頭を空っぽにして読んでくださると幸いです。
ちなみにミアスは175cm、リィンは160cmくらいなので、二人には結構な身長差があります。
羊も時には食べられたい
「瘴気って、こんなにも色んな所に広がってるのね」
リィンが
一見すると瘴気が見受けられない屍肉の山のてっぺんで、リィンは瞳を薄く細めながら呟いた。
何も無い虚空に掌をかざせば、どこからともなく薄黄色いガスを象って瘴気が集まる。リィンはそれを一息に吸い上げると、ほっと息を吐く。
世界に瘴気が満ちている。活性化し、人の目に見えるようになったガス状の群体だけではなく、非活性状態で屍肉に居着く個としてのバクテリア。
今のリィンには、それを知覚し、あまつさえ自由に操る力が宿っているのだ。それが、ミアスの持つ力の根底を支えるものである事は、自身の身体で身をもって理解している。
人ならざるモノへと変わったのだという実感は想像していたよりもずっとわかりやすく現れていて、少し複雑な気分になる。
それでも、それは愛しい相手と同じモノになったということの証明でもあった。
「……れろっ」
「んひゃっ!?」
突如として襲ってきた耳をぬめりのある温かいものが舐め尽くしていく感覚に、リィンは思わず可愛らしい悲鳴を上げる。
それは体育座りで座り込むリィンを更に包み込むように後ろから抱き竦めたミアスの仕業であり、リィンは突然のミアスの暴挙に身を縮こまらせた。
「……ミアス!」
「くふ、ごめ、んひゃっ! って……あははははっ」
「笑うんじゃないわよ!」
自身を包み込む両腕をペシペシと叩きながら抗議の意を示すリィンを、ミアスは零れ笑いを隠すことなく宥める。
反省など微塵もしていないその態度を見て更に沸騰するリィンだったが、何がそんなにツボにハマったのか笑い続けるミアスの姿に、ため息を吐いて怒りを収めた。
「ひー、ひー……リィンは可愛いね」
「お世辞で機嫌が取れると思わないでよね」
「お世辞なんかじゃないって知ってるくせに。ね、リィン?」
「ちょっ……」
耳にちゅっとキスが落とされる。それからうなじに、頬に。順々に、至る所にミアスはキスマークを付けていく。
直前まで抱いていた不満に近い憤りは、一瞬で霧散してしまったようだった。
瘴気の侵食から解放されたリィンは、人間であった頃に比べて遥かに強靭な肉体へと変貌した。それこそ身体能力で言えば、ミアスとそう変わらない程度には。
それは以前とは違い「抵抗」という選択肢を得たという事であり、ミアスの接触を無条件に受け入れる必要はもうないという事でもある。
にも関わらず、リィンはミアスが少し強引に誘うだけでコロっと落ちてしまうほどに押しに弱いままだ。
現にこうしてほんの少し唇で触れただけで、抵抗の意思はすっかり折れてしまっている。
吸い付いたことで赤くなった皮膚とは別に、リィンの身体が熱を帯びて真っ赤に染まるのを嬉しそうな目付きで眺めながら、ミアスはもどかしいキスを繰り返す。
両腕にかかるリィンの吐息が熱を帯びる。次第に荒く、艶っぽい色を纏っていくのを確認したミアスは、不意にリィンを抱き締めていた両腕を解いた。
「あっ……」
自身を覆っていた温もりが消えたからか、寂しそうな声を漏らすリィンの姿に悶絶しつつ。
ミアスはこの懐で丸まっている可愛らしい生物が酷く焦れているのを知っていながら、彼女の反応を待っていた。
「ずるいわ、ミアス」
もぞもぞと向きを反対に変え、身長差のせいか上目遣いで見上げてくるリィンの瞳は、ほんの少しの前戯にも満たない触れ合いだけで蕩けるように潤んでいる。
リィンはミアスと違い、甘えるためのおねだりが得意ではない。本人の性質なのか、はたまたミアスとの生活のせいなのか、彼女は相当な受け身体質なのだ。
ただし、それは言葉を弄するのが苦手であるというだけであって、言外にキスを要求するその姿は思わず襲いかかりたくなるほどに甘い香りを放っているようだった。
その在り方は、さしずめ狼に襲われたがる羊と言ったところだろうか。
「ね、続き……」
自分から要求するのが恥ずかしいからだろう。少し俯き加減なリィンのうなじと耳は、真っ赤に染まってしまっている。
そんな状態ですり、すりと、あくまで控えめに身を擦り付けてくるリィンのいじらしさに、ミアスは己の理性の糸をそっと手放した。
この姿が見たくて意地悪をしたが、そもそも我慢していたのはミアスも同じなのだ。
リィンが自らの意思で瘴気を集めることが出来るようになったおかげで、確かにミアスの心労と負担は激減した。
その代わり、これまではことある事にリィンに触れて、抱き締めて、繋がっていたのに、そうする建前を失ってしまったのである。
それはミアスにとってはある意味で身を裂かれるよりも辛いことであり、由々しき事態だった。
ぶっちゃけた話をすると。
せっかくミアスの力が馴染んで、リィンが物語の眠り姫ではなくなったと言うのに。
これからはずっと一緒に、甘い生活が待っているんだと思っていたのに。
どれほどミアスが待ち望んでも、リィンは、自分からは絶対に声をかけてこないのだ。
なんでここに来てお預けされなきゃいけないのだという不満こそが、力の練習に精を出していたリィンにちょっかいをかけた理由だった。
とはいえ押せば簡単に押し切れるリィンに今更普通に甘えに行ってもそれでは今までと変わらないし、たまにはリィンの方からアプローチさせたい。
そんな複雑な古龍心を分かってくれる者は残念ながらこの場所にはいなかったが、幸いなことにミアスが望んだ通りにリィンがおねだりをする光景が見られたので、彼女はたいそう満足していた。
だったら、あとはミアスがリィンを満足させてやるのが筋という物だ。
彼女が望む通りに、俯いた顔を顎を掴んで持ち上げ上げて強引に唇を貪った。
「んむぅっ!」
リィンは突然の事に大きく目を見開いていたが、何度も離れては重なる柔らかな唇の感触を楽しんでいるのか、目尻を緩めてそのまま閉じた。
擽るようなフェザーキスと、貪るような乱暴なキス。唇が触れる度にリィンはその小さな身体を震わせる。
ミアスはそんな、敏感な反応を見せる想い人が酷く愛おしくて、一度長いキスを挟んでからぼそりと呟いた。
「リィン、可愛いよ」
「ふあぁ」
ボッと音が鳴ったのを錯覚するほどに、リィンのただでさえ赤かった顔に紅が差す。
──なんで今、なんで今、こんなにも恥ずかしいのにそんなことを言うの!
ただでさえ、決死の想いでリィンはミアスを誘ったのだ。
キスをされて、気持ちいいと感じる度に、これが自分が望んだ行為なのだと思わされて、ゾクゾクと身体に電気が走ったみたいで。
求められて返すのではなく、自ら求めてしまう、そんな淫らな自分がいることを知ってしまって。
それでも胸にいっぱいに広がるどうしようもない幸福感を必死に我慢していたのに!
実際にはその幸福感は蕩けたような表情としてミアスにバレバレだった訳だが、リィンは己の葛藤という名の防壁を不意打ちで壊されてパニックに陥っていた。
そうして、更なる羞恥で思わず開けてしまった唇から、ミアスの舌がぬるりと侵入してくるのを、リィンは大人しく受け入れた。
(ああ、ダメだ、何も考えられない……恥ずかしさで死にそう……)
リィンの反応はミアスに火をつけてしまったらしく、爛々と輝く瞳は情欲の色を隠すことは無い。
二度と自分から誘ったりなんかしない。
そんなリィンのオブラートより脆い決意が、幾度となく崩れ去る事になるのは、誰の目から見ても明らかなことだった。
世の中には、誘い受けという言葉があるそうですね。