──―翌日、放課後。
「ふぁ、あぁ……」
昨日の晩の変な悪夢。二度寝をしても続きを見ることはなかったけど、魘されたからか、それともあの異常な寝汗によるものか、どうも疲労が抜けきっていないのだ。いや、むしろ昨日よりも辛い……。
「んー? どうしたの、さっくん。眠いの?」
「はっ!? あ、ああ! 風姫様っ、申し訳ありません」
風姫様に声をかけられびくっ、と体を反応させながらそう答える。いかんいかん……こんなことではまたお叱りを受けてしまう……。
「謝らなくてもいいよ。あくびのひとつ私だってするんだから。どーせ、ここちは僕達しか居ないしね?」
「楓なんかソファで昼寝してるもんね。私だってデスクでよく仮眠するし……授業の後で仕事をしてるんだ。疲れるのは当たり前だよ。恥ずかしがることは無いさ」
な、なんだか正当化されているような気がしないでもないけれど……お2人がそう言って下さるなら大丈夫……か?
「とは言え、物事に程度はありますけどね。咲音、袋詰めは終わったのかしら?」
「すみません、もう少しで終わります」
「慌てることはないわ。きちんと形よく折ることの方が重要ですからね」
「はい、心がけております」
そう言うと、慌てることなくせっせと作業を進めていく。うん、いい出来だ。
「よろしい。咲音の作業が終わり次第倶楽部の視察な行きたいのだけど……月姫はどこへ行ったのかしら?」
「お月さんならそこにいるよ?」
「え……?」
「花姫、こちらの書類にサインを頂きたいのですが?」
「っ!? な、なんだ……そこに居たの。ごめんなさいね」
「先程からお声をかけていたのですが……申し訳ありません」
なんとも珍しい。花姫様が月姫様に背後を取られている。花姫様もここのところ随分と忙しいみたいだし……お疲れのご様子。
「よし、これで最後の1枚っ……と。花姫様、予算申請書の作成、完了致しました」
「急に押し付けて悪かったわね、ありがとう」
「い、いえ……大丈夫です」
花姫様の笑顔でお礼を言われ、胸にじーんとくる。というか、今の私、もう順調すぎる程に姫様たちの忠実な下僕として調教されてるけど……。べつに嫌じゃないからいいもんね。
「さっくん、じゃあそれちょうだい」
「私の分も貰っておこう。桂木と杏子は……5枚ずつでいいのかな?」
「ええ、結構です」
「はい、ありがとう。月姫、これは承認書ね。実行委員会の発足は来週だったかしら?」
「そうですね。例年通りであれば、来週には動き出すはずです」
「はぁ…………予定通り進めばいいのだけど」
月姫様と話していた花姫様が、また溜息。やはり、今日は彼女もお疲れのご様子のよう。
「はい、では今日も倶楽部の視察、よろしくお願いするわね。今日からは個人で回るのだけど…………咲音はどうしようかしら」
「私ですか……? それは、花姫様の仰せのままに」
「またそう言う消極的な態度……何度言ったら分かるのかしら? 全くこの子は……はぁ……」
「も、申し訳ありません。で、ですが私が選ぶというのもいささか……」
そう言ってチラリと皆様の方を向くと……。
「えへへへへ〜♪」
「咲音、おいでおいで♪」
「…………」
「ほら、さっさとお決めなさい。こんなことも決められないなんて、改めてしっかりと言い聞かせる必要があるかしら?」
なんと4人の姫様それぞれからのお誘いや眼差し。花宮の学生たちの誰もが羨むハーレム状態……と言うにはかなり精神的に来るものがあるのだけど……。何より私は官女見習い。誰の下で、この花宮の事を学ばせて頂こうかしら……?
──────────────────────────
「ん──っと。週末の午後、可憐な乙女と過ごす一時……。いやー、姫様になって初めての役得だ。善哉善哉」
「鳥姫様……公務の最中ですからね?」
「あはははは……咲音は真面目だね。ま、私みたいな不真面目な人間にはなってはいけないよ? この花宮では何かと困ることが多いからね」
「何をおっしゃいますやら……。鳥姫様は不真面目というのとは違いますよ。それくらい、馬鹿の私でも分かります」
「ふふっ、そんなに目をつり上げないの。せっかくの可愛いお顔がまるで花姫様みたいだよ?」
「えっ!? も、もう……冗談ばっかり」
「ふっ……あははははは」
そう鳥姫様笑い飛ばす。鳥姫様と2人で倶楽部視察。の、はずなんだけど……このリラックスぶりと来たら。これまでの公務とは違う所のはなしではなく、これではまさにデートの様相。女子とこうやって2人で歩くなんて、姉さん以外の人とは考えもしなかった。だけど、鳥姫様と一緒だと、普段よりも自然に話せる。これも、彼女が持っている王子様オーラの成せる技……とでも言うのだろうか。
「えーと、今日の1番目は……なるほどね。フェンシング部を私に回したのか。じゃあ、これはパスで良しと」
「ええっ!?」
プリントを取り出して、今日の予定を確認している鳥姫様。その次にでた言葉ばびっくりするものだった。
「ふふっ、わざわざ見に行くまでも無いもの。部員はみんな勝手知ったる子ばかりだし、部長とは『予算は可能な、だけ貰ってきて』なんて言われてるし、話はついてる」
「えっ……それって公私混同とか批判されるのでは……?」
というか、それそのものじゃないの……?
「当然だろう? 本来、倶楽部で汗を流すべき時間を花園会に提供してるんだから、その代価は払ってもらう」
「なるほど……それもそうですね」
「それに、部員が姫様に選ばれる、という事自体が最高の栄誉らしいから、予算が増えたって、文句をつける者もいないんだよ」
「は、はぁ……そうなんですね……」
「フェンシングってのは日本じゃマイナーもいい所だから、もともた予算も少ないんだ」
「あー……この前のオリンピックでも、そんな事言ってましたもんね」
「そうそう。ま、騎士道なんてものは本来プライスレス……そういう訳で、フェンシング部は優良の二重丸、と」
すると、持っていたプリントに素早く二重丸を書く。ほんとに行かずに評価しちゃったよ……。
「さて、これで大分時間も空いた。咲音、お茶でもしようか」
「えっ? い、いや、それは後で叱られるパターンでは……」
「ふふっ、怒られる時は一緒さ。鳥姫様はお茶を所望です……。ほら、こっちにおいで」
「ふえっ!? と、鳥姫様〜!」
と、ほとんど強引に手を引かれてどこかへと連れていかれる。そして、程なくして着いた場所は……。
「あの……鳥姫様……?」
「ん、どうしたの? そんなに縮こまっちゃって」
「……ここ、剣術部じゃないですか」
「ああ、そうだけど?」
そう、この間私が試合をした場所、剣術部の道場だ。だと言うのに、鳥姫様はお茶をすると言ってここに来てしまった。意味が分からない……。
「お茶をするって言ったのに……何故……?」
「ふふっ、本来なら桜の森にでも行きたいのだけど、もし杏子や桂木に見つかりでもしたら、2人揃って大目玉だからね」
「それはそうですけど……」
「ご機嫌麗しく、鳥姫様、羽澄咲音」
入口付近でごちゃごちゃと喋っていたら、案の定門番がやってきた。麒麟児向日葵……。昨日、私をボコした女サムライ。
「……ご機嫌麗しく」
今日はどんな挑発を受けても、怒らないようにしないと……思ってるんだけど、つい身構えちゃうな……。
「ご機嫌よう、向日葵。部長はいるかい?」
「はい、あちらに──」
と、麒麟児さんが振り返った瞬間──。
「どもどもども、こんにちはーっす! 咲音さんっ!!」
「あ、あはは……こんにちは……」
もう、身体中からラブラブ光線を発する博愛の人。斑鳩部長が麒麟児さんを押しのけて、私を思いっきり抱きしめる。
「う、うわわわっ!?」
「もう、昨日からず──っと、咲音さんの事ばかり考えてましたよー。どうやったら、貴方を杏子さんや楓、小百合や菫の毒牙から守れるか、ず──っと」
「は、はは……そうなんですか……」
すりすりと擦り付けられた頬がすべすべで気持ちいい。そるに、なんだがいい香りがする。でも、この人も鳥姫様様みたいに色んな子にこんな感じじゃないのかな……。
「式部、ツケを払って貰いに来たよ」
「今、斑鳩式部さんは多忙につき手が離せません。ご用命は後日改めてどうぞ。てか、菫はとっとと帰ってくれると嬉しいだけどね」
「まったく、この女は……仕方ない。向日葵、申し訳ないんだけど、お茶を淹れてくれないかな」
「はっ、直ぐにご用意致します。しばし、お待ちを……」
そう告げると麒麟児さんは刀を携えて、部室へ続く階段へと消えていく。
「ほら、式部。そろそろ咲音から離れなさい」
「えー? ケチー。菫ったら本当にしわい屋さんなんだから」
ようやく斑鳩部長の熱烈な抱擁から解放されると、お盆二湯のみを載せた麒麟児さんが近付いてくる。
「粗茶でございますが……どうぞ」
「ありがとう」
「私の分も淹れてくれるなんて、麒麟児さんは気が利きますねぇ。さすがは私のお嫁さん」
「ぶ、部長……戯れを言われては困ります。羽澄、さぁ、そなたも」
「あ、ありがとう……ございます」
昨日までの麒麟児さんの物腰が随分と柔らかくなってる。まぁ、昨日の今日ではあるのだけど……。
「羽澄、身体の方は大事ないか」
「え? あ、まぁ……怪我とかはしてないですが……」
袖を捲れば、多分まだうっすらと痣が残ってるだろうけど、戦うくらいは全然大丈夫だ。鳥姫様を守れる程の体力はある。……はず。
でも、なんというか、こんな風に話していると真面目そうだし……私よりも背が小さいし、可愛らしい子なんだけど。
「そうか……なれば、不肖この麒麟児向日葵、そなたに願いたき議があるのだが」
「はい、なんでしょうか?」
「羽澄、是非ともこの麒麟児向日葵と今一度……試合って居ただけないだろうか」
「……は?」
「先程、部長の言葉にもあったが、私も昨日からずっと、そなたの事を考えていたのだ」
言葉も態度にも威圧的なものは感じられないし、それどころか……。
「そなたが行く行くはこの花宮の姫様になる方だということは、昨日の立会いで痛い程に感じ入った。しかも、必殺の剣をかわすその身ごなし──あろうことか、私はそなたを侮っていたのだ」
「あ、あのー……麒麟児さん?」
「本日はその非礼を詫び、こちらも全力で向かう故、何卒、咲音様……」
「向日葵。頭をあげなさい」
「鳥姫様……」
様付まではれおろおろとしてしまった私を見かねたのか、鳥姫様は助け舟を出してくれた。
「私も本気の咲音を見てみたいのはあるけど、まだ原石の内に砕かれては堪らないよ。それこそ、彼女は我々の大切な妹のようなものだからね」
「…………」
鳥姫様、私の事を妹だなんて……。
「それに、昨日のツケは向日葵にも払って貰わなければならないし……今日は私が相手をするとしよう」
「と、鳥姫様と……ですか? これはなんとも勿体ないお言葉……」
ん? 麒麟児さんと鳥姫様が? 確かに、本来なら昨日、彼女の相手は鳥姫様のはずだったのだけど──。
「待って待って待って、待なさ──ーい!」
「なんだ式部。そんなに血相変えて……」
「菫みたいな危険な男に、私のお嫁さんは任せれません」
「いきなり何を言い出すんだい。私と向日葵は、何度も刀を交えてる仲じゃないか」
「それは稽古。でも、これから始めるのは死合。ダメです。ダメダメですっ! 私の可愛い麒麟児さんが傷物になっちゃう! そんなの絶対に許さない!」
……私と麒麟児さんの試合は許したくせに……。なんて心の中で愚痴ってみる。でも、斑鳩部長があんなに剣幕で止めるなんて、鳥姫様も相当な腕前のよう。
「ははは……わかったよ。私は単にどこかのいい加減な部長さんの代わりに釘を刺したかっただけだからね」
「という訳で菫、私と勝負をしましょう」
なぜそうなるのか。
「は? 式部と私が……かい?」
「ええ、お互いの部下の不始末を拭う、代理戦争勃発」
「べつに私はそれで構わないけど……甘く見てると大怪我するよ? 当然、今の流れだど……稽古じゃないよね?」
「互いの部下を賭けて、刀と刀で会話をしようかと思ってね」
「なっ!?」
「なななななっ!?」
な、何それ……斑鳩部長……この人は、物腰が柔らか過ぎてどこからどこまで本気で冗談なのか、まったくもって分からない……。
「却下だね」
「あらどうして? 杏子さんに怒られちゃう?」
「そんな心配してない。私が負けるわけないし。ただ……咲音も向日葵もモノじゃないんだ。私はそういうのが大嫌いでね」
「ふふふふっ、相変わらず男前ね。まぁ、菫の腕じゃ羽澄さんの前でみっともないとこ見せちゃうから、やらない方がいいかもねー」
「待ってろ。ちょっと部室から私のを持ってくる」
「そう来なくっちゃだね。羽澄さんも麒麟児さんも、楽しみにしててねー」
斑鳩部長の口車で、あれよあれよと転がる事態に、思わず麒麟児さんは顔を見合わせた。
「あ、あの……麒麟児さん」
「な、なんだ……?」
「部長さんの言ってた事……冗談ですよね?」
「あ、ああ……そうだと思うが……すまんな、羽澄。私の我儘のせいで、このようなことになろうとは」
「い、いえ……それはもういいんですけど……でも、鳥姫様……怒ってるのかな……?」
「あの方も軟弱を装ってはいるが……根は剛毅で真面目な方だ。あれだけ部長に挑発……虚仮にされては鳥姫様が黙って引き下がる訳もない」
「斑鳩部長の方が1枚上手……ってことですか」
「い、いや……そういう意味ではないのだが……。しかし、部長も相当そなたに執心のようだな。四天王の皆様方にも加え、部長までも……私などの入り込む隙間など、ありはしないな。不思議な奴だ、そなたは」
「そんなこと……ないですよ」
そうこうしていると、竹刀を手に仁王立ちしている斑鳩部長を横目に、鳥姫様が剣を片手に現れる。
「式部、待たせたな」
「ふふふふふ、宮本武蔵ばりのじらし戦法だ。流石はプレイボーイの鳥姫様だね」
「ふっ……式部相手なら、こちらも本気を出さなければいけないからね。親友としての手向けだ。奥義で葬ってやる」
「ふふふふふ~。もう菫ったら……いちいち歯の浮く台詞を言わないと気が済まないのね」
『自分の』って、あれフェンシング用の剣……確かに使い慣れた剣の方がいいんだろうけど……。でも、それって本気って事だよね。一方、斑鳩部長は竹刀を持ってはいるけど……だらりと垂らしたまま。私と同じ構えだ。
「……やはり本気なのですね」
「……! そなたは分かっているのか……流石だな。部長も鳥姫様も……既に死合の真っ最中……この死合。どう転ぶか分からぬぞ」
「ええ……。そろそろ……来ますね」
「ああ、来るな」
お互いに睨みあったまま、微動だにせずただ睨み合う。さっきまではしゃいでいた部員たちも、みんな真剣な眼差しで2人を見つめている。そして、スッと斑鳩部長が身を引いた瞬間──。
「たぁあああ──ーっ!!」
「ふんっ、やぁっ!!」
「甘いっ!! はぁっ!! たぁーっ!!」
「のろいね……どこ狙ってるの?」
「やぁっ!! たぁっ!! はぁああ──っ!!」
「おっとっと……ふふ、そう来なくっちゃ。ふんっ!!」
「無駄口が多いぞ、式部……冗談交じりでこの私を倒せるとでも?
「そんな事思ってないよ。相変わらず、1分の隙も余裕もない剣だね……」
鳥姫様が突いたら、それを斑鳩部長が横から受け止める。受け流し、切る、受けきり、叩く。2人の殺気の籠った剣戟は火花を散らす程に混じり合い、苛烈さを増していく。
「達人同士の勝負だ。目で相手を見ていては、話にならんな」
「ですね。しかし、お2人の剣は凄まじい。目で追いつくのが精一杯です」
「……まさか、そなた見えているのか?」
「ええ、完全には捉えられませんが……剣の動きは見えます」
「そ、そうなのか……いや、驚いたなそこまでとは……。しかし……とてもではないが、私などでは足元にも及ばんな」
確かに、麒麟児さんや私の腕ではあの2人には追い付くことは現段階は難しいだろう。まるでこっちまで斬られているような気分にまでさせてくる剣戟など、私には到底出来ない。
「おらぁっ!! うらっ!! たぁあああーっ!!」
「ぐっ!! く……っと、あぶなっ!!」
「はは、息が上がって来たぞ? 練習不足だな。そういや最近太ったとかいってたね」
「こら……この子達の前でそんな事言わない……ん?」
なんだろう、急に2人とも動きを止めて──。
「無駄口には付き合わん。そろそろ終わりだ。覚悟を決め──」
「あっ、杏子さん!? ち、違うの、これは無理矢理菫がっ!」
「えっ!? ち、違うっ、こ、これはその流れという奴で……」
鳥姫様が大慌てで振り向いた瞬間、斑鳩部長がニヤリと唇を吊り上げた。
「いただきぃっ!!」
「あだぁっ!?」
その瞬間、私の中で何かがプツンと切れ、麒麟児さんの横に置いていた竹刀を手にもち斑鳩部長に突っ込んだ。
「ふふふ〜ん、斑鳩式部。鷹司菫・アレクサンドラ討ち取ったり〜♪」
「つっ……くっ……き、汚いぞ、式部……相変わらず、狡賢い女だ…… っ!?」
「ふっふっふっ、真剣勝負にずるいと汚いもありま──ーひゃっ!?」
「羽澄っ!?」
私は自分が今まで出したことがないくらいのスピードを出し、駆け抜け、斑鳩部長に一太刀を叩き入れる。しかし、咄嗟の殺気を感じ取ったのか、それを防がれてしまう。
「うっ……ぐっ……! 重っ……!!」
「斑鳩部長……貴女という人は……!!」
「ちょっ!? 咲音、まちなさ……あたたた……」
「あっ……! 鳥姫様!」
はっ、と私は我に帰ると、すぐさま鳥姫様に近寄り身を案じる。
「だ、大丈夫だこのくらい……」
「だめです!! すぐに保健室行きましょう!!」
「え、いやちょ……! さ、咲音! ほんとに大丈夫だから──―」
渋る鳥姫様を無理やり引っ張って保健室へと駆け込む。
「はい、腕を曲げ伸ばししてみて。きつくないかしら?」
「つぅ……大丈夫です。大分ましになっていますし」
「三日分の湿布と塗り薬をあげるから、これにサインを……あ、右手怪我してるのか」
「私が代わりに書きます」
「大丈夫だよ。名前くら──―」
「ダメです。鳥姫様はじっとしていてください」
「そ、そうか……ありがとう。けどこれくらいの怪我はしょっちゅうなんだけど……さすが剣術部の部長だ。手加減は一切してくれないね」
「鷹司菫・アレクサンドラ、と……お願いします」
「……はい、じゃあ少し待っててね」
世間から隔絶されている花宮では、保健室だというのにかなり本格的な医療品、治療道具がそろっている。まるで本物の病院のようだ。
「しかし……咲音の前で情けない姿を見せたね。あれでじゃあ姫様失格だ」
「そんなことありません。あんなの卑怯にもほどがありますっ」
「はは、でもすごかったね。君があんなに怒るなんて……意外だな。式部の奴、重って言ってたし。あいつにあれほど言わせられるなんて、たいしたもんだよ?」
「あ、あれはその……私も我を忘れていたというか!」
少し照れながら説明をする。ぶっちゃけキレていたからなあ……。
「けど、うれしいよ」
「え?」
「変な事かもしれないけど、私はあの時確かにうれしく感じた。この気持ちは嘘偽りはないよ」
じっと青い瞳で私を見つめながら、微笑む。その微笑みを見た途端、急に顔が熱くなるのを感じた。
「と、鳥姫様……と、とりあえず服着ましょう!!」
「ふふ、はーい」
照れをごまかすように制服を渡す、そのままそっぽを向いてできるだけ鳥姫様に見られないようにする。
一体私はどうしてしまったのだろう。ここ最近……いや花宮に来てからか、同性を意識してしまうことが増えた。相手は鳥姫様……ほかの女子にとって当たり前だろうけど、私にとっては当たり前じゃない。
これは何なのだろうかと、何度も何度も自分に問いかける。けれど帰ってくる答えは何一つない。
ただはっきりとわかること。それは──―
──―この人にドキドキしてしまうの。