すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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次も期間が空くと思います・・・


ろくでなし

自分が前の世界の、どの程度の年齢までの記憶を保持しているか。

なんて自問自答した事がある。・・・結果は、分からなかった。

しかし、ある意味達観してるような価値観の中に残る幼さから、大人になりたかった、子供だったかもしれない。

 

具体的に言うと"思春期"というものだ。

 

ある程度の分別と、プライドと論理的思考しか持ち合わせていなかったのだ。そう自己分析出来たのは幸いだった。

 

数学的知識や社会的知識、理科的知識は、前の世界から引き継いだ時のままずっと据え置きで、欠落している事はないと思っている。

 

何故なら、数学という教科の存在が有るからだ。

三角関数や、二次関数など、数学というものは究極の暗記教科と呼ばれる程に、知識量がものを言う教科である。

勉学を怠れば、一度習熟したものですら頭の中から零れ落ちてしまう事も、朧気に自覚出来る学生であったであろう記憶が経験している。

 

だがこの世界に来て2年程たった今でも、自分は公式をはっきりと覚えている。手足のように、自由に扱える。

自身の記憶の有無は自分自身で確認する事は酷く困難であるが、数学的知識はある程度の目安になる。

それが未だ十全に扱えている間は、前の世界に関する記憶、知識の保持に関して、蓋然性のある保証になるのではないかと、自分はそう考えたのだ。

 

そんな事に気付いた時には、自分は学校に通っていた。

学校は前の世界と余り変わらず・・・いや、教師という職業の地位が非常に高い事を除けば変わらないものだった。

 

周りの児童との精神年齢の差からか、話が全く合わず、自分は何時も独りでいた。独りは苦痛ではなく、絵を描いたり、前の世界を含めた記憶に無い、山の中を散策したりすると、とても楽しかった。

 

自分が住んでいる場所は海にも近く、退屈とは無縁だった。

 

そんな風に毎日を過ごしていた自分に、ある転機が訪れた。

 

何時ものように山に出掛けていたら、大きな泣き声が聞こえてきたのだ。何事かと駆け寄ると、そこには二人の少女が居た。

一人の少女がしゃがんで足首を押さえて泣いており、もう一人の少女がどう対応すれば分からないのか困惑していた。

 

声を掛けて事情を聞くと、泣いている少女が山道から足を踏み外して斜面を転げ落ちた際に足首に痛みが発生したらしい。

恐らく捻挫か打撲だが、もしかしすると骨が折れてしまっているかもしれない。そう考えた自分は泣いている少女を背負って、近くの診療所まで行く事を決めた。

 

少年と言って差し支えない年齢の自分から見ても尚、幼い少女はとても軽く、診療所まで背負っていくのは可能だった。

 

そんな事があってから、自分はこの二人の少女と何かと付き合うようになり、自分に出来た唯一の親しい友人が彼女達になった。

気付いていなかっただけで家が近く、学校にも共に登校する事になっていた。学年こそ違う為に下駄箱で別れるが。

 

その時に分かったのだが、どうやら彼女達は自分よりも下の学年らしい。

 

 

前の世界にて高等教育を受けている身としては、簡単な四則計算や、画数の少ない漢字を教えられる授業は酷く退屈だった。

 

ぼうっとして学校を過ごし、放課後は例の二人と帰宅する。

怪我をしていた少女は髪を肩の少し上まで切っており、明るい態度から、活動的な印象を自分に与えた。

困惑していた少女は胸の少し下辺りまで伸ばした髪と、おどおどとした態度で、自分は閉鎖的な印象を抱いた。

 

対象的な二人だが、なかなかどうして仲が良い。

その輪に自分も加わるとは、あの時は思ってもいなかった。・・・というよりも、懐かれたという方が正しいか。

家で机に向かってゆっくり読書をしていると、気づいたら二人が隣に寝っ転がっていた事もある。自分が気が付いた時には既に、家ぐるみの付き合いになっていた。

 

 

 

 

 

 

「どういう事ですか」

 

恰幅の良い上官の口から飛び出した言葉に、思わず聞き返してしまった。

 

「もう一度言うが、一等兵、君の申請は却下されたよ。我々は余りにも兵力が不足している。これでは撤退も儘らない」

 

上官の胸に張り付いた少しの勲章が擦れ、小さい金属音が微かに聞こえる。

 

「だから君にはまた別の部隊に所属して貰って、ここに残ってもらう」

 

目の前に座っている上官の言っている事は理解出来る。この対処は仕方が無いだろう。しかし納得がいくかと言われたら"はい"とは言えない。

 

「・・・不服か?」

 

「いえ、滅相もありません」

 

「なら退室したまえ」

 

上官の居る部屋のドアを閉じて廊下で立ち尽くす。どうすればいいのだろうか。また、あんな目に遭うのではないか?どうしよう、どうすれば・・・。

 

無理だ。自分は早々に解決を諦める事にした。

徴兵された時点でこうなる事も覚悟していなければならなかった。許可が下りないなら、それで終わりだ。

全軍が撤退するまでの間の辛抱だ。

 

あの上官も酷く疲れた様子だった。彼も自身の指揮一つで何人が死亡するのかと考え、その重責に耐えつつここに居るのだろう。

それにこの前線に居る時点で何時砲弾が降り注ぐか、流れ弾に当たる可能性は非常に高い。彼もまた、死と隣り合わせで我々を指揮しているのだ。

 

彼を責めたり、更に罵詈雑言を浴びせる事などとてもじゃないが出来ない。悪いのはネウロイであって、それを忘れてはいけない。

 

 

"戦車"と言うには余りにも貧相な主砲から、曳光弾を伴った機関砲弾が発射される。

クラゲを粉砕し、それよりも後ろに居た昆虫、特に蟻に酷似したネウロイに着弾するが、表面で虚しく爆発するだけでなんの損傷も与える事が出来ていない。3m近い大きさを誇る奴は、機関砲では損傷を与える事すら困難である事は、今のを見て分かった。

 

ここに居る戦車の殆どがII号戦車と呼ばれる軽戦車で、主武装が20mm機関砲である。対戦車能力が著しく欠如した、文字通り対人用の戦車だ。

クラゲは易々と撃破可能だが、それ以上になると全くの無力になり、見ていて不安と虚無感に襲われる。

 

自分が居る場所は何時ものように塹壕である。

最早嗅ぎ馴れた土臭さに辟易としつつ、土竜にでもなった気分だと小さく笑う。

 

司令部のある街から少し外れた、稜線が多い場所に掘られた多数の塹壕の一つに自分は居た。

 

時折混じる5cm砲を積んだIII号戦車からの砲弾が自分のすぐ頭上を飛来する。

機関砲とは桁違いの威力を誇る弾丸が蟻型ネウロイに着弾するものの、身が縮む様な金属同士が高速で擦れる音を響かせて、蟻型の後方へ角度をつけて跳弾していく。

 

そう、そうなのだ。

蟻のようなあの形は生物的な複雑な形状をしており、傾斜装甲として役割も果たしているのだ。

当たり所が悪ければ、5cm砲すら虚しく弾かれる。

確実に倒す為には、今の所高射砲や大口径の野砲を叩き込むしかない。

 

だがそんな高性能な砲の数は少ない。絶対数が圧倒的に足りていない。本来ならネウロイに有効である筈の37mm対戦車砲は余りにも非力で、装甲をコンコンと叩くだけだと、ドアノッカーという別名すら付いている。

戦線がずるずると後退している理由の一つに、装甲目標に対する攻撃能力の不足があるだろう。ネウロイの物量もそうだが。

 

近くに置いてある結束手榴弾を意識する。

手榴弾を束ねて威力を高めたもので、専ら対戦車用である。だがクラゲ以上のネウロイに効果が有るかと聞かれたら、微妙だろう。本来こういった威力の低い対戦車兵器は、装甲が薄い天板や、エンジンデッキを狙って使うものである。

ノイマン・モンロー効果を利用した成形炸薬弾でもない、少量で只の爆薬の塊が出来る事などたかが知れている。装甲が薄い場所や、履帯等の駆動系。それ等を攻撃するのがこういった兵器の運用方法なのだが・・・。

 

 

ーーーネウロイの弱点は、どこだ?

見た目だけだと全周同じ装甲厚にしか見えないし、そもそも奴等の駆動系は未だに解明されていない。

内燃機関なのか、電気駆動なのか、それともそれ以外なのかさえ。

分かっているのは、何らかの力で浮力を得ている事や、生物的な構成の足で地面を蹴って移動している事。

 

しかし有益で実用的な情報も勿論ある。

それはネウロイが"コア"と呼ばれる核を持つ事だ。それを破壊すると、ネウロイは消滅する。

しかし、コアを破壊しないと損傷を再生するとも。

まったくもって滅茶苦茶だ。

 

 

結果的に、結束手榴弾の効果はあったと言えるだろう。

自分が渾身の力を込めて投擲した結束手榴弾は蟻型の足下まで飛んでいき、爆発。六本有るうちの一本の脚部を破壊し、少しの間だけ動きを遅滞させる事に成功した。

 

だがそれだけだ。

 

足の一本、たかが一本吹き飛ばした後の反撃は、奴の口から砲身の半分程露出している大砲から飛んで来た。

塹壕に身を伏せた自分に発砲したのだろう。塹壕の手前の地面がスプーンで掬われたソフトクリームの様に抉り取られ、地面を貫通してきた砲弾が塹壕の中に飛び込んできた、それは底で伏せている自身の横2mの辺りに見えた気がする。

 

直後、爆発。

 

面白い程に吹き飛ぶ身体。アトラクションに乗っているような気分を味わわせて貰えた。

 

爆風で塹壕から飛び出した身体は痙攣していて、呼吸も覚束無い。明滅する視界と鉄の味で一杯の口の中。腹部には大きな破片が熱と共に存在を主張していた。

 

 

「ああクソッタレ!素晴らしい程に残酷で、救いの無い戦争め!」

 

腹部に砲弾による破片が突き刺さった兵士が、血液が噴出する口で無理矢理大声を絞り出していた。

周りにこの兵士を観察する者が居たら、目の焦点が合っておらず、グラグラと揺れる眼球や、血塗れの身体も相まって頭が可笑しくなったと判断されるだろう。

 

数十m先には蟻型のネウロイが次弾を装填して、砲口を兵士に向けている。

 

「ああ、クソが、クソ、クソ・・・なんで俺がこんな目に遭わなきゃいかねぇんだ・・・クソ、ふざけてやがる・・・クソ・・・」

 

誰に向けての言葉かは分からないが、最初こそ威勢よく響いていた声も途中から力を失い、蚊の鳴くような声に急速に衰えていく。

それは激しい出血による体力の消耗、意識の希薄化が齎したものだろう。

 

 

最早うわ言しか発さなくなった兵士を、砲弾が貫いた。

凄まじい運動エネルギーによって体がバラバラに吹き飛び、兵士は即死した。

 

 

 

 

「ああ、ここからか」

 

 

 

 

 

結束手榴弾を握った格好で、数秒間静止していた兵士が居た。

彼は目の前に迫り来る蟻型ネウロイを一瞥すると手榴弾を投げ付け、そして直ぐに塹壕内を駆け出した。

 

足下に意識を向けると、見えるのは元は人間だった肉塊ばかり。

熱でひん曲がった銃身を持った機関銃や、弾薬が無い迫撃砲なども転がっている。

それ等を器用に避けながら、彼は走り続けていた。

 

彼は後方の陣地に一番近い位置に辿り着くと、そのまま塹壕の外に飛び出した。

そして、そのまま平原を駆け抜けていく。それを脚を一本吹き飛ばされた蟻型ネウロイが狙っていた。

 

 

大砲の発射音が聞こえて数秒で身体が吹き飛び、一瞬で視界が消失する。

気が付くと走っている。今回はここかららしい。

また砲声が聞こえた。先程の経験から地面に伏せる。砲弾は頭上を通過していった。

 

砲声が聞こえてから砲弾が到達するまでの時間差を利用して、自分は砲弾を避ける事が出来た。そして近くにあった塹壕に滑り込む。

中に味方は居なかった。武器が何も置いてない事から、放棄された塹壕である事が分かった。

 

自分が目標にしている街まではまだまだ遠い。途中途中に存在する、塹壕を利用して近付くしかない。

 

この塹壕が放棄されているという事は、敵にかなり浸透されているのだろう。事実、聞こえる銃声は散発的である。

息を整えて、また塹壕から飛び出す。駆け出す。駆け抜ける。

 

また転がるように次の塹壕に滑り込む。味方は居ない。

 

また次へ、次へ。

 

 

 

そうして街の近くの塹壕まで死にもの狂いで到達した自分が見たのは、多数の高射砲や野砲によって駆逐されていくネウロイの姿だった。

 

 

 

安心感を感じて、塹壕の中で力んでいた全身から力が抜けた。

次の瞬間、風切り音と共に視界が暗くなる。

 

 

塹壕から這い出て、ひと息つく。胡座をかいて、身体を休める。

 

その直後に塹壕内に砲弾が飛び込み、爆発した。

塹壕内で爆風が吹き荒れ、破片が飛び散り、熱が這いずり回る。

塹壕から飛び出す死の諸条件は、下に凹んでいる塹壕に誘導され、上に流れるだけで、すぐ隣に座っている自分には巻き上げられた土砂が掛かっただけだった。

 

・・・最悪だ、土まみれになった。

土臭さに辟易としつつ、街の様子を見る。戦車や高射砲、野砲が火を噴く度にネウロイが粉砕されていく。ネウロイからの反撃で砲弾が弾薬に引火したのであろう戦車が、キューポラから火を噴き出して爆発していった。

 

火薬の臭い、詳細不詳の肉が焼ける臭いもする。

土まみれの現状、それ等の臭いは土の匂いで多少はマシになっているが、それでも鼻について仕方が無い。

 

 

ああ、ここは本当に碌でもない場所だ。




一話につき5000字ノルマを止めようかな・・・

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