瘴気の底で死に愛でられる   作:箱入蛇猫

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後日談の後日談。アリアが二人の元を改めて訪ねた時のお話です。

設定考えるのが……楽しい……。


狩人一人に龍二人

「大龍災?」

 

 いつものように屍肉の山で……という訳でもなく、青白い酸の地底湖にリィンの声が木霊する。

 それは、水浴びの代わりと言わんばかりに酸の湖に浸かるリィンから少し離れたところにいる、アリアに向けて放たれた言葉だった。

 

 先日出会ったばかりの、リィンから見れば後輩に当たるのであろう赤髪の女ハンター、アリア。

 異変解決の暁には再び訪ねて欲しい、そんな風に語ったリィンの言葉に素直に従って、アリアはこの瘴気の谷を再び訪れてくれていた。

 今回はフィールドマスターもトアとかいう受付嬢も連れては来なかったらしく、単身で現れたアリアを歓迎したのもリィン一人。ミアスはタイミング悪く寝過ごしていたりする。

 

 リィンのせいで時折跳ねる酸を器用に指で弾きながら、苦笑を浮かべたアリアは口を開いた。

 

「そうだ。リィンは二十年以上前にハンターをやっていたんだろう? その頃私は生まれてなかったんだが……ドンドルマに爪痕を残してる、《黒龍災》について、知ってるんじゃないかと思ってね」

「……あまり、思い出したくはない記憶なんだけどね」

 

 大龍災とは読んで字のごとく、古龍などの超強大なモンスターによって引き起こされる大災害のことだ。

 数年、または数十年、あるいは数百年に一度という実に不定期な頻度で発生し、その度に多くの人々が命を落としてきた。

 アリアがリィンに尋ねた《黒龍災》もまた、ギルドによって大龍災の一つとして認定された災害であった。

 

「シュレイド王国を滅ぼしたと言われる破滅の邪龍の再来ね……。よく覚えてる。ドンドルマの街は半壊して、多くのハンターが殺された。私は当時下位ハンターだったから、いち早く逃げ出して命を拾ったけれど、友人が何人も死んだのよ」

 

 黒より黒き、漆黒の甲殻。邪眼とさえ称される深紅の瞳は見据えたものを恐怖で縛り、その爪は鋼鉄を容易く引き裂き、牙は何もかもを噛み砕く。

 吐き出す火炎は全てを燃やし溶かし、羽ばたきは魂を吸い取るかのよう。

 

 其の名は黒龍、ミラボレアス。

 

 リィンが知る中で、最も邪悪にして最も崇高な裁きの体現者である。

 

「と、当時最強と謳われた《英雄》によって倒されたというのは、事実なんだろうか?」

 

 逃げるしかなかった。そんな苦々しい記憶を渋面で語るリィンに、アリアは少し興奮した様子で問いかける。

 

「《英雄》ラスト。ただ一本の剣を手に、どんな強大な敵にも勇敢に立ち向かうまさに英雄の中の英雄と呼ぶべき伝説のハンター! ここだけの話、私は彼に憧れてハンターを志したんだ……」

 

 気恥ずかしそうに自身のルーツを語るアリアは、リィンの目にはとても眩しく見えた。

 生きるために金を稼ぐ、それ以上の意味をハンター稼業に見出していなかった彼女に比べて、アリアはとても純粋な英雄志向のハンターであると思ったからだ。

 まあ、ハンターとしての矜恃など人それぞれではあるし、そこに貴賎はないのだが。

 

「ラストさんの事は私もよく覚えてるわ。お調子者で、少しスケベな所はあったけど、それも含めて彼の魅力で、何よりも彼の背中は大きかった。誰もが信頼していたし、彼が黒龍を倒したのも事実よ」

「や、やっぱり本当のことなんだな! 私が幼い頃には復興も進んでいて、彼の事は後に本で知ったんだ! けれど、私が知った時には彼は消息を絶っていたし……その本でも、実際に何が起こったのかはかなりぼやかされていてね。黒龍の存在は今なお秘匿されているせいか、当事者から話を聞くことも出来なかったんだ……」

 

 捲し立てるように喋るアリアは、リィンが初対面で感じていた凛々しさの欠片もない、ただ趣味の話ができて喜ぶ乙女だった。

 確かに、黒龍に関しては一般人は避難していただろうし、直接目にしたハンターは死ぬか、ギルドから口止めされている。事実、リィンも少なくないお金を貰った。

 せいぜいがギルドの奥深くに資料として残されている程度。その絵本とて、出版されたのが奇跡と言ってもいいくらいの物だろう。それだけ厳重に黒龍は秘匿されている。

 

 だが、古龍の末席に足を踏み入れた今のリィンになら分かる。黒龍が人々に対して秘匿されているのは、強大だからでもなければ、危険だからでもない。

 

 あれは人類の罪の象徴なのだ。あの日、黒龍に最初に消されたとある工房には、黒い噂が絶えなかった。

 禁忌を犯した者に裁きを。生命の冒涜者へ死の恐怖を。人々がそれを忘れる限り、かの龍は人を滅ぼしに来るだろう。

 ただ生きているだけの古龍たちとは違う。滅ぼすために生きているのが、黒龍ミラボレアスなのだ。

 

 

 

「リィン〜、どこぉ〜?」

 

 アリアとの会話をそれなりに楽しんでいると、不意に酸の湖の奥の方からリィンを呼ぶ声がした。

 寝ていたミアスが起きたのだろう。アリアは聞き覚えのない声に一瞬警戒心を露わにしたが、リィンがあまりにも優しい表情を浮かべているのを見て全てを察したのか、大人しく腰を下ろした。

 ばちゃばちゃと音を立てながら酸の湖を素で歩くミアスを見て、風呂替わりに酸に浸かるリィンに目を向けて、アリアは改めて二人は人間じゃないんだなという視線を送っている。

 

「リィン酷い、私を置いて出ていくなんて」

「来客に気づかないで寝てたミアスが悪いのよ」

 

 むーと唇を尖らせるミアスをあしらうリィン。その言葉を聞いて、ミアスはリィンの後ろで苦笑を浮かべている赤髪のハンターに気がついた。

 少しだけ考えるような仕草をして、思い至った名前を口にする。

 

「んー……あぁ! アナタがアリアね。私はミアス。よろしくね」

「アリア・マグノリアだ。アナタとは一度会ってみたかった。……なるほど、勝てる気がしないな」

「そう? アナタもリィンよりは強いと思うけど。そんなことより、アナタにはお礼を言わなきゃいけない。リィンを助けてくれて、ありがと」

「ふふ、二人して似たようなことを言うんだな。リィンもさっき、ミアスを助けてくれてありがとうと言っていたよ」

 

 しれっとこの場で最弱認定されたリィンは若干のショックを受けつつ、二人がすぐに打ち解けあっている様子をみて安心する。

 そんなに弱いだろうか? 弱いかもしれない。少なくとも二十年あまりの時間を一切鍛錬せずに過ごしてきた訳で……なんてことを考えていると、ミアスがとても優しい目で慰めてくる。

 

「リィン。私はアナタの弱い所も愛してるから、心配しなくてもいいの」

「それって心の弱さとかそういうのを慰める言葉じゃないかしら……」

 

 よしよしと頭を撫でられて悪い気はしないものの、アリアの手前、いつものようにミアスに甘やかされるのはなんとなく恥ずかしい。

 リィンは気づいていないが、それはもう気持ちよさそうな表情をしていたからだろう。

 遥かに年下のアリアに微笑ましいと言わんばかりの顔を向けられて、リィンは顔を真っ赤にしてミアスから離れた。

 

「本当に仲がいいんだな」

「そうでしょ? 普段はもっとリィンも甘えん坊なんだけど、アリアがいるから恥ずかしいみたい」

「ミアス、少し黙って? ね? ね?」

「ハハハハ! リィン、今の君に初対面の時のミステリアスさは欠片もないな」

「アリア!」

 

 うーっと唸るリィンだったが、ミアスもアリアもそれが面白いとばかりにからかう手を止めることは無い。

 味方のいないリィンはしばらく抵抗しようとした後、諦めてその場で座り込んだ。

 のの字を描いて落ち込む姿は、とても40近い女性のすることでは……。

 

 落ち込むリィンはさておき、一通り弄って満足したのか、アリアはミアスに話を振った。

 

「ミアス、貴方は長いことこの瘴気の谷で生きてきたんだろう?」

「そうね。この谷の成立より前くらいからいたと思う」

 

 ミアスはこの島における最古参の古龍である。陸珊瑚の台地と瘴気の谷、この二つの環境が連動し始める前から地底にて力を蓄えてきた。

 当時は今とは違う力を持っていたのかもしれないが、ミアスとて流石にそんなに古い出来事を仔細に覚えているわけではない。結果として瘴気の谷を統括する力を身に宿したに過ぎない。

 ほとんどの時をただ生きてきた、それだけで途方もない力をその身に宿したのがミアスという古龍の成り立ちである。

 

 それを聞いて、アリアは少し安心したような表情を浮かべた上で、好奇心を隠すことなくミアスに疑問をぶつけた。

 

「この谷を支える、という訳では無いんだろうが、一つの骨格として成り立っている骨があるだろう? アレは、その、生物だったのか?」

 

 ああ、それか。リィンは二人の話を耳に入れながら、随分と前に自分がミアスに尋ねた質問を思い出して、まあ気になるよなぁなんて当たり前の感情を抱いた。

 

 そう。初めて瘴気の谷に潜入した時点ではリィンも気付かなかったのだが、この瘴気の谷は全長を測ることさえ烏滸がましく感じてしまうほどに長大な、モンスターの骨のようなものが存在する。

 それはリィンの知る限り最大のモンスターである老山龍など言うに及ばず、アリアの知る霊山龍をしてなお足りない程の極大のモンスターの死骸であることを示していた。

 

「そうね、モンスターだったんだと思う。アレが来たのは本当に遥か昔の話だけれど、見た目はアナタたちの言う蛇のような生物だった。少なくとも数千年は前の話ね」

「……全長をして一キロはありそうな、アレがか。もしかして、戦ったのか?」

「いいえ、戦わなかった。と言うより、本当にただ死にに来てたから、介錯してやったの。あのくらいの生物になると、死ぬのも難しいらしくてね。確かなんとか山とか言うところから来たって言ってたと思う」

 

 朧気な記憶を辿るように語るミアスの言葉は、アリアにとっては衝撃以外の何物でもなかった。

 

「会話したのか!?」

「まあ、永く生きた龍同士なら意思の疎通くらいはできるの。動くだけで地震を起こすわ空から流星を引き寄せるわ、常軌を逸した古龍だったわ」

 

 ミアスはこともなげに言うが、とんでもない事だとアリアは愕然としている。その反応を見て、リィンは何年か前に自分もそんな顔をしていたなぁと遠い目を向けていた。

 

 瘴気の谷の成立秘話とでも言うのだろうか。アレの死骸がもたらした恩恵は、何億という生物の死骸に匹敵するか上回るほどの栄養分でありエネルギーだったと言う。

 それこそ、瘴気の谷と陸珊瑚の台地における生命の循環が完全に成り立つまで、数百年分ものエネルギーになったほどには。

 ミアスもまたその過程で強力な力と瘴気との共生関係を築くに至ったわけで、名も知らぬ強大な古龍に一定の感謝は持ち合わせているらしい。

 死を覚悟して取り込んだ、宝玉だとか。ミアスが強大な力を有する理由の一つ、つまりはそういう事だった。

 

「ま、子供がいるって話だったし、旧大陸にも同じようなのはいるんじゃない? 秘境も秘境でしょうけどね」

「ゾッとしないな……。嵐龍騒乱の時といい、狂竜事変の時といい、なんで古龍というのはただ在るだけでそれほどの力を振り撒くんだ……」

 

 かつて見た光景を思い出しているのか、アリアはぶるりと背筋を震わせる。そんな姿を見て、慰めるようにリィンは言った。

 

「古龍ってそういうものよ。考えるだけ無駄だわ」

「リィン……古龍の力を得た君が言うと説得力が違うな。それでも君たちは優しい方だよ。何せテリトリーから出てこないからな。先に挙げた二つの大龍災は、黒龍災以上の被害を出したものだ」

 

 大龍災は、実際に起こってみると本当に笑えないような被害が出てしまう。

 この数十年は悪夢のように大龍災が起こっており、ある程度被害が出る前に防げたものもあるが、数年に一度現れる化け物への対応にギルドは手を焼いているそうだ。

 

「まあ、赤いのなり骨のやつなり好きに狩ったらいいし、採集も採掘も好きにしたらいいけど。私とリィンの邪魔だけはしないでね?」

「もちろんだとも。元より君たちの愛の巣へは到達する手段がないしな」

 

 両手を上げて肩を竦めるアリアにミアスは満足そうに頷いた。話がわかる相手というのは心地いい。対話が通じないモンスターとは大違いである。

 などと考えているミアスとは違い、リィンはアリアの言葉からなんとも恥ずかしいフレーズを聞き取って固まっていた。

 

「愛の巣って……」

「違ったかな?」

「合ってるわ」

「ミアス……!」

「わぁ怖い。リィンったら私の前ですら甘えるのが恥ずかしいみたいなの。一度抱っこしたら喉を鳴らす勢いで擦り寄ってくるのにね。この間なんか可愛くて……」

「わぁぁぁぁっ!」

 

 バシャンと両手を酸に叩きつけて癇癪を起こしたリィンを前に、ミアスは嬉しそうに笑っている。

 アリアも酸を躱してニヤニヤしていて、どうにもこの二人を前にするとリィンはどうしようもなくからかわれる側でしかなかった。

 羞恥に火照っているせいか全身を薄い朱に染めたリィンは、酸に浸かっていたせいですっかり全裸なのも相まって非常に扇情的な格好になっている。

 

 多分本人は気づいてないんだろうな、この場に女しかいなくてよかったとアリアはこっそり安堵して、ミアスをポカポカと叩いているリィンのどうしようもなく甘い対応に声を出して笑った。

 

(こうして見ていると信じられないな。目の前にいるのが古龍だなんて)

 

 身長差のせいでまるで姉妹のようではあるが、そんなに淡い繋がりではないということは痛いほど伝わってくる。

 何だかんだで楽しそうにしている二人を眺めながら、ミアスが零す惚気話に合いの手を入れつつ、アリアもまた狩場とは思えないほど穏やかな時間を過ごすのだった。




 アリアさんは「英雄オタク」とでも呼ぶべき人。この場合の英雄というのは多大な功績を残した有名ハンターのことです。まあ主人公格はだいたいそう。
 英雄に憧れてハンターを志して、その領域に達したものの偉業を達成する機会に恵まれず、この度ゼノ・ジーヴァを倒して本人の知らぬ間に「英雄」の領域に足を踏み入れた。その名誉を彼女が知るのは旧大陸に帰ってからになると思われます。
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