すとぱんくえすと   作:たんぽぽ

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そろそろウィッチを頻繁に出したいところ


そうぐう

その余りの大きさに、思わず動揺する。

前に街で見たものよりも大きい。彼方に光線を照射しており、煌めく光は綺麗である。

姿は視認出来ないが、エンジン音がする方向に撃っているので、航空機を攻撃しているのだろう。幸いにも、自分には気付いていない。気付かれたら終わりだ。

 

ネウロイは急に爆発し、バランスを崩す。どうしたのだろうか。

その時やっと自分は、ネウロイを掠める様に飛ぶ航空機を視認する。そして、ネウロイに何が起こったのかを理解した。

 

爆弾だ。爆弾を空中目標に当てたのだ。素晴らしい腕のパイロットだ。思わず賞賛の言葉を叫ぶ。

 

バランスを崩したネウロイは高度を落とすが、それでも未だに飛行を続けていた。破損した部位も修復を始めているのか、少しづつ下がった高度が上がっているように見える。

 

そこに追加の爆弾が加わった。

ネウロイは頭を押さえ付けられているかのようにまた高度をガクンと落とし、そこにまた爆弾を投下され、完全に飛散した。あんな巨大な物体が急に姿を消すと、やはり戸惑ってしまう。

 

そのまま、航空機隊は去っていった。

 

・・・見入っている場合ではない、早く移動しなければ。

 

 

森林地帯を脱し、道沿いを歩いていると、燃え尽きた戦車と装甲車、トラックの残骸が放置された場所を見付けた。その周りに黒い塊も転がっていた。脱落した部品だろうか。

使えるものは無いのかと、戦車のハッチを開けた自分は、すぐに後悔した。中にあったのは、炭の塊だけだった。原形を保っていた歯と、炭に埋もれるように存在していた指輪だけが辛うじて、この炭の塊が何であったのかを物語っていた。

 

車両の周辺転がっている黒い塊の正体も自動的に理解してしまった。

ここに使えるものは無いだろう。全て燃えてしまっている。

そう判断し、自分はまた歩きだした。

 

 

やっとの事で、地図に示された味方陣地の傍までやってきた。

車両のエンジン音や、砲撃音が周囲に響き渡っており、中々に賑やかだ。歩哨に立っていたカールスラント兵士に扶桑軍の場所を教えてもらい、上官の元へ向かう。

 

恰幅の良かった上官は居なくなっており、痩せ気味の上官に取って代わられていた。自分の所属している部隊と名前を呼ぶと、机の上に置いてあった資料を眺めていた上官は、驚いたように自分を見た。

 

 

なんでも、自分は戦死扱いにされていたようで、本国の家族にもそう通達されてしまっていたようだ。

 

二階級特進の取り消し申請が面倒だとボヤく上官に、前に居た恰幅の良い上官はどこに行ったのかと聞いた。撤退の際にネウロイの光線が直撃して、跡形もなく蒸発してしまった・・・らしい。惨い最期だ。

 

上官に敬礼してからその場を立ち去り、次はまともな食事を受け取りに炊事班の元に向かうと、奇妙な光景が広がっていた。

手をつけられていない、食事が幾つもあったのだ。余分に作ってしまったには量が多過ぎる。疑問に思った自分は、近くに居た炊事兵に話を聞くことにした。

 

 

炊事兵曰く、いつも通りの量の食事を作っただけらしい。

狐につままれた表情で、現実感が無いとも言っていた。ネウロイの襲来があったと知らされ、その後に食事を用意したらしいのだが、この大量の手をつけられていない食事が残されたと。

 

一皮挟んだ向こうに広がる狂気が、消費する存在が居ない食事という具体的な事象をもって、炊事兵に突き付けられたのだ。

 

 

自分は歩哨に配属され、警戒に当たっていた。既に辺りは暗く、サーチライトが地面を照らしている。

多少緊張する心身とは裏腹に、その日は何も起きず、自分は久々に横になって眠る事が出来た。

 

 

鳴り響く警報音、慌ただしい周囲。けたたましい砲声、重厚な起動輪が履帯を噛む音。連続した機関砲の発砲音。

その全てが、叩き起された自分の意識の覚醒を促してくる。

 

仮設されたベッドから飛び起き、小銃を手に持って外に飛び出す。

高射砲や野砲が水平射撃を敢行し、小柄な対戦車砲がそれに続く。連なった砲撃音は、容赦なく鼓膜を叩いてくる。起き抜けの頭には、少々厳しいものがあった。

 

ふらつく頭を抑えながら、配置へ駆け出す。塹壕に入り、機関銃を構える。短連射で確実に当ててゆくが、倒せる事は稀だ。

高速で飛来した砲弾が着弾する時の竦み上がるような金属音が辺りに響き渡る。蟻型が爆散するが、奥から次から次へと押し寄せてくる。

機関砲が上空目標を狙っているのか、曳光弾の軌跡が上空へと伸びていた。文字通り上へ下への大騒ぎだ。航空戦力と地上戦力が同時に襲来したのだろう。時折、光線のようなものも見掛けた。

 

どんどん処理しきれなかったネウロイが接近してきて、機関銃や砲弾を乱射し始める。制圧効果の高い攻撃に、思わず怯んでしまう。

 

その時、戦場に似つかわしくない、高い声が聞こえた。

塹壕から少し頭を出し、後ろを見る。そこには足に厳ついユニットを履いたウィッチが並んでいた。手に持った小さな対戦車砲のようなものを発射すると、蟻型ネウロイがあっさりと爆散する。知ってはいたが、魔法力とやらはネウロイのあの光線並に出鱈目なものらしい。

高射砲クラスの砲撃を、歩兵が扱えるレベルの火砲で再現しているのを見ると、そう思えて仕方がない。それに、筋力等も強化出来るなんて、見えないパワードスーツでも着込んでいるのと何ら変わりがないだろう。

 

戦闘はまだ終わらない。

 

 

穴を掘り、そこに死体を投げ込む。次に燃料を投入し、火をつける。

遠い昔に聞いた話だが、人肉の焼ける臭いは臭くなく、髪の毛や爪が燃える臭いが臭いのだと聞いた記憶がある。

それが事実なのか、それとも違うのか。燃える際の余りの臭いに、鼻が曲がってしまっている今でも分からない。

 

死体はすぐさま焼却される。後方に送っている余裕などなく、伝染病を防ぐ為だ。

それをする時は無感情に、無関心に、死体を穴に投げ込まなければならない。臭いが鼻腔の奥まで染み付き、自分はこの臭いを忘れる事は出来ないだろう。

そこから少し離れた所で、ウィッチ達が休息をとっていた。全員が体のあちこちに生傷が出来ており、気疲れした様子と相まって、かなり印象的に自分の目に残った。

 

先程の戦闘は彼女達が居なければ敗北していただろう。戦車並みの火力と、歩兵と同じくらいに小回りが利く彼女達は、戦線のあちこちで支援、カバーに回っていた。

 

心の中でウィッチ達に感謝を呟きながら、自分自身も休息をとる。今回の戦いで、何人死んだのだろうか。周囲は重苦しい空気が充満し、なんとも言えない嫌な気持ちになる。

そんな風に考えていると腰に衝撃を感じ、下に目を向ける。

 

そこには、少女が居た。自分の周りに配給のクラッカーの袋が散らばっており、駆けている時に自分とぶつかった事が容易に想像出来た。

大丈夫かと声をかけながら、散らばった袋を集め、尻もちをついていた少女に手渡す。そして起き上がるのを手助けする為に、手を伸ばした。

伸ばした手は確りと彼女の小さな手を掴み、引き上げた。

 

ありがとう。そう一言言った少女はそのまま走り去って行ってしまったが、可愛らしい見た目に似合わない生傷の多さから、彼女もまた、一人のウィッチであるのだと考えると、やるせなくなる。

子供が、少女が、命を張らなければ、この戦線は維持する事すら困難だという事実に、打ちのめされそうになるのだ。こんな戦争が無ければ、あの少女も友人と一緒に、平和な街で平穏に、幸せに、過ごせていただろうに。

 

自分もまた、母国で平穏に暮らせていただろう。

 

この戦争は早く、出来るだけ早く終わらせなければならない。そう強く思わせる出来事であった。

しかし現実は、軍の敗走という形で自分を物理的に打ちのめしてくる。

 

虚無感というものか、この虚しい気持ちは。空回りするだけで、実を結ぶことがない。自分は役に立っているとは言い難いし、死から逃れる事で精一杯だった。

少し自己弁護するが、それに関しては仕方がないと思っている。あんな恐怖を体感したら、誰だって逃げ出したくなるし、こんな事すら考える余裕も無くなってしまうのだから。

 

あの小さい手の持ち主の方が、余程戦線の維持に役立っていると考えると、自分は何故ここに居るのだろうとも考えてしまうのだ。自分なんて居てもいなくても変わらないのではないのか、なんて。

実際、自分がいなくても戦線の維持には全く影響は無いし、戦争の大局にも影響は無いだろう。なら何故、自分はここに居るのだろうか。

そんな事を考え始めたら、堂々巡りで永遠に答えは出ない。いや、答えは出たが、自分を納得させるには余りにも現実的過ぎた。

扶桑の義勇軍として送られたからだ。それだけだ。

 

つまり自分は、戦争が早く終わって欲しい、それどころか終わらせなければならないと考えているのにも関わらず、ここに自分がいても意味が無いから、早く母国に帰りたいとも考えているのだ。

いや、こんな地獄から早く抜け出したい、平和で思い入れのある故郷でゆっくり過ごしたいとも考えているだろう。

 

だが、それではいけないのだ。ウィッチ達を横目に見ながら、少し自己を矯正する。兵士として給金を受け取っている以上、責任を果たす義務がある。大人として、子供を助ける義務がある。そのように理論武装しなければ、自分の士気を鼓舞する事は不可能だし、怠惰で脆弱な精神に鞭打つ事も出来ない。

基本的に自分は楽観的で努力を嫌い、自分さえ良ければいいと考える人間である。

自分は自分を信用してはいけないのだ。自分程信用に値しないものは存在しないだろう。自分に甘い自分なら尚更に。

 

だが、組織的な抵抗が出来なくなったら直ぐに退却する事は容認しよう。自分一人で出来ることなどたかが知れていて、そこで無駄死にするよりかは、別の場所で戦った方が良いのだから。それに、好き好んで死にたいわけでは無い。

 

 

塹壕の前に広がる鉄条網とチェコの針鼠。その合間に、手押し車に満載された対戦車地雷を敷設していく。

地雷自体もかなり重量があるのに加えて、土を掘り起こし、腰を折ってそこに丁寧に埋めていく作業は中々に骨が折れる。

 

対戦車地雷の感知重量はかなり鈍感に設定されており、人間が踏んでも起爆しない。蟻型クラスか戦車でもない限り、信管が反応しないのだ。なので作業中の危険性が低いのが唯一の救いかもしれない。だが、大量の爆薬の塊であることに変わりはないので、気を付けて扱う事に越したことはないだろう。

 

地面と向き合って作業を続けていると、思わぬエンジン音に空を見る。低空を一機の偵察機が飛んでゆくのが見えた。その後、重砲のけたたましい砲声が響き渡り、遠方から爆発音が聞こえた。

それと同時に、警報が鳴り響き、地雷を満載した手押し車を後方陣地まで牽引しながら必死に戻る。

陣地内に手押し車を放置すると、直ぐに持ち場に向かった。

 

 

いつもと変わらぬ、蟻型とクラゲの群れであった。今回は航空戦力が居ないのか、上から特徴的な金属音は聞こえない。変わりに近接支援航空機が飛び回り、盛んに機銃掃射と爆撃を繰り返していた。

隣の塹壕から迫撃砲が軽い音を立てて発射され、蟻型の頭部に直撃して一撃で屠っていた。当たりどころが良かったのだろう。しかし、自分の手に有るのは機関銃のみ。

 

タタタン、タタタン。発砲と同時に肩に当たっているストックが反動を体に伝えてくる。飛び出した弾丸は火花を散らしながらクラゲに着弾し、ふらつかせ、行動を封じる。その近くに居た蟻型が自分を狙って発射した砲弾が近くの地面を直撃し、土を掘り起こす。散らばった土をモロに被るが、そんな事を気にしている暇はない。

 

後方から聞こえた高い声と小さな砲声と同時にクラゲと蟻型が爆散し、心の中で少女達に感謝する。どうやら今回は攻勢を防げそうだ。

 

 

「きゃあ!」

 

土の色とは違った、こげ茶色の髪の毛が目の前に広がる。

 

小さい悲鳴と共に、塹壕の中に足にユニットを履いた小柄なウィッチが突っ込んで来た。幸いにも、ちょうどその着地点に自分が居たお陰で、少女は硬い地面に叩きつけられる事はなく、自分が受け止める形になった。

 

何分咄嗟だったものだから、受け止め方も選んでられなかった。自分の胸の辺りに少女の頭が来る形になる、つまりは正面から抱き締めた。かなりの重量を誇るユニットに足を潰され、悲鳴を上げそうになるが、気を失っている様子の少女の顔を見てしまっては、そんな事も出来ない。足を引き抜こうとするが、ユニットは少し動くだけだ。力を思い切り込めて両足で蹴飛ばすと、少女の足もユニットからすっぽ抜けて、蹴飛ばした反動で自分と一緒に塹壕の奥に跳んでしまう。

 

背中に走る衝撃。肺から空気が抜け、それに伴って痛みを感じるが、反射的に腕の中の少女をかき抱いた。自分も、少女も無事だ。その事に多少の達成感を感じながら、立ち上がる。

 

少女はいつの間にか目を覚ましていて、口を半開きにしながら、穴があくほどに自分を見ていた。瞳の色は、澄んだ髪の毛と同じで、こげ茶色だった。自分の周囲を警戒する、泳いでいた目線が少女の目を覗き込み、目が合った。

 

 

ーーーそして、彼女が口を開く。




書き溜めが無くなったので、次の更新も遅めです

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