今は昔の百鬼夜行   作:神の筍

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忽然と人が消える

 

忽然と人が消える。

 

当たり前のように隣を歩いていた恋人。出かけてくると言って家を出た家族。一度二度話したことがある程度の知り合い。

そんな彼ら彼女らが忽然と消えた。何の予備動作も言動もなく、まるで最初からその者がいなかったかのように消失する。部屋に落ちている髪や食べかけの料理といった痕跡があるにも関わらず当人は全く姿が見えない。ときに人は戯れに消えたのだと笑い、行方不明だと訝しむ。やがておかしいと感じ人はそれを

 

ーー神隠し

 

と言って恐怖した。

その神隠しの正体である、スキマ妖怪ーー八雲紫は自宅たるマヨヒガにて現在起きている事態の情報収集に努めていた。藍が出た当初は構わないと放置していたのだが、一週間、一〇日、数日と経つと問題が出てくる。ーー食料が尽きたのだ。初日は温かい作り置きがあった。二日目は冷蔵庫に入った作り置きがあった。三日目も保存の効く作り置きがあった。四日目、五日目、六日目は外の世界から持ってきた冷凍食品で凌いだ。一週間経ったあるとき、紫は気づいた。冷蔵庫に食料はなく、あるのは横棚に積まれた即席麺だけである。

 

「人里は慧音と妹紅がいるのね。マミゾウが消えたーー。あら、幽香……と文とにとり? 珍しいわね。竹林と冥界には特に動きはない。魔法の森も辺なところはないし……。霊夢と魔理沙は異変に気付いたのね。妖怪の山は……天魔がいない、か。華扇にも特に異変はないし……あ、目があった」

 

そして、紫は適温にしたコタツにて伏せながら自身の''境界を操る程度''の能力を駆使しながら幻想郷中の地を見ていた。彼岸から冥界まで、怪しいところはことごとく見たがおかしなところはない。

 

「紅魔館組は……異変解決に行ったわね。どこに行ったのかしら、レミリアの能力なら目星は付いてるだろうし」

 

まるでテレビのチャンネルを変えるように景色を変えて行くがレミリアの姿や異変の正体は見当たらない。

 

「西の森、はないか。どうせなにもないだろうし(・・・・・・・・・)

 

再び人里へと景色が戻った。慧音が妹紅と合流したようで、二人で門のところでなにやら話している。目視できない程度で近くにスキマを広げると聞き耳を立てた。

 

『そっか。霊夢や魔理沙が動いたら大丈夫かな』

 

『ああ。異変解決は時間の問題だろう。だが消えた妖怪たちが心配だ、妹紅には解決まで人里に滞在してもらいたいのだが、構わないか?』

 

『私と慧音の仲だろ、別に遠慮しなくたっていいさ』

 

『ありがとう妹紅。そう言ってくれて助かる。お返しとはいかないが、今日はお前が好きなキノコ鍋をご馳走してやろう』

 

『おお! 本当か? 私慧音のあれ好きなんだよなぁー』

 

『この季節は特選素材だぞ、たっぷり堪能してくれ』

 

「なによあれ、彼氏と彼女じゃない。やーねぇー、ほんと。幻想郷の人口が減ったらどうしよ」

 

愛用の扇をぱたぱたと動かし、最後の一袋である海苔せんべいを齧りながら紫は呟いた。

 

「ていうかマミゾウがいなくなってる時点で絶対めんどくさいわよね。ただでさえ神格を持ってるから私の能力が効きにくいのに。藍は敵対することはないだろうけど、マミゾウは……あ、天魔もじゃない」

 

至高の力を持っていても妖怪という枠組みから完全に脱することはできない。マミゾウや天魔のように信仰や霊峰で修行を重ねたものは神気を帯び始め魂は輝き始める。天上よりも先に住む神々には敵わないがほんの少し妖怪から神へと近づくのだ。それでも妖怪が神の力を持っているだけで神にはなれない。

能力的には権能に近い紫だが、そういった神格を持つ者には自身の力が通用し辛かったりするため''程度''と示すのだ。

 

「もーう。冬眠する前にややこしいこと起こしてくれて、絶対に許さないわよ」

 

いなくなった藍を恨めしに思いながら正体に目星をつける。藍が加担するほどだ、主人である自分を差し置いているわけだからよほど惚れ込んでいるのだろう。決して自身を見限ったなどという結論には至らない。書き置きがその証拠だ。

 

「……」

 

頭が働かない。おそらく即席麺ばかりの食事事情が祟ったのだ。

 

「………」

 

なにか、引っかかった。

 

「…………」

 

ぼやっとした怠けた頭から切り替わる。現在のそれは賢者の思考。端的にまとめた情報を脳内で箇条書きにすると、雲がかった違和感に悩む。

 

「藍ーー、マミゾウーー、天魔ーー、妖怪の山、沢。博麗神社、霊夢と魔理沙。人里は慧音と妹紅。レミリアが目星をつけて異変解決へと乗り出した。それで……

 

ーー西の森?」

 

紫は自身が西の森を、先ほどなぜ「なにもない」と言ったか疑念に感じた。たしかに、西の森には注視すべくところはない。だが、妖怪の山や竹林、紅魔館が関与していないのであれば一番疑わしくは身を隠すことも可能な西の森を疑うのが当たり前なのだ。

 

「最近の異変は見知った顔が起こしているから私の考えが鈍っただけ? ーーそんなはずがないわ、私は全てを見て考えている」

 

なにかが足りないのだ。

 

「冬眠前だからと言って別に特別頭が回らないわけでもない」

 

欠けている。

 

「鈍っているわけでもない、感覚がおかしいわけでもない」

 

八雲紫はその違和感を知っていた。

 

「ずれているのはーー私の認識(・・)

 

すべてが噛み合った。八雲紫はそれを知りすぎていた。

そもそも、妖怪として最高位に属している藍や自分に影響を与えている時点で犯人は限りなく絞られるのだ。本来紫にとって簡単にたどり着くはずの答え。

 

「ーーそういうこと、ね」

 

大妖ーー八雲紫は本格的に行動を始めた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「なるほど……」

 

蝋の明かりを頼りに書物を読んでいた少女の名はーー稗田阿求。紫がかった髪を耳にかけた様相は見た目幼くとも独特な緊張感を醸し出す。夜は冷えるからか羽織を着て、卓に座り読みふけっていた書物の題目は『妖怪百景』と呼ばれるかつて人間が書き記した妖怪図鑑。実際に見聞きした阿求に比べれば制度は格段と落ちるが、実際に会った者以外はまったく記さない阿求と違い風の噂で聞いたものも含め記載数では上である。

 

「たしか、彼について書いた絵巻があった気が……」

 

積み重ねられた書物の中から目的のものを探す。特別暗闇に目が慣れているわけでもなく、灯火を翳しながら指をさす。

 

「む、これですね」

 

上に乗った分厚い書物を逃して、二種類まとめられた絵巻物を取った。一つは''上''、二つは''下''と印されこれが二つで一つだということがわかる。

部屋にあった一番の長机を三つ並べた。元から転生の代償によりか弱い体であったためか、少し息を吐く。煩わしくなった羽織を適当に畳んで座布団に置くと絵巻物の紐を解く。

 

「私の予想が正しければーー」

 

左から右に''上''と書かれた絵巻物を流す。古物特有の香りが鼻腔を突いた。続いて、''下''と書かれた絵巻物を''上''の下に並ぶように開いた。結末をいきなり見てしまわないように気をつけ、準備が終わると右上へと視線をやった。

 

「『古き神々』……これは八百万の神々のこと、ですか。陶器や楽器、すべてに意思が宿る」

 

それには多くの妖が描かれていた。

外の世界にあれば国宝級と讃えられるほどの逸品。阿求には描き手の名は分からぬが、筆の入りが最上級なのは理解できる。

 

「『三吉鬼』、『舌長ばばあ』、『石妖』、『足長手長』、『おとろし』……。私が知らない妖怪もいる」

 

根拠はないが、この絵に描かれたものたちはすべて実在したのだと受け止められた。一筆書きとでも言うのか、絵に迷いの一因すら見当たらない。今世はまだ少女だが、何百年と培ってきた経験は記憶としてすべて継がれている。この絵の描き手はそれほどまでに印象を与えられたのだ。垣間見える短い雲からこれが地上ではないことがわかる。先へ先へと絵をなぞる。すぐに''上''が終わると''下''に向く。

 

「後続とも言える''上''は物質的な形の者が多かったですが、前に行くほど人の形を成していく」

 

細部まで描かれたそれはもはや一人一人の表情も伺える。笑いながら歩むものもいれば、なにかされたのか涙を流しながら前を追い立てるものもいた。

 

「これは……『ろくろ首』の赤蛮奇さんーー『伊吹童子』に『星熊童子』、つまり萃香様と勇儀様ぁ……!? ……『団三郎狸』マミゾウ様に賢者の式である『白面金毛九尾の狐』ーー!」

 

冷静な表情から口の開いた間抜けさを出す阿求だが、さらに先を見て目を見開いた。

 

「誰一人が、妖怪の一座を率いてもおかしくはない面々。萃香様に至っては鬼の頭領『酒呑童子』。それでも、ここに描かれたすべてが彼を前に歩を同じくする」

 

絵巻物は絵を基調としているが、数行の文が書いている。

 

「ーー『努努な忘れそ、百鬼夜行が跋扈せむ』。まさか、ここまでの勇名を馳せた大物が正体とは、二人も吃驚仰天しそうですね」

 

百鬼夜行の先頭ーー月を背に煙管を蒸した男を撫でながらそう言った。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

鈴の音が鳴っている。

濃密な魔と聖の気配が辺りを包む。

 

「なに、あれは……」

 

逆柱に括り付けられたままのレミリアが目を見開いた。

それ(・・)は本来、ここにはいない存在である。傍にいた咲夜も能面な表情を失って冷や汗を流している。

 

「ーーおー、やっときたか」

 

波々酒の入った杯を片手にそれ(・・)に寄っていったのはもちろんこの屋敷の主人、日和だ。

 

「久しぶりだなーーお六(・・)

 

きめ細やかな鱗が何百と並び、しなやかな柔らかさを残した長巻の身体。雌雄問わずに伸びた髭はゆらゆらと日和をくすぐってくる。蒼白の体色の上には、衣服と思われる乳白色の着物に桃色の線が入っていたものを着ていた。首には革のベルトに鈴が二つ付いている。

 

『お久しぶりでございます、ぬらりひょん様』

 

「あいも変わらずお堅いな。日和で良いぞ」

 

『いえ、私は今も昔もぬらりひょん様の傍に在るものでございます』

 

「かかかっ、その忠は俺が望んでいないものとわかっているにもかかわらずにな。性格が悪いものよ」

 

『失礼ですね』

 

長年の友と言わんばかりに二人は笑いあった。

ひびが割れるようにそれ(・・)が輝き始めると、一人の女性が現れる。ちょうど日和の身長くらいの高さから女性は首元に付いた鈴を鳴らしながら降り立った。

 

「竜宮が主、海神(わたつみ)の娘ーー竜宮童子、名をお六。今より一度(ひとたび)、百鬼夜行を執り行うと聞き舞い降りました」

 

 

 





「注目!」

前回幽香が「日和のことを知らない風」でしたが、知ってはいます。幻想郷からの知り合いであるため、詳しくはありません。人里で見る程度。藍やマミゾウほどの関係はないです。
第三話「幻想郷縁起。」にて幽香は知っている、と地の文で明言していたため書き記させていただきます。




あと7話くらいで終わるかなぁ。
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