瘴気の底で死に愛でられる   作:箱入蛇猫

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瘴気の底で
プロローグ


 骨と、腐肉と、瘴気と。

 見渡す限りが死の領域。

 跋扈するのはそれらを喰らい生きる分解者(スカベンジャー)達。

 まともな生物ならば入った時点で死が忍び寄る、そんな瘴気に満ちた空間が広く広く広がる大空洞には、今日も終わりかけの命が降り注ぐ。

 

 命が終わる場所であるこの深く暗く醜い場所を、人々は「瘴気の谷」と呼ぶ。

 

 胞子に満ちた陸珊瑚の台地から降りることで辿り着けるここは、生命豊かな台地から朽ちるまもなく間断なく降り注ぐ生物の死骸によって常に吐き気がするほどの腐臭が漂っている。

 悪天候時を除いて常に漂う瘴気は、適応したごく僅かな生物以外の肺を焼く毒の霧だ。じわじわと死が忍びよる苦しみは想像を絶する。

 そんな、腐肉漁りの分解者にしか生き残れない瘴気の谷は、およそまともな生物が生きるための環境ではないのだ。

 

 そんな瘴気の谷は、平面的な構造ではなく深く降りていくような立体構造を成している。

 瘴気は深く深く降りていくほどにその濃度を増す。完全なる分解を行うためにより強い浄化機能を持ったバクテリアたちが活性化しているためだ。「瘴気」なんて言葉を使ってはいるが、アレはただのバクテリアの集合体に過ぎない。

 

 そして、この谷を深く深く降りていくと、不意に瘴気が途絶える清涼な空間が現れる。

 青い、不気味な程に明るい青の地底湖のような空間が広がり、しかしそこに生物はいない。

 それもそのはず、そこは瘴気の谷の終着点、分解の果てにある「酸の池」だ。ここまで降りてようやくまともな地面と対面できるというのは皮肉といえば皮肉な話で、そしてこの谷にはその更に奥があった。

 

 谷の最深部。そこに本来広がっていた酸の池に腐肉を敷き詰め、骨を敷き詰め、埋め立てて出来た腐肉と骨の陸地。

 この場所には、瘴気に脳髄を侵された者以外は決して近寄らない。

 ここは「谷の主」の領域。

 死を纏う古龍、瘴気の主の領域だからだ。

 

 

 

「あっ……ん……」

 

 そんな、屍肉の山に似つかわしくない、妙に艶かしい声がか細く響き渡っていた。

 普段ならば瘴気に侵された大トカゲ──ギルオスが腐肉漁りに訪れているこの場所だが、今はその影は欠片も見当たらず、時折聞こえる水滴の音以外にその声を妨げる物はなく、声は静寂により心無しか大きく響いていた。

 

「ひぐっ……や……あぅ……」

 

 苦しそうな嬌声は腐肉の山の頂点から響いていて、そこには二つの人型が蠢いている。

 ほんの僅かに篭手の残骸が見て取れ、胴や脚の装備は剥ぎ取られたようになくなっている。

 蠢く二つの影は、穴の開けられたボロボロのインナーのみを纏う、屍肉に手足を絡め取られたシルバーブロンドの少女と。

 纏うように腐肉の膜で出来た服を着込み、顔をフードで深く隠し、しかし一目見れば分かるほどに豊満な肉体を持つ女だ。

 

 声を上げているのは、屍肉で拘束された少女の方で。

 もう一人の女は、少女の露出した肌に刻まれた傷をなぞったり舐ったりと、嬲るようにして少女を痛みに喘がせる。

 ビク、ビクッと傷を抉られる度に身体を痙攣させる少女の反応は、女にとって酷く興をそそるものだったようで、フードから除く口元は裂けるような笑いを浮かべていた。

 

「ラ、ラ、ラ」

「あ……やぁ……ぎっ」

 

 女は歌うような、途切れ途切れの声を出しながら少女を弄ぶ。ぐじゅ、ぐじゅりと傷口の血をかき混ぜながら、肉を引っ掻き回す姿は、一種の拷問のようで。

 

「ア、ハ」

 

 指先についた血と肉片を舐めとると、腐肉では得られないその新鮮さに女は身体を震わせて、再び少女の身体を抉り始める。

 

 何よりも恐ろしいのは、それが女にとっては愛情表現に近いものであるということだろう。

 少女に対して並々ならぬ興味を抱き、それを表現するために傷だらけの少女を捕え、己の巣に囲い込んだ。

 邪魔なギルオスは瘴気を奪って殺し尽くして、新たに取り込んだ瘴気を目の前の少女の傷から流し込む。

 

「フ、フ、フ」

 

 流し込んだ瘴気は少女の身体を蝕んでいく。少しずつ、少しずつ自由を奪って、瘴気に適した身体に作り変わる。

 傷口を弄っても反応しなくなりつつある少女を見た女は、最後に少女の傷口を塞ぐように破れたインナーを貼り付けると、少女の身体を拘束していた屍肉を千切り捨てて抱き上げる。

 

「ア、ハ、ウ、フ、フ」

 

 嬉しそうに、嬉しそうに、屍肉の山の上で笑う。

 私のものだ、私のものだ。これは私のものだ。

 そんな幼い子供が主張をするかのように、女は少女をぎゅうっと強く抱き締めて、時折頬を舐めたり傷を撫でたりしながら、この傷付いた少女の目覚めを上機嫌そうに待っていた。

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