鬼と骨がいく!   作:IMOTO

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主人公紹介において酒呑童子のスキル説明に少しだけ変更を加えました。


鬼と骨VS陽光聖典と天使

 完全不可視化の魔法を施して姿を消したモモンガたち三人は、一足早く戦場となるであろう場所にて空中で待機していた。

 顔も覆い隠したローブの集団が半円の形で陣取っており、傍らには天使たちが浮遊している。

 

「見たところ、召喚系の魔法に特化した集団って感じですかね? 前衛が一人もいないなんてバランス悪いなぁ」

 

 集団の能力を考察していたモモンガは思わず呟いた。

 ユグドラシルではパーティーを組む際、魔法火力役、物理火力役、探索役、防御役、回復役、その他役といったそれぞれの役割を担当させる者を用意するのが常識中の常識である。

 同じ能力のメンバーだけを揃えるのはたしかに見栄えやロマンがあるが、バランスが偏りすぎていて実用性がなさすぎる。ユグドラシルならば確実にカモにされていただろう。

 ちなみにパーティーの役割だが、モモンガと酒呑童子の二人ならば回復役とその他を除いた四つの役割を同時にこなす事ができる。

 

「でもなんだか懐かしいね。ほら、ユグドラシルの初期って召喚系が環境トップだったじゃん」

「ああ確かに! あの時は苦労しましたね」

 

 ユグドラシルを最初期からプレイしていたモモンガと酒呑童子は、かつての思い出に浸った。

 全くといっていいほど情報が不明であったユグドラシルの初期、当時では召喚系こそが最強という風潮があった。

 プレイヤーを含めて戦力を単純に二倍にできる召喚魔法は当時では最強と持て囃され、まだ対策もされていなかったあの時ではPKなどで猛威を振るっていた。かくいうモモンガと酒呑童子も、当時は召喚魔法による数の暴力で苦労させられていた。

 尤も、プレイヤーたちの情報が蓄積されて各々が適した役割に徹するという新たな基本戦法が確立されてからは召喚魔法だけのパーティーはただのカモにされ、遂にはモモンガと酒呑童子が編み出したある攻略法によって完全に廃れてしまった。

 

 二人で昔のユグドラシル談義をしていると、遠くから馬の蹄の鳴る音が聴こえてきた。

 ガゼフ率いる戦士団が馬の蹄を鳴らしながら突撃を仕掛けてきてのだ。

 

「──お前たち! 例え死んでも奴らの腑に喰いついてやれぇ!」

 

 応ッ!! とガゼフの言葉に隊員たちの戦意が昂ぶる。

 充溢した戦意を身にまとい、戦士団は馬上から一斉に弓を射かける。しかし魔法による防御か、放たれた矢の悉くが見えない何かによって弾かれた。

 

「くそっ、弓は使えないか。総員、抜剣ッ!」

 

 ガゼフの指示により隊員は一斉に腰から剣を抜き、敵の集団に突っ込む。

 騎馬の突撃は、それだけで人を簡単に轢死させる恐ろしい攻撃だが、敵も中々どうして有能なようで、天使たちで自分たちの身を守り目的であるガゼフだけを騎馬から引きずり下ろした。

 地面を転がるガゼフが顔を上げると、すぐ目の前には二体の天使が左右からガゼフに迫って襲いかかっていた。

 

「武技〈戦気梱封〉! うおおぉ!!」

 

 雄叫びと共に一閃。豪腕と共に振り抜かれたガゼフの剣は、迫り来る天使二体をまとめて両断せしめた。

 その光景に天使を操っていた魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団も、ガゼフ本人ですらも驚いていた。

 

(今の力は一体……それに体もかつてない程に軽い。全身の隅々まで力が行き渡っている。もしや、酒呑童子殿と飲み交わしたあの酒か?)

 

 ガゼフはあの村で出会った、豪放磊落といった言葉を体現した御仁を思い浮かべた。

 如何なる権力も受け付けないであろう、人の手が及ばないまるで大空のような性格。加えて絶対強者だというのにそれを誇るというわけでもなく、全てを受け入れるような親しげのある人柄。酒豪と自負していた己以上の大酒豪であり、それと共に飲み交わした一杯の酒。あの燃えるような熱さは、今でもガゼフの体内に残っている。

 

「これは、なんとしても生き残って酒呑童子殿に礼を言わねばな。しかし、私の手持ちであの酒を超えるような一品はあっただろうか?」

 

 独り言を呟きながら、次々と襲い来る天使たちを両断する。ある天使は胴体を裂かれ、ある天使は脳天から真っ二つに断たれる。

 圧倒的な戦力差の中で孤軍奮闘する様は、まさに益荒男そのものであった。

 

「酒呑童子さん、結局ガゼフに飲ませた酒はなんだったんですか?」

「正解はコレ、活躰豪酒(カッタイゴウシュ)・大吟醸。攻撃値と防御値と敏捷値に固定値の上昇を施すアイテムだ」

「固定値バフですか? また珍しい効果を持つアイテムですね」

 

 ユグドラシルのバフやデバフは、基本的にパーセンテージで計算されている。基礎能力が高い程にバフやデバフの効果が大きくなるが、逆に低レベルキャラのように基本値が低ければ高倍率のバフを付与しても思ったような効果を得られない事もある。

 カンスト勢からしてみれば、固定値上昇のバフは有用性のない代物であった。

 

「レベルの低いガゼフならコレの方が効果が高いでしょ。固定値上昇だけど、中々のレアリティだからガゼフからしたら結構な助けになってるはずだよ」

「本当ですね。これならもしかしたら、ガゼフ一人でもいけるかも」

 

 眼下に行われている戦いを観察する。

 気炎を吐きながら、ガゼフは群がってくる天使たちを次々と薙ぎ倒していく。その身に少ないながらの傷を負ってはいるが、バフのおかげで軽傷だけで済んでいる。

 一騎当千と呼ぶに相応しい戦いぶりを見て、敵の指揮官であるニグンは混乱していた。

 

(馬鹿な!? 何故ガゼフがあれ程の力を持っているのだ! 王国の連中はちゃんとガゼフの装備を取り上げたのか! いや、そもそも何故ガゼフ・ストロノーフの実力がこうも違うのだ、風花聖典の無能どもめ!)

 

 口には出さなかったが、内心ではこの状況を招いた連中に対して思いつくままの悪態をつく。

 任務の成功に於いて最も重要なのは情報であるとニグンは思っている。敵の戦力、人員、装備、そういった情報を許にして作戦を遂行していくべきだというのに、裏切り者を追跡するために風花聖典は殆ど手を貸さなかった。そして実際、戦力を見誤ったガゼフに苦戦を強いられているのだ。仲間の怠慢に思わず舌打ちする。

 天使たちを集中させればガゼフの足止めはできるが、魔力も無限ではない。ガゼフが力尽きるより先にこちらの魔力が尽きれば、敗北は確定。

 一進一退の攻防に歯噛みする状況で、ニグンは足元から振動を感じ背後から馬の嗎が聞こえた。

 

「──我ら戦士団! ガゼフ戦士長と共にぃ!!」

「「「応ッ!!」」」

 

 振り返れば、ガゼフを置いて逃げたと思っていた戦士団が背後から強襲を仕掛けてきた。

 逃げたと思った、取るに足らない雑魚の集まり。しかしそんな小さな存在が、戦いの趨勢を決めた。

 

「へぇ、ガゼフだけだと思ったが中々どうして……肝の据わってる連中じゃないか」

「いや、それにしても全員で戻ってちゃ意味ありませんよ。数人はそのまま逃げないと、もし全滅したらどうするつもりなんだ?」

 

 空中で待機していたモモンガたちは、ガゼフの部下が途中で反転した行動も見ていた。実力差があるにも関わらず、ガゼフを助けようとする意気込みに酒呑童子は感心したように笑みを浮かべて、モモンガは彼らの詰めの甘さに額に手を当てる。

 たしかに一人でも多く戦えば勝利する確率も上がるが、しかし情報というのは時にはその場の勝利よりも大切だ。

 ガゼフと戦った連中がどういう輩なのか国に報告すべきなのに、これで全滅でもしたら情報も失われるではないか。

 

「まあまあ、それもガゼフの人徳っていう事で。しかし、他の隊員たちじゃ絶望的に勝ち目がないな。下手したら本当に全滅するぞ?」

 

 援護は嬉しいが、これでは焼け石に水だ。隊員のレベルが低すぎるし、持っている武器じゃ天使たちを倒す事はできない。よくて足止めぐらいだろうか。

 実際、隊員たちは次々と天使によって倒されている。

 

「…………」

「セバス、彼らを助けたいか?」

 

 一方的な戦いを見て、横で拳を握り締めているセバスを見て、酒呑童子は尋ねた。

 

「い、いえ、酒呑童子様、私はお二方をお守りする事こそが使命であり……」

「使命とお前さんがやりたい事は別だ。モモンガくんも俺も今回は好きにやったわけだし、セバスも好きにすればいい。構わないよねモモンガくん?」

「もちろんです。セバス、治療用のポーションをお前に渡しておく。ただし不可視化の魔法が解けるから攻撃はせず、無理のない範囲で助けろよ」

「はい、かしこまりましたっ」

 

 自らの願望を果たせる歓喜、それを許してくれる優しき御方に思わず涙を浮かべて、深く頭を下げてセバスは地上に降りてこっそりと負傷者を回収して治療にあたった。

 流石に既に息絶えた隊員を救う事はできないが、これで死亡する隊員の数はかなり少なくなるだろう。

 

 セバスが負傷者の回収と治療に奔走している中、ガゼフも動いた。

 仲間たちの援護によって、僅かに緩んだ天使たちの包囲。それらを斬り伏せ、指揮官と思われる男へ一気に駆ける。

 

「て、天使たちをガゼフに集中させよ! 奴とて無敵ではない!」

「邪魔ぁするなァ! 〈六光連斬〉! 〈流水加速〉!」

 

 煌めく六本の光、同時に振るわれた六本の斬撃が天使たちを屠り、続く天使たちの追撃を機敏な動作で紙一重で回避。

 他に障害物のない今こそが千載一遇の好機! 天使たちが追いきれぬ程の加速をし指揮官の元へ一気に駆け寄り、剣を振り上げる。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! 私を守護せよ!」

「諸共に斬りふせる! 〈斬撃〉!」

 

 大気を唸らせ、裂帛の気合いと共に振り下ろされた乾坤一擲の一撃。まるで時が止まったかのように、辺りを静寂が支配した。

 

「……一手、あと一手足りずか。まさか時間切れとは、惜しかったなガゼフ」

 

 誰も聞こえぬ中、酒呑童子は呟く。

 振り下ろされたガゼフの剣は、ニグンの天使を断つには至らなかった。いや、本当ならば天使ごとニグンを斬り伏せていたのだろう。しかし時の悪戯か、酒呑童子によって付与されていたバフが、直前になって効果が切れてしまったのだ。

 惜しかった、本当に惜しかった。あと一秒、それが明暗を分けた。

 

「て、天使たち! ガゼフを仕留めよ!」

 

 攻撃を防がれ、無防備となったガゼフに天使たちの攻撃が押し寄せる。

 先ほどまでの機敏な動きはなく、次々と叩き込まれていく天使たちの猛攻。やがて天使の一体がガゼフの腹に剣を突き立て、地面に崩れ落ちた。

 

「ぐっ、くっ……」

「はあ、はあ、随分と手こずらせたなガゼフ・ストロノーフ。あの異様な力は謎だったが、それがなければもう貴様に勝ち目はない。その健闘を称えて一息に殺してやろう」

「──さて、そろそろか」

 

 不気味にゆっくりと天使たちがガゼフに集まり、天使の剣がガゼフを切り刻もうとする寸前、空から謎の声が聞こえ、地面へと突撃し煙を巻き上げた。

 突然の事態に天使たちは一斉に動きを止め、空から降ってきた何かを見つめる。

 

「よぉガゼフさん、やっぱり心配になったんで助けに来たぜ」

「酒呑童子殿! それにモモンガ殿も!」

 

 煙が晴れてそこにいたのは、着物を着崩した偉丈夫である酒呑童子と、豪奢なローブと仮面で素顔を隠したモモンガであった。

 この殺伐とした空気には似つかわしくない、緊張感の欠けた声で呑気にガゼフに手を振っていた。

 一応、一部始終を見ていたのがバレると不信感を抱かれるかもしれないから急いで救援に来たという設定にしてある。

 

「その負傷、どうやらかなりの死闘だったようですね。セバス、ガゼフ殿にポーションを」

「かしこまりました。さあガゼフ様、治癒のポーションをお飲みください。それと他の隊員の皆様も既に治療はしてありますのでご安心を」

「そうか、そうでしたか。セバス殿、まことに忝い」

 

 隊員たちが無事だと知って、思わず安堵の涙を浮かべるガゼフ。

 セバスから手渡されたのは見た事のない赤いポーションであったが、この御仁たちが騙すような事などしない。一切の警戒なくポーションを飲み干すと、傷が瞬時に回復した。

 

「よし、傷は治ったみたいだな。あとは俺たちに任せてくれ。全部片付けるからよ」

 

 酒呑童子たちは、陽光聖典の連中を眼前におさめる。

 

「初めまして、スレイン法国の皆さん。私はモモンガ、そして隣にいるのが友人の酒呑童子です。皆さんが殺そうとしていたガゼフ戦士長とは知己の間柄で、それを助けに来た者です」

「つまりはあんた達にとっちゃ邪魔者、敵って事だ。特に怨みがあるって訳じゃないんだが、悪いがあんた達にはここで死んでもらおうと思ってる」

「敵? 我等の敵だと? そう宣ったのか貴様らは? ふっ、何者かと思えばとんだ愚か者だな。見よ、いまだ多くいる天使の軍団を! それに比べて貴様らはたったの二人、いやそこの老人を入れて三人か? あまりに愚か過ぎて、いっそ憐れみすら感じるぞ!」

 

 酒呑童子の敵対宣言に、嘲笑と侮蔑をもって返答するニグン。しかし酒呑童子は変わらず、大胆不敵な笑みしか浮かべていなかった。

 

「貴様らのような愚か者と会話するだけ時間の無駄だ。天使たちよ、あの馬鹿を殺せ」

「酒呑童子殿!」

 

 ガゼフの叫びも虚しく、天使たちは容赦なく手に持つ光の剣を酒呑童子へと突き立てた。そこから想像される光景に目を覆いたくなるガゼフであったが、しかし目の前では不可思議な現象が起こっていた。

 

「軽いなぁ、こんな雑魚を幾ら寄越した所で俺には無駄だぜ」

 

 両手を僅かに上げ、無防備に佇む酒呑童子。天使たちが突き立てた剣は酒呑童子を貫く事なく、強靭な肉体に阻まれていた。

 そして、ゆらぁと上げられる右の腕。ギュッ! と音が鳴る程に強く握り締めた拳を天使たちに振りかざすと、風圧で地面を削りながら天使たちを粉微塵に粉砕した。

 

「へ……」

 

 その呟きは、誰から漏れたものだろうか。もしかしたら自分かもしれない。それ程までに、目の前で起こった事は理解に追いつくのに困難であった。

 まず、どんな強靭な肉体を持っていても人の肉体は刃を止める事はできない。物理に耐性がある天使たちを拳一つで滅ぼしたり、その余波で地面が削れるなど常軌を逸している。

 

「さあさあ、もう終わりか? だったら俺から行かせてもらうぜ」

 

 消えた。と思ったら、酒呑童子は天使が集結していたど真ん中にいつのまにか居た。

 そして再び、握り拳を真横に振り抜く。先ほど以上の力が込められた拳は余波だけで大気を喰い千切り、竜巻のような暴風を巻き起こして天使たちを光の塵へと還した。

 

「ば、かな……あれだけに天使を、ただの拳で、しかも一撃でだと? お前たち、あいつを無視してガゼフを先に殺せ!」

 

 理解の域を超えた超然たる暴力。それに恐怖したニグンたちは酒呑童子を無視してガゼフに攻撃を集中した。

 

「やれやれ、お前たちの遊び相手は私たちだと言っただろう」

 

 ガゼフに殺到する魔法の攻撃。しかしモモンガが立ち塞がる事で攻撃の全てを受けるが、モモンガには傷一つ付かない。

 そして意趣返しとばかりに、敵の使った魔法と同じものを放った術者に向けて発動した。

 

〈衝撃波〉(ショック・ウェーブ)

「ぎゃ──」

 

 短い悲鳴。モモンガの放った魔法は大気と景色を歪ませながら突撃し、敵の体をバラバラに四散させた。

 空中に舞い上がった手足や肉と骨が降り注ぎ恐怖と静寂に包まれる中、モモンガは粛々と丁寧に一人に一つずつちゃんと魔法を届ける。中にはモモンガが習得していない魔法もあったが、そこは別の魔法でちゃんと命を奪ってやった。

 

 拳を振るえば災害の如き暴力を撒き散らす男、同じ魔法で惨状を引き起こす仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)。たった二人の、しかしどうしようもない絶望を前に、敵は恐怖の只中に叩き落とされた。

 

「くっ、舐めるなよ愚か者風情が! 貴様らには、この最高位天使の力で以って滅ぼしてくれる!!」

「む」

 

 ニグンの懐から取り出された水晶、しかもそれは、超位級魔法以外を封じ込める事ができる最高ランクのものであった。

 ユグドラシルのアイテムがこの世界にもあるという事は判明したが、今はそれよりも最大限の警戒をする。

 

「最高位天使、つまりは熾天使(セラフ)クラスの天使という事か」

「どの熾天使(セラフ)にしろ、俺や酒呑童子さんとの相性は最悪ですね」

 

 ユグドラシルに於ける天使の最高位、熾天使(セラフ)。種類はいくつかあれど、それら全てはモモンガと酒呑童子にとって相性が悪く、全力で相手をせねばならない強敵だ。

 属性が悪に偏っているモモンガはもちろんだが、高い物理耐性や高威力の魔法攻撃を放つ相手は酒呑童子も苦手としている。

 二人はニグンの認識を改めた。奴は、こちらが全力で迎え撃つべき強敵であると。

 

「……モモンガくん、久々の召喚狩りをするよ。準備はいいね?」

「任せてください」

 

 この戦い、酒呑童子は初めて構えをとった。

 獣が飛び出す寸前のように身を低く屈んで、左手と両足の三点で体重を支え、右手にあらん限りの力を溜め込む。

 

「なんだその構えは? 命乞いでもするか? それとも、人類では勝てぬ存在に挑むつもりなのか? 無駄な足掻きはよせ愚か者共め。我が最高位天使の輝きを前に──」

〈全能力強化〉(フルポテンシャル)〈上位全能力強化〉(グレーターフルポテンシャル)〈上位幸運〉(グレーターラック)〈幸運上昇〉(ラック)〈致命率上昇〉(クリティカルアップ)〈上位致命率上昇〉(グレータークリティカルアップ)〈加速〉(ヘイスト)〈一撃負属性付与〉(ワン・ネガティブエンチャント)〈一撃邪悪属性付与〉(ワン・ダークエンチャント)〈筋力強化〉(ストレングス)〈上位筋力強化〉(グレーターストレングス)

枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)、剛力」

 

 ニグンは自身満々にご高説を述べている間に、モモンガは時間が許す限りのバフを酒呑童子に付与する。

 そして酒呑童子も、腰に下げていた枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)を吞み干す。

 他の酒と違い、枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)は回数制限のないアイテム、一種のアーティファクトと言っていいアイテムであり、そしてその効果は使用者に任意のバフを付与するというものである。

 ランクの高い酒となると一度に複数のバフを付与する事ができるが、枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)は数ある種類から一つだけ任意に選択し付与する事ができる。しかもどれもが高倍率であり、酒呑童子の能力を一点に特化する事ができる。

 モモンガたちが存分に強化を重ねている間に、ニグンの演説も終わったようだ。

 

「見よ! そして慄くがいい! これこそが人類を守護せし、魔神をも滅ぼす最高位天使の輝きだ!」

 

 暗雲を裂いて、天より眩い光の柱が降り注ぐ。その中から、徐々に形を持つ輝く存在。敵が救いと希望を見出している中、モモンガと酒呑童子はソレ(・・)が来るのを待つ。

 

「攻撃判定有効化まで3、2、1……今です!」

「──〈鬼掌天穴〉(キショウテンケツ)!」

 

 酒呑童子が消えると同時に、破裂音と共に地面が砕ける。すなわち、空気の壁を破り酒呑童子は音の速度を超えた。

 いまだ姿も朧げな最高位天使へと突撃した酒呑童子は、勢いをそのままに自身が使用できる唯一のスキルを使用した。

 鬼掌天穴(キショウテンケツ)。それは鬼の種族が共通して唯一使う事ができるアクティブスキル。HPの25%も消費して放つリスクの高いスキルだが、その威力はまさに空前絶後。

 相手の防御耐性を無視、更には防御値までも無視して相手のHPに直接ダメージを与えるものであり、最高レベルであるⅤまでいくと最終与ダメージを30%も上げる事ができる。

 モモンガは断言するが、この攻撃を受けて耐えられるプレイヤーは存在しない。防御絶対不可のこの一撃は、回避するか蘇生アイテムで蘇るしかないという、モモンガの持つスキルと似通った性質を持っている。

 

 ちなみに、ユグドラシルでは様々な歴代記録があり、その中に最高与ダメージランキングがあるのだが、個人部門とパーティー部門のそれぞれで酒呑童子は1位に君臨している。

 一度ギルドのメンバーで酒呑童子以外はバフ要員というネタパーティーを編成し、画面を埋め尽くす程のバフをかけまくって高HPのレイドボスと戦い、酒呑童子の一撃でレイドボスを倒してしまった際はメンバー全員が真顔になってたのをモモンガは思い出す。

 それで余りに暴れたものだから運営がムキになったのか、次のレイドボスイベントから馬鹿みたいなHPを持つレイドボスが次々と実装され、クリアできないと他のプレイヤーから苦情が殺到し、一部は原因である自分たちにも苦情半分の呆れ半分のメールが来ていた。

 

 モモンガだけのバフとはいえ、二人はこれまで同じ方法で何体もの熾天使(セラフ)クラスの天使を倒してきた。

 二人が編み出した戦法、通称召喚狩り。

 それは召喚モンスターが召喚され、攻撃判定が有効化されたと同時に攻撃するという単純にして難易度の高い戦法である。

 召喚モンスターは術者の命令を受けてから行動するので、その際にほんの僅かなタイムラグが存在する。その1秒にも満たない隙を狙わなければいけないというかなりタイミングがシビアな戦法だが、これを駆使してモモンガたちは召喚系を最強という位置から引き摺り下ろして、当時の環境トップを塗り替えた。

 

 今回もこの召喚狩りを行い熾天使(セラフ)を倒すつもりだったのだが、しかし二人の予想と反しニグンが呼び出したのは主天使(ドミニオン)クラスという明らかに格下な相手であり、確実にオーバーキルであった。

 そして二人は失念していたが、この世界はユグドラシルのルールが適用されているが同時に物理法則も働いているのだ。

 結果、天使の体を砕いた拳は止まらず空へと突き上げ、周囲一面に広がっていた雲を霧散させ、地上にある全てを空へとぶち撒けた。

 幸いガゼフの部下たちはセバスが遠くへ運んでおり、近くにいたガゼフはモモンガとセバスに掴まれ巻き込まれずに済んだが、不幸なのは陽光聖典の連中であろう。

 運悪く近くにいた者は酒呑童子が拳を振り上げたと同時に風に吸い込まれ空高くへと舞い上がり、その際に強烈な重力や衝撃に晒され内臓が弾けたり体のどこかが千切れてそのまま死んだ。運良く生き残っていた者がいたとしても、地上数百メートルからの落下では生きてはいないだろう。当然、最も酒呑童子の近くにいたニグンも巻き込まれており、暴力の余波によって影も形もなく文字通りバラバラとなった。

 これが、たった数秒で引き起こされた惨事である。

 

「あー痛ってぇ、右腕が完全に潰れちまったぞ、痛みも再現されているからこのスキルはあんまし使いたくないな」

 

 だが酒呑童子はこの惨状を気にするわけでもなく、顔を顰めながら自身の右腕を見つめる。

 これがスキルによる代償なのか、骨という骨が砕けて腕は歪に曲がり、肉が裂けて砕けた骨が飛び出している。

 酒呑童子は枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)を呑み、自己回復倍加を己に付与。20秒と経たずに腕は元どおりになった

 

「お疲れ様です酒呑童子さん。まさか最高位天使が主天使(ドミニオン)クラスだったなんて、酷い肩透かしでしたね」

「まったくだよ! あれなら普通に殴るだけよかったのに、無駄にダメージ負ったよ。まあ、アレをブラフにして俺たちの切り札を使わせるって作戦なら巧いとと思うけどね」

「いやいや、わざわざ高レアの課金アイテムをブラフに使うとか廃課金プレイヤーじゃないですか。この世界では全体的に、ユグドラシルと比べてレベルが下なようですね」

 

 周囲の思考が停止している中、モモンガと酒呑童子は呑気に談笑に興じていた。

 

「……あ」

「どしたのモモンガくん?」

「今、監視魔法が発動されたのを感じました。俺の攻性防壁ですぐに反撃しましたけど」

「あの水晶を使うと同時に発動したのかな? まあどのみち、奴らには何もできないけど。──まだやるかい?」

 

 酒呑童子の一言で、生き残った僅かな陽光聖典は装備を脱ぎ出し、下着姿で降伏の意思を示した。

 当然だ。人では勝てないとされている最高位天使を拳で殴る殺す連中だ。そんな化け物を相手に戦うなど命を捨てると同義。隊長のニグンならば最後まで抵抗するかもしれないが、その隊長は跡形もなく消えてしまった。ならばと、彼らは自らの命を何よりも優先した。

 

「うん、潔い連中だ。そいつらの連中の処理はガゼフさんたちに任せるよ。俺たちは村に戻る」

 

 降伏した連中に興味はないのか、一瞥する事なく酒呑童子たちは村へと戻っていった。

 酒呑童子たちの姿が見えなくなると同時に、ガゼフはその場に崩れ落ちる。別に傷が治っていないわけではない。ただ、あまりにも理解からかけ離れた事が次から次へと押し寄せたせいで、脳が悲鳴をあげていたのだ。

 精神も限界を超えており、隊員たちも同じだろう。勝利を祝う気分すら湧かず、ガゼフたちも疲労困憊の足取りで一度村に戻るのだった。




「モモンガと酒呑童子、召喚モンスターが攻撃を受け付けるタイミングで同時に攻撃できるんだと」
「まあ骨と鬼だし」
「見てみろよ、ユグドラシル歴代与ダメージトップ、個人とパーティー部門の両方で酒呑童子だって」
「まあ骨と鬼だし」
「あいつらレイドボスも一撃で倒すから、運営がキレて体力を倍にしたらしいぜ」
「まあ骨と鬼だし──ふざけんなよ骨と鬼ぃ!」

『あなたたちのせいでレイドイベントが進まないんですけど』
「知らんがな」

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