ありがとうございます。
今日のは書いてて特に楽しかったです。
『決まったぁぁぁ!最後は三倍満をツモっての圧倒的勝利!勝者、三尋木咏~!!』
観戦室の巨大モニターから聞こえてくる声は、たった今終わったばかりの麻雀の試合の勝者を告げていた。
『三尋木プロ、今日は絶好調でしたね~!』
『そうですね。謹慎明けの初戦としては、かなりいい滑り出しではないかと思います』
『小鍛治プロから見て、三尋木プロの今日の勝因はなんだと思いますか?』
『気持ち的な面ではないでしょうか。三尋木選手は、力の作用に精神的な部分が大きく絡むタイプなので、そういう意味では今日はかなりいい状態で挑めたのではないかと思います』
『なるほど!さすが小鍛治プロ、人のことがよく見えています。伊達にアラフォーまで生きていません!!』
『私まだアラサーだよ!!自分で言いたくないけど!』
『さて、今後の三尋木プロの活躍に乞うご期待です!という訳で!ここまでのお相手は、ふくよかじゃないスーパーアナウンサー福与恒子と!』
『す、すこやかじゃない小鍛治健夜でお送りしました…ってこれラジオじゃないから!!』
麻雀ファンからすればもはやテンプレとなった二人の掛け合いが終わり、観戦室にいた人々もゾロゾロとその場を後にしていく。
その中で唯一、初めて麻雀の試合を観た須賀京太郎は、いまだ席から動くことができずにいた。
「…三尋木さん、凄かったな…」
今なお、半ば放心状態でモニターの三尋木咏を見つめながらそんなことを呟く。
さきほど控え室で見送ったばかりの小さなプロ雀士は、試合を圧倒的火力で完全に支配していた。
麻雀のルールこそいまいちわかってはいなかったが、彼女があがりを宣言し点数を増やしていく度に、自分も段々と興奮していくのがわかった。
固く握られていた両手には、じんわりと汗が滲んでいる。
卓上で勝ち気な笑みを浮かべる彼女はとてもカッコよく、そしていつも以上に自分を魅了するのだった。
彼女に会って、直接今の気持ちを伝えたい。
そう思った京太郎は、観戦室を後にする。
さきほど彼女と別れたばかりの控え室へと足を早めるのだった。
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彼女の控え室へと向かう途中。
どうやって今の気持ちを伝えようか…急ぎ足になりながらもどう言葉にすればいいか、いまだ考えのまとまらない京太郎は、顎に手をあてながらうつむき加減に歩いていた。
だからだろう。廊下の曲がり角でうっかり人にぶつかってしまったのだった。
「きゃっ!」
曲がった瞬間に軽く柔らかい衝撃を受ける。
何事かと声がした方を見ると、自分とぶつかったせいで一人の女性が尻餅をついていたのだった。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
慌てて彼女に駆け寄り、手を差しのべる。
今年から高校生とはいえ、京太郎はそれなりに体格のいいほうだ。
目の前の女性は見たところ少々小柄なので、そんな自分とぶつかって転んでしまった彼女が少し心配になった。
「いててて…うんっ、大丈夫だよー☆」
差しのべた手を掴んで起き上がる女性。
軽く引っ張り上げて立たせた彼女をよく見ると、何ともまあ、超がつくほどの美人だった。
艶やかな茶髪ロングをサイドテールで結んでおり、顔は少し幼いがとても整っている。
どちらかというと可愛いよりのその美人は、首からヘッドホンをさげ、可愛らしいエプロンを身に付けており、何というか少しファンシーな感じがした。
声も甘く耳がとろけそうになるなど、どこぞのアイドルのようだ。
しかし、それらの注目を集める要素を持ってして、それ以上に京太郎の視線を惹き付けたのは、彼女の特大のおもちだった。
で、でかい…!
今まで出会った女性の中でも一際大きい、その存在感を嫌でも感じてしまうほど素敵なおもちは、京太郎の視線を釘付けにした。
もしかしてさっきぶつかった時の柔らかい感触って…
そんないやらしい妄想が頭の中を駆け巡ったが、彼女から声を掛けられることにより何とか現実へと引き戻された。
「ごめんね~、ちゃんと前見てなくて!」
「あ、いえ!こっちこそすみません!怪我とかしてないですか?」
さきほど大丈夫とは言っていたが、一応もう一度確認しておく。
こんな綺麗な人に怪我なんかさせた日にはたまったもんじゃない。
優しく話しかけると、目の前の彼女がじっと俺の目を見つめてきた。
そしてその後、全身を舐め回すように観察される。
な、何事だ?
若干気味の悪い視線に居心地が悪くなる。
ひとしきり俺を見た彼女は、ポツリと呟いた。
「やばっ、タイプかも…」
彼女の目が、獲物を定めた肉食獣のようにギラリと光る。
呟いた言葉が何かは聞き取れなかったが、彼女の鋭い視線に身の危険を感じる。
美人に見つめられてるはずなのにこの恐怖はなんだ…?
ゾクゾクと鳥肌が身体中に広がる。
逃げなくては…
本能的に彼はそう考えたのだった。
しかしそれは目の前の肉食獣の猛攻により阻止される。
「君、お名前は~???」
「ひっ……す、須賀、です…」
「下の名前は~???」
「…え?」
「し、た、の、な、ま、え、は~?☆」
「……きょ、京太郎、です…」
有無を言わせぬ彼女の迫力に完全に気圧される。
逆らえばまずい。
あっという間に骨まで食べられてしまうと思った。
「へー!京太郎君って言うんだ☆」
「……」
「私は瑞原はやり☆はやりちゃんとか、はやりんって呼んでね☆…って、流石に私のこと知ってるよね~」
「…え?」
「…ん?え、知らないの?」
「すみません。知らない、です…」
「…こんなところにいるのに??」
「…はい」
「…ふーん、そっか~」
自分を知らないと言われ驚いた様子の彼女。
口ぶりからするに、結構有名な人らしい。
といっても、恐らくここにいるということは麻雀関連の有名人なのだろうから、知らなくても無理はないと思った。
まあそんな人間が麻雀の試合会場にいるとも思わないだろうが。
しかしこれで彼女の機嫌を損ねてしまったら…
そう不安に思い彼女の表情を恐る恐る見てみると、彼女は怒るどころか非常に嬉しそうな顔をしていた。
「かんっぺきじゃん…」
予想外の呟きを漏らした彼女は、なんといきなり、京太郎の右腕に抱き着いてきたのだった。
二つの暴力的なまでのおもちが、右腕をむにむにと刺激する。
「み、瑞原さん⁉な、なにを⁉」
「もう、京太郎君ってば☆私のことは、はやりちゃんかはやりんって呼んでって言ったでしょう?」
「え、あいや、そうじゃなくて…」
「は、や、り、ちゃ、ん!」
「…は、はやり…さん…」
「むむ。んー、まあでもいっか☆」
名前を呼ばれて嬉しそうにするはやりさん。
そんな彼女はとても可愛らしいのだが、今はそれよりも右腕の感触が気になって仕方がなかった。
お、おもちってこんなに柔らかいのか…⁉
いきなりの状況に戸惑いながらも、柔らかなおもちの感触を堪能する。
本来ならばこのままではいけないのだが、あまりの気持ちよさに体が動こうとしない。
どうしたもんかと思いながらも、これは向こうが抱き着いて来たからであって自分は悪くないと結論付け、もう少しこの感触を楽しもうと思ったのだった。
おもち…最高!!
ぐへへへへっ。
…しかし、幸せは長くは続かない。
「…何してんだ、須賀?」
突如後ろから掛けられる声にハッとする。
ゆっくりと振り返ると、そこにはさきほどの試合で見事勝利を収めた、プロ雀士兼お隣さんの三尋木咏がいたのだった。
彼女はとても優しそうな笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。
声にも明らかに怒気が含まれていて、彼女が怒っているのが一目瞭然だった。
ま、まずい!
何がまずいのかはよく分からないが、何となくこのままではいけない気がした。
どうにかして言い訳をしないと…多分ヤられる!
何とか彼女の怒りを静めようと頭をひねっているうちに、自分よりも先に答えたのは、今なお腕に抱き着いておもちをあててくるはやりさんだった。
「あれれ~?こんなところにお子様が~、迷子ですか~??」
ピキリと三尋木さんの額に青筋が浮かぶ。
まさかの人が、いきなり三尋木さんを煽り始めたのだった。
え、ちょ、何言ってるのこの人⁉
あまりの衝撃に口を挟むことが出来ない京太郎は、ただその成り行きを見ていることしかできなかった。
「あっれー、おっかしいねぃ。こんなところに年不相応の格好したおばさんがいるけど、何でかなー。わっかんねー」
売り言葉に買い言葉。
俺を挟んだ二人はバチバチと火花を散らし、今にも掴み掛かるのではないかと思うほどだった。
てかこの二人は知り合いなのか?
そんなことを思っていると、一瞬の隙を突いて三尋木さんが俺の腕を引っ張り、はやりさんから引き剥がすことに成功する。
あっ…おもち…
アホなことを考えているのも束の間、俺はお尻を扇子で思い切り叩かれたのだった。
「いった!ちょ、三尋木さん」
「どういうことか説明してもらおうか、須賀?」
俺の抗議の声は、圧倒的火力によりかき消されてしまう。
今の彼女に決して逆らってはいけない。
直感でそう感じたのだった。
「さ、さっきそこでぶつかってしまって。それで起こしてあげただけです…」
俺は事情を端的に話して彼女を落ち着けようとする。
しかし、そこに火に油を注ぐ存在がいた。
「そんな京太郎君!あんなことまでしておいて、私とは遊びだったの?ひどい!」
おいおいと嘘泣きを始めるはやりさん。
それに対して、三尋木さんがさらに火力を上げる。
「すーがー…どういうことだ?ああん?」
「い、いえ違います!俺は何にも!!」
必死で無罪を主張する。
あんなことって言われても身に覚えがない。
せいぜい腕に当たるおもちの感触を楽しんだだけだ。
「京太郎君、あなたが遊びでも私は本気だよ?」
「ちょ、はやりさん!いい加減にしてくださいよ!」
いつまでもふざけるはやりさん。
この人は何がしたいんだ⁉
こんなことばっか言って三尋木さんが怒らないわけが…
見ると彼女は、やはり見るからに怒っている。
しかし、その怒りは先ほどとは少し代わり別の方向へと向いていた。
「さっきから聞いてりゃ京太郎君京太郎君って、どういうことだい?それからはやりさんって呼んでるし…」
彼女が気になったのは俺たちが何をしていたかということよりも、どうしてお互いに下の名前で呼びあっているかということのようだった。
何でそんなこと気にするんだ?
不思議に思っていると、それに答えたのははやりさんだった。
「べっつに~?京太郎君は京太郎君だし、私は下の名前で呼んでってお願いしただけだよー☆」
ことも無げに答える彼女は、どこか自慢気であった。
それに対して三尋木さんは、ぐぬぬっと狼狽えている。
そしてはやりさんは、さらにそこに追い討ちをかける。
「それよりー、咏ちゃんこそ、京太郎君とはどういう関係なの???」
「別にー?ただの、マンションのお隣さん、だけど?」
負けじと胸を張って答える三尋木さんだったが、それは失敗だった。
肉食獣の目がキラリと光る。
「えー!?お隣さんなのに名字呼びなの~?会ったばかりのはやりですら下の名前呼びなのに~???」
どこまでも嫌らしく言うはやりさん。
先ほどから思ったのだが、どうやらこの二人は相当に仲が悪いらしい。
そんでもって、はやりさんが平気で三尋木さんの身長のことをいじるあたりから、三尋木さんが謹慎の原因になることを言ったのはこの人だと簡単に想像がついた。
てかこの人しかありない。
何て言うか、子供の喧嘩みたいだな…
もはやこの状況に慣れつつある京太郎は、少し達観して今の状況を冷静に見ていた。
というより、もうどうにでもなれと半ば諦めいた。
「な、な、別にいいだろ呼び方なんて!」
「あれれ~、先に名前のこと言ってきたのはそっちじゃないの~???」
「うっ、うっせー!別にそんな気にしてないし!てか、下の名前呼びくらい、全然できっから!」
「ふーん?じゃあ今やってみせてよ☆」
「あ、ああ、いいぜ?余裕っでやってやんよ!」
若干涙目な三尋木さんは、必死ではやりさんに対抗する。
というか、別にお隣さん同士だったら名字呼びでも何もおかしくないのだが…
冷静に分析する京太郎だが、彼女の方はそうではない。
半ばヤケになりながら、俺の方をじっと見つめてくる。
潤んだ瞳と上目遣いにドキっとした心臓だったが、次の彼女の言葉によりいっそうドキドキすることとなるのだった。
「…きょ、きょう……きょうた、ろう…」
どんどん尻すぼみになっていく彼女の声は、しかし、はっきりと俺の名前を呼んだのだった。
「…っ」
瞬時に顔が熱くなる。
ただ名前を呼ばれただけなのに、心拍数が一気に上昇するのがわかった。
そして胸の辺りがポカポカと温かくなってくる。
な、なんだろう。この気持ちは…
自分でもわからない胸の高鳴り。
京太郎は、プルプルと震えながら一生懸命に何かを堪えている目の前の彼女を直視することができなかった。
きっと今の自分も、彼女と同じような顔をしているのだろう。
そう思うと、余計に恥ずかしさがこみあげてくるのだった。
「ほ、ほら!今度はそ、そっちの番、だぜ…」
恥ずかしさを誤魔化すようにそう言う彼女は、弱々しく、それでも何か期待するような眼差しを俺に向けてくる。
そ、そんなに見つめられても…
たかが彼女の名前を呼ぶだけだというのに、なんだろうこの恥ずかしさは。
顔の火照りがおさまらない。
心臓は今までにないくらい早く胸を打ち、今にも破裂しそうなほどだった。
「…は、はやくしろよっ…」
少しいじけたように上目遣いで訴えてくる彼女に、何とも言えない感情が胸からこみ上げてくる。
体の中で何かが暴れまわっているようだった。
しかし、いつまでもそんなことを考えていても仕方がない。
…ええい!覚悟を決めろ!
いつまでも待たせるのももうしわけない。
名前を呼ぶだけだ。
ここは腹をくくってやってやる!
そう決意して口を開こうとしたその時、
「みんなお疲れ様~」
そう言って現れたのは、今日の試合の解説をしていた小鍛治さんだった。
「「「……」」」
「咏ちゃんもお疲れ様。いい試合だったねー」
労いの言葉をかけてくれる彼女だったが、今はその時ではない。
明らかに漂う空気がおかしいことに気がついた小鍛治さんは、「あれ?」と言って気まずそうな顔をした。
「もしかして私、お邪魔だった…?」
そう言って顔色を伺うが時すでに遅し…
俺の目の前にいる小さな彼女は、とうとう怒りを爆発させてしまったのだった。
「うがあぁぁぁぁ!!」
「う、咏ちゃん?」
「すこやんのバカ!今いいところだったのに!」
「え⁉あ、その、ごめん」
「うっせー!このいきおくれアラフォーが!」
「ひどいよ!後、私まだアラサーだよ!」
名前を呼ばれるのを邪魔された三尋木さんは憤慨し、小鍛治さんに罵声を浴びせる。
そしてやっかいなことに、そこにはやりさんも参戦するのだった。
「すこやんナイス!いい仕事したね☆」
「ちょ、瑞原さんいたんですか⁉」
「さすがアラフォーなだけあるよ☆」
「お前もアラフォーだろうがこの牛乳女!」
「残念でしたー、私はまだアラサーですー☆」
「私もアラサーだよ!」
何故かやたら年齢の話が出てくるこの喧嘩。
てかはやりさんアラサーなのか⁉
信じられない…
それに小鍛治さんにいたってはアラフォーだなんて…
人は見た目によらないんだなあ。
もうこの状況に諦めている京太郎は、呑気にそんなことを考えていた。
てか完全に俺の存在忘れられてない?
「全くもう!もう少しで京太郎に名前呼んでもらえたのに…」
「え、どうしたの?」
「うっせーアラフォー!」
「ひどい!」
「てゆーか何気に咏ちゃん、京太郎君のこと名前で呼んでるね(笑)」
「い、いいだろ別に!私は絶対に、お前には負けないかんな!」
「お子様じゃあ、牌のお姉さんには勝てないんじゃないかな???」
「牌のお姉さん(笑)」
「ああん?」
「二人とも落ち着きなよ!」
「「アラフォーは黙ってて!!」」
ヤンヤンワーワーと続く口論。
だんだん内容が可哀想な感じになってきているが気にしないことにする。
大人の女性の喧嘩ってちょっと醜いなー、とか全然思ったりしていない。
てかひたすらアラフォーって言われ続ける小鍛治さん可哀想だなー。
そんなことを思っていると、それは突如起こった。
流石に我慢の限界が来たのだろう。
プルプルと体を震わせていた小鍛治さんの体から、大量のどす黒い何かが放出されたのだった。
「私はまだ、アラサーだよぉぉぉぉぉ!!」
彼女が叫んだ瞬間、パリんとガラスが割れる音と共に目の前が真っ暗になった。
会場の至るところから悲鳴があがり、会場中全ての照明類が割れたことにより停電が起こったのだった。
「「「「…………」」」」
本当にオーラで照明って割れるんだなぁ。
この日の後、小鍛治さんは麻雀協会から1ヶ月の謹慎を言い渡されるのであった。
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