、黒い砲弾が止まっていました。次の瞬間に爆発し、爆炎で視界がチカチカして機能不全を起こします。彼は相変わらず足を動かしているようで、動いている感覚だけが伝わってきます。

安全になった所でシールドを解きました。

 

その時にはもう森の中に入っており、火薬と泥の匂いは控え目になり、緑の香りが鼻腔を擽ってきました。

 

 

彼は森に入った後も駆けていましたが、少しすると休憩をすると言って止まりました。私をそっと降ろし、水筒の水を飲みながら手帳を開いて何か書き込んでいます。

 

私はそんな彼を見て、あんな場所に居たのに、不気味な程に冷静である事に違和感を抱きました。普通なら取り乱すでしょう、あんな状況に遭遇したら・・・。

 

 

そんな疑念を抱いている私を彼は軽々と背負い直し、休憩は終わりだと言って移動を再開しました。今度は徒歩での移動です。

 

「あ、ありがとう・・・貴方に助けて貰えなかったら私はあそこで、きっと死んでいたわ」

 

さっきまで目まぐるしい展開に落ち着いて礼も出来ていなかった事を思い出して、今頃ながらに感謝の言葉を口に出しました。

 

「・・・気にしなくていい。お互い様だ」

 

・・・私が彼を助けた事は無い。あの状況での、怪我をしていた私は彼にとってお荷物であっただろう事は私にも分かります。

 

「お互い様?」

 

「ああ、君が居なかったらあそこを突破出来なかった」

 

「あのネウロイが沢山いる平原?」

 

「そうだ」

 

そうか、私のシールドが無ければあの平原を越えることは出来なかったのか。

 

「なんだか、不思議ですね」

 

「貴方が私を助けてくれなかったら、私はあそこで死んでいたし、貴方もあの平原を越えることは出来なかった」

 

「まるで運命みたいな・・・」

 

「運命?・・・かもしれない。尤も、それは碌でもない、クソみたいなものだろうけれども」

 

物語の登場人物にでもなったかのような偶然に、少し興奮していた私に、彼はピシャリと言い放ちました。

 

 

その後は、気まずくて他の話を切り出す前に、味方の陣地に辿り着きました。彼はカールスラントの衛生兵に私を引き渡す際に、非礼を許して欲しいと言って、どこかに行ってしまいました。

 

 

そういえば、彼の名前を聞いていない。

顔立ちと服装から、扶桑の人である事は分かったが、それだけだ。

なんだか、あっという間だった。




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