妹が死んだ。
俺と年齢が一つしか違わず、とても可愛らく太陽のような笑顔でみんなの心を満たしてくれた妹。俺と弟、そして妹の三人
母が早くに亡くなって、父も男手一つで俺らを育ててくれた。だからかも知れない、俺ら兄妹弟がいつも仲が良かったのは。
そんな妹が小学校六年生の時からストーカー被害を受け始めていた。中学入学と同時にストーカーが見つかるまで俺達と離れて、新潟の叔父夫婦の家にお世話になる事になった。
妹が引っ越してから大体一年と少し、友達ができただとか勉強がどうのと毎日のように電話で教えてくれた。
その時の妹の声は嬉々としていて、とてもストーカー被害を受けて田舎に隠れた少女とは思えなかった。
妹と話す電話が楽しくて、つい長電話をしてはよく父と弟に怒られた。
次は自分達も話させろだとか、俺だけずるいだとか、論点のずれた怒り方をしていて、なんだけとても可笑しかった。
だが、引っ越してから三ヶ月後、
妹がそのストーカーに殺された。
ストーカーは探偵を雇って家を見つけ出し
家に押し入って叔父夫婦を殺害
妹が学校から帰ってくると
ストーカーは妹を拘束して強姦し
その後、男は妹を殺害して
自分も死んだそうだ。
あの日の前日、妹から電話があった。
毎日が楽しいから心配しないでと話してくれた。
だけど父さんや俺達に会えなくて寂しいと、掠れた声で、泣きそうな声で、消えてしまいそうな声で話してくれた。
だから俺はあの日、妹に会いに行こうと決めていた、警察と両親に事情を説明して、用心に用心を重ね、雨の降る中を弟と一緒に新潟まで電車で行った。叔父夫婦には説明したが、妹にはサプライズで家に向かう事にしていた。
電車に乗る前に、妹への少し早めの誕生日プレゼントを買った。
自分が絶対に入らないであろうファンシーな店に入って、星の形の中に十二星座の入ったロケットペンダントを買っていった。
あの時、もっと早く家を出ていれば、妹は助かったのだろうか?
あの時、プレゼントなんて買っていかなければ叔父の家に早く着いて、事件が起こることはなかったのだろうか?
あの時、叔父夫婦と妹に迎えに来て貰っていれば、
三人が死ぬ事は無かっただろうか?
あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時…
そう思わずにはいられなかった。
なぜ妹が死ななくてはならなかった?
あの日雨の降る中、濡れながらタンカで運ばれて行く妹を見つめながら…俺は何も考えることが出来なかった。
妹を救う事ができなかった罪悪感は俺の心を縛り付け、妹を殺したストーカーをこの手で殺してやりたくて仕方なった復讐心は、何処にも向ける事はできなかった。
霊安室で妹の“遺体”を見た時に理解した。
妹は死んだのだ、と…
掛け布で顔を隠された妹の横で、父は年甲斐もなく泣き叫び、弟は俺の服を掴みながら泣き喚いていた。
俺は涙を流すこともなく、冷たくなった妹を見つめながら胸の内に湧き上がる沸々とした感情を抑えるのに必死だった。
握っていた拳からは血が流れていて、霊安室から出て警察の人に言われるまでその事に気が付かなかった。
その後、警察の人が妹が殺された状況を話してくれていたが、俺は聞く事ができなかった。
妹を殺したヤツが憎い
ただその感情が湧き上がってくる。
だが、妹を殺したヤツは既に死んでいて、残っていたのは俺の復讐心だけだった。
部屋に篭って何故妹が死んだのかをいつも考えていた。
ストーカーの親は、俺ら家族に土下座をし続けた、泣きながら、叫びながら、必死に許しを請いながら、涙を流していた。
俺がもっとしっかりしていれば、
俺が妹を守れなかったせいで、
俺が救えなかったせいで、
俺のせいで妹が死んだ
考えれば考えるほどその思考は俺を縛り付け、頭の中をかき乱していった。
誰が悪かったのか?
何が悪かったのか?
何を悪とすれば良いのか?
それが分からないまま時が過ぎ、心がどんどん水圧に潰された鉄のように歪んでいくのが理解できた。
周りの人間全てが悪に見えた。
周りの人間全てが敵に見えた。
周りの人間全てが憎く見えた。
葬式の日、塞ぎ込んでいた俺は始めて部屋の外へ出た。
「お悔やみ申し上げます」
「お辛いでしょう?」
「御愁傷様です」
そんな心にもない事を述べて去っていく参列者達。
誰も分かるはずがない。
理解できるはずがない。
奪われる悲しみを。
何処にも向ける事ができないこの憤りを。
葬式が終わり、弟が学校に行き始めると同時に、俺も学校に行く事にした。
その日から、妹の事で連日訪れるマスコミを払い除ける日々が続き、空気を読まずに妹の事を聞いてくるクラスメイトを殴り飛ばした事もあった。
俺の生活も落ち着きを取り戻し、家族も妹の事を受け入れるようになって来た。
悲しさを殺して仕事をし、毎晩妹の写真の前ですすり泣いていた父も。心にできた大きな穴を埋める事も閉じる事もできず、毛布にくるまり塞ぎ込んでいた弟も、だんだんと妹の死を認めていった。
だが俺は、俺だけは受け入れられなかった。理解はできても納得したくなかった。
毎日仏壇に立てられている母の写真の横に並べられた妹の写真を見るとつい思ってしまう。
まだ妹は生きているのではないか?
朝起きて階段を降りて、リビングに入ると当たり前のように、何時ものように“おはよう”と言ってくるのではないか?
また家族揃って笑っていられるのではないか?
そんな考えが頭をよぎり、すぐさま頭の中から消え去る。
ーーーー妹が死んだーーーー
それを受け入れる事ができない。
あの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
その日、俺はもう妹は何処にも居ないことを悟った。
『ISを動かせる男子現る!!』
と大きく取り上げられたニュースを見た。
女にしか動かせない現存兵器を上回る性能と能力を誇る
【インフィニット・ストラトス】通称IS
を動かせる男、しかも見ればIS操縦者で世界的に有名な『織斑 千冬』の弟だそうだ。
そして、彼がISを動かしたことでまだ居るかもしれない男性操縦者を探すために、世界規模で男性に対するISの適性検査を行うらしかった。
最初はどうでも良かった。どうせ適性は皆無だろうと踏んでいた。
恐らく彼は世界で三十億〜三十五億分の1の人間なのだろうと、自分には関係のない話だと、タカを括っていた。
しかし、現実は俺の常識を打ち砕いた。
『IS適性A』
それが俺に診断されたIS適性だった。
すぐさま政府の人間が俺を保護という名目で半ば軟禁した。
家族と引き離され、自分の進路であった有名な進学校の合格も取り消された。そして男性操縦者の研究をする為に俺は研究所のようなところで色々な検査をされた。
血液検査から始まり尿検査、脳の検査、ホルモンバランスの検査、遺伝子配列の確認、皮膚細胞や骨密度なんてのから、筋肉や臓器、髪や網膜、身体の隅々まで調べ上げられた。
検査が終わると次にISに乗せられた。空中移動から始まり近接戦闘、中距離戦闘、遠距離戦闘と、毎日10時間以上をISに乗せられた。
研究所での生活におおよそ人権という概念は感じられなかった。
休ませてくれと言っても無視され、外に出る事も家族と会う事も、連絡すらさせて貰えなかった。
それでも解剖されないだけマシだと思えている自分がいた。
でも、家族は苦しんでいるかもしれない。そう考えるとここを出ることばかり考えるようになった。
警備の周回経路を頭に入れ、監視カメラの場所を暗記し、ISが収容される格納庫を確認し、訓練以外のISについての知識を覚えながらIS起動の操作方法を覚え、ISの武器の中にあった【パルス弾】をパクって研究所の至る所に隠した。
いつかここを逃げ出し、家族に逢ってこの不当性さを世間に公表してやると、そう…計画していた。
軟禁されてから約二ヶ月、
俺は全てを奪われた
女尊男卑という思考を持つ利権団体の木っ端どもが俺の家族を人質に取った。
要求は一つ
俺を殺せという命令だけ
そのことを知らされていなかった俺はいつものように訓練を受けていた。
いつもの様にISを装着し、いつもの様に指示を受けながらもいつものように中距離戦闘の訓練をしていた。
その日は
たまたま研究員が通信回線を切り忘れていた、
たまたま俺の家族の事を話していた、
たまたま利権団体の事を話していた、
たまたま武装が重装備だった、
たまたま…
…屋外での訓練だった。
その会話を聞いた瞬間から無我夢中で飛び立ち、俺が逃げないようにするためのバリアも設備も片っ端からぶっ壊し、隠していた【パルス弾】をこのISから信号を送って全部起爆させ、スラスターを限界まで吹かして、家族のいる筈の自分の家へと向かっていた。
辿り着いた我が家は、少しだけ荒れていた。手入れをしていないのか、普段父が乗っている車は汚れが酷くて、弟がいつもはしゃいでいた庭のブランコは片方の縄が千切れていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
俺の息は荒く、家の中には誰も居なくて、焦りと嫌な冷や汗が止まらなかった。
ふと、ISに一つのデータが送られて来た。
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霧宮家 誘拐計画
○月 ○日
この日は霧宮 椿以外の家族全員が自宅にいる予定である。
午後に霧宮 椿への面会を要求するため2名同時に政府の車で研究所に向かうようだ。
これに乗じて霧宮家を誘拐せよ。
誘拐した旨を政府に伝えて霧宮 椿の殺処分を要求すべし。
霧宮家に関しては『新しい男性操縦者が生まれないよう』速やかに処分する事を提案する。
尚、この書類は極秘であり速やかに削除されたし。
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鼓動が高鳴る。
家族が殺される。
また奪われる。
嫌だ
嫌だ
嫌だ
嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ!!!!
さらにデータが送られてくる。
そこには俺の家族が監禁されているであろう場所が記載されていた。
普段の俺ならいきなりこんなデータを信じることはなかったかもしれない。
だが、また家族を失うかもしれないと思うと居ても立ってもいられなかった。
藁にもすがる思いで本当か嘘かも分からないデータの場所へと飛んでいった。
場所は家からそう遠くはない廃墟で、あまり時間はかからなかった。
身体が悲鳴をあげるほどの速度で飛行してやっとビルへとたどり着く。
「なっ!!なんでここに!?」
恐らく誘拐犯だろう…。弟に銃を当てながら俺を威嚇する。
「あ、ISを降りなさい!!さもないと撃つわよ!」
弟の頭に銃を構えた誘拐犯達、俺にISを降りることを強要してきた。
頭に血が上ってはいたが、なぜか驚くほど冷静だった俺は、この距離ではISに乗っている自分の移動速度より、彼女らの銃弾が二人の頭を撃ち抜く方が速いというのは分かっていた。
俺は大人しくISから降り、両手を挙げる。
「頼む…父さんと弟には…手を出さないでくれ」
誘拐犯たちは顔を見合わせて、従順な俺を見て何を思ったのか、嘲笑うように俺を殴り続けた。
痣ができるくらい殴られ、口からは血の味がする。額からも流れ出る血が目に入る。
「はっ!男のクセに!!IS動かせるからって調子乗ってるんじゃないわよ!!」
「男なんて私達女の便利な道具でいりゃ良いのよ!!」
何度も何度も殴りつけ、気が収まったのか、誘拐犯達は拳銃を取り出した。
ーーーー殺されるーーーー
そう思った。
「ほら…」
「え?」
急に拳銃を差し出され、困惑を隠せなかった。
「それで撃ちな?」
初めて握る銃の感触はとても冷たくて、ずっしりと重かった。
「それであんたの父親を撃つんだよ!!」
え?
今なんと言った?
誰を撃てって言った?
父さんを?撃て…?
「じゃなきゃこのガキを殺す!」
もう1人の誘拐犯が先ほどよりも強く弟を縛り上げた。
選べと言っているのだ……弟か…父か…。
俺は父さんの方を見た。
「……………」
父さんは力強く、それでいてゆっくりと頷く。
「…無理だよ…!…撃てない……俺には…無理だよ…!!!」
手が震える。
「…やれ…椿…」
鼓動が早くなっていくのが分かる。
「…無理だ!!」
息が出来ない。
「やるんだ!!!!椿!!!“お兄ちゃん”だろう!!!!弟を守れ!!!」
初めて聞く父さんの怒鳴った声に促され、拳銃を持ち上げ、父に照準を合わせる。
震える手で銃の引き金に指をかける。
「…それで良い…椿…」
空気を裂く乾いた音がビルの中に響き渡った。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
【父を撃った】
その事実が俺の頭の中をドス黒く満たしていく、胸が苦しくなる、目眩がして、頭がグルグルと回転しているような錯覚を覚える。返り血が俺に飛んできていたのか、顔にポツリと跳ね飛んだ血が頬に付いた。
身体が熱い
頭が痛い
吐き気がする
前が見えない
残っていたのは、銃口を父さんに向けて引き金を引く感覚だけだった。父さんの最期の優しげな笑顔が、視界に入り込んでくる。
両手を見る。血が付いた…父さんを撃った…人殺しの…汚れた…。
「ごめん…!ごめん…なさ…い……!うぅ…あぁぁ…!!!!」
何度も謝った。
ーーーー撃ったことを
何度も嘆いた。
ーーーー救えなかったことを
何度も叫んだ。
ーーーーこの感情を抑える為に
ふと、俺の横で先程と同じ乾いた音が響いた。
「…え…?」
そこには…
誘拐犯の女は笑っていた。俺を馬鹿にするように、嘲笑うみたいに、嬉しそうに、楽しそうに、笑っていた。
そのすぐ後、ISの反応を追って来たらしい武装したIS部隊と特殊部隊が廃ビルに乗り込んできた。
その光景を最後に…俺の意識は闇に溶けた。
目が覚めると、そこは文字通り真っ白な部屋だった。部屋の隅が近いからか軽い閉塞感を覚える。
真っ白な部屋で、真っ白な服を着て、手錠をされて、ベットの上で寝ていた。正面には小さなドアと真っ暗な小窓………恐らくマジックミラーであろう窓があった。
もうどうでも良かった
早く死にたかった
生きているのが辛かった
どうすれば良いのか分からなかった
これ以上何を失えば良い?
これ以上何を奪われれば良い?
何故俺がここまで苦しまなければいけない?
何故俺が奪われなければならない?
神様が憎かった
世界が恨めしかった
現実が嫌いになった
次は何を奪われる?
名前?
希望?
理想?
誇り?
心?
命?
考えるのも億劫だ。何故家族が死んだ?また俺の所為か?
俺がISなんて動かさなければ良かったのか?
俺が生まれなければ良かったのか?
俺が誰かを救おうなんて考えなければ良かったのか?
きっとこの窓の向こうで知らない誰かが俺の事を話しているのだろう。
ーーーー早く殺してくれーーーー
もうなにもかもどうでも良い。
何日かしたある日、普段はトレイに乗せられた食事(最近は手を付けてもいないが)しか入ってこなかった扉から、1人の女性が入ってきた。
凛としていた
ーーーー儚い花のようだった
鋭い目つきだった
ーーーー悲しそうだった
綺麗だった
ーーーー目が少しだけ腫れていた
抜き身の刃みたいで
ーーーー今にも折れてしまいそうで
見覚えがあった
ーーーー誰だったっけ?
忘れてしまった
ふと、女性が俺の目を見てようやく口を開く。
「…初めまして…私の名は『織斑 千冬』という…君と同じ、もう
か細い声で捻り出すように言葉を発する女性は、今の女尊男卑の風潮では珍しいと思えるくらいの威圧感の無さだった。
オリムラ…織斑…ああ確か【世界最強】とか言われている元日本代表のIS乗りだったはずだ。
彼女はISの世界大会第一回『モンド・グロッソ』で優勝して、二連覇を期待されていたのに何故か途中退場してしまって話題になっていたらしい。友人が多なことを話していたように思う。
俺はその時は妹の事で塞ぎ込んでいてテレビなんて殆ど見ていなかったから記憶に残っていない。
「…すまない…謝っても許されるとは思っていない…」
彼女は俺に深々と頭を下げてきた。
織斑 一夏がISを動かしさえしなければ俺の家族は死ななかったかもしれない。
目の前の女を殺したくなった。
喉笛を引き裂いて爪を剥いで歯を折って目をくり抜いて骨を砕いて肉を捩って指を曲げて腹を抉って髪を引き抜いて心臓を貫いて腸を引きずり出して顔の皮を剥がして四肢を胴から切り離して頭を潰して…
気が付けば俺は彼女に飛び掛かっていた。頭の中で考え付く限りの殺し方が脳から脊髄までグルグルと駆け回っている感覚だ。
彼女の綺麗な首筋に両手を押し付けているのが、その手が食事もまともに食べずに痩せ細くなった自分の手だと自覚するのに随分時間が掛かった。
彼女の呼吸を止めようと力を込めるが、うまく力が入らない。いつの間にか俺は涙を流していた。歯を食いしばっているからか口からは血も出していた。
彼女の頬に俺の涙が落ちる。良く見れば、彼女も泣いていた。
ーーーー分かっている
彼女が悪い訳ではない。
ーーーー分かっている
彼女が俺の家族を殺した訳ではない。
ーーーー分かっている
彼女が奪った訳ではない。
ーーーー分かっている
彼女が裏切った訳ではない。
理解していても俺の中の黒くて汚くて醜い感情はそれを許さなかった。
それを認めなかった。
それを押し退けた。
それを聞き流した。
『お前は逃げたんだよ』
誰かの声が耳元に響く。その声はひどく誰かの声に似ていた。
その声が誰の声なのか…すぐに分かった。
『いつもそうだ。嫌な事から逃げて、だからお前は、だから“俺”は救えない、救われない』
それは俺の声だった。
目の前の織斑 千冬の顔を見る…見てしまう…。
力強く首を絞める俺の手に、自分の手を添えて…悲しげにそして優しげに…柔らかな声で、微笑んでくる。
【す ま な い】
ーーーー違う…
俺が聞きたいのはそんな言葉ではない
ーーーー違う…
見たいのはそんな涙ではない
ーーーー違う…!
掴んで欲しいのはこんな手ではない!
ーーーー違う…!!
人を殺めたいわけではない!!
ーーーー違う…!!!
許しを求めて欲しいのではない!!
ーーーー違う!!!!!
あの時撃ったのは俺だから
ーーーーそうだ!
家族を死に追いやったのは俺だから
ーーーーそうだ!!
奪ったのは俺だから
ーーーーそうだ!!!
誰も俺を救ってはくれないだろう
ーーーー正義なんてないのだから
誰も俺を見てはくれないだろう
ーーーーそれが現実なのだから
誰も俺を許しはしないだろう
ーーーーきっと俺が悪いのだから
それでも聞きたい
ーーーー優しい言葉を
それでも請いたい
ーーーー許しを
嗚呼…誰か…たのむ…
ーーーーー俺を許してくれーーーーー
良かったら何か感想だとか色々書いてくださると嬉しいです。