すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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ちいさなちからでも、くふうすればたおせるさ


かいしんのいちげき

何時までもここに座っているわけにもいかない。

持ち場を放棄して、ここに居るのだ。見つかったら面倒な事になる。

砲弾が着弾した塹壕とは別の塹壕に入って、戦場を俯瞰する。

 

高射砲や野砲の威力に惚れ惚れする。なるほど、圧倒的な火力だ。命中率も高く、兵士の練度が高水準である事が伺える。

 

しかし、ネウロイの数が思っていたよりも多い。大丈夫だろうか。

いや、大丈夫そうじゃなさそうだ。ネウロイの命中精度は粗いものの、圧倒的な数で少しづつ押していっている。

 

・・・不味いな。

 

そう思った直後、目の前で凄まじい規模の爆発が起こった。

いや、違う。・・・これは、多数の爆発が同時に起こって、一つの爆発に見えただけだ。

 

重砲による制圧射撃だろう。直撃しないと倒せなくても、駆動系を損傷させるなど訳もない砲撃が、目の前を舐めるように地面を埋め尽くす。

 

今回は砲撃の密度が濃いのか、ネウロイの姿は半減し、残ったものも蟻型ばかりで、脚が何本か欠けているのが主だった。

クラゲは殆ど残っていなかった。

 

砲撃により脚が止まったネウロイは直ぐに瓦解した。脚を使ってバランスを保ちながら砲を向けていたので、それが欠けてマトモに戦えなくなっていたからだろう。

 

 

勝利の雄叫びを上げている味方陣地に乗り込み、上官に次の配置の命令を受ける。どうやら上官の話を聞く限り、自分が退却を始める少し前に、退却命令は出ていたらしい。

無線が無かった為に自分は知らなかったが。だから通信兵を寄越せと言っておいた。

 

先程の塹壕よりは少し後方の塹壕に配置になったが、これは自分が下がったというより、軍全体が後退しているのだろう。

他の所と比べて大砲や機甲戦力が充実しているここでも、少なくない被害が出た。その事実を受けて及び腰になっている事は想像に難くない。

 

ここを突破されたら、カールスラントの首都、ベルリンまであっという間だ。既にカールスラント国民は国外退去を始めているらしいが。

 

 

それにしても全く、塹壕の中とはふざけた環境だ。

蟻型ネウロイの襲来が昨日の今日、霧がかった朝を迎え、塹壕内で固まった体を解す。

・・・雨が降り始めた。しかし、それを塞ぐ屋根などは勿論備え付けられていない。季節で言えばまだ夏であろうに、雨粒に当たると途端に寒くなる。身体が震えて煩わしい事この上ない。

緯度で言うと、カールスラントの殆どの場所が北海道よりも上だという事も頭に入れておくと分かりやすいだろうか。

 

それに、泥が酷い。こんな不衛生な環境に居たら、戦闘よりも病気で死ぬ兵士の方が多くなるだろう。

病気は鉛玉よりも人の命を奪っていく。それは、前の世界における大戦で証明されている。

 

塹壕の底に水が溜まって、それはもう酷い状態である。外気温も合わさって、このまま水に浸かったままだと凍傷になってしまう。一旦街の方まで行き、大きな布と少しの木材を貰って簡易的にだが屋根を作った。

もっと早くにやればよかったと思うが、後の祭りである。

 

晴れたらどうにかして水を抜く作業もしなければ・・・。

 

 

この戦域は、街の近くに野砲等を据え置いた大規模な塹壕陣地が有り、その前に小さい塹壕が散在している。自分はその一つの小さい塹壕の中で、一人で配属されている。結局通信兵は来ず、無線だけが置かれた。

人員が足りないのだろう。

一人だから迫撃砲も運用出来ず、結局の所は弾着観測か効果の薄い、機関銃による攻撃しか出来ない。

 

 

一人で居るのに飽きてしまい、敵襲を報せるサイレンが鳴るまで、近くの部隊員が居る塹壕に自分はお邪魔していた。

 

ヘルメットを逆さにし、水を溜めて飲もうとしていた部隊の奴が居た。すぐさまヘルメットを揺らし、水を全て地面に零す。

何をするんだと奴が言ってくるが、これには理由がある。

ヘルメットで水を飲むと、致死率が跳ね上がる事を教えた。被りっぱなしのヘルメットの中でどれだけの雑菌が繁殖しているのか、懇切丁寧に教えたら彼は納得してくれた。細菌による下痢や高熱は、脱水症状や倦怠感、それに伴う疲労によって戦場では死に直結するからだ。

この世界の人間の衛生観念は酷く薄い。そういった教育が施されていないのだろうが、自分からするとどうしても向こう見ずに思えてしまう。

 

そういえば、最後に暖かい水で身体を洗ったのは何時だろうか。

 

冷たい雨をシャワー替わりにして身体を洗う。寒くて死にそうだが、濡れた服を着てるよりは大分マシだろう。

 

 

あぁ、最悪だ。

 

口を衝いて出てきた悪態の言葉は、青白い唇から垂れ流される。

風邪を引いた。それも結構重度の。雨風に晒され、暖める事が叶わずに冷え切った身体が限界を迎えたようだ。

 

寒い。頭が呆けてしまっている。寒い。頭とその周辺だけが異様に熱く、それ以外は痛烈に寒冷な体感温度を伝えてくる。訳が分からなくなっていた。そんな状態で何か出来るわけでも無く、塹壕の中で泥まみれの水溜まりに、ぼうっと座り込んでいた。

 

熱で朦朧としている頭に追い討ちをかけるように、敵襲のサイレンが鳴り響く。頭に響くその音に内心荒れ狂い、原因のネウロイに対する鬱憤が更に溜まっていく。

 

全身に力を込めて立ち上がり、機関銃を構える。

 

発射時の反動に頭を揺らされ、何時もよりも体力を大きく消費していく。そのせいか、直ぐに息切れを起こしてしまう。

身体が重い。手足の感覚が朧気になっていく。あぁ、寒いーーー。

 

ーーーィィィィン、カンッ!!

 

 

耳を劈く風切り音、小さい何かに金属を叩かれる音。その音が聞こえた直後、意識は覚醒した。

 

死んだ。この感覚は、死んだ感覚だ。

 

高熱で朦朧としていた意識が冴え渡っていく。熱を持った頭に、恐怖という名の冷水を派手に掛けられたようだった。

未だに頭は熱を持ったままだが、先程よりもずっといい状態だ。

 

先程よりも機関銃を正確に投射する。しかし、殆ど効果は無い。

風邪だろうがなんだろうが、歩兵が一人で運用可能な兵器に出来る事など本当にたかが知れている。

 

そのまま暫く射撃していると、弾薬が切れた。持ってきた弾薬箱の中に入っていた弾倉は一つも残っていない。

機関銃を塹壕内に放り投げ、無線と双眼鏡を掴んで弾着観測に勤しむ。双眼鏡を覗いて分かったが、今回は蟻型がかなり多い。

 

 

今回はネウロイの数が多い。ダメだ。このままだと突破される。戦線が崩壊し始めている。

 

支援砲撃が降り注ぐも、焼け石に水。勢いを削ぐには力不足であった。上空には巨大なエイのような形をしたネウロイが席巻し、制空権を完全に奪取されている。

 

 

その時自分は、信じられないものを見た。

上空に浮かんでいたエイ型ネウロイから赤い光線が発射されたと思うと、地面が爆発した。

 

なんだあれは。発射速度の早い機関砲の曳光弾だろうか。しかし、爆発の規模はそれこそ大型爆弾が連続で爆発しているような、馬鹿げた威力のそれである。

まるで創作に出てくるビームと呼ばれるようなものに酷似していた。原理は不明だが、光線は物体に接触すると猛烈な威力の爆発を引き起こし、辺り一面を火の海にしている。それも一機だけではない。数機が編隊を組んで飛行している。

 

戦術爆撃機の真似事だろうか。しかし、投射しているものの威力はふざけたものだ。

余りにも理不尽な、高火力な新兵器の登場。しかし、実際の所自分はネウロイに詳しくない。あの光線兵器はもっと前から使用されていたのかもしれないし、今まで奴と出会ってなかった方が珍しいのかもしれない。だから新兵器と言うと語弊があるかもしれない。

 

だが、自分は少なくない衝撃を受けている。余りに滅茶苦茶だ。

おもちゃのように戦車が爆発と共に吹き飛び、トラックが残骸となって上に打ち上げられている。

 

大砲がトラックや装甲車、馬に繋げられ、後方へ移送されていく。

これはもう、戦線もクソもあったものではない。無線も先程から雑音を吐き出すだけで使えないので、周りの部隊に指示を仰ぐと、撤退指示が出ている事が分かった。

 

 

急いでライフルを背負い、後方へ駆け出す。光線が飛び交い、爆発が頻発している地獄へと。

 

 

 

光線兵器は余りにも凶悪だった。攻撃が開始されてからそれ程時間が経っている訳では無いのに、街が残骸と化していたし、一緒に行動していた部隊の奴等とは自分が爆発に吹き飛ばされてはぐれてしまった。

 

破片が刺さったり、衝撃波で内臓が潰れた訳では無いが、吹き飛ばされ、地面にぶつかった衝撃は中々のものである。

意識が多少朦朧とし、腹部がジンジンと痛む。

 

自分が路地裏に飛ばされ、仲間が駆け寄ろうとした瞬間に大通りに繋がる道が瓦礫で埋まってしまった。なんて運が無いのだろうか。不運を恨むが、直ぐに思考を切り替えて建設的な事を考える。

 

前回の教訓から、ここ周辺の地図の写しと、コンパスは手元にある。それ等に従い、後方へ移動をするのだ。

そうと決まれば行動は早い方が良い。自分は直ぐに裏路地を駆け出した。

 

 

時折路地裏の道が瓦礫で塞がれている事があり、その度に迂回していたら、思ったよりも時間が掛かってしまっている。丁度大通りに出れる道があったので、大通りに出た自分を迎えたのは、蟻型のネウロイだった。

 

彼我の距離は結構ある。目測でおおよそ250m程。街を出るには、蟻型が居る場所を通らないといけない。正確には他のルートも有るが、更に時間が掛かってしまう為に、選択肢に無い。これ以上時間を掛けていたら瘴気に飲み込まれて、死ぬ程苦しい目に遭うのは目に見えている。

 

近くには数人の死体と、破壊され炎上しているトラック、それに牽引されていた野砲が放置されていた。

 

・・・これなら、まだやりようがある。

頭に簡易的な作戦を立てて、自分は動き出した。

 

 

 

一人の兵士が崩壊した街の大通りの真ん中に立っていた。

肩に掛けていたライフルを離れた場所にいる蟻型ネウロイに撃ち込む。

 

小さな金属音を立てて着弾した弾丸は、ネウロイの注意を引くのに十分だった。ネウロイが自身の方に接近し始めた事を確認した兵士は近くの家にドアを蹴破って入る。

 

重い金属音を含んだ駆動音と、大通りに敷かれた石畳を自重で砕き、剥がす音を響かせながら、蟻型は発砲があった場所に接近していた。自らを撃った奴は何処かと頭を振って捜していると、窓から家の中に居た兵士を発見する。

頭、正確には長い砲身を家の中に向け、発射ーーーしようした直後。

 

大通りに面した窓の手前、家の直ぐ外に設置され、弾薬を装填されていた野砲が火を噴いた。75mm口径の砲弾がライフリングを施された砲身で回転を加えられながら加速し、砲口から飛び出す。そのまま砲弾は蟻型ネウロイの胸部を突き破ってめり込み、内蔵されていた火薬を炸裂させる。

 

発射用の紐を握り締めていた兵士は、その余波を受け、衝撃波で砕け散った窓ガラスと共に家の奥へと吹っ飛ばされる。

一瞬気を失い、ぐったりするが直ぐに覚醒し、最早原型を留めていない窓に駆け寄った。

 

窓の外にあったものは、彼が期待していた光景ではなかった。

蟻型ネウロイが金属が軋む音を大きく響かせながら、歯車が欠けた機械仕掛けの玩具の様に、無理矢理その身を起こしていた。既にボロボロで、マトモに機能するとは思えないが、端から既に再生が始まっている。このままだと直ぐに機能を取り戻してしまうだろう。

 

だが彼にとって、それは想定外でもなかったようだ。

腰に括り付けていた集束手榴弾を手に取り、信管を作動させてから蟻型の頭部に投擲。コツンと軽い音を立てて頭部に当たった集束手榴弾はそのまま少し上に跳ね、丁度自由落下によって頭部に再度当たろうとした瞬間に爆発した。

 

兵士の身体は飛び散ったガラスや、何かも分からない小さい破片で傷付けられていた。緊張していたのか、相応の疲労感も感じている。

 

 

 

だが、蟻型ネウロイはまだ機能を完全に喪失していなかった。

ネウロイの本体とも言える"コア"を大きく損傷した頭部に露出しながらも、ふらつき、動かす度に自壊する身体で砲身を兵士に向けようと足掻いていた。

 

それを見て血相を変えた兵士は、外に飛び出し、ネウロイの頭に飛び乗ってライフルをコアに構えた。コアに銃身の先端を密着させ、コッキング、発射。一回では破壊出来ず、大きくヒビが入るだけだった。続けてもう一発、もう一発。ネウロイが完全に消失するまで発砲音は鳴り止まなかった。

 

 

全てが終わった後、集束手榴弾を作る為に手榴弾を剥ぎ取った死体を道の端に寄せ、顔に布を掛けた兵士はその場から小走りで去っていった。




次も結構期間が開くかもです

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