酒呑童子さんが消えてから、既に四日という時間が流れた。
守護者たちは、ちょっと高すぎるけど忠誠心を持ってくれていたし、皆も酒呑童子さんを好意的に思っていてくれて、探索隊には全員が志願してくれた。
俺の大切な友人である酒呑童子さんを皆も慕ってくれている。それがとても嬉しい事なのに、いつも精神が抑制されてしまう。
けど、ナザリックの全戦力を投入しても酒呑童子さんを発見する事はできなかった。
ナザリックが転移した場所は広大な森林が広がっており、それを調べ尽くすのも大変な作業だ。加えて、酒呑童子さんがナザリックの近くにいるという保証もない。
調べてみたが、ナザリックでは他に転移した者たちはいなかった。酒呑童子さんはたった一人で、俺たちを探しているに違いない。
「もし酒呑童子さんを傷つける奴がいるなら、ナザリックにある全ての恐怖を味あわせてから殺してやるっ」
最悪な結果が頭を過る度に、どうしようもない不安と抑制でも抑えきれない怒りが湧いてくる。
酒呑童子さんは俺よりはるかに強いけど、弱点も多くある。ナザリックでは最強の一人だけど、決して無敵ではないんだ。
早く酒呑童子さんを見つけて無事を確認したいが、ナザリックの防衛網を新たに構築しなければいけない仕事もある。
酒呑童子さんを探したいという思いを必死に堪え、今は遠隔視の鏡を見てナザリックの防衛網作成に役立てている。
「……駄目だ、まったく集中できない」
「酒呑童子様は、モモンガ様と同じく最後まで残っていただいた慈悲深きお方。そして側で常に支えられていた、モモンガ様にとってかけがえのないお方。モモンガ様の御心痛は我等では想像もできません」
俺にとって恩人の一人であるたっちさんが作ったNPC、セバスが悲痛な面持ちで語りかけてくる。
セバスにとっては親も同然であるたっちさんと酒呑童子さんはとても仲が良かった。
ナザリックに於いて最強の個である二人は常に戦闘の最前線にいて、互いを良きパートナーだと思っていた。最終的には仲の良くなかったウルベルトさんと和解するために一役かってくれて、ゲーム越しで三人でよく飲む仲になったらしい。
たまに問題児のるし★ふぁーさんと結託して、タッチさんの鎧を真っ黒にペイントしたりウルベルトさんのマントに花のアップリケを大量につけたりとイタズラして二人に怒られていたけど。
「すまなかったなセバス。トップである私が慌てていればお前たちも不安に駆られるだろう。こんな状況下だからこそ、私が冷静にならないとな」
「とんでも御座いません。至高の御方であらせられるモモンガ様と酒呑童子様を命を賭してお守りする事こどが私たちの存在意義。だというのに酒呑童子様が消えてしまわれた時にお守りする事ができなかったこの大失態、本来であればこの命を捧げて償いをするべき不始末です」
「……セバスよ、皆にも言ったが安易に命を捨てての償いを私は求めていない。お前たちは決して替えの利く代替品などではなく、失う事こそがナザリックにとって何よりの損失だ。それにお前たちは私の仲間たちが創造した大事な子供たち、私にとっても家族同然の存在だ。自らの命を軽んじる行為は同時に私の好意を軽んじていると知れ」
「モ、モモンガ様と家族などと畏れ多い……! しかしそのようにして私たちを愛してくださっているとは、モモンガ様の慈悲深さと寛大さに歓喜で身を震わす気持ちで御座います!」
やれやれ、NPCたちが俺に誠心誠意尽くしてくれるのは嬉しいけど、何かある度に命を差し出すとか首を落としますとか言われるのは堪らないよ。
こっちが必死に説得しなきゃ本当に実行するつもりだし、そんな事やってたら一ヶ月経たない内にナザリックのNPCたちが半数に減ってそうだ。
しかも説得する度に彼等のカンストした好感度が更に上がるから、本当に始末に負えない。
セバスは目頭を抑えながら肩を震わして、メイドであるシクススにいたっては床に座り込んで涙を溢れさせている。
きっと、この話も今日中にナザリックに伝わって皆から崇めらるだろうなぁと、ここ最近で慣れてしまったお約束の流れを想像して胃が痛くなる。胃なんてないけど。
おかげで心が虚無になれたので、再び周辺の地形を確認する。
まるでスマホのように風景をスクロールしていくと、争いでもしてるのか集団が騒がしく動いているのが見えた。
「人間たちの争い事か? 逃げた連中が万が一にでもナザリックを見つけたら厄介──ハァ!?」
確認がてら見た光景に映っていた人物を見て、驚きで声を上げ椅子も倒してしまった。
しかそんな事を気にしている余裕なんてない。何故ならそこで大立ち回りを演じていたのは。
「酒呑童子さん!!」
ナザリックの総力をあげて捜索し、いまだ見つかっていない酒呑童子さんだった。
見つけられた事の喜び、無事な姿を見れた事の安堵。精神の抑圧が間に合わない程の感情が昂ぶる。
「見つけた、ようやく見つけましたよ酒呑童子さん! ああ、本当に無事でよかった! ……ちっ、抑圧されたか。しかしあそこは既に捜索された筈。どこかで見落としたのか? いや、そもそもなんで酒呑童子さんはあの騎士たちと戦闘行為に及んでいるんだ?」
「モモンガ様、たしかあそこにはカルネ村という小さな開拓村があったと記憶しています。おそらくあの騎士たちが村を襲おうとしたのを、酒呑童子様が止めに入って戦闘状態になったのではと……」
「はは、酒呑童子さんらしいな。けど相手の強さをちゃんと調べないと危ないって……まあ、あれなら大丈夫か」
騎士の持ってる武器がなんらかの特異性を持ってないか警戒するが、どうやらなんの効果もない最下級のようだ。魔法を扱う者もいないようだし、物理属性で酒呑童子さんと戦うのは自殺と同じ。対抗できるのはたっちさんのようなワールド・チャンピオンくらいだろう。
あ、騎士の一人が地面に叩きつけられて弾けた。うひゃグロい。
「セバス、今から酒呑童子さんの所に向かうぞ。同行しろ」
「モモンガ様、それでは戦力バランスが些か不安定かと。防御に秀でたアルベド様か、回復をこなせるシャルティア様をお連れするべきかと」
「ふふふ、セバスよ、お前は知らぬだろうが、私と酒呑童子さんのタッグはユグドラシルでもかなり恐れられていたのだぞ? 伏兵がいないか偵察役に誰かは向かわせるが、あの連中ならば遅れを取る事はない。それにもしかしたら村での交渉をする場面があるかもしれない。その時は守護者たちの中でも穏健なお前が適役だと判断したまでだ」
うん、我ながらペラペラと弁舌が回るな。
万全を期すならアルベドとシャルティアを連れていくべきなのだろうが、肉食獣みたいな二人と一緒にいるとストレスがマッハで俺がヤバい。
それに俺と酒呑童子さんとのタッグは本当に相性が良い。
後方火力と支援の両方が出来る俺と、最強格の前線火力を提供でき尚且つ膨大な体力とリジェネ効果で壁役もこなせる酒呑童子さん。ユグドラシル末期ではよく二人でPKしようとしてくる連中を返り討ちにしてた。
ネットでは『今日の骨と鬼の出現場所』っていう、他のプレイヤーに注意喚起してたサイトもあった。なんでだよ。
「かしこまりました。それでは不肖の身ではありますが、私がご一緒させていただきます」
「うむ、では行くぞ。──〈ゲート〉」
*****
逃走を始めた騎士たち、彼らの頭上に突如として空間が歪みだした。
そこから出てきたのは、豪奢な衣服に身を包んだ骸骨と、最高級とわかる執事服を着た逞しい体躯の老執事。その光景を見て騎士たちは一様に思った。
死の王が現れたと。
「お、モモンガくんじゃないか! 久し振りにだねぇ!」
「酒呑童子さん! 無事でよかったです!」
しかし死の王は騎士たちの人垣など無視して酒呑童子へと走りだした。
この時、モモンガは嬉しさのあまり絶望のオーラⅤを発動させてしまい、通りがかった騎士たちは絶命した。
恐ろしい姿の骸骨が両手を上げて走ってくる光景などホラーでしかなく、それを間近で見た者たちは最大の恐怖を抱きながら死んでいったのだろう。
だがそんな事などお構いなしに、二人は再会の喜びに抱き合った。
「どうやら心配させたようだね。けど君も無事でよかったよ」
「はい、俺の場合はナザリックと一緒にこの世界に来てましたから」
「ん? ナザリックも一緒に転移しちゃったのかい? という事はモモンガくんと一緒に来たのは……セバスかい?」
「はい。酒呑童子様のご無事なお姿を見られて何よりで御座います。この度は酒呑童子様を守れず危険な状況を招いてしまい、深く謝罪いたします」
「え、なに、え……?」
NPCが意思を持っているというのにも十分驚いているのに、いきなり深く頭を下げている状況についてこれずポカンとしている酒呑童子。その横ではうんうんと一人頷き、彼らの畏まりすぎた態度に困惑していた時を思い出すモモンガ。
「それで酒呑童子さん、どうしてあの騎士たちと戦っていたんですか?」
「ああ、どうやらあの連中、この向こうにあるカルネ村を襲うつもりだったんだって。森の中で迷って飢えて困っていたところをあの村に救われた身として、ちょっとした恩返しのつもり」
「相変わらずですね酒呑童子さんは。俺の助けなんて必要なさそうですけど、ちょっと分けて貰ってもいいですか? 調べたい事があるんで」
「構わないよ。あ、でもあいつらから詳しく事情を聞きたいから一人か二人くらいは残しておいて」
「分かりました。……さて、それじゃあここからは選手交代だな。私の実験に付き合ってもらうぞ騎士諸君」
声音を変えて彼らに振り向く姿は、まさしくこの世にある死の全てを具現化したような悍ましいものだった。
酒呑童子を例えるならば、それは暴力的な『死』であり、地震や火山の噴火といった人の手に余る超自然的な災害。
しかしモモンガの場合は、絶望による『死』であった。あらゆる悪意に指向性を持たせたそれは、明確な意思を以って彼らに絶望を味あわせる。
彼らの理解には及ばない魔法の数々を放ち、そして死体を蘇らせたかと思うと大きな盾と波打つ剣を持った悍ましい騎士を召喚し、辺りを血と恐怖で蹂躙した。
酒呑童子の提案通り適当な騎士二人は殺さず生かしていたが、彼らは恐怖のあまり糞尿を垂れ流していた。死んでいった騎士たちは、生かされた騎士と比べてこの上なく幸運であったろう。もうこれ以上の絶望を味合わずに済んだのだから。
「うんうん、上々の成果なんじゃないのかな?」
「こちらも色々と面白い事が分かりました。やっぱり実戦は何にも勝る経験ですね」
辺り一面を血の海にするという惨劇を引き起こしておきながら、モモンガと酒呑童子は何事もなく会話をしていた。
ユグドラシルとのスキルの差異を確認できたのは大きな収穫だし、騎士たちからも有用な情報を聞くこともできた。
自分たちはバハルス帝国の兵に偽装したスレイン法国の兵士であり、周辺の村々を襲撃して回っていたそうだ。
なぜそのような任務をしていたのかは、情報の秘匿のためそれ以外の情報は知らないとの事。嘘という可能性もあったが、糞尿を撒き散らしながら涙と鼻水を垂らしながら助けを求める姿勢に嘘はないだろうと判断。
「な、なあ、知ってる事は全て話したんだ! だからお願いだ! 頼むよ! 助けてくれ、見逃してくれ!」
「いいや、それは駄目だ。俺たちにコネや人脈というものがなくてな。お前らを引き渡せば王国とのコネクションを築きやすくなるだろう。それまでは生かしておくがな」
騎士たちの必死な嘆願も酒呑童子ににべもなく却下された。
今のところ、判明している大きな勢力は、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国とスレイン法国の三つ。少なくともどれか一つの国には身分を保証、或いは隠れ蓑にする必要がある。
現状では、王国内の領土を荒らしていたスレイン法国の人間を捕まえたとしてリ・エスティーゼ王国に恩を売っておくべきだろうか。三ヶ国の詳しい情報がないので、ひとまず保留にしておいた。
ひとまず、ある程度の情報を得る事は成功したし、何よりモモンガと再会する事もできだ。
戦果としてはこれ以上にないくらい最上のものだろう。
酒呑童子たちは騎士を連行しながらカルネ村へ戻るのだった。
モモンガ「酒呑童子さ〜ん!」両手を上げて小走り
騎士たち「ヒッ」絶望のオーラにより死亡
骨と鬼、ハグ。
ギャグかな?