ラスト・ラン 作:高山カナデ
男子4継で日本の金メダルが確定した時は、自分が走っているようなドキドキ感とわくわく感を感じることが出来ました。
やっぱり陸上を見ていると自分が競技をしていた時を思い出します。
では、本文を。
(side 晴矢)
2日目、今日も昨日に負けず劣らずの青い空。その空の下、今日、僕は運命のレースを迎える。
レース1時間前。アップ場。
相方の進と一緒にアップ場に入った。
先日のTTの結果から決められた参加。
1位と、2位だ。
真っ赤なタータンのトラックに、礼をしてから一歩。
補助競技場とはいえども、それなりには立派な作り。
スタンドがあるかないかの違いのようなものだ。
だが、お世辞にもタータンの赤は鮮やかとは言えない。
今までのアスリート達によって、汚された色だった。
一体ここで何人のアスリートたちが光っていたんだろうか。
そうに考えると、僕は一人で心を躍らせた。
アップ中にも、自分の足が意思を持っているようだ。
本当に、いいレースが期待できる。
自信を持って、招集に向かった。
ODRは、4番。
つまり、4レーンからの出走だ。
「On your marks…」
初めてのレースの、運命の幕開けの声が響く。
そして、レースが始まった。
入りの200m。
先輩に言われた通りに先頭集団にぴったりと付く。
「晴矢、お前の実力なら優勝だけでなく、全中も夢じゃない。入りの200、32でいければ大丈夫だ。はじめは時計なんか気にせず、思った通りに、自分の走りたいように走れ。
だけど300通過のランニングタイマーはしっかり見ろよ。
400を超えたら、自分のペースで走れ…」
200mの通過。初めてのレース。
戸惑いがあり、ランニングタイマーを見そびれてしまった。
しかし、300の通過。
タイムは45だった。
速い。200m30秒ペース。
だが、僕には自信があった。
今大会は強い選手は3000mで全中標準を狙っている。
だからこそ、今回の1500mはダークホースが多いのだ。
その中でも、前評判で晴矢が一番だ。
タイムにも期待がかかる。
切ってやるんだ、全中標準、4分07秒50を。
あっという間にレースは1000mが終わった。
この1000の通過は、2分45秒。200mあたり、33秒ペース。
先頭集団は、ラスト1周の合図を聞くことになる。
その集いは、3人。
そして、僕はペースを上げた。
高い、少し耳に響く音が、後ろから遅れて聞こえてきた。
気持ちがいい。自分がこのレースを支配している。
あっという間。あと300、200、100、0。
ペースは、面白いほどどんどん上がっていく。
最後には、集団となっていた2人を置いていったみたいだ。
フィニッシュタイムに期待がかかる。
しかし、僕はそれどころではなかった。
今までに味わったことのない、えもいわれぬ快感に身が包まれた。
走ることが、こんなに気持ちがいいなんて。
ドーパミンが一気に放出されているのがわかるような快感だった。
あっという間の1500m競走。
僕は心をそれに奪われた。
そして、この夏が楽しみになってきた。
この夏の、総合体育大会が。
でも、それは、先輩との別れを指し示していた。
大切な、努力を共にしてきた先輩たちとの、別れ。
それを考えただけで、胸を締め付けられた。
あと、1ヶ月。いや、あと、半年。
駅伝をもって、先輩たちは本当に引退。
せめて、最後くらい笑顔で、みんなで終わらせてやる。
10分後、タイムが出た。
1年男子1500m 予選第1組
1着 ORD.3 青桐 晴矢 大西中 4'07"45 ◎
2着以下が僕の名前の下に連なる。
そして、一番下には、小さくカッコ書きで、脚注が書いてあった。
(◎=全日本中学校陸上競技府の府の選手権大会参加標準記録突破)
僕は全日中の参加資格を勝ち取った。
だが、喜んでいいのか、悪いのか、微妙なところだった。
その後僕は、決勝で4分10秒65という記録を出してこの種目の若きチャンピオンになった。
――――
(side 竜也)
通信大会が終わり、全中のキップを長距離の部員で掴んだのは3人だった。
青桐兄弟と、蓮川。
ブロック長の俺は、あと少しの差でそれを手にすることができなかった。
どうしても悔いが残る。
中盤までは、あれほどにまでいいレース展開だったのに。
だが、俺が今戦っている世界は、真剣勝負の世界。
そこでは、一切の言い訳は通用しない。
勝負に、だったら、してれば、だったのに、はないのだ。
その場で実力を発揮できないと、いくら強くても、地に堕ちる。
悔しくて悔しくて、枕をぐっしょりと濡らしたあの夜を思い出して、苦虫を噛み潰したような表情になる。
もう、あれだけ悔しい思いはしたくない。
いや、しない。
一番悔しかったのは、晴矢が全中の出場権を得たこと。
俺はできる、といった。
だが、それでも、実際に目の前でそれをなされてしまうと、強烈な印象を受けてしまう。
実際、悔しい。
だから、俺が。
今度は俺が、あの壁を乗り越えて、その先の未来へと物語を繋ぐんだ。
そして、俺の新たな挑戦を、その物語を紡ぐんだ。
俺に残されたのは、あと1つの舞台。
県総体。そこで絶対に、全日中の、標準記録を切ってやる。
俺は決意をした。
今、ここで。やらなければ。いけない。
為さねばならない。
意地として。
やるんだ。今。
やりきるんだ。
――――
(side 晴矢)
次の大会は総体だ。
中学校総合体育大会。略して、総体。
先輩たちのこれまでの成果を出し切る、トラックレース最後のチャンス。
端的に言ってしまえば、全中出場を目指す堀内先輩に残された最後のレース。
他の先輩方は、目標を達成しているか、それとも…といったところだった。
全中出場を目指していた3年生は3人。
お兄ちゃんと、堀内先輩、そして、蓮川先輩だ。
この内、全国への切符をもうすでに掴んだのは、お兄ちゃんと、蓮川先輩。
そして、なぜか僕。
あの時のレースの記憶は、ほとんどと言っていいほどない。
なにがあったか、よくわからないのだ。
だから、僕が全国への切符を掴んだのは、ちょっぴり不思議な気分。
ただ、今の僕には、それを気にする余裕はない。
なぜなら。
堀内先輩が、まだだから。
これまで、たった3ヶ月だけど、一緒に頑張り、励ましてくれた、そして、引っ張ってくれた先輩と、一緒に全国大会に行けないのはとても悲しい。
なんとも言えない心境の中で、葛藤を続ける。
必死に限界まで追い込む堀内先輩。
その姿を僕は見ているから、だから。より一層強く思う。
先輩と一緒に、全国大会に行きたい、と。
残された時間はあと本当に少し。
先輩方と一緒に、僕はなにが出来るだろう。
中学1年生なりに、精一杯、真剣に考えた。
そして、僕は1つの結論を出した。
「今の自分に出来る限りのことをしよう。」
それが僕の出来る最善の事だ。
忙しい先輩方に、迷惑をかけるわけには、いかない。
だから、今の僕の力で出来る事を、ひとつひとつ。
この全国の「先」にある、もっともっと大切なものを…。大切なものを目指して。
ついに勝負の日が来た。
僕にとっても、先輩にとっても、勝負だ。
ここのところ、先輩は調子を上げてきているように思える。だからこそ、僕はこの最後の総体を頑張ってもらいたい。
先輩と一緒にいた時間はとても短いのだけれども、それでも、僕は先輩の事はだいたいわかっていた。
そして、男子3000m、予選。
予選は3組。中学校で1、2を争う大きな大会だから、一発勝負の、全組を通してのタイムで決まってしまうタイム決勝ではない。
市の大会にしては大きな方だ、と思う。
たとえ総体だとしても、郡市レベルの大会だと予選が行われない地域もある。
予選3組、4着+6。
着順で前から4人、そして、3組全てのタイムの順番で、タイムがよかった順番で6人が、決勝へと駒を進める事ができる。
全中標準を切っているお兄ちゃんと蓮川先輩は、特別枠で、学校に割り当てられている出場制限枠からは別に出場できる。
それはどの種目でも同じで、僕は1年の1500mに枠無しで出場だ。
3000mの残りの枠は、堀内先輩と僕と、そして同級生の渡辺 進が、
1年1500の枠は進、そして鷹見 渡が
それぞれ獲得した。
はっきり言ってしまうと、僕は不安だ。
1日のうちに、まだ基礎体力もあまりついていない中学1年の僕が、センゴと3000mを走れるのか。
生まれたのが2年違うとなると、当然体力も違うし、そして何より、練習量と賭ける「想い」が違う。
負けたら終わりの3年生と、まだ先が長い1年。
両者の差は、歴然。
もちろん、3年生が勝つのは当たり前。
そしてこの地区は長距離選手が揃っている。だから、なおさら当たり前なんだ。
そんな中で、僕らにできるのは。
その3年生に後悔をさせないように、今の自分の力を精一杯出し切るのみ。
全力で取り組んだ先輩方に、全力を出し切らないのは、先輩たちの頑張りを侮辱していることに等しい。
同じスタートラインに立ったその瞬間、僕らは先輩、後輩の枠を飛び越え、同じ「競技者」としての戦いが始まる。
タイムテーブルによると、午前中に1500m、そして午後には3000m決勝。
これが何故か定番らしい。
2日間以上大会が続くことが少ない中学生の大会。
総体くらい、2日間に分けてもいいとは思う。
一抹の不安を心のうちに抱えながら、僕は補助競技場へと駆け出していった。
「続いての種目は、1年男子1500m競走です。
この種目は、2組タイムレース決勝となります。」
大丈夫、きっとできるよ。
僕は自分で言い聞かせる。
この種目の王者が敗者へ陥落する、その時を迎えるのはまだ早すぎる。
神妙な面持ちで僕はスタートラインに立った。
「On your marks」
陸上部に入部して早2ヶ月。
もうイングリッシュコマンドにも慣れてきた。
乾いた紙雷管の響いた文月の青空の下で、トラック上の戦いが幕を開けた。
今日の目標、それは自分の限界を超えること。
1500mは4分1桁で走りたかった。
「1000mの通過は、2分45秒、2分45秒です。このタイムのまま行くと…」
遅い。明らかに遅い。
この前の大会にはなかった余裕が生まれてくる。
この前とは、確実に違う。
今日は入りの400mだけで孤独になってしまった。
孤独になると、あれこれと煩悩が湧いてくることに気がついた。以前のレースでは意識が向かなかっただけだろうか。
その煩悩を打ち消しつつも、確実に一歩一歩運足し、前へ前へ進んでいく。
まだ余裕がある。
あと500m。
アナウンスは終わりまで聞き取れなかったけれど、だけれども、必要な情報は手に入れた。
さぁ、やってみようじゃないか。
この周回で、どこまで自分が追い込めるのかを。
まだ上がる、まだ、まだ…。もっと、前へ。
たったひとりの旅を続けた僕は、そのままゴールテープを切った。
1時間あまり経ち、記録掲示板の前に足を運ぶ。
タイムレースの順位はもちろん1位。
記録は4分07秒06。
まぁ、及第点。目標達成。
あとは、午後の3000m決勝を残すのみだ。
男子3000mは予選からハイレベルな戦いだった。
正直、1500の前に走りたくはなかった。
だが、エントリーしてしまった以上やるしかない。腹をくくる。
1組、2組、3組の予選の結果から、決勝の18人の番組編成リストが掲示される。
「男子3000m 予選通過者 決勝番組編成リスト
ODR. 氏名 着順 資格記録
1. 青桐 駆流 2組-1着 Q 8’59”58
2. 蓮川 正人 1組-1着 Q 9'05"35
3. 堀内 竜也 3組-1着 Q 9'08"69
4. 青桐 晴矢 2組-2着 Q 9'08"86
5. 戸塚 理人 2組-3着 Q 9'08"89
6. 大原 芳樹 1組-2着 Q 9'09"23
7. 増田 宙 3組-2着 Q 9'10"36
8. 篠原 匠 1組-3着 Q 9'15"64
9. 江崎 隼人 1組-4着 Q 9'18"87
10. 神尾 駿 2組-4着 Q 9'19"04
11. 片山 成仁 3組-3着 Q 9'20"00
12. 洲崎 修介 3組-4着 Q 9'20"86
13. 岡田 将星 3組-5着 q 9'25"58
14. 寺尾 智也 3組-6着 q 9'30"21
15. 住山 賢一 2組-5着 q 9'30"69
16. 戸塚 国人 1組-5着 q 9'31"32
17. 渡辺 進 1組-6着 q 9'35"16
18. 西島 晃 2組-6着 q 9'35"18 」
予選のタイム順にコースが決められる。
お兄ちゃん、速かったなぁ…。
力の違いをしみじみと思い知る。
自分の力の限りで兄に挑んだつもりではあった。
結果は10秒差。最後の1周で一気に離された。
兄弟といえども、いや、兄弟だからこそ、年の差はあっても負けるのは悔しい。
一度、一回でもいいから、自分が背中を追ってきた兄には自分の背中を見せてやりたいと思った。
ずっと負けっぱなしでいるわけにはいかない。
僕は前を向き、サブトラックへ駆け出した。
今年の全中標準は8分55秒。たとえこの大会でそれを切ったとしても、郡市レベルのこの大会では全国大会への切符を手に入れる事は出来ない。
1500mと3000mを1本ずつ走った僕には、正直走り切れるか否かなど分かるはずもない。もちろん、タイムを気にしなければ走りきる事は出来る。ただ、それではお兄ちゃんに、兄になど勝てない事は自分の中でとうにわかっていることだった。
身体はもう既に悲鳴を上げている。あと1本、3000だけ耐えてくれよ。と自分を励ましながら、戦地へと重い脚を進める。
再びレースが始まった。
「男子3000m 決勝 結果
着順 氏名 ODR. 記録
1. 青桐 駆流 1 8’53”89
2. 堀内 竜也 3 8’59”77
3. 蓮川 正人 2 8’59”79
4. 大原 芳樹 6 8’59”96
5. 戸塚 理人 5 9’09”00
6. 篠原 匠 8 9’15”13
7. 江崎 隼人 9 9’18”39
8. 住山 賢一 15 9’20”65
9. 増田 宙 7 9’20”93
10. 神尾 駿 10 9’25”85
11. 片山 成仁 11 9’26”09
12. 岡田 将星 13 9’27”29
13. 西島 晃 18 9’32”42
14. 洲崎 修介 12 9’33”74
15. 戸塚 国人 16 9’35”31
16. 寺尾 智也 14 9’40”50
17. 渡辺 進 17 9’42”54
18. 青桐 晴矢 4 9’59”10 」
僕のたった2ヶ月の陸上人生の中で、初めての経験が多かった市総体が幕を下ろした。
投稿ペースがだんだんと落ちてきました。
夏休み期間、進められるところまで書き進めたいと思います。
誤字脱字等ありましたら報告のほどよろしくお願いします。