この調子で頑張っていきますよぉ!!
「いらっしゃいませー」
今日も今日とて俺はCIRCLEでバイトをしている。俺の主な仕事は、受付や掃除などの簡単な事だ。
俺には音楽の知識が無いため、そこら辺は姉ちゃんや他のスタッフに丸投げ。それで役に立っているかと言われると疑問だが、姉ちゃん的には大助かりらしい。
「あら海人さん。お久しぶりですね」
今日の客は、あの有名な天才子役の'白鷺 千聖'だ。自然な変装をしているので見た目では気付きにくいが、声を聞けば分かる。
「よっ。珍しいな白鷺、今日はオフか?」
「えぇ。自主練をしても良いのだけれど、折角だから遊びに来たわ」
「今は忙しくないからな。ゆっくりしてけよ」
「そうさせてもらうわね」
白鷺は近くの椅子に座ると、付けていた伊達眼鏡を外した。
「お前、変装上手いよな」
「そうかしら?」
「この前丸山も眼鏡掛けてたけど、結構バレバレだったぞ」
そう言うと、白鷺は少しため息をついた。どうやら余り言わない方が良かったかもしれない。
「丸山に言っといてくれ。眼鏡掛けるなら、派手なフレームはやめとけってな。あと余談だが、動物ってのは目元で人を判断してるから、そこに注目を集めるのはナンセンスだ」
「流石、豆知識だけは豊富ね」
「うっせ」
俺は運動は出来るが勉強はからっきしである。高校で平均点など超えたことは無く、赤点の教科も勿論存在する。
そのせいか補修のせいで練習に出られないこともしばしば。
「そいやよ、最近若宮はどうなんだ?」
「イヴちゃんのこと?あまり変わりはないわ」
「なら良かった。あいつ、密着取材の件かなり気合入ってるらしくてな。この前自主練見に来たんだよ」
「そうだったのね。分かったわ、イヴちゃんには無理しないように言っておくわね」
会話が途切れた段階で、千聖は自身の腕時計をチラリと確認した。
「ごめんなさい。もう時間だから行くわ」
「先約か?」
「えぇ。花音と一緒に遠くにお出かけよ」
成程それは心配だ。方向音痴の松原と、電車の乗り継ぎが苦手な白鷺。この2人の組み合わせは、例え文明の利器があったとしても迷子を引き起こす。
「迷子になる前に行き方をちゃんと確認しとけよ?」
「ま、迷子になんてならないわよ!」
「後ででいいからよ、目的地さえ教えてくれれば行き方纏めといてやるぜ」
「・・・・・・出来るだけ早めに返信して頂戴ね」
白鷺はそう言い残し、急ぎめに店を出ていった。
「さて、俺もそろそろ出ないとな」
『月島先輩ちわーす』
「ちわー・・・何だお前ら、この前のやる気は何処行ったんだよ」
俺がグラウンドへ入ると、いつも通り後輩達が挨拶を返してくれる。だが、この前の自主練の時のような熱は感じなかった。
そう言いながら荷物を置くと、いつものようにマネージャーが寄ってきた。
「今日は若宮さん来ませんからね!さて、今日も張り切って頑張りましょう!」
「皆の士気のためだ。お前、若宮のコスプレしてこぶふっ!冷たっ!?」
「今日は暑いので沢山氷が入ってるんですよ。どうです?今度は頭から被ってみませんか?」
「すまん。俺が悪かった」
マネージャーが醸し出す雰囲気につい気圧されてしまった。気を取り直すべく体操マットを倉庫から取り出し、皆の練習風景が見えるような位置に敷いた。その上に四つん這いになると、右手と左足を地面と垂直になるように上げた。これは体幹トレーニングと呼ばれるものである。
「あ、タイマー忘れた」
本来なら先にストップウォッチ等で時間を設定するのだが、うっかりしていた。仕方なくスマホで代用しようとしたのだが、俺としたことかスマホをバッグに忘れていた。取りに行くのも面倒なので、近くのマネージャーに頼むことにする。
「あ、わりぃんだけどさ、時間計ってくんね?」
「いいわよ。よーいスタート」
合図とともに手足を上げる。意識を集中させてなるべく体を水平にし、そのままキープする。体感時間では割と長く感じたが、いつもの経験からするともうそろそろ終わるぐらいだろう。限界が近いせいか、ちょくちょく手足が下がっている。
「お、おい・・・後どんくらいだ?」
「うーん、2分かな」
「な、長くないか?」
「少しでもズレたら時間止めてるからね」
は?この女今何て言った?時間止めた?え、少しでもズレたら?いや、厳しくするのは構わないけど、それならせめて言ってくれよ!!
「も、もう無理・・・」
「情けないわね」
地獄の体幹トレーニングが終わり、俺は一足先に帰宅した。だが家には誰もいない。なぜなら俺は一人暮らしをしているからだ。ならば姉ちゃんはどうしているのかと言うと、姉ちゃんも一人暮らしだ。俺たちは元々この付近に住んでいたわけではない。姉ちゃんは大学を出てからここで仕事を見つけ、俺は強豪校に進学するために家を離れた。
最初は地元を離れることに反対されたが、姉ちゃんと同じアパートに住むことで親を説得させた。
姉ちゃんの部屋は大家さんのご厚意により俺の部屋とは隣同士である。それはありがたいのだが、姉ちゃんは世話焼きなため、毎日夕飯を作って持ってきてくれる。それはありがたいのだが・・・
『海人!夕飯持ってきたよ!』
「ありがと!そこ置いといてくれ、今から風呂入るから」
『はいよー』
姉ちゃんは合いカギを持っている。それは全然問題ないのだが、いつもタイミングが悪い。今日はまだ自然な方だが、連絡もなく唐突に部屋に来るため、ゲームなどで遊んでいると「勉強しなさい」と怒られる。
「はぁ・・・今日も疲れたなー」
『海人ー!』
「なんだよ姉ちゃん」
『怪我、もう大丈夫なのー?』
湯船に浸かっていると、リビングの方から姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「良くはなってるけど、まだ激しく動くなって言われたよ」
「悪化させないようにしなさいよ?」
「分かってるって・・・・・・んっ!?」
不意に姉ちゃんの声がクリアに聞こえ始めたことに違和感を覚えたので脱衣所の方に目を向けると、なぜか姉ちゃんがいた。しかも浴室のドアを開けて、俺の方を向いていた。
「きゃあああぁぁぁ!!!」
「何女の子みたいに叫んでんのよ。海人の裸なんて興味ないから。リビングだと声が聞こえにくいのよ。あーそうそう、お姉ちゃん今からCIRCLE行ってくるから」
「あ、あぁ・・・分かった」
「じゃ、お風呂から出たらちゃんとストレッチしなさいよ」
そう言って姉ちゃんは部屋を出て行った。その後すぐに俺も風呂から出て、ストレッチをした後に姉ちゃんの作ったご飯を食べる。
「こんなに旨いのに、何で彼氏の一人も出来ないんだか・・・」
面と向かって言ったらぶち殺されそうな事だが、弟の俺としては本気で心配している。
今度CIRCLEにこっそりと彼氏募集中の札を下げておくのも良いかもしれない。そんな事を思いながら、最後の一口を頬張った。
前回短かった分、今回は少しだけ長めでした!
ではまたお会いしましょう!
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