更新不定期。
2018.02.01(完結後補足)
【感想欄はネタバレの可能性があります、全話お読みの上お目を通しください】
今は昔、日本には多くの妖怪ありき。
獣のごとき姿をする者もあらば、人型で角を持ちし者もありき。
その多くは人間を好み、時に食ひ、時に驚かし、時に酒を呑みき。皆一様に自在に生き、恋しきに驚きて寝て歌を奏づなる。
されど人間はさる妖怪どもを良くは思はず、討伐するために郎等を組みき。彼らは民草より陰陽師と呼ばれ、積極やうに妖怪を成敗しゆきき。
それを悪しかれと思ひし妖怪は、今まで一人で人間を襲へりが終ぞ人間と同ぜむ郎等を組みそめき。されど妖怪には人間に唯一敵わなありことありき。知恵なり。人間の持つ知恵のおかげで獣妖怪の類は瞬く間に駆逐されその姿を減らしき。
さて、妖怪はある妖怪を頼ることにせり。都より東の果ての果て、そこに自在気ままに生くる妖怪あり。ぬらりくらりと飄々に、原初の生き方を携えて、時に人間ををこにしつつ。
始めは小さき妖怪からなりき。
付喪神と呼ばるる妖怪の類、人間より隠るるために獣の姿をとりしもの、山奥に隠れゐし者に、すずろに訪れし者。
その妖怪の元には皆笑ひあへり。人型が笑ひで獣鳴く。小さき者はおのれを使ひ音を奏づ。
一年、十年、百年と経ちいつの間にかそなる妖怪の周りには常に百に及ぶ妖怪ありき。契りを交わしし者は百を超え、なにかあったら駆けつくる。さる言を置きて新しき生活に向かふ者もありき。
いつしかその妖怪はあらゆる妖怪のがり伝わり、人間の耳にも入るようになりき。
いたづらなる妖怪はその妖怪のがり向かひ、人間は妖怪がすだき報復すまじやと恐怖せり。
日がな人間は語り継ぎ、鉄の鳥の飛ぶ現代まで噂はありき。
満月の夜、雲間に隠れて妖行く。
月に照らされしその姿は百に及び、夜は彼らの刻なり。
努努な忘れそ、
——百鬼夜行が跋扈せむ
一、
幻想郷ーー妖怪と人間が共存し、時代に置き去りにされた古き場所。入り口はなく、出口もない。訪れるとすればそれは神の気まぐれか、管理者による悪戯であろう。
人里を中心に、北には天狗たちが住まう妖怪の山。東には魔法の森、さらに先へは博麗神社。南には迷いの竹林、越えれば太陽の花畑。西には鬱蒼とした自然が広がり、人里の狩猟区域もある。
春に桜を夏には緑、秋は肥えゆき冬場は寒く。元来、日本の四季も色濃くあり表情豊かな世界である。
そんな幻想郷の一外れ、玄武の沢と呼ばれる妖怪の山の麓。河童や怪魚、水生妖怪が多く住まう沢にその男はいた。
「ーーぬらりくらりと飄々に、尋ねて参るは人の家。酒を奪いて呑み歩き、俺が目指すは気まま
沢のほとりで釣り糸を垂らすは一人の男。
浴衣か着物か甚兵衛か、灰色の和装に紺色の法被を肩がけにしている。頭には立山笠を被っており、行き帰りに着るのか蓑が横に置かれている。
「ずいぶんと上機嫌だね旦那」
「当たり前よ。今こうやって青い空の下、糸を垂らして魚を待つだけで気分も良いってもんさ」
「でも毎日そうやってるよね? 飽きないの」
「飽きるもなにもやりたくてやってるわけじゃないからな。飽きるほど没頭しちゃいないということさ。それに魚は待てば来るんだ、一々時間を気にしていちゃあ無駄だ」
「はぇ〜、私にはわかんないや。私たちはあんまし魚食わないし。どっちかって言うと菜食主義」
「菜食主義? べぇじたりあん、ってやつか」
「べじたりあん? なにそれ」
「外の世界で野菜しか食わねえやつのことをべぇじたりあんって言うんだ。この国の言語じゃなくて、違う大陸の話だがな」
「さすが旦那は物知りだね。私は生まれたときからここにいたからわかんないや」
「興味はねえのか? 外に出て、広い世界で旅をしたいとか」
「んー、今のとこはないかなぁ。たしかに外の世界の技術は気になるけど、ここで自分のペースでゆっくりやるのもいいし。それにここにいりゃ旦那が旨い酒を持って来てくれるからね」
「うぉ、さっそく目ぇつけやがったな酒好き河童」
にゃはは、と笑ったのは青髪が眩しい少女。河童妖怪、河城にとりだ。
にとりは糸の横でぷかぷか浮いて男と話していたが、会話に一区切りうち男が座っていた岩へと登る。蓑をかさかさと弄ると中から瓶を取り出した。
「なんの酒?」
「それはなぁ、村からもらってきた酒名工が作った大吟醸酒『黄金山』。年一の祭りのときにつくるモンらしいが、まだ完全に発酵してないのを無理言ってもらってきた」
「もらってきたの? 旦那が? あの人ん家に勝手に入ってくすねてくることに定評がある旦那が?」
「幻想郷の中じゃあ村が一つしかないからな。いくつかあるならそれでもいいけど、さすがに稀なモンを黙って持ってくるのは俺の流儀に反する」
「誇り高い大妖怪としての秩序ってやつ?」
「そんなもんじゃねえさ、義理と人情。渡世の掟。俺も人間の宴に勝手に参加して、なんだかんだ楽しませてもらったからな、その優しさを仇で返すことはしないさ。あとにとりが言ったように大妖怪の秩序なんかねえぞ、俺は気ままに生きるだけだからな」
「義理と人情、昔の妖怪が聞いたら呆れるだろうね」
「その昔の妖怪が俺だからな」
そう言った瞬間竿先が大きく揺れた。糸が水面で数字を描くように泳ぎ、魚が逃げようとするのがわかる。男はうまく合わせて引くと、立ち上がって後ろに振りかぶった。
「おぃしょっとっ、酒のつまみが釣れたな!」
糸には三つの針が付いていた。その全てに鈍く輝きを放つ鮎が跳ねており、素早く拾うと網カゴに放った。
「にとり、酒を呑む前に火の準備だ。雑多はやっておくから木の枝を拾ってきてくれ」
「はいよー、一匹はそのまま置いておいてね。生で食べるから」
「あいよ、頼んだぞ」
「うぇーい」
すでににとりの服は乾いているようで、森の中へと消えて言った。
男は二匹の鮎に墨を塗った太めの竹串を肛門から刺すと石を拾い集める。輪のように囲み、にとりが帰ってくる合間適当な落ち葉と持ってきていた木屑を散らすと懐に入れていた煙管に火を付けた。一吹き二吹きと火を大きくすると、指先で叩くように火種を落とした。
「てかにとり、魚あんまし食わねえとか言いながら二匹食うつもりだな?」
男は広がる火種を見ながら呟いた。
「あー美味しかった」
「塩と、檸檬を持ってきたのも正解だったな」
「その黄色いやつ酸っぱかったけどなかなかマッチしたね」
「だろう? 酒に入れても美味いって言ってたから今度は炭酸酒でも持ってこようか」
「炭酸酒なら冷えてなきゃいけないから私が持ってくるよ。最近発明した冷蔵
「そりゃいいな。冷やしたいモンがあったらにとりのところに持ってくるか」
「旦那なら別に構わないよ! 私の発明は幻想郷一だからね!」
そのあともにとりは語り出し、冷蔵箱がいかに凄いものなのかを語った。冷やす機能、コンパクトな形態、暖かい空気を入れない密閉空間、利便性、発明にかかった年月。男にとって専門用語を使われてもてんでわからないが、生きてきた年月が知識としてい堆積しなんとなく意味がわかる。それ以前に発明がどれだけ便利なものかを理解しているため楽しそうに話すにとりを中断するはずもなかった。
「そうだ! 旦那、今から見においでよ! 作ってから道具類は片付けたから今は人を入れても大丈夫なんだ」
行こうよ行こうよと言わんばかりに腕を引っ張ってくるにとりに男は面白そうだと立ち上がる。竹水筒に水を汲み、まだじゃっかん赤くなっている火に水をかけると煙が上がる。輪になった石もそこらへんに転がし、砂をかけて足で慣らした。
と、ちょうどそのとき空のほうから声がした。
「おぉ! にとりに
上を見上げた二人の先にいたのは頭襟に黒い羽、白のシャツに赤いミニスカート。烏天狗、射命丸文である。
「お、射命丸の嬢ちゃんじゃねえか」
「天狗の文屋が沢に来るなんて珍しいね」
「そういうあなたは河城にとり。カメラはお世話になってますよ!」
「私が発明したんだから当たり前だよ! 不調があればいつでもお任せ、文は特別に三回までは無料だよ」
「ありがとうございます! ……それでにとりと日和様はなにをしてたんですか?」
「いつも旦那が釣りをしているところに私がお世話になってね。毎回酒を持ってくるもんだから昼からお酒を呑んでるの」
「なに、それは羨まけしからんことですね。明日からは是非私もご同伴に預かりましょう」
「ああ、構わんよ。酒は大人数で呑むのが美味い。と言っちゃあ沢で呑むのは静かに駄弁りながら、が一番だかな」
「水の流れる音に風が草木を揺らす音、お腹は膨れませんがおつまみになりますね」
「お腹が膨れるおつまみは旦那が採ってくれるからそこは大丈夫」
「にとりは魚は食べんと言いながら二匹も食ったからな」
「な、それはあの鮎が美味いのが悪い!」
「なんだそれ。狡いなぁ」
「あやや、まさか二人がそこまで仲よかったのは意外ですね。それに日和様は天魔様と会っているときと様子が違われる……」
「んん? そうか? 基本俺はいつもこんな感じだが、天魔が硬えからな。俺もそういう風に見えてんのかもしれん」
「て、天魔様を呼び捨てにできるのは一握りですよ……それこそ外の世界も含めて。八雲紫やその式、鬼の皆様に花畑の主人、その枠に入ってるだけで我々からしたら十分なんですが……」
天狗は徹底的な階級社会だ。
実力、知力、共に優秀な者が上に立ち、下の者は絶対服従である。妖怪の山を仕切るものとして生半可なことはできず、硬い掟に仕切られた組織は幻想郷では珍しく安定している。
「むむ、私も旦那のことを旦那と読んでるけど、親が日和のことを知ってて旦那呼びだけどなんでだろう?」
「にとりもですか? 天魔様が日和様と話すときに敬称を使うのでどんなすごい人なのかと考えますが思えば知りませんね……。それに私の父も日和様とは既知らしいですし」
「にとりの親といえば、湖南となふ子だろう? 嬢ちゃんのほうは元三羽烏、天魔に及ぼうかという実力を持った準大妖怪だな」
「我が父ながら大妖怪に並ぶとは如何なものか……今や発泡酒の呑みすぎで薄汚い姿になってますが……」
「うちの両親も上流に行って里に引きこもってるからね」
「あいつらとはお前らが生まれるより前、今みたいに酒を交わす仲だったからな。そのときは天魔は天魔じゃなかったし、河童も尻子玉を抜いてる時代だったから妖力が高かったのさ」
「答えになってないですよ〜! 新聞の題材にもなるでしょうし、日和様が何者か教えてください!」
「私も気になるぞー!」
「かかかっ、それは俺の口から言っちゃあつまらん。そうだなぁ……もし俺が何者かわかればなにかやろうじゃないか。嬢ちゃんは分かったら新聞に載せても良いぞ」
「お、それは面白そうですね! 調査中も一面埋まりますし、『謎の大妖怪、日和! その正体に迫る!』。見出しはこれで決まりです!」
「ただし、誰かに直接答えになるようなことを聞くのはダメだ。つまらんからな」
「うーん、そうなれば私も沢から離れるときが来たか。聞き込みはあんまり得意じゃないんだけど」
「文屋としてこの挑戦は負けられませんね! もちろん正々堂々挑ませてもらいますとも。時は金なり、さっそくですが私は聞き込みに行って来ます!」
「あ、ちょっと待って文。人里に行くならついでに連れてって」
「この問題を解決するライバルになるにとりですがそれくらいは構わないでしょう。三十秒で支度してください! 里までひとっ飛びです!」
「ちょ、三十秒は……というわけだからごめんね旦那! 私の家に来るのはまた今度! 絶対紹介するからっ」
にとりはそう告げると河に飛び込んで行った。滝壺の裏側、洞穴に住処を作っているので水中から繋がっているのだろう。
発明を見ることができないのは残念だが、また訪ねればいいかと男は思った。
「日和様……天魔様……にとりの両親とも認識がある」
どうやら文は単語をまとめているようでメモ帳にペンを走らせている。
自分の正体がわかるまでに何日くらいかかるだろうかと思案しながら煙管を取り出した。
「その煙管もヒントになりますか?」
「これか? ……こりゃあ趣味だから特別なことはねえな」
「ですよねぇ……」
そんな文の言葉とともに、男が蒸した煙が薄くなりながら消えていった。
・オリ主「日和」と名乗っている。
煙管を蒸しているが、中身は紙タバコではなくハーブ。危ないほうじゃなくて、ただいい匂いがする。
・人ん家に入ってくすねることに定評〜
これただの前評判ですね。だいたい妖怪はこんな感じだと思うので、にとりは正体につながるとおもっていません。仲の良い同士の皮肉もあります。