「……どうして強制ログアウトされない?」
おかしい、ユグドラシルのサービス終了時間になっても強制的にログアウトされない。
ラグで処理が遅れているのかもと思ったが、ログアウトボタンが表示されずGMコールも使えなくなっている。
明日は4時に起きなきゃいけないのに、何をしてるんだ糞運営。運営は最後まで糞運営だったな。
と思ったが、何故かNPCが動き出していた。
喋り出すし動くし表情があるし、何より自分もしっかり感触を感じられるし匂いも感じ取れるようになっている。
運営がなんの告知もなくユグドラシルの後継タイトルをリリースしたのか? いや、だとしても感覚が
あまりの異常事態に隣にいる酒呑童子さんに聞こうとしたが、隣にいたはずの酒呑童子さんが消えている。
「酒呑童子さん? どこですか、どこにいるんですか酒呑童子さん!」
まさか酒呑童子さんだけログアウトした?
いや、それは考えられない。酒呑童子さんは俺と一緒にサービス終了時間まで一緒にいたはずだ。俺だけが残って酒呑童子さんが消える辻褄が合わない。
だとしたらどこにいる? いや、まずは状況を把握しないとな。
「セバス、プレアデスを連れてナザリック周辺の状況を調査せよ。特に、我々に危害を及ぼし得る存在の有無を徹底的にな。危険と判断したら即時撤退を厳命する」
「はっ」
勢いで命令してしまったが、従ってくれてよかった。
おそらく他のNPC達も生きているんだろうが、反抗される事はないだろう。いや、それは楽観的すぎるか?
「アルベドよ、お前も酒呑童子さんを見ていたと思うが、彼が消えた瞬間を見ていたか?」
「申し訳ありませんモモンガ様。至高の御方をお守りする守護者の統括役でありながら、酒呑童子様が消えた瞬間も、どのように消えたのかも認識する事ができませんでした。かくなるうえは自害を以って謝罪を……」
「待て待て! そう早まるんじゃないアルベド! この私とて酒呑童子さんが消えた瞬間を見る事ができなかったんだ。お前の不備を許そう。至急これより守護者たちを集め、酒呑童子さんの探索隊を組織する。お前の不在こそが私の最大の損失と知れ」
酒呑童子さんはナザリックでも最強の戦力の一角だけど、弱点がないわけじゃない。
物理においてはとことん強いけど、魔法になるととことん弱い。魔法職についてちょっとでもレベルを上げてたら、簡単に酒呑童子さんにダメージを与える事ができる。ステータスを見せてもらった時、思わず正気ですか? と言った程だ。実際、40レベル近く離れているナーベラルの魔法ですら大ダメージを与える事ができる。もし周囲が高位の魔法を使えるものたちばかりであれば、酒呑童子さんだって危ない。
それに何より、酒呑童子さんは俺の大事な相棒であり副ギルドマスターだ。失う事だけは絶対に……って、アルベドさん? どうしてそんな息を荒くしてるの?
「あ、ああ! モモンガ様は私をそのように大切に……愛してくださっているのですね!」
「え」
「そのような大胆な告白をされては私も我慢などできません! 不肖の身ではありますが、今ここでモモンガ様の寵愛をいただきたいと思います!」
「ちょ、まっ、アルベ……ぎゃあぁぁぁっ!」
なんで俺、女性に押し倒されてるの!? あ、アルベド凄い力、前衛職だから当たり前か。って呑気に分析してる場合じゃなくてこのままじゃ俺の貞操が!
酒呑童子さんを待っている時につい変更した設定がこんな事になるなんて……酒呑童子さん助けてぇぇ!
……騒ぎを聞きつけたらしいデミウルゴスが駆けつけてくれて、なんとか俺の貞操は守られました。ぐすん。
*****
「さて、ここはどこだろうね?」
気が付いたら、見知らぬ森の中に立っていた。
ユグドラシルのサービス終了時間が来て、本来なら強制的にログアウトされる筈なんだけど、ログアウトされるどころかナザリックですらない場所に立っている。
「違うゲーム……ではないね。ユグドラシルのキャラのままだ」
装備もユグドラシルのままだし、額には鬼の証である角がちゃんとある。
あれ? ユグドラシルは感触を制限されていた筈だけど、触った感触がたしかにある。それに匂いも感じられるし、これってもしかしてかなり昔に流行っていた、転移ものや転生ものって呼ばれる展開かな?
「モモンガくんもいないようだし、連絡する手段もなし。状況がわからないけど、どこか心地いい場所だね」
思いっきり深呼吸をすれば、瑞々しく感じるほどの自然の匂いが満ちている。木々の青々とした香りや土の匂い、そこかしこに生命の息吹が感じられる。
アーコロジーにも僅かに自然が残っていたけど、人工的に手入れされていたあそこじゃこれ程の雄大さはなかった。
それに空を見上げれば、星々の明かりが空を埋め尽くすように煌めいていて、夜だというのに道が照らされている。
プラネットくんが作った六階層の夜景にも劣らない光景に、少しばかり見惚れていた。
手に持っていた瓢箪、
ユグドラシルでは鬼の種族でしかまともに飲めない特殊な酒を無限に出せるという、ランクだけなら
胸の内に大きな期待感を抱きながら、勢いよく口をつけた。
「──っ!? ぷはぁ! 旨い! ただただ旨い!」
おそらく、人生で一二を争う程の感動であった。
するりと転がり落ちるように喉へ流れるが、決して薄いというわけではなく、流れる際に芳醇な薫りが口内を満たし鼻から抜ける。そして後からやってくる、まるで焼けるような喉の熱さ。
本当の酒とは舌だけで味わうものではなく、口の中に広がる薫りと熱を帯びた喉で味わうものだと気付かされた。
いや、それだけじゃない。この飲み込まれてしまいそうな雄大に広がる星空を見て、風に揺れる木の葉の音を聞く。すなわち五感全てによって味わうものなのだ。
かつて酒好きと自称していたのが恥ずかしい。今この時まで、俺は酒を飲んだ事など一度もなかったのだ。
俺はひたすら、まさに浴びるように酒を飲み続けた。
「──っと、いけない。まずはモモンガくんと合流しないと。近くにいてくれればいいんだけど……」
しばらくその場で酒を飲み続けていたが、今の状態に気付いてひとまず酒宴は御開きとする。
まだ断定はできないけど、やけに現実味がある事からユグドラシルのキャラとして実体化したと考えてもいいだろう。
もしかしたらモモンガくん以外のプレイヤーもいると仮定したら、俺たちも色々と恨まれているからPK行為に及ぶ連中もいるかもしれない。
もし死亡したらゲームと同じで復活できる保証などもないし、早くモモンガくんと合流しないと。
「ユグドラシルのキャラだとして、スキルもそのまま使えるのだろうか? パッシブスキルが殆どだから確認のしようがないな」
この体の戦闘能力も確認したいが、種族特性でMPがゼロという事で確認できない。HPを消費して使うスキルがあるが、この状況ではHPを消耗するのは避けたほうがいい。
スキルの有無を調べる事はできなかったが、肉体の能力は大丈夫のようだ。
試しに木の幹を握ってみたら、砂でも掴んだかのように木を握り潰してしまった。
肉体としては申し分ない事が確認できたが、新たな問題が浮上してきた。
「お腹、減ってきたな。まさか食欲も感じてしまうなんてな」
ぎゅるると、腹から空腹を報せる音が鳴った。
ユグドラシルだと空腹時にペナルティが発生するだけだが、ここだとそのまま餓死してしまうのだろうか。さっきまでかなりの量の酒を飲んでいたんだが、やっぱり飲み物で腹は膨れないらしい。
こんな事なら空腹無効のアイテムでも持っておけばよかった。ロールプレイに拘りすぎて、まさか飢え死にの危機に立たされるなんて。
「はやく人のいる場所を見つけるか、最悪適当な木の実や獣でも狩るか、アウトドアなんて未経験だから……ん?」
森の匂いに混じって、なにか別の匂いがする。それにこれは……人の声? どうやら近くに人がいるようだ。しかも人が多いようで、きっと村かなにかだろう。
人の気配がする場所へ急いで向かうと、手付かずだった自然が整理されたものへと代わり、地面も少しは舗装それていた。
そして目の前には、簡素な木の家が並ぶ小さな村があった。
ユグドラシルでは見覚えのない村だな。てっきりユグドラシルそのものが現実になったのかと推察していたが、違うのか?
だとしたらユグドラシルではない異世界に転移……いや、考えるのは後にしよう。さっきからずっと腹が減って辛い。
そういえば鬼の種族って大食らいって設定ですぐ空腹ゲージが上がっていたが、それも適用されているのか? だとしたら厄介だな。
村の人たちから食べ物を貰えたら嬉しいけど、どうなるかな。
*****
はじめに異変に気付いたのは、夜の見回りをしていた青年だった。
森の方からナニかが近付いてくる。モンスターのような唸り声もあげずゆっくりと、それが逆に不気味であった。
獣ではないのなら野党か? 青年は他の者たちを呼んでソレを待ち構えた。
「──やあ、今日は随分と気持ちの良い夜空だね」
暗闇から出てきたのは、見たこともない、けれど高価だと思われる衣服をまとった偉丈夫。きっと2m近くあるんじゃないだろうか。
親しみやすい笑顔で話しかけてきたが、目につくのは偉丈夫の額から生えし異様な一本の角。それが決して人間ではないと語っていた。
「も、モンスター!? いや亜人か! このカルネ村になんの用だ!」
モンスターか、それとも亜人か、いずれにせよ人間とは敵対するものの出現。青年たちは粗雑な武器を異形に向けたが、異形は笑みを崩さず無抵抗であると両手をあげた。
「いや、驚かせて悪かったね。森の中を迷っていた時に君たちの村を見つけただけなんだ。それでお腹が減ってしまって、パンや残り物でもいいから分けてもらえないかい?」
ぐぎゅるると、タイミングよく鳴る腹の音が青年たちにも聞こえた。
異形も聴こえていたのだろう、恥ずかしげに頬をかいていた。
本当に食べ物を恵みに来ただけなのか、それとも俺たちを喰らうために油断させようとしているのか、あまりに人間味のある異形を相手に判断に困っていたところ、騒ぎを聞きつけたのか村長がやってきた。
「どうしたんだ、いったいなんの騒ぎだ?」
「村長、それが食べ物をくれないかと亜人っぽいのがやってきて……」
村長も件の人物を見るが、その異様は今まで見た事のないものだった。
額に生えた天を突くかのように伸びた一本の角。それさえなければ人間となんら変わらない容姿。噂に聞くエルフかと思ったが、耳は尖ってないので違うだろう。
「貴方がこの村の村長さんか。こんな夜分に騒ぎを起こしてしまってすまない。お腹が減ってしまって食べ物を恵んでくれるとありがたいのだが、無理にとは言わない。食べられる木の実や野草、獣とかを教えてくれたらすぐに村から離れるよ」
加えてこの理知的な言動。亜人はそもそも下等種である人間に礼儀など払わないし、中には食料としか見ない者もいる。それに着ている衣服も、風変わりではあるが綺麗で高価なものに映る。
「わかりました。少しのパンと水、それと空き家しか提供できませんが、それでよろしいですか?」
「お心遣い感謝する。この多大な恩義、酒呑童子が必ずやお返しする」
もしかしたら何か力になってくれるかもという打算もあったが、空腹がどれだけ辛い事か村長もよく知っていた。だからこそ、お腹を空かしている異形の青年を放っておけなかった。
酒呑童子という聞きなれない響きの名前を名乗った青年は深々と頭を下げて、村長の案内に従った。
という事で主人公だけがナザリックの外に飛ばされ、カルネ村と接触。この時点でナザリック最強の暴力が常駐してるので、原作にあった襲撃はどうなる事やら。