ラスト・ラン 作:高山カナデ
第2章はまだまだ続きます。気長にお付き合いをよろしくお願いします。
では、本文を。
(side 竜也)
「からんからんからんからん・・・・・・」
ラスト1周を告げる鐘が鳴る。もう何回も聴いた音だが、かなり大きな音が至近距離で鳴り響くので何回聴いても慣れない音だ。
「さあ、レースはとうとうラスト1周にさしかかりました。2000m通過からの400mは72秒ほどで走っているのでこのまま順当にいけば先頭集団3人はそろって全日中標準を突破するものと思われます。大会記録も十分に狙えるタイムで走ってきています」
ラスト1周をこの位置で、3人で迎えられたことにまずは安堵する。
ランニングタイマーをちらと見たところタイムは7分17秒。標準まではかなりの余裕がある。あと400。3000mのうちの400m。あとたった400m。
(もう考えてる余裕なんてねえや・・・・・・)
どこか夢見心地の感覚。自分には余裕がもうないことはわかっている。
だけど、やれるところまでやってやるか。
何か身体のうちからこみ上げてくる。
―レースは、こうでなくちゃ。
「先頭集団は2800mの通過です。2800mの通過は、7分53秒、7分53秒。この400mは72秒、72秒。レースは200mをのこすのみです。誰が抜け出すのでしょうか」
俺は、あげる。
ここは戦場だ。トラックだ。そして今は、駅伝ではない。
だから、仲間も全員
―ライバルだ。
「ラスト100m、堀内くんが頭ひとつ抜け出した!大会記録まではあと15秒、間に合うか」
この勝負、もらった。
だけど、俺の仲間はやっぱりそんなに甘くなくて。
「たっさんごめん」
やっぱりお前にはまだ余裕があったな。
ゴールラインを超え、意識が朦朧としているなかで全中標準を切ったことを確認する。
「よっしゃぁぁぁああああ!!」
トラックから外れて仰向けに寝転がり、腹の底から俺は叫んだ。
とうとうやった。できた。俺はまた、あの舞台で戦える・・・・・・!
全中標準を切った喜びを噛み締めると、ふっと心の重荷がなくなって、
そして意識を手放した。
―――
(side 駆流)
「こいつ倒れたぞ。大丈夫か・・・・・・?」
「どう考えても大丈夫ではないな。先生は?」
「おーい、大丈夫か・・・・・・?」
頬をペシペシと叩いて、いつも通りたっさんを起こそうとするも、今回はどうも起きない。
「どうした!?大丈夫か!?」
「桜井先生、なぜ・・・・・・ここに?」
顧問の桜井のおっちゃんが大会で初めて自分から出てきた。
基本先生への報告は自分から探して行く。
「そりゃ休憩中に堀内のあんなレース見てりゃ、来るだろ。脱水と熱中症で走ってたぞあいつ」
「「・・・・・・えっ??」」
「とにかくここで話しててもらちがあかない。担架持ってきてもらってるから救護室に運ぶぞ。走り終わったあとすぐで悪いが、手伝ってくれるか」
「「わかりました」」
先生は気付いていたようだ。さすがに走りながらたっさんの熱中症に気がつくことは出来なかった。いつも一緒に走っていたからたっさんのことは何でもわかると思い込んでいた。
でもそんなことはやっぱり無くて。
チームメイトのことをわかり切れてないことがどこまでも悲しくて。
俺が大会新記録を更新したというアナウンスが流れていたように聞こえたが、俺は素直に喜べ無かった。
――――
(side 晴矢)
「プログラム20ページをご覧ください。
先ほど行われました男子3000m予選第2組の結果です
1着、青桐くん、大西中学。時間、8分27秒28。この記録は、全日中参加標準記録の突破、並びに、大会新記録です。おめでとうございます。
2着、堀内くん、大西中学。時間、8分28秒86。この記録も、全日中参加標準記録の突破です。
3着、蓮川くん、大西中学。時間、8分30秒90。この記録も、全日中参加標準記録の突破です。
以下の記録につきましては、競技場正面玄関前の掲示板をご覧ください」
堀内先輩が全日中の標準を切った。これで大西中学陸上部の長距離ブロックはタイム上位で練習している全員が全日中の参加標準記録を突破したことになる。
僕は堀内先輩と同じ舞台に立てることをうれしく思うと同時に、レース後の堀内先輩の様子にかなりの不安を覚えた。
―レース中、先輩にしては珍しく、肩から腕を振っていた。
先輩方に「お疲れ様です」とでも言いに行きつつ、堀内先輩の様子を確かめにいこう。
競技の補助員が多くいる競技場内に入ると、すぐに桜井先生を見つけることが出来た。
そういえばまだ報告を済ませていなかった気がする。
「堀内のやつ、無茶しやがって。全中に行くことよりも、これからも競技を続けることを考えろって言ったのになぁ。彼の中ではきっと全中に行くことの方が大きな価値を占めていたんだろうなぁ」
「あの、桜井先生・・・・・・」
「ん?・・・・・・ああ、晴矢か。どうした?」
「あの、まだ報告をしていないことを思い出しまして・・・・・・」
「あー、悪い。堀内が今かなりまずくてな。忙しいから後にしてもらえるか?」
「わかりました。・・・・・・堀内先輩はどうなったんですか」
「熱中症と脱水だな。よく走り切れたもんだ。この後救急車で病院に強制送還する」
堀内先輩は、やはり、無理をしていた。
僕と桜井先生が話していると救護室と書かれたプレートが掲げられている部屋からジャージを羽織ったお兄ちゃんと蓮川先輩が出てくるのが見えた。
「「お疲れ様です」」
「2人ともありがとな、明日に備えてゆっくり休め。晴矢も、明日の決勝に向けてゆっくり休め」
救急車のサイレンの音が、次第にけたたましくなってきた。
――――
(side 竜也)
目を開けて一番に飛び込んできたのは見知らぬ天井だった。
まずここはどこだろうというありきたりな疑問が思い浮かんだ後に、自分は確か3000を走りきったはずだと思い出した。
レースを終えてから記憶が曖昧だ。
果たして俺のレースの結果はどうだったのだろうか。
俺は全中標準をきちんと切れたのだろうか。
身体が重い。起き上がらせようとしても言うことを身体がきかない。
身体が動かないといった方が正しいだろうか。
これって、噂の金縛りか?
想像を巡らせていると、病室のドアが開くのを感じた。
「おう、竜也。目が覚めたようだな」
「先生、俺は・・・・・・」
「竜也、よく聞け。お前は全中標準を余裕で切った。その点に関してはよくやった。ただ、お前を全中に出場させても良いものかどうか、俺もちょっと不安があってな・・・・・・」
「そんな!俺は全中を目標に練習してきたんですよ!!!」
「それは十分にわかっているつもりだ。だけども俺が竜也に無理をさせていたことも事実だ。竜也が焦っていたことによる過労も俺には気づけなかった。全中の舞台でお前に無理をさせないことを俺が出来るかどうかが不安だ。どうしても選手は無理をしてしまうからな。指導者はただの傍観者ではまずい訳だから、俺もこれまでのメニューに関しては十分に反省している。竜也自身の体調の具合も良くわからなかった面もあったことは否めない。だからこれからはお互いにより一層気をつけようと考えている。お互いにもっと、しっかりと思っていることや身体の状態を伝え合うことに成るだろうな」
「それってどういう」
「全中にできる限りベストな状態で望めるように、だがレース後に倒れることが無いように、万全の体調で臨めるようにお互い協力しようってことだ」
「・・・・・・わかりました」
「全中には俺も竜也を送り出してやりたいと考えているからな。だが、明日の決勝は走らせてやることは顧問の立場からして出来ない。竜也自身の選手生命を脅かすことになるからな。その点だけは俺も譲れない。わかってくれるか?」
俺は頭を金槌で打たれたような強い衝撃を受けた。
俺は明日の決勝を、走ることが出来ない。
俺は、決勝の舞台に、立つことが、出来ない。
頭ではわかっている。おっちゃんの立場からしても、レース後に病院に担ぎこまれて点滴まで打たれるほどの熱中症に陥った選手を翌日に走らせることはできないと考えるのは当然のことだ。
俺がおっちゃんの立場であったとしても絶対に選手には同じことを伝える。
体調も万全ではない。
だけど競技者としての立場の俺はその事実を受け入れることはかなり難しい。身体のどこか奥深くから悔しさと情けなさが入り交じった感情がこみ上げてくる。
「・・・・・・わかり、ました」
苦虫をかみつぶしたような顔で返した返答に、桜井先生はひどく寂しそうで、申し訳なさそうな顔を一瞬浮かべたのを俺は見逃さなかった。
「・・・・・・とにかく、全中では今日の走りを返上するような走りをしような。俺は今日はこの辺で失礼するぞ。しっかり休んでくれ」
「・・・・・・ありがとうございました」
先生が去った後の扉を見ると、なぜか寂しさを感じ、扉がぼやけていった。
俺の府総体は、これまで走った大会のうちで一番うれしく、一番苦く、一番悔しい大会になった
――――
先生が帰った後には両親が病室に訪れた。
今回は両親が応援にこれなかったらしい。
応援にたまたま来なかった大会で無理をして、そして倒れるとは。子としては微妙な心境である。
「竜也、大丈夫?」
「とりあえずは。お母さんこそ、仕事は大丈夫だったの?」
「大事な用事はもうとうに終わってたから、大丈夫。今日、よく頑張ったね。全中、おめでとう」
「・・・・・・ありがとう」
「今日はゆっくり休んで、早く体調を良くしてくれ」
「了解」
両親とのわずかな会話。でも、なにもしないで1人でいるよりは確実に気分は紛れる。
「お母さんたち、明日も仕事があるから。応援には行けないけれども。もし明日の決勝走れるなら、頑張ってね。応援してる」
「うん、ありがとう」
父さんと母さんが病室から出て行くや否や、おっちゃんが出て行った時よりも大きく自分の中からこみ上げてくる「何か」に俺は押しつぶされそうになり、とうとう涙をこぼしてしまった。
一人きりとなってしまった病室。俺の涙を見る者はいない。
今このときだけは、俺ひとりが極上の孤独を占有できる。
せっかくだから、考えてみよう。自分について。
―次に目を開けたら、空が明るくなり始めていた。
誤字脱字等ありましたら指摘をよろしくお願いします。
ここからは余談です。
------
オーストラリアに1週間ほど行ってきました。
メルボルンに滞在していましたが、日本との違いを肌で感じ取れました。。。
とにかく路上喫煙が多い・・・・・・。世界で住みやすい街ランキングで上位にランクインしている都市ではありますが、とてもスモーキーでした。
いずれはドイツやヨーロッパに行ってみたいとも思いました。
ではまた次の投稿をお待ちください。