「ーー人を化かす妖がいると聞いた。どんな小物かと思えば、ずいぶんと大物がいた者だ」
「京から妖祓いが流されたと聞いたが、なんと可愛い娘だなーー」
「妖怪、お前の名は?」
「陰陽師、お前さんはなんて名前だ?」
棄てられ、忘れられた廃村。かつて地域の小競り合いから戦が起き、兵でもない民が数百人殺されて曰く付きとなったそこで二人は出会った。
「名前はここに流されるときに失った。私に名前は無い」
「俺もこの方名前なんてもんに拘ったことがない。人間や他の妖怪が付けた異名みたいなもんはあったが、いちいち覚えてねぇな」
「そうか……。親からもらったりはしなかったのか?」
「親ぁ? そんなのは生まれたときからいない。生まれた、というよりも在ったが正しいのかはわからんが」
「寂しいな。名前もなく一人で生きているのはいくら妖怪でも可哀想だ」
「お前ら人間と一緒にしなさんなよ。妖怪は元々個に生きるもの、群れで生きる奴もいるが所詮そんな奴は人間を真似てる臆病者だけだ」
「ふははっ! そんな目をしながら臆病と言うとは、やはり強かな奴だ。ま、今は良いか。いつかお前に名前が出来たらそのときは教えてくれよ? ーー妖怪」
「さあな、そんな時ゃいつ来るか。酔狂な奴がいればあるかもなーー陰陽師」
一、
「お前さんも来るかい、レミリア・スカーレット」
「どうして私があなたの傘下にならなきゃいけないのよ。あなたの場所を私に譲ってくれたら考えてあげるわよ」
「お、そりゃできない相談だな。ここにいるのは俺に寄ってくれたモンたち。裏切るような真似はできない。まぁ、そもお前さんが巻きつけられている逆柱が行くから来ることになるんだが」
「うわー、なによこれ! 私を縛り付けたまま動くなんて冗談じゃないわよ! 辱めじゃない!」
一本足の用法で跳ぶ逆柱は日和の周りを一周し、軒下から庭先、そして屋敷門へとレミリアを巻きつけたまま跳んでいった。日和はその様子を細くニヤついた目で眺め、自分もレミリアたちが向かった場所へと歩を進める。懐から煙管を取り出し、火口を撫でると煙が上がった。
「今夜限りだぞ、日和。おそらく私も紫様も見逃せるのは一度のみだ」
「ああ、わかってるさ」
「幻想郷で生きる人間には与える影響が大きいからの」
「それでも逞しく生きて欲しいもんだ、人間も妖怪も」
「私としては毎晩でもいいけどな。ただ酒呑めるし」
「毎晩お前さんが満足するだけの酒を用意するのは骨が折れそうだ」
いつのまにか後ろにいた藍、マミゾウ、萃香に答えながら屋敷門まで続く石畳を歩いていく。西を見ると半分ほどの太陽がのぞいており、もうすぐ本格的な夜が来る。
屋敷門にいた、おそらく小鬼であろう二匹が頭を下げて同時に門を開けた。
木の軋む音がする。砂利を巻き込んで門が開かれる。一瞬あった隙間から森へと長く続く道が見えた。そして、
「ーー準備は良いか、お前たち」
''妖怪''がいた。
鬼も、天狗も、河童も、狐も、狸も、化物も、八百万も。およそ妖怪だと名高い者たち全てがそこにはいた。屋敷より続いた石畳を空けるように並んだ彼ら彼女らが待っていたのはただ一匹の、自分が寄るべくして寄った主である。
「お六」
竜宮童子の名を呼ぶと、屋敷門から最初にいたお六が傍に寄ってきた。今は人型の姿ではなく、海神の娘としての、竜の姿で在る。尾鰭を揺らしながら日和の前に行くと、それがさも当然だと日和は歩きながら乗った。
『久しぶりの感覚ですね』
「相変わらず乗りやすい体だな、お六」
『現代ではそれが竜宮でもハラスメントに当たると忠告しておきましょう』
よくわからない横文字に日和は「かかかっ」と笑って誤魔化した。少しずつ浮いて行く竜宮童子に藍、マミゾウ、萃香の三人、後ろには天魔と勇儀がいる。さらに覗くと数多の妖怪たちが付き従っている。
「あの娘は良いのか、日和。縛られたままだぞ」
「ああ、構わんさ」
後方で身体をくねらして逃れようとするレミリアを見ながら天魔が問うたが、問題ないといって日和は即答した。
煙管を一蒸しした日和は後ろを振り向くと、一言紡いだ。
「『日は西に落ち
努努思ひ出せ、
ーー百鬼夜行の
もう少しで完結となります。