ラスト・ラン 作:高山カナデ
もし読んでいただいている方がいらっしゃれば、気長にお付き合いをお願いします。
では、本文を。
(side 竜也)
ここしかない。もう俺に残されたチャンスはここしかない。どうしても全国への切符が欲しい。そのためには、府の選手権でその切符をつかむしかない。
中学総体は高校総体とはその仕組みが異なる。高校総体では郡市レベルから都道府県レベル、そしてブロック大会のその先にインターハイの檜舞台があるが、中学総体はブロック止まり。全日中の出場権を得るためには、通信陸上または都道府県レベルの総体のどちらかで参加標準記録を切らなければその先はない。だからこれは、俺に用意された最後の舞台。俺はもう走れないかもしれない。でも、それでも。俺は自分の可能性を信じ続けたい。だからこそ、まだチャンスがあるのなら、俺はその1回にすべてを賭ける。中学の陸上生活最後のチャンスは、この府の選手権。このチャンスを是が非でもモノにしなければ・・・・・・。
「「顔が暗いぞたっさん(竜也)」」
「しょうが無いだろ?俺だけ標準切れてないんだぞ」
「それもそうか。で、今回狙ってるんだろ?」
「一応は、な。この前駆流には話した通り、貧血がひどいからなあ」
「そういやそうだったな。でも、たっさんならなんとかする。きっとそうだ。少なくとも俺はそうだと信じている。」
まっすぐな瞳で言葉を投げかけてくる駆流に、俺は反応することができなかった。
「正人~、いくつで引く?」
「それは・・・・・・。竜也次第じゃないのか?竜也が標準を切りたいっていうなら俺らも予選から全力で行く。もし今日は温存してっていうなら」
「俺は今日狙う。絶対今日だ。今日狙えなかったら絶対明日も狙えない」
さっきの駆流と同じようなまっすぐな瞳で、二人を見つめ返して宣言する
「・・・・・・全中標準を切るペースで引くのでいいか、駆流。」
「そうこなくっちゃな」
「もし今日切れなかったら・・・・・・」
「「今日切ることだけを考えておけ。後は結果が出てからだ」」
こいつらには感謝しかない。2年半、同じ学校の、同じ部活動、同じブロックで一緒に三人で過ごせて、そして今、大会のアップ中に真剣に話し込めている。
・・・・・・いい仲間に恵まれたことをこんな場で実感するとは思わなかった。
「二人とも、任せた。俺は死んでもついて行く」
「「任されました」」
招集開始はもうすぐだ。
――――
「続いては、共通男子3000m予選です。この種目は2組です。各組6着までと、タイム上位6人が明日行われます決勝に進出します。まずは第1組が行われます。出場者はスタート後に紹介します」
「On your marks」
レースに対して最終の備えをしながら第1組の出走を眺める。
俺ら大西中の3人は全員第2組に振り分けられた。これは果たして偶然か、それとも何か仕組まれたのだろうか。そんなことはどうでもいい。まずは目の前のレースに集中しよう。
結果によっては個人で、中学現役で走る最後のトラックになってしまう。
決勝に行ける絶対の保証なんてどこにもない。
「ま、いっちょやってやりますか」
ここまで来ればもうどうにでもなる。あとは成り行きに任せるのみ。
「第1組、先頭は1000mを通過しました。1000mの通過タイムは・・・・・・」
競技場で鳴り響いているはずのアナウンスなのに、なぜだろう。
遙か彼方で流れているように感じる。
さあ、いよいよだ。
このレースの前最後の招集に名前が呼ばれた気がする。
いざ、出陣。
――――
「続きましては、第2組が行われます。第1組と同様に、出場者はスタート後に紹介します」
スターターが台の上にゆっくりと歩み上るやいなや、イングリッシュコールが聞こえる。
もう、反射だ。反射的に、俺はスタートの白線に足がかからないようにスタートの体制を取る。
隣は駆流と正人。緊張しているのとみっともなさで顔をしかめるものの、すぐに煩悩を振り払う。ピストルの音と同時にランニングウォッチを押す音が多数。そのすぐあとに、タータンのトラックを蹴る独特な音、多数。
俺ら3人はスタートダッシュから先頭に立った。俺はランニングウォッチを持っていない。前を引っ張ってくれる2人に俺は必死に、何も考えずについて行くのみ。
快くペースメーカーを引き受けてくれた2人、ありがとな。
「さて、400mの通過ですが、タイムは64秒、64秒です。全日中の出場権を獲得している大西中学の青桐くんと蓮川くんを先頭にして、1組目とはうって変わって非常に速いペースでレースが進んでおります」
400m64秒。もちろん俺も作戦を立てずにこのレースに臨んでいる訳ではない。
最初にできる限り突っ込んで、そして耐える。
安直過ぎるかもしれないけれど、いま先頭集団を形成している3人の中では一番実力が無いことがわかりきっているから、とにかく最初からいかに速いペースで、いわば「余裕」を作っていけるかにかかっている。
当初の通り、なかなかいいペース。最初の400は無事に入れた。
「さあ先頭集団は1000mの通過を迎えます。最初の1000mは、2分40秒、2分40秒。この1周も64秒です。先ほどの第1組の1000mの通過は3分01秒だったので、それと比べてもずいぶんなハイペースです。先頭集団は再び全中標準を切るのでしょうか。大西中学の3人を先頭にしてハイペースなレースが展開されています」
1000mまで64秒ペースを維持した。これはまだ貧血がわかる前に学校での練習でやった一番つらい練習と同じ設定タイム。
ここからの2000mが勝負。ここでギアをあげるつもりで行かないと、全中標準は、切れない。
いつの間にか先頭が変わっていた。はじめは800mから1500mに腰を据えて取り組んでいる正人が先頭を引っ張っていたようだが、1500mを通過したところくらいは3000mを得意とする駆流が先頭を引っ張っていた。
まだ俺は冷静に頭で考えることが出来ている。だからまだまだ大丈夫。後半1200mが始まる。
「先頭は1600mの通過です。1600mの通過は、4分21秒、4分21秒。この1周は1秒落ちて67秒。しかしながら依然として速いペースでレースが進んでおります。このまま行きますと先頭のフィニッシュタイムはおそらく8分27秒ほどになると思われます。さあ、8分30秒を切る好タイムでレースは終盤へと向かっていきます。先頭集団の大西中学の3人の自己ベストはいずれも8分30秒を切っていますから、この3人では十分に実現可能性のあるタイムであります」
勝負は佳境の2000m台へと突入する。8分30秒台のペースで走ったのは4ヶ月ぶりだ。あの頃よりも格段に身体がしんどい。気候的にも春と比べて格段にきつくなった。足も悲鳴をあげつづけている。
鎮痛剤は打ってもらった。出来ることはすべてした。けがをした身体にムチを打って、自分の夢を追ってきた。だから、今。諦めるわけにはいかない。
「さて、レースも残り1000mを残すのみになりました。2000mの通過です。2000mの通過は、5分29秒、5分29秒。この1000mは、2分49秒。さらにこの400mは68秒です。相変わらず先頭は大西中学の3人でしょうか。この3人は順当に行けば、全日中参加標準記録を突破することが出来ます。このままレースは終わるのでしょうか」
――――
ラスト1000mを切ったあたりからいきなりきつくなってきた。
呼吸が苦しい。足が重い。足が痛い。いまこの時点で棄権したいほどに苦しい。
やめちまえば楽になる。そんなのはわかっている。
でも、ここまでの努力が育んできた精神が弱い自分に抵抗する。
『ここで諦めてもいいのか!?これまでの努力をここでだすんだろ?まだ行ける、頑張れ、気合いだ』
苦しいけど、本当に苦しいけど。でも、
―諦めるには、まだ、早い。
あとたった1000m耐えるだけ。3分の1だけ。もう半分以上レースは終わっている。
―晴矢の前で。俺に期待してくれた力強い後輩の前で。
俺は、全中標準を切ってやる。
――――
(side 駆流)
レースは残り800mで終わる。さすがにこのくそ暑い夏の昼間に中学生を走らせるのはクソだなと心の中で悪態をつきながら、正人に変わって1500m通過時点から先頭を引き始めた。
たっさんから引いてくれといわれたときには正直ちょっと驚いた。
と同時に、この大会はたっさんの中でも勝負の大会であるということをまざまざと感じ取った。
―これまで見てきたどの目よりも、今日の目はしっかりしていた。
そして、俺は今日のレースはたっさんの体調に気をつけようと心に堅く誓った。
2000mの通過タイムから考えても、ペース的にはもう全中標準を切るには十分だろう。
あとはたっさんの気持ち次第になる。
通信の時からずっと彼の様子が俺は気にかかっていた。
そして、言ってやりたかった。
「おまえ、無理してるんじゃないか?」と。
でも、そんな言葉を投げかけるのはどこまでも無遠慮で、そしてどこまでも過酷で。
そして、当事者でない俺が、竜也にかける言葉としては、あまりにも浅慮な言葉で。
当然、これまでともに練習を積み重ねてきたからこそわかる彼の限界が近づいてきているのには気がついている。と同時に、練習を積み重ねてきたからこそわかる彼のこの大会に懸ける思いの強さもわかっている。
だから俺は、自分の限界を知りながらも挑戦を続けるたっさんを止めるわけにはいかない。
たとえ仲間であっても、どこまでもたっさんはたっさんであって。
たっさんが後悔しないようにしてくれればいい。
「それでも俺は、お前とまだ走りたいんだ。まだ走りたかったんだ」
ラスト600mで、俺の前に出たたっさんの背中を見つめながら、ぼんやりとした頭で思いを巡らせた。
――――
(side 正人)
(駆流はすごいなあ、俺はやっぱりセンゴまでしか持たねえよ)
ペースメイクの順番と仕方は俺らで考えた。
やっぱり俺も駆流も一番得意な距離が異なっている。
異なっているからこそ、きちんとペースメイクが出来るとも言えるのだが・・・・・・。
俺はどうしてか気分が高まってしまい、1500mの入りの感じで3000mのレースをスタートさせてしまった。
俺は800とセンゴが強い。昨シーズンの公認記録の全国ランキングを見てもそれは自分でもそう考えている。
晴矢と同じ1500mで俺は全中の出場権を持っているし、800mも全中標準にほぼ近いタイムをたたき出した。
府の選手権に出ていなくても、全日中には出場が認められる。
だから今回はセンゴは出なかった。一番得意な種目だし、俺には全国で戦う力もあると考えている。今回は800と3000。標準を切っていない800で標準記録を突破することが第一目標。全中には参加制限があって、1人2種目までしか出場することが出来ないから、800、センゴ、3000のすべてに出場することは出来ないけれど、そのうちから選ぶことはきっと出来る。
出来れば3000は出たくないなぁという贅沢な悩みを抱えつつ、3000のレースに臨む。このレースはいわば保険用。800とれなかったら3000で出場することが確定することになるから、走り慣れない3000の経験値をしっかり積んでおこうという意図でレースを行うことになる。
おっかしいなあ、通信の時はこんなにきつくなかったはずなのになあ・・・・・・。
最初にどう考えてもオーバーペースで入ったことを心底後悔した。
ところで、竜也は大丈夫だろうか。きちんと着いてこれてはいるようだが、竜也の足はどうだろうか。どう考えても足の状態は万全ではない。いやむしろ、万全からはほど遠い。
竜也は俺が気づいているとは思っていないようであるが、一緒に練習してきた仲間に信用がなさ過ぎるだろう。あいにく俺はそこまで鈍感ではない。気づくに決まっているだろう。
今回は竜也のために走っているといっても過言ではない。だから、竜也が落ちるとちょっと困ったことになる。
俺のペースメイクの甲斐無く、となるのはさすがに悲しい。これは予選。まずは3人で、最後まで、一緒に。
レースはあと、400m。
誤字脱字等ありましたら指摘のほどをよろしくお願いします。
これから1週間オーストラリアへ行ってきます。
投稿は一週間程度あいてしまいますので・・・・・・ご了承ください。