瘴気の底で死に愛でられる   作:箱入蛇猫

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エピローグ

 リィンとミアスが出会う、何十年か前のお話です。

 

 

 

 新大陸古龍調査団。その第一期に当たる調査団には、とても臆病な女ハンターがいました。

 

 ハンターとしての実力は低くないのですが、とにかく運が悪く、だというのに悪運だけはあるという不思議な人でした。

 

 ある時、険しい大峡谷を越えようと言う計画が持ち上がった時、彼女もまたメンバーの一人として参加することになりました。

 

 険しい土地、強力なモンスター達。運悪く凶暴なモンスターに追い立てられた彼女は、一人はぐれて陸珊瑚の台地へと逃げ込みます。

 

 逃げ込んだ未開の土地で、息つくまもなく別のモンスターに追い立てられ、深く深く逃げ込んだ先は、後に瘴気の谷と呼ばれるようになる生命の墓場。

 

 ただでさえ臆病な彼女は、多くの死骸が散乱し瘴気で澱んだこの場所が怖くて仕方がありませんでした。

 

 しかし、そんなことはお構い無しに、彼女は赤いモンスターに追い立てられます。

 

 深く、深く、どんどん下層へ。そうやって降りていった先に、突然瘴気がなくなる空間がありました。

 

 無我夢中で飛び込んだその空間には、赤いモンスターも入ってこれない様子で。青白い地底湖が広がる空間に興味が湧いた彼女は、更に奥へと進んでいきました。

 

 ツタをかき分け、奥へ奥へ。彼女が辿り着いた最後の場所は、地脈が露出するほどに深い、そして酸の上に屍肉が積み重なって陸地ができてしまった空間でした。

 

 地脈に近づく彼女は、突然の振動に目を丸くします。屍肉が盛り上がったかと思うと、まるで屍が動いているかのような、恐ろしいモンスターが現れたのです。

 

 ショックで気絶してしまった彼女を前に、そのモンスターは何もしませんでした。

 

 見たことのない、生きた生物。その上小さい。腐肉を好むそのモンスターにとって、わざわざ殺すほどの価値さえ見出せなかったのです。

 

 再び眠りについたモンスターは、しかしなかなか住処から出ていかない彼女に興味を持ちました。

 

 彼女もまた、襲いかかってくる訳でもないモンスターに興味を抱き、通じているのかもわからない話を繰り返します。

 

 身の上話に始まり、面白かったこと。それから噂話に繋がり、人に化けた古龍の話や、人に恋をしたモンスターの話。おとぎ話や、作り話。何でもかんでも話しました。

 

 古龍に話しかける女ハンターという奇妙な光景。それは、見る人が見れば目を疑うような光景だったことでしょう。

 

 そんな光景が何日か続いたある日、彼女は突然倒れます。腐肉しかないこの地底世界では、食事ができなかったからです。

 

 実のところ、モンスターは彼女が衰弱していることには気づいていました。ただ、彼女が死のうとしていることにも、気づいていたのです。

 

 彼女は、この場所にたどり着いた時点で、ここを己の墓にしようと決めていました。頑張ってこの谷を抜けたとして、アステラまで戻れる確率がどれほどありましょうか。

 

 元より大して価値のない自分がいなくなった所で、調査団への損害もないだろう。自己評価の低い彼女は、本気でそう考えていたのです。

 

 衰弱し、弱っていく彼女を前に、古龍はそっと寄り添います。瘴気を出すことなく、最期を看取るために。

 

「ねぇ、古龍さん。私の話は、面白かったかしら」

 

 モンスターは彼女の言葉に静かに頷きました。彼女は、モンスターが反応を返してくれたことに心底驚き、笑顔を浮かべました。

 

「私が死んだら、アナタに食べてもらいたいな。ほら、人に化けた古龍のお話、覚えてる? アナタも、もしかしたら……」

 

 そう言い残して息絶えた彼女を、モンスターは大事に咥え上げました。

 

 しばらくの間、彼女の死体とともに過ごして。

 食べ頃になった時、遺言通りにその遺体を喰らいました。

 

 モンスターが何を思い、何を感じたのかを知る術はきっとありません。

 

 けれど。モンスターの領域に再び入り込んできた一人の少女が救われたのは。

 

 もしかしたら、この臆病な女ハンターのおかげだったのかもしれない。

 

 そんな、他愛のない話です。


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