「ーーどこに行くのかしら、そんな
「かかかっ、欺けたと思ったが……さすが今代の
「当たり前よ。あなたが今しようとしていること、人里にどれほどの影響を与えるか分かってるの?」
「だからこそ、さ。博麗の巫女よ、近頃人間と妖怪の距離が近くなったとは思わんか?」
夕暮れを背に博麗が立つ。日和の背には月が顔を出し、互いの立場を如実に表していた。在り方は似ているのかもしれない。妖怪に寄る人間と、人間に寄る妖怪。方法は違えど、どちらもが妖と人の均衡を保つべく行動している。
「何を言っても引かないのかしら、妖怪」
「何を言われても引けねえのさ、博麗」
「そ、なら答えは簡単ね」
「言わなくてもわかるだろう、やるべきことは」
一、
「これは独り言だが、お前に名前をつけてやろうか、妖怪」
「名前なんて要らんさ。というか、独り言にしては大きいぞ」
蒸した煙が空をたゆう。擦れた小屋を適当に整えたそこの、枠すら無い窓からぼやいた声が聞こえた。男の煙管だけではなく、他に煙が上がっていた。どうやら後ろにいた女は飯支度をしているようできのこ類に彩られた鍋を掻き回していた。
「だが、名前が無いと呼びにくいだろう。最近はここにお前以外の妖怪が住み着くようになった。未だ妖怪と呼び続けたらいつか勘違いが起こる」
「そもそも、お前さんなんでここに住み着いているんだ。飯支度を整えてくれるのはありがたいが、許可した覚えが無いんだが……」
「お前もここを不法占拠してるんだろう? どうせなら無法人同士仲良くしようではないか」
「抜かせ、俺もお前も立場が違うだろう。俺は気ままに歩む妖怪、お前は流れと言えど人間なんだ。適当な人里に混ざって人間と生きるのが良いに決まっている」
「人の世は私には窮屈すぎる。お前みたいな価値観に縛られない者といたほうが良い」
「そうかい」
面白い奴だ、と笑うと男は煙管を懐に仕舞った。
何度も編み直されたであろう藁座布団に座ると女から器を渡された。少し垂れ指についた汁を舐めると、悔しくも舌が喜ぶ味がする。
「んで、お前さんは何でこの地に流されたんだ」
「……突然だな、そして遠慮ない」
「労ってほしいか?」
「いや、短い付き合いだがお前にそんなものは似合わん」
「ずいぶん失礼だな、そしてお前さんのほうが遠慮ない」
一を出せば一を返すような子供染みた会話に時間が経つが、幸いに渡世から弾かれた二人に時間はある。女の方も語ることには抵抗がないようで箸を進めつつ口を開いた。
「見合いを断ったのだ。線も細く、妖を祓うしか能がない私に興味を持ってくれた者がいてな。家柄も無駄に高かった故、そのような相手、生涯現れんと思ったのだが……」
一口に切った筍をかじって続きを話す。
「如何せん私の琴線に触れなんだ。醜く肥えた畜生に嫁ぐ気は無いのでぶっ飛ばしたら軟禁を食らった」
生涯現れんやらと言った話はどこに言ったんだと男は思った。醜く肥えた畜生、とはどのようなものを表すかは知らんがこの図太そうな女が言うほど、余程のものだったのだろう。
「そして次はーー」
「まだあるのか」
「む、お前聞きたいと言ったんだろう。今は黙って聞け」
「はいはい……まったく」
飯の恩もあるが為断れず耳を傾ける。
「土蜘蛛、という妖に聞き覚えはあるだろう」
「土蜘蛛と言えば確か皇家の天敵。厄を撒き京を病と飢饉に陥れた災害とまで称された妖怪だな」
「ああ。その土蜘蛛を、私から遡った先祖が一度は封じたんだが大陸の邪教者が印を解いてな。土蜘蛛は意識なく、狂えたまま京を暴れまわった」
「そんな話、聞いたことないぞ」
「当たり前だ。京の陰陽師が封じたにもかかわらず、大陸の邪教者に印を解かれたとなれば陰陽道への信頼が揺らぐ。
印を解かれた土蜘蛛は妖を誘う香を餌に、私の一族の住んでいた土地へと追い込んだ」
「西でそんなことがあったとはなぁ……」
「だが、さすが陰陽道の祖たちが討てず封じるに及んだ業。京一の腕を誇る我が一族でも数が揃えど真の災厄には敵わなかった。三日三晩病が降り注ぎ、侵され陰陽師が倒れていく中奴が壊したのは朝廷お抱えの禿げに文句を言い軟禁されていた私の蔵だった」
「お前さんまた軟禁されていたのか。しかも僧に文句垂れるたぁ無謀な事をしやがる。最近はどこもかしこも仏道なんて半端なもんに縋り付く。ありしもしない浄土目指して祈るたぁ人間らしいがな」
「ああ、私もそう思った。だから仏とやらの不完全性を説いたら皇太子が腹を立てたのだ。
で、壊れた蔵から外を覗けば私の親族が倒れている。さしもの軟禁中の私でも、そのような状況では出るべくと思ってな。とりあえずその土蜘蛛を、
ーーぶちのめした」
「かーっ、お前さんあの土蜘蛛を倒したのか? ありゃあ俺たち大妖怪の中でも、物理的な腕っ節は畜生と変わらんでも硬さと疫病には定評がある。病を退けながらあの甲殻を貫くたぁやるじゃないか!」
「だろう、だろう? にもかからずに、だ……! 私の両親は私の力がどうとか言ってまたもや蔵に入れ軟禁したんだ」
「いや、そりゃあお前さん……見合い相手ぶちのめし御上に楯突く、生半可な武力持ったもんがいたらそうなるだろう……」
呆れた様子で男は言った。少し冷えたきのこ汁を飲み干すと、沈みかけたお玉杓子を取って注いだ。
「お前さんが軟禁地獄に囚われていたのはわかったが、この地に流される理由にならんだろう?」
「うむ。ならんな」
毅然とした態度で言った女に男はまた溜息を吐いた。
「…………妖怪をだな、治療したのだ」
「ほう」
「小さな小さな小鳥だった。雀にも劣らぬ体躯だが、小妖怪の類だったのだ。傷を受けたのか血の付いた羽で私の軟禁されていた蔵の格子から入ってきた」
ーー日が射す格子の隙間から、女はいつも天道を眺めていた。女は正しいと思っていることをしているだけで、どうやら人間は理解してくれないらしい。幼い頃から隣人と逸した力を持った女はいつも一人だった。
『お前は自由で良いな』
女は自身も気付かず呟いていた。床に落ちたそれは誰の耳にも届かずに蔵へと籠る。
『ほら、もう一度。お前を飛べるようにしてやろう』
ーー蔵の扉が開かれた。僧衣を纏った男たちがこちらを見ている。女に一言言うと、数珠のようなものでできた紐で腕を巻かれた。抗うことなく市街を進むと京の民が女を見て囁いている。
『ああ、そうか。それが人の決めたことならば、私は黙って従おう』
ーー女は理解していた。女が人の世に生きるには、あまりにも自分は乖離しすぎていると。自由を奏でながらも誰よりも自由から遠かった女は、奇しくも自由であった一匹の妖怪によって自由を得たのだ。
''無法人''という、人権を剥奪されたやり方で。
「だから、私はここに流されたのだ。おそらく仏道は京から我ら陰陽道に属する者を廃する気だったのだろう。最近は私が倒した土蜘蛛を除き、名のある妖怪どもは減った。妖怪を危機とせん仏道と、それに取り入られた朝廷は少しずつ我らを瓦解させている」
「……」
「別に陰陽道を蔑ろにするのは構わない。私はそこに拘ることはないからな。でも、人には忘れて欲しくないのだ。ここまで紡いできた歴史には、少なくない犠牲があったのだと。慣れては欲しくないのだ。人は古来より確かな脅威にさらされていたことに」
女が特別年老いているわけでもない。むしろまだ少女から抜けたばかりで、その艶は最盛と言える。それでも男が見た表情にはそこはかとなく人を思いやる慈愛を感じた。
「つまらないだろう、なにも変わらないことは。不変たり得ることは良いかもしれんが、どこかで綻びが出るものだ。
私たち人間は妖怪に比べれば短命、変わることも変わらないことも長き目で見れんからわからん」
「かかっ、まさかそんな馬鹿者だとはな……。人に省かれ流されて、それでも人を可哀想だと嘆くか」
「それでお前に会えたのだ。儲けものだな」
「はん、どうだかの。そいつらのお陰でこの状況があると考えたら文句言ってやらんと」
「ふはは、正直じゃない奴め。寂しいお前に寄ってやってるんだ。感謝されど嫌に言われる筋合いはないわ!」
「はぁ……勝手にしろ」
空になった椀を置くと、食前にいた窓際に座った。指先でつまみ火を落とそうとすると、指を弾いた音がした。
「……ありがとよ」
「礼には及ばんさ」
蒸した煙が月を覆う。囲炉裏に揺れる火が虫を誘いそうだが、男の煙管がそれを拒んでいた。
二、
不気味な静けさが辺りに降りている。
百と妖怪が並んでいるが一匹も声を出さないでいた。いや、出せないのだ。幻想郷の法たる博麗と、百鬼夜行の主たるぬらりひょん。存在そのものが根底から違う両者の空気に呑まれていた。動こうと思って動けるのは数人、それこそ大妖怪と、霊夢の隣にいる魔理沙だけであろう。
「日和ーー」
「ああ、なにも言わんでいいさ。ここの
「あら、用意周到ね。いいわ、遺憾無く、禍根無く。
ーー''楽園の素敵な巫女''たる私が退治してあげる、妖怪」
閃光が瞬く。
瞬きすら許さない刹那、霊夢の背後に無数の弾幕が現れた。
【御注目】
今回、拙作の唯一の戦闘はかなり不規則なものとなっております。弾幕ごっこではなく「妖怪退治」ということを念頭に置きくださるとありがたいです。
まず、通常の弾幕ごっこと違い割とボコスカ殴りあいます。
スペルカードに制限はないです。
以上他、原作ルールと乖離しすぎないよう配慮はしていますがご了承のほどお願いします。