カルネ村についてから、二日という時が流れた。
どうやらこの世界では人間以外の種族は珍しいらしく、鬼という種族を警戒していた皆だったが少しずつ打ち解けるようになってきた。
「酒呑童子さん、抜けない切り株があって困ってるんですが……」
「よし、任せなさい」
ここは未開の地を開拓するための村のようで、木を切ったり切り株を抜いたりと大変な力仕事が多い。
彼等と比べて俺の力は圧倒的に強いので、一宿一飯の恩として働かせてもらっている。
大きな木を切った際に残った切り株を抜くのは大変だけど、俺からしたら何でもない。
「ほいっと」
ちょっとだけ力を込めて切り株の中に手を突っ込み、力任せに引き抜けば簡単に切り株を取り出せる。
他にも、畑の開墾中に大きな岩があったら取り出したり、家を建てるために何十本もの丸太を担いだり、たまにモンスターが出てきたらそれを倒したり、微力ながら村を手伝っていた。
「鬼さん! あそぼ!」
「おお、ネムじゃないか!」
仕事がひと段落した時、一人の女の子が元気よく足に飛びついてきた。
鬼だというのに怖がる事もなく、一番最初に俺に懐いてくれた女の子ネム。子供にはちょっと言いづらいのか俺の名前を上手く呼べず、鬼さんと呼んでくる。お兄さんとかけているのかな?
「こらネム! 酒呑童子さんは仕事で忙しいんだから邪魔しないの!」
ネムの後を追いかけてきたのが、姉であるエンリ。ネムとは違って落ち着いていて、飯を作ってくれたりと今では色々と世話を焼いてくれている。
「大丈夫だよエンリ、仕事はだいぶ片付いたから遊ぶ時間くらいある。それじゃあネム、何して遊ぶ?」
「かたぐるま!」
「ネムはそれが好きだな。よし、じゃあちゃんと捕まってるんだぞ」
この体には10歳の女の子なんて重さすら感じず、ひょいっとネムを肩に乗せてやる。
「凄い! 凄い! 高い! 高い! お姉ちゃんよりずっと高くなった!」
俺は村の男たちと比べても背が高いようで、ネムはその肩に乗っかるのがとても好きらしい。
「すみません酒呑童子さん、いつもネムがワガママ言って」
「気にする事はないよエンリ。寧ろ、俺もこうして遊んでて楽しいからね。なんだったら、エンリも肩車してあげるよ?」
「は、恥ずかしいので遠慮します」
エンリくらいの女の子でも今の体なら余裕なのだが、残念だ。いや、年頃の女の子に流石に失礼だったか?
どうもこの体になってから、村の女性たちへ異性の感情がわかなくなっている。いや、年齢も性別も関係なく人間という一括りでしか認識できなくなっているな。
少し気をつけないと。
「鬼さん? どうしたの?」
「なんでもないよネム。よし、今日は村の周りを一周してみよっか」
「わーい!」
うんうん、ネムの笑顔は俺の人間としての心を思い出させてくれる。
ネムを肩に乗せながら、俺たちは風を切りながら村を走るのだった。
*****
異変は、村の人たちと薬草や木の実を摘んでいた時だった。
この体は遠くの気配や音も容易に感じ取れるので、村に近づいてくる集団に気づいた。
「酒呑童子さん、どうしたんですか?」
「馬に乗った集団が村に近付いて来てるんだが、心当たりはあるかい?」
「集団? 思い当たるのは税を納めている領主さまぐらいだが、 もう税の徴収に来たのか?」
「いや、それにしては多すぎると思うよ。少なくとも二十から三十はいるな」
それだけの集団が村に来る心当たりはないようで、村人たちは慌ててだした。
野盗かもしれないと慌てる村人たちを落ち着かせて、ひとまず村に戻るように指示をする。
「まずは村に戻って、皆を安全な所に集めるように。俺は村の外に出て、お客さんを出迎えるよ」
この世界で初めての人間との戦闘。モンスターは雑魚ばかりだったが、これから来る集団も同じとは限らない。ちょっと早計だったろうか?
いや、村の人たちには世話になったんだ。決して豊かではないのに飯をくれ、雨風をしのげる場所も提供してくれた。それにこの世界では人間以外の種族は恐れられ忌避されているのに、快く受け入れてもくれた。
その恩を返せれるのなら、危険の一つや二つ喜んで飛び込んでやるさ。
村の外で一人佇み、村に押し寄せる集団を待ち構えた。
*****
ベリュースはこの任務が不満だった。
任務の内容は、王国領内にある村々を襲撃せよという簡潔な内容。それ以上の詳しい内容は説明されず、その裏には本当の任務があるのだろうと推測できるが、そんなものはどうでもいい。
隊を率いて部隊を指揮した。欲しいのはその実績だけだ。家名と自身に箔をつけるために金を使って隊長の座についたのだが、気に入らないのが部下の連中だ。
元より殺す者たちだ。女の一人や二人犯したところで問題ないだろうに、その度に部下が止めにくる。特にロンデスとかいう男が気に食わない。
任務が終わり本国に戻れば、命令違反として必ず部下どもを処罰してやる。
それにこれから襲う村は近くに深い森がある。娘の一人を森に逃げるように誘導してやれば、あとはどのようにするも自由。
下卑た妄想に笑みを浮かべていたベリュースだったが、先頭を走っていた馬が速度を落とした。
「なんだ、なぜ止まる! 目的の村まであと少しでは……」
部下を怒鳴り散らすベリュースの言葉は、目の前の存在を捉えて何も言えなくなった。
「──よぉあんたら、そんな物騒なモン持って、村になんか用か?」
視線の先に、一人の偉丈夫が地面に座っていた。
こちらが武装をし、しかも集団だと言うのに男は余裕な笑みを浮かべて胡座をかき、手に持っている瓢箪から明らかに内容量以上の酒を飲んでいる。
異国であろう華美な服が目につくが、それ以上に異様なのは額に生えた真紅の角。人間と同じ外見をしてはいるが、目の前にいるにはベリュースたちの国が敵としている存在だ。
「亜人だと!? なぜ汚らわしい亜人なんかがここにいる!? 何者だ貴様!」
報告にもなかった亜人の存在。謎の異形に怒鳴りながらその正体を訪ねるベリュースの言葉にも、やっぱりこの世界は人間以外の種族は異端なのか、と一人呟き相手にすらしない異形。
「迷って困っていたところを村の皆に助けられてな。世話になっていたところ、あんたらが村にやってきたのに気付いたんだ。剣から血の臭いもするし、どう見てもこれから襲おうって様子にしか見えないけど、まさか違うよな?」
笑顔を保ったまま、スッと細められる眼。妖しげな紫の瞳にネコ科を思わせる縦長の瞳孔が僅かに覗かせ、まるで獲物を前にした獰猛な獣を思わせる。
もし騎士たちの中に実力者、或いは危険を察知する能力に長けていたならば、目の前から発せられる暴力的な死に気付けていただろう。
「うあ!? な、なんだ! 馬が勝手にっ」
唯一目前の脅威に気付けたのは、騎士が跨っていた馬たちであった。
捕食者を前にして生命の危機を感じ取った馬たちは主人を置き去りにして一目散に逃げていってしまった。
「貴様、何かの武技を使ったのか! 元よりあの村は消すつもりだったが、その前に貴様を殺してやる!」
そして憐れにも気付く事のなかった騎士たちは、それをなんらかの攻撃と捉え剣を抜いて構えた。
それだけであれば、なんかの誤解だとして酒呑童子も戦うつもりはなかった。
だが不用意にも、ベリュースは口走ってしまったのだ。村を、カルネ村を消すと。
「……へぇ、やっぱりカルネ村を襲うつもりだったのかぁ。俺が世話になり、恩のある村を消すかぁ、へぇ」
ゆらりと、緩慢な動作で立ち上がる姿は、まるで噴火直前の火山を思わせるような静かな荒々しさを内包していた。
全てを飲み込む埒外の暴力。それが今まさに世に放たれようとしている。
酒呑童子の顔から、笑顔が消えた。
「──貴様らぁ、五体満足に死ねると思うなよ?」
地面が砕けた。圧倒的な脚力より放たれた踏み込みは容易に地面に小さなクレーターを作り、酒呑童子はその場から消えた。
「ぇ……」
小さな呟きを騎士が漏らすが、その先を発する事はなかった。
突如として眼前に現れた酒呑童子は、その鋭利に尖った爪を振り上げる。
斬られたとか、裂かれたとか、そんな彼らの常識で済ませられるものではない。攻撃された騎士は、二本の足だけを残して文字通り
その光景に、全ての騎士たちは時が止まったかのように静止した。あまりの突然の出来事に、そして彼らの理解を超えた現象に、脳は処理しきれなかった。
いち早く復活したのは、消えた騎士の後ろにいた者たち。
体を吹き飛ばした際にぶちまけられた血は後ろにいた彼らにかかり、血の臭いや足元に散らばる臓物であろうナニカのカケラを見て、異常を理解した。
「うおおぁぁお!」
アレは、目の前にいるアレは化け物だ。
恐怖を打ち消すように雄叫びをあげながら、二人の騎士が左右から酒呑童子に斬りかかる。
斬りかかった騎士たちが感じた感覚は何だろうか。
まるで、見上げてもなお山頂の頂が見えぬ巨大な山。それに剣を突き立てたところで、山は動かず傷もない。
一切の防御もせず剣を受けた酒呑童子は無傷であり、着ていた服すら傷を与える事はできなかった。
「魔法対策で物理攻撃には強くない防具なんだがな」
何やら困惑しているような表情を浮かべていた酒呑童子であったが、斬りかかった騎士はそこで視界が暗転した。
大きく広げていた両手が、二人の騎士をそのまま押し潰したのだ。
まるで砂場で作ったお城を崩すかのような容易さで、鎧ごと骨と肉を潰された騎士たちは見事に上半身と下半身が分かれてそのまま地面に落ちた。
「こ、この化け物めぇ!」
更にもう一人、一際屈強そうな騎士が酒呑童子に斬りかかった。
服が刃を止めた事から騎士──ロンデスはその衣服が強力な物理耐性の装備ではないかと推測。ならば装備に守られていない箇所、それも生物において急所である首を狙って剣を振り下ろす。
いかに強力な生物といえど、首は骨で守られているわけではなく、覆っているのは脆弱な筋肉のみ。致命傷を与えるべく叩き込まれた渾身の一撃は、剣と共に粉々に砕かれた。
まるで鋼鉄にでも剣をぶつけたかのような、そんな感触をロンデスは感じた。
「お前たちの力じゃ、俺にダメージを与えるの無理そうだな」
万力のような強さでロンデスの腕を掴んだ酒呑童子は、鎧を着込んだ屈強な体躯を持つはずのロンデスを軽々と振り上げ、ブオォン! と風切り音を鳴らしながら地面に叩きつける。
パシャっと、まるで水溜りを踏んだ時のような軽い音。
凄まじい力で振り下ろされたロンデスの体は地面に叩きつけられたと同時に
「警戒はしていたんだが、ただの取り越し苦労だったみたいだな。俺を倒すなら魔法で挑まないとダメだぞ?」
持っていたロンデスの手を放り投げパンパンと手を叩き、再び両手を僅かに広げて無防備に構える。
防御すら必要ない。相手の攻撃を受けた上で反撃するという、傲慢にすら見える強者の余裕。
相手の実力を判別できない騎士たちでも、たった数分の内に引き起こされたこの惨状を見て理解した。
アレは、我等の理より外にいるモノ。意思を持った暴力、すなわち神が振るう天災そのもの。我々が、人間が挑もうなどと烏滸がまかったのだ。
嵐や地震、火山の噴火が目の前で起こったら人間はどうする? それに挑もうとはしない、ただ助かるために逃げるしかないのだ。
「う、うあああぁぁぁああ!」
一人の悲鳴が、皆の理性という堤防を決壊させた。
恐怖に支配された彼らは次々とその場に武器を捨て、兜を脱ぎ、盾を放り投げ、少しでも生存の確率を高めようと逃げ出した。
彼らの中に共通する意思はただ一つ、一刻も早くこの生きる災害から逃げる事。そのために恥も外聞もなく、涙を流し悲鳴をあげながら彼らは走る。
──しかし、彼らの前にもう一つの絶望がやってきた。
はい、カルネ村には誰一人として被害者は出ませんでした。
なんでかって? 主人公の性格なら、村の一人でも殺したらマジ切れして、騎士の鎧から判断して帝国か、或いは法国だとバレたらその国が文字通り消えて物語が成立しないからです。
エンリは果たして覇王となるのか? それは作者も知りません。